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オオカミとシンデレラ イケナイ先生と秘密の甘恋

立花実咲

◆第一話 貧血女子、保健室で美麗なケモノに出逢う (2)

 形のいい唇の、パッと見わからない小さなホクロさえ見える至近距離で、このまま食べられてしまうかと……本気で思った。

「せ、センセイ? あ、あのっ……」

 あまりのパニックに声が裏返ってしまう。

 すると、端整な顔をした彼は、さらっと答えた。

「ああ、ごめん。体温計がないし、手じゃ正確じゃないから、額同士で測ろうと思って」

 大神はいたって真面目だ。それなのに意識しまくっている自分がますます恥ずかしくて、穴があったら入りたいとはこのことだと葵は思った。

「だ、だからって……こんな……だめです、あの……」

 男性に免疫がない葵にはあまりに刺激が強すぎる。

「こーら、もうちょっとだけ……じっとして」

 なだめるような甘い低音に、ぞくんと背筋がわななく。

(声……も、反則だよ……)

 大神の声は、スイーツの甘さにだって匹敵すると思う。きらきらした美形の彼に耳元でかれたら世の女子は一発KОだ。こんな状況でまともにじっとしていられるはずがない。

 一体いつまでこうしていたらいいのだろう。まるでキスでもするかのような至近距離のまま、葵はがちがちに身を固くして息を押し殺す。

 心臓がバクバクいっていて、息をするのも苦しい。このまま卒倒してしまいそうになる。

 どうにか距離を保ちたくて身を引こうとすれば、大神の大きな手が逃げるなといわんばかりに後頭部をくいっと押してくる。

「あと三十秒」

 ……三十秒がこんなに長いものだなんて知らなかった。

 長い、といえば、長い睫毛……女の私よりも長いかもしれない。それに、なんて綺麗な瞳なのだろう。ガラス玉のように澄んでいる。唇の形がすごくセクシーだ。

 宝石のように澄んだ瞳に魅入られている場合じゃなく、整った鼻梁に見惚れている場合じゃなく、必死にあと少し……と言い聞かせて、体勢をキープする。

 けれど……十秒だってもたなかった。

「せ、センセイ……」

 こらえきれなくなってをあげると、ようやく「はい、いいよ……」と許され、ドッと力が抜けた。全力疾走したみたいに、心臓が激しく鼓動を打っている。

「どうやら熱はないみたいだね。ご飯は食べてきた?」

「はい。ですから、私、風邪じゃなくって、貧血もちなんです。それで……」

 葵の一声で、大神がきょとんとして我に返る。

「そっか。なんだ、早く言ってくれないと。顔が真っ赤だからてっきり……ごめんね。まだ把握してなくて。えーっと、貧血女子……と」

 大神はきながら保健室用のカルテに記入していく。

(私だって、早く言いたかったけど……!)

 真っ赤になったのは誰のせいだと思っているのだろう。葵はようやく解放された安堵感で、ほうっとため息をついた。

「立っているの辛かったら、ベッドに寝ていいよ。えーっと一応問診させてね。頭痛はある?」

 真剣な顔をしている大神に申し訳ない気持ちになりながら、葵は小声で答える。

「……ちょっとだけ」

「動悸は?」

「……少し、あります」

 大神に尋ねられるたびに、頭はズキズキするし、胸はドキドキして騒がしい。少しどころかもうさっきから大爆音だ。こんなに心臓が早鐘を打つのなんていつぶりだろう。体育のときですらないかもしれない。

 けれど、これは体調が悪いせいじゃない。

(……大神先生が、あんなことするせいなんだから)

 保健室に入ったら、色気をたっぷり漂わせた大人のイケメンがいます──ってわかっていたら、もうちょっと身構えていたのに。

「じゃあ横になって落ち着くまで休んでいくといいよ。症状がよくならなそうだったら病院行くんだよ」

 にこ、と微笑まれて、葵の心臓がきゅうっと鷲摑みにされる。

(ほんとう、男の人で綺麗……とか、色っぽいって思ったの、初めて……)

「……はい」

 ぽんと頭を撫でられたとき、消毒液とは異なる爽やかな甘い香りが漂った。男性の香水はあまり得意ではないけれど、大神のつけているのは嫌いじゃない。むしろますますドキドキさせられてしまう。

 ベッドに横になって鼻まで布団を引っ張りあげたあとも、葵はカーテンの向こうにいる大神のことが気になって、少しも休んだ気にならなかった。




 保健室の白い扉の前で、一歩踏み出してみたり、くるりとを返してみたりしている女子がいるのを、怪訝な顔をしながら通り過ぎていく生徒たち……彼らの視線に、当の本人はまったく気にする余裕はなかった。

 翌週、四時限目の授業から抜け出した葵は、保健室の前でドアを開けるのを躊躇っていた。入ろう、とするたびに、大神と額を触れあわせたことが思い浮かび、顔が熱くなってきてしまうのだ。

(これはもう日課のようなものだし……一年の時だってそうしていたんだし、あれは熱を測るためにやったことなんだから、先生だってあんなの日頃から慣れてるはずだし……もう考えない)

 葵はあれこれ心の中で言い訳をしながら、保健室のドアに手をかけた。

 ……が、その先になかなか進まない。

 今まで保健室の先生が女性だったから気軽に入っていけたけれど、これからは大神がいると思うと、葵は絶望に似た気持ちを抱く。毎回こんなドキドキしていたら心臓がもたないし、ゆっくり休めない。今の今も緊張で指先まで震えているのだから。

(保健室に来られなくなったら、大神先生のせいなんだから……)

 葵は心の中で大神に八つ当たりする一方、自意識過剰ぎみのこの状況が恥ずかしくてならなかった。

 イケメンと呼ばれるカッコイイ男子生徒はそれなりにたくさんいると思う。けれど、大神は別次元の域だ。先生と呼ぶのを躊躇うような大人の落ち着いた色香があり、綺麗な造りをした顔や、すらりとした長身の完璧な容姿はいやみじゃなくて品がある。恋愛下手な葵がまさに理想とする男性像にピタリとっていて……いわゆる、ひとめぼれ……だった。

 でも、仮にも相手は先生なのだから、この気持ちを認めるわけにはいかない。

 ドキドキと胸が弾むのは、きっと体調が悪いせいだと言い聞かせ、葵はふうっと深呼吸する。

 いつまでもドアの前で立ち塞がっているわけにもいかないだろう。葵は勇気をい立たせ、勢いよくガラリとドアを開けた。

 すると、誰かの話し声が聞こえてきた。

(誰か……先客?)

 恋人に甘えるかのような鼻にかかった声。どこから聞こえるのだろう、と、葵は思わず首をかしげた。カーテンが半分ほどかかったベッドの方だ。具合の悪い生徒と会話をしている雰囲気ではないように感じられ、不審に思う。

 そっと歩みを進め、視線を移したところ、英語教師の渡部がカーテンの奥から出てきたから、思いきり驚いた。さらに彼女を追うように大神が姿を見せ、鼓動が重たく跳ねる。

(え? 渡部先生が……どうしてここに?)

「じゃあ、またお願いしますね。大神先生」

 さっきの甘い声はやはり渡部の声だ。じゃあ話していた相手は大神で、二人はカーテンを閉めて何をしていたのだろう。不快感を伴った疑惑がじわじわと浮かびあがってくる。

「はい。また」

 二人は葵に気遣って目で会話をしているように見える。

(……またってどういうこと……)

 葵は二人のただならぬ様子に狼狽した。

 大神のネクタイは緩められ、第一ボタンが外れていて、気だるい雰囲気が漂っているし、渡部からは艶っぽい香りがふわりと鼻腔をくすぐり、ひどくいやな気持ちになった。

 中途半端に開かれたカーテンの先にはベッドがあり……誰かが寝ていなければつかないがくしゃくしゃによっている。

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