オオカミとシンデレラ イケナイ先生と秘密の甘恋
◆プロローグ / ◆第一話 貧血女子、保健室で美麗なケモノに出逢う (1)

◆プロローグ
ある日、私は保健室のセンセイとヒミツの取引をはじめました。
やさしい狼センセイの誘惑と獣化には注意(!)が必要です。
まんまと恋に落ちた私は……新たな契約を結びました。
この恋を絶対にヒミツにする──ということを。
◆第一話 貧血女子、保健室で美麗なケモノに出逢う
突然〝それ〟はやってくる。
視界が揺らぎ、額の中心に熱が走る。
やがて目の前が明滅しはじめ、あっという間に光が閉ざされ、何も見えなくなる。
気付いたときには意識がシャットダウンされ、誰かの声に呼び覚まされるのだ。
今日もまた──。
「結城さん、しっかりして、大丈夫?」
名前を呼ばれて、結城葵は重たく沈んでいく気力をどうにか持ちこたえた。
「……ごめん。ちょっとくらっとしただけ」
今日これで何度目だろう。心配させないように強がりを言いながらも、実際まだ身体がふらつくし、クラスメイトの顔もうまく見えない。
いつもと聞こえる声が同じだということはわかる。おそらく保健委員の保坂だろう。彼女の方も慣れっこといわんばかりに落ち着いた様子だ。
なぜなら葵が貧血を起こすのはいつものことで、一度や二度じゃない。クラスメイトなら誰でも一度は葵が倒れる光景を目にしたことがあるだろう。
そのうち、葵に「貧血女子」というあだ名がつけられた。貧血を起こしていないときまで当然のように「貧血女子」と男子に呼ばれるのは気にいらなかったけれど、否定するのも面倒だから今ではクラスメイトはおろか先生にまで呼ばれて返事をする始末。
つい先週の始業式でも倒れ、二年に進級したクラスでも「貧血女子」の汚名は晴らせていない。今日はとくに貧血と低血圧と不眠の負のトライアングルに苦しめられていた。
「どうする? 今日はひとりで行ける?」
やっと焦点が定まってきて、予想したとおりに保健委員の保坂の顔が見えた。
いくら日常茶飯事とはいえ、心配しないではいられない立場の彼女に申し訳ないし、自分が情けなくてしかたない。
葵はシュンとした顔で保坂を見た。
「うん。平気。いつもごめんね」
「それじゃあ私、担任の先生に報告だけしてくるね」
「ありがとう、保坂さん」
葵は保坂に礼を言うと、全校朝礼が行われている講堂の端からそっと抜け出し、保健室を目指すことにした。
健康診断では血液検査の数値がやや低めだが、精密検査の結果はとくに異常はない。体質ということもあるし、若さゆえにホルモンのバランスの乱れで、体調が不安定になることがあるのだろうと、栄養指導を受けるぐらいだ。
(今日はちゃんと朝ご飯食べてきたんだけどな……)
鉛の枷でも塡められているかのように重たい足を一歩一歩動かし、葵は保健室の前でため息をついた。ドアをガラリと開けた瞬間、消毒液の独特の匂いが鼻腔をくすぐる。もうこの匂いも慣れっこで、いっそホッとするぐらいだ。
ドアを閉じてすぐ、真っ白なベッドが視界に入った。この保健室のベッドで横になることも葵にとっては自宅で寛ぐような感覚になっている。
身体がだるくて、今すぐベッドに倒れ込んでしまいたい気分だったが、その前に保健室の先生に挨拶をしなければ、と思い立ったところで、ふと違和感を覚えた。
「あれ……?」
葵の視線が捉えたものは、白衣姿……だが、一年生のときから見慣れていた女の先生ではなかったのだ。
ぼうっと突っ立っていたところ、ひらりと白衣を翻してこちらを向いた長身の男性は、白衣をちょうど羽織ったばかりだったらしく、ボタンを留めかけていた手を止めた。
「あ、さっそく生徒さん? どうした? 朝礼で具合悪くなった?」
柔らかな低音が静かな保健室に響きわたる。高校生の男子とはまた違った大人の若い男性の声だ。振り向いた彼の顔を目にした瞬間、葵は思わず息を呑んだ。
櫛どおりのよさそうな、さらさらと艶がかった黒髪。その前髪からつづく輪郭は美しく整っていて、なだらかな眉、切れ長の二重の双眸、すっと筋の通った鼻梁、形のよい唇が笑みを刻んでいる。その表情には、清潔感のある白衣を着ていることすら罪に感じるほど色っぽい雰囲気がある。
まるでモデルが雑誌から飛び出てきたか、あるいはドラマの撮影現場にでも紛れ込んだかのような気分になってしまった。
「君は何年生?」
貧血で靄がかかっていた頭が急にはっきりとしてくる。
改めて白衣を着た男性を見つめた葵は、ぱちくりと瞬きをした。
「あ、あの……二年B組の結城葵です。えっと……保健室の先生は……」
葵が視線を彷徨わせていると、男性はショックを受けた顔をした。
「僕……なんだけど、もしかして、この格好似合ってないかな?」
男性が困惑したように眉尻を下げるのを見て、葵は慌てて謝った。
「ご、ごめんなさい……失礼しました。ただ、驚いたんです。加賀先生……がいると思っていたから……」
「そっか。驚かせたよね。自己紹介が遅れましたが、産休に入った加賀先生の代理で、この四月から臨時養護教諭として赴任になった大神です。よろしく」
白衣を着た男性……改め、大神は意に介したふうもなく、やさしい微笑みを浮かべた。
ふわ、と綿菓子を口に含ませたときの気分を思い起こさせるような、甘い微笑……そんな彼の表情に魅了され、ドキンと鼓動が跳ねる。
(わっ……大神先生、笑顔も、かっこいいんだ)
大神からにこやかに握手を求められ、葵は戸惑いながら手を差し出す。刹那、触れた指先に静電気のような衝撃が走った。あっという間に男らしい大きな手にすっぽりと包まれ、頰に熱がじんわりとこみ上げる。
「よ、よろしくお願いします……っ」
手を離されたあともジンと痺れている指先に意識がとられそうになるのをなんとかかき消すように、葵は勢いあまって頭をぴょこんと下げた。
「うん。あ、そうだ」と、大神は思い出したように保健室の受付表に記入しはじめる。
「それで結城さん、今日はどうしたの? 顔が真っ赤だけど、風邪ぎみ? 熱はあるのかな?」
「いえ、あの……」
動揺しているせいで、うまく言葉が出てこない。鼓動がどんどん速まっていくし、さっきまでひんやりしていたはずの頰が、みるみるうちに紅潮していくのがわかる。
葵は、だめ、だめ……と必死に理性にブレーキをかけた。
見惚れていたせいなんて不謹慎すぎて、口が裂けても言えるわけがない。
戸惑っている葵を尻目に、大神は何か閃いたように机の方に行き、視線を忙しなく動かした。
「えっと、待ってね。体温計どこだったかな。うーん……さっき使ったばっかりなんだけど……ないみたいだ」
大神が困ったな、とため息をつく。
必死に探させるほど心配させてしまったのだろうと思い、葵は訂正しようとした。
熱があるわけではなく、貧血なので……と口を動かしかけたのだが。
(え……)
何が起こったのか、一瞬わからなかった。
こつんとやさしく触れた額に、さらりと黒髪がかかってくすぐったい。
伏し目がちの目元にはえもいわれぬ色気が漂い、葵をさらにパニックに追いつめる。
「なっ……ななな、……」
「うーん、そうでもない感じ?」
そうでもないって、なななな、何が? 葵の脳みそはパンク寸前だった。
どうにか冷静に判断してみる。どう考えても、大神が葵の額に自分の額をくっつけているのだ。さらにぴたりと密着し、鼻先が擦れあうぐらいまで近づいてくる。
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