話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

財界帝王の甘すぎる飼育愛

御厨翠

プロローグ / 1章 「お前の主は俺だ」 (1)




プロローグ




 及川千尋は、自分を組み敷く男を呆然と見上げていた。

 ここは、現在千尋を見下ろしている男──倉永智哉の有するマンションの寝室にあるベッドの上である。

 なぜ自分は、倉永に押し倒されているのだろうか。置かれている状況が信じられずに、動揺したまま彼を見上げる。

 倉永とベッドに入るのは初めてではない。だが、これまではさして動じることもなかった。なぜなら男は千尋を女として見なしてはいなかったし、それどころかペットだと言ってそのように扱われてきたからだ。

 その言葉にわず、倉永から欲望をぶつけられることはいままでなかった。押し倒されたり身体をまさぐられたりすることはあったが、それは千尋が一方的に快感に落とされるだけの行為でしかなかった。どれだけ痴態をそうとも、男の態度から余裕が失われることはなく、最後の一線を越えることはなかったのだ。

 それが今、なぜか男は千尋に欲望を向けている。

 フレームレスの眼鏡からく漆黒の瞳はひどく怜悧で、感情を波立たせるようなことはほとんどない。初めて彼を見たときは、まるでガラス玉のような瞳だと思った。端整な顔立ちも相まって、その容貌は人形めいて見えたのだ。

 それなのに現在彼は、明らかな欲情をえて千尋を見据えている。施される愛撫を享受している浅ましさを嘲笑うかのように、形のいい唇が弧を描いた。

「これだけで感じたのか。まだここからが本番なのに、今からこんなことで最後まで保つのか?」

 腰がくだけそうになるほどの美声だが、その内容は傲慢だ。千尋が眉根を寄せると、見惚れるほどの美貌が冷ややかな笑みを作る。

「今日は俺もしませてもらう。……覚悟しろよ」

 常に冷静な男が見せた欲情に、千尋は目をいた。そして渇ききっていた喉から、ようやく声を絞り出す。

「どうして……今まで、そんなこと一度も言わなかったのに」

「お前は誰に飼われている? 忘れたわけじゃないだろうな。もし忘れているなら、その身に刻んでやる」

 尊大に言い放つと、男の手は千尋が着ていたシャツのボタンを外していった。乱暴な手つきでボタンを外し、わになった胸を鷲摑みにした。

「やっ……あっ」

 荒々しく双丘を揉みしだかれて、千尋の口から甘い拒絶が漏れる。けれども、男の手は止まるどころか、さらに強まった。剥き出しになった胸は揺れ、その先端はつつましく震えている。

 千尋の様子を視認した男は、ためらうことなく胸の先端に唇を寄せた。男の唇に含まれると、ころころと舌の上で転がされる。もう幾度となく受けた胸への愛撫は、千尋の身体に火をつける。

「あっ、やめ……っ、あ……っ」

 自覚するほどの甘ったるい声に、千尋は唇をみしめる。

 倉永に拾われてからというもの、何かにつけて快感を植え付けられてきた。男の手技は巧みで、経験のない千尋はいいように操られてしまう。

 双丘を執拗に舐められて呼気を荒らげながら、淫らになっていく身体を持て余していたとき、顔を上げた倉永が千尋を見つめた。

「こんなにらせて恥ずかしくないのか。この分だと、もう濡れているだろ」

「そ、んな……知らな……ぁっ」

「嘘をつくな。身体がどれだけんでいるのか、お前が一番よくわかっているはずだ」

 加虐的な笑みを刻み、倉永は千尋の足を開かせた。

 下着を着けていないため、隠しようもなく彼の前に秘所が晒される。そこはすでに熱く潤んでいて、今にも欲望がれ落ちそうだった。

「さあ──の始まりだ」

 酷薄な笑みを刻んだ唇がそう宣言する。彼の行為は、ふたりの関係を変化させるには充分な凶暴さで──千尋の身体に深く刻まれた。




1章 「お前の主は俺だ」




 人生最悪の日というのがあるならば、それは間違いなく今日に違いない。

 及川千尋は雨に煙る夜の街中を歩きながら、傘も差さずにぼんやりと考えていた。

 この日身に降りかかった事件は、二十一年の人生を振り返っても覚えがない大事件。災厄としか言いようがない出来事だった。

 今からること一時間前。千尋は一瞬にして住む場所を失った。しかも、自身の過失ではなく不慮の事故によってである。

 オフィスビルの夜間清掃に週四日でアルバイトに入っていたため、毎回帰宅は午後十時か、それ以上に遅くなることも多かった。けれども今日はいつもより早くに仕事を終えて、心持ち足取りが軽くなりながらアパートに向かっていた。

 だが、アパートに近づくにつれ、普段はあまり人通りのない裏道が、やけに騒がしいことに気付く。

 胸騒ぎを覚えながらようやくたどり着いた千尋を待っていたのは、黒焦げになった木造二階建てのアパートだった。

 火事場独特の臭気が立ち込める中、警察や消防、野次馬がごった返す現場で、目の前の光景が信じられずに立ち尽くす。表通りから一本外れた場所にあるアパート前は、救急車や警察車両の赤色灯が辺りを照らし、周囲は物々しい雰囲気に包まれていた。

 騒然としている周りを見ても、まるで事態を把握できない。というよりは、現実感が持てなかった。そのとき、千尋の意識を引き戻すように、ポンと肩が叩かれた。

「千尋ちゃん! 無事でよかった……!」

「大家さん……」

 千尋の無事を確かめて顔をくしゃくしゃにしたのは、アパートの大家である老齢の女性だった。実家を出て初めてのひとり暮らしで心細かったとき何かと面倒を見てくれて、孫同然に可愛がってくれている。祖母と慕う人物を見て、ようやく千尋は落ち着きを取り戻した。

「大家さんも無事でよかったです……でも、どうしてこんなことに……?」

「それがね……」

 大家の話によると、出火の原因は住人の煙草の不始末によるものらしい。発見が早かったため逃げ遅れなどはなく、アパートにいた住人に怪我はなかったという。

 そしてアパートは建て直さず、息子夫婦と一緒に住むことになったと大家は語った。

「この土地も、駐車場にって話が前々から出ていたけど、それでも住んでいる人がいるうちは、って頑張ってきたのよ。でも……息子に潮時だって諭されちゃってね」

 大家の話を聞いた千尋は、何も言うことができなかった。

 築年数のだいぶ経つアパートは、年々入居者数も減っていた。千尋が引っ越してきたのは今から約二年半前、十八歳の春のことだが、当時から駅前に建っていた新しいマンションに入居する人が多かったし、若い女性が来るのは珍しいと言われた。けれども千尋からすれば、この古いアパートは家賃も破格の安さで助かっていた。それに大家やその他住人たちも好意的に接してくれて、住み心地がよかったのだ。

「だから、千尋ちゃんには悪いんだけど、新しいアパートを探してほしいの。本当は面倒見てあげたいところなんだけど……私にも余裕がなくて」

「……わかりました。とりあえず友達の家に泊まらせてもらって、新しい家を探します。いままでお世話になりました」

「財界帝王の甘すぎる飼育愛」を読んでいる人はこの作品も読んでいます