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オオカミとシンデレラ イケナイ先生と秘密の甘恋

立花実咲

◆第一話 貧血女子、保健室で美麗なケモノに出逢う (3)

 大神がボタンを完全に留めて身なりを整えるのを尻目に、ぐるぐると考えた。頭の中の映写機が、二人の秘めた逢瀬を浮かびあがらせる。大人の男女が身を寄せあっている様子を──。

(……って、そういう、ことなの……!?

 葵の中で、積み上げていた理想がガラガラと崩れ落ちていく音がした。別次元だと感じるぐらいかっこいい彼を、女性が放っておかないだろうとは思っていたけれど、職員同士が保健室で……なんて、ふしだらにもほどがある!

 裏切られたようなショックで、葵の中に黒い炎が燃えたぎった。

「結城さん、待たせてごめんな」

 大神に声をかけられ、葵はハッと我に返る。

 いつのまにか袖口が触れ合うほど近くにいた大神に驚いて、葵は慌てて彼から身を引き離した。

 ん? と首をかしげられ、葵はますます挙動不審になる。

 サラサラとした前髪からのぞいた涼しげな目元に魅入られ、心の中にたぎった黒い炎がゆらりと弱まっていく。

 ガラス玉のように澄んだ瞳は吸い込まれそうなほど綺麗だし、ほんのり口端のあがった唇が色っぽい。ああ、こんなふうに見つめられていたら、溶けてしまうかもしれない。

「おい、結城さん」

 目の前でひらひらと手を振られて、葵は遠くへ旅立っていた意識を取り戻す。

「わ、私、もう大丈夫です。お取り込み中……なんだか申し訳ありません!」

「え?」

 柔和な表情を浮かべていた大神がぽかんとしている。

「あの、私、大丈夫になりました、ので……失礼しました!」

 どうしていいかわからず、ロボットがUターンするかのごとく、くるりと不自然に踵を返したところで、「ちょっと待った」と声がかかる。その拍子にぐいっと肩を後ろに引き戻されてしまい、葵はひっくり返る勢いで、大神を見上げることになった。

 黒い影がじわり、と葵の顔に近づいてくる。上下が反対になっても、美形の人は美しいままなんだ、と頭の片隅で感心しつつ、彼の背中に黒い羽のようなものが見えた気がして、目をかせる。

「ねえ、お取り込み中って……どういうことかな? 人の顔を見て逃げるなんて失礼だと思わないか? いけないな? 貧血女子」

 わざとらしい微笑みを浮かべ、じりじりと迫ってくる大神の表情に、葵はぞくっと恐怖を感じ、必死に首を横に振った。

 オオカミが赤ずきんを食べ……否、犯人が口封じに何かを企んでいるように見えたのだ。

 もしかして先生は綺麗な顔をして、腹黒タイプ!?

「わわわ、私、何も見てませんから、誰にも言いませんから!」

 葵が涙ぐんでそう叫ぶと、大神はようやく離れてくれ、大仰にため息をついてみせた。

「……参ったな。もしかして君、思いきり勘違い……してるよね」

 大神は心外と言いたげに葵から視線を移し、ベッドの方を顎でしゃくった。

 彼の言わんとすることを察して、葵の顔はみるみるうちに赤くなっていく。生々しいことを想像してしまった自分が恥ずかしかったのだ。

「ちゃんと説明させてくれない? 僕の名誉のためでもあるけど、貧血女子が安心して保健室を使えるようにもしたいから」

 そう言い、大神は空いているベッドをぽんぽんと叩いた。

「こっちに座って」

「は、はい」

 葵はさっきまでのことを意識してしまわないように、なるべく隣のカーテンの先を見ないようにそろりと腰を下ろした。

 脅しっぽい表情とこなれた感じ……それにさっきの黒い雰囲気。もしかして、イケメンセンセイの裏の顔はとんでもないタラシなのではないかという猜疑心が湧き上がってくる。

「センセイ」

「ん?」

「貧血女子……たしかに私はそうですけど、その呼び方は好きじゃないです」

 降って湧いてきた反発心から、気付いたら葵はそう口走っていた。しまった、と口許に手をあてるが、時既に遅し。

 膝の上でぎゅっと拳を握りながらかちこちに固まっている葵をよそに、大神はすぐ目の前の丸椅子に座り、ふうっとひと息つく。

「ごめん。そうだよな。結城葵さん、じゃあ改めて僕の話を聞いてくれる?」

 さっきの殺気立った表情とは一変した、美しい天使が困ったような顔。

 まるで恋人に浮気を釈明するような構図だ。なんとなくその時の女性の気持ちがわかるような気にもなってくる。

「まず、君が疑っているようなこと、つまり渡部先生とはいかがわしいことはしていないし、女子高生の想像力豊かな内容どおりのことは起きてないから、安心してほしい」

 ちらりと一瞥され、葵は赤くなっているだろう頰を隠すようにきがちになる。

 まったく参ったな……と、大神は髪をかきあげた。

「どう見えてるのか知らないけど、これでも恋愛には真面目な方だし、仕事も手を抜くつもりはない。一度だって不真面目にしたことはないよ」

 大神の真摯な態度に、葵は稚拙な考えを反省した。

 たしかに勝手に誤解した挙句、先入観で見るのはよくなかった。

 葵は素直に「ごめんなさい……」と謝った。

「……って、謝るだけじゃ納得しないでしょ。僕だって君に謝罪してほしかったわけじゃないし。だから、きちんと教えるよ。僕はね、生徒に朗読を聞いてもらっていたんだ」

「朗読……ですか?」

 考えてもみなかったことを言われ、葵は目をぱちくりと瞬かせた。しかし、冗談を言っているわけじゃないというのは大神の真剣な表情から伝わってくる。

 でも、朗読って一体……? 葵は興味が惹かれるまま大神の説明を待った。

「うん。疲れていたりストレスを抱えていたりする生徒に本を読んであげているんだよ。具合が悪いとき、どんな人でも弱気になる。そういうとき、誰かがにいてくれると心強いと思わない? 君も子どものときに読み聞かせとかしてもらったことはある?」

「……幼稚園ぐらいのときまでなら」

 葵はボロボロの絵本を思い浮かべながら頷く。

 題名までは思い出せないけれど、母が読んでくれた大切な本があったはずだ。

「それと一緒さ。声のもりは、なおさらホッとするんだよ。まあ最初は渡部先生にも君と同じように疑いをもたれてね……説明したんだよ。実際に朗読してあげたら、これはいいセラピーになるって納得してくれて、たまに時間があるときにああやって来てくれるようになったんだ。ほんの五分ぐらいあれば充分、リラックスできるようになるからね」

 そう言い、大神はベッドのわきに置いてあった一冊の本をぺらぺらとってみせた。日に焼けた背表紙と、っぽい独特の匂い。放課後の図書室にいるような、どこか懐かしい気持ちになるような。

「……朗読」と反芻しつつ、半信半疑で大神を見つめていると、葵の怪訝な視線が伝わったのか、彼はやれやれと肩をめた。

「ここまで説明しても信じてくれないなら、実際に体験してもらうしかないな。なんならこれから添い寝して朗読してあげようか? そうだ。そうしよう。君が直接確かめればいい」

 そう言い、大神がネクタイを緩めて迫ってくるものだから、葵はぎょっとする。

「え、ちょっ……添い寝って、えっ!? 私、何も言ってな……そんな、勝手に決めないで……待ってくださっ……」

 見上げたときにはもう既に大神の影が覆いかぶさってきていて、彼が身にまとう白衣からはふわりと爽やかな香りがした。

 トン……と、耳の傍についた手が、頰に触れそうになる。葵は陰になった大神の真顔を見上げる。さらにまた近づき、至近距離で視線がぶつかり、ドキンと鼓動が波打つ。

 今の状態は俗にいうマウントポジションというもの。

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