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やさしいオトコ。 ハイスペック・ダーリンの極上愛

三津留ゆう

File.1 (3)

「ええっ!?

 私は本格的に驚いて、立ち上がらんばかりの勢いで叫んだ。

 たしかに私は、紘くんが住むアパートの近くにある喫茶店でアルバイトをしていた。場所は彼の言うとおり、駅前商店街の奥のほう。ロマンスグレーのマスターがカウンターに立つ、レトロといえば聞こえはいいけど、けっこう年季の入った店だ。

「な、なんで知ってるんですか!」

「あー、あの茶店、俺の職場のすぐ近くなんだよ」

 彼はなぜかばつが悪そうに、後ろ頭を搔きながら言った。

「飯どきにはよく行ってるからさ。おまえの顔、覚えてて──そんで今日、仕事終わって帰ろうと思ったら、なんか見覚えのあるやつが絡まれてるじゃねえか」

「それで……助けてくれたんですか」

「悪いな。出しゃばった」

「そんな! むしろ、ありがとうございました」

 私はもう一度、あらためて頭を下げた。通りがかりで助けてくれたというよりも、そのほうがよっぽど納得できる。

 スーツの彼は、くはは、と笑った。

「礼はいいよ、俺のおせっかいだ。たいしたことじゃねえし、あのまんま放っとくわけにもいかねえだろ」

 彼はすがすがしい顔つきで、フロントガラスのほうへと目を向けた。

「それにしても、あの茶店で働いてんのに、どうしてこのあたりに泊まろうなんて思った? 通勤、遠いだろ」

「遠いといえば遠いんですけど……」

「そういや最近、あの店開いてねえよな。なんかあったのか」

 彼もあの喫茶店が好きなのだろうか、心配そうにいてくる。みんなに愛されるお店だったんだなぁと、ちょっとしんみりしてしまった。

「あのお店、閉店するんです。マスターが北海道に移住するって」

「そういやあそこのマスター、酪農家になりたいとか言ってたなー……」

 彼はハンドルの上に両腕を重ねると、そこに脱力したみたいにあごを乗せる。

「そうか、あの店、閉めんのか。煙草も吸えるし、馴染のおっさんばっかでさ、わりと居心地よかったんだけど」

「そうですよね」

 こんな状況にもかかわらず、つい口もとがほころんだ。そういえばあの喫茶店には、この彼みたいなおじさんが集まっていたからだ。

 今どき分煙もしていないし、おしゃれなメニューの用意もない。ランチタイムはマスターお手製のナポリタンがよく売れて、常連さんが新聞片手に煙草をふかしているような、懐かしい空気の流れる店。

 私も大好きだったお店なので、なくなるのはなんだか寂しい。

「じゃあおまえ、失業中ってことか」

 言葉にされると、一気に現実感が増してしまった。

「そうなんです。仕事も、住む場所もなくなっちゃって、どうしよう……」

「住むところも?」

「はい、ちょっとそっちもいろいろあって……」

 私がしゅんと肩を落とすと、彼は前を向いたまま、ふん、と鼻を鳴らして言った。

「痴話喧嘩か」

「……へ?」

「おまえ、男と一緒に住んでるだろうが。さっさと謝って家帰れ」

「な、なんで、そんなことまで……!?

 大きな声を出してしまった私に、彼は小指の先で耳を塞いで、「声がでけえよ」と顔をしかめた。

「言ったろ? 俺の職場、近所なんだよ。あんなべったり腕組んで歩いてりゃ、誰が見てもわかるっつーの」

 言い切られて、言葉を失う。誰かに見られているなんて、そんなこと思いもしなかった。

「そ、それにしても、どうして一緒に住んでるって……」

「揃ってスーパーから出てくるところ、何度か見かけたんだよ。ふたりして日用品なんか買い込んでるとこ見りゃ、誰だって一緒に住んでんのかなと思うだろ? わかんねえほうが鈍いって」

「そ、そういうもの……?」

「そういうもんだよ」

 スーツの彼は、うむ、と大仰に頷いた。

 自分の行動をよくよく思い返してみると、彼の言うとおりだ。

 今となっては、紘くんの彼女気取りだった自分が恥ずかしくていたたまれない。頰にたちまち血が上り、次の言葉が出てこなくなる。

「それで?」

 彼は車の前方に目を戻して、私に訊いた。

「あの男と、仲よくやってたんだろ。それがどうして、急に住むところがねえなんて言い出すんだ?」

「うう……それは……」

 紘くんといるところを見られているのに、今さら隠し立てしても無駄そうだった。

 それに──なぜだろう、と私は思う。

 どうしてか彼には、知り合ったばかりだというのに、いろいろなことを暴かれてしまう。それが低く落ち着いた声のせいなのか、助けてもらったという安心感のせいなのかは、自分にもよくわからない。

「……一緒に住んでた彼、幼馴染だったんです」

 私は、紘くんと自分のことを彼に話した。

 紘くんが、東京に呼び寄せてくれたと勘違いして上京したこと。彼の家に転がり込んで、彼女気取りで過ごしていたこと。

「でも──彼にとっては、私って、手のかかる妹でしかなかったんですよね。女として好きな人は、ほかにいたみたいで」

 ──そりゃ、つばさのことは、かわいいと思ってるよ。でもそれは、妹みたいにかわいいって意味で……女としては、見られないよ。

 紘くんの言葉を思い出して、私は自分の体に目を落とす。

 子どもっぽいのは、常々気にしていることだった。胸もおしりも大きくないし、顔立ちもいたって平凡だ。性格だって、おしとやかで女らしいとはとても言えない。

「冷静に考えればわかることなのに……紘くんも、きっと迷惑してましたよね。こんなかわいげのない女に居着かれて」

 私は、肩の上までしかない髪に手をやった。せめて髪でも伸ばして大人っぽくしていたなら、紘くんにも触れてもらえたのだろうか。

「そうかねぇ」

 彼はもたれていたハンドルから離れ、背中をシートにぼすんと沈めた。前方に目をやったまま結局火をつけなかった煙草を、携帯灰皿に放り込む。

「少なくとも、一年は一緒に住んでたんだろ? いくらなんでも、少しも可愛いと思ってない女、そんなに手もとに置いとくことはないと思うぞ。それが恋愛感情じゃなかったってだけの話だろ」

 やさしい言葉に、少し驚く。私を、なぐさめようとしてくれているのだろうか。

 おっかない雰囲気のわりに、やっぱりやさしい人みたいだ。ちくちくと痛んでいた胸の奥が、じんわりとされる。

「そうだといいんですけど」

 ちょっとだけ笑むことができた、そのときだった。

「──まだ、そいつが好きか?」

「え?」

 真剣な声のトーンに、私ははっと彼を見た。

 彼はじっと、車のフロントガラスを見つめていた。都心の夜の街明かりが、藍色の夜の中に、精悍な横顔を浮かび上がらせている。

「おまえ、俺に協力してくれる気はねえか」

「協力?」

「悪いな、じっとしてろ」

「き、きゃあっ……!」

 彼は言うが速いか、助手席に座る私に覆いかぶさってきた。サイドブレーキを乗り越えるようにして、私の体に腕を回し──端的に言って、抱きしめているような格好になる。

「ちょ……あのっ……!」

「暴れんなよ、いい子だから」

「って、言われても……!」

「いい子にしてりゃ、あとでたっぷり可愛がってやるから──な?」

「……!!

 ものも言えずに、私は彼の腕の中で硬直した。

 生まれてこのかた、紘くん以外の男の人は、視界に入れてこなかった私だ。当然だけど、恋愛経験なんてまったくない。

 それなのに、だ。

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