話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

快感・ハネムーン!! 天国のような島でめちゃくちゃ溺愛されました。

麻生ミカリ

第一章 政略結婚は突然に (3)

 の相手が自分を抱きとめていてくれたことに、改めて驚く羽目になった。

『はい、斉藤佑です。残念ながら、オレはきみを存じないのですが、きみはオレのことを知っているんですね』

 初めて聞く彼の声は、男性にしては少し高めで、けれど耳に心地よいやわらかさがあり、そして外見と口調に妙なギャップを感じる。

 ──こんな話し方をする人だったのね。意外に感じのいい人なのかもしれない。

 どこか淫靡な雰囲気のある外見からは想像もできない、ふんわりと穏やかな声。

 瑛花は、まばたきもできずに佑を見つめていた──が、数秒後、彼女は真っ赤になって両腕で佑の胸を押し返す。

『わっ、わたしは同じバスケサークルの一年生で神原瑛花です! 斉藤さん、急にぶつかった非礼をお詫びします。それと、助けてくださってありがとうございました!』

 ありえない。

 男性とあれほど密着していただなんて、まったくもってありえない。

 しかもここは天下の往来であり、瑛花は今、同じサークルの仲間たちに囲まれているのだ。なんたる失態だろうか。

 彼女が全力で佑から離れようとすると、彼は逆に瑛花の腰を抱く腕に力を込める。

『さっき、きみはオレを斉藤佑と呼び捨てにしましたよね。なのにどうして、今度は敬称をつけたんですか?』

『それは、本人を目の前にして呼び捨てだなんて失礼だからです!』

『じゃあ、オレがいないところでは呼び捨てにするんですか?』

 どうでもいいことを質問しながら、彼はぐいぐい瑛花を抱き寄せる。

 ──何よ! 怒ってるならそう言えばいいのに、陰険なことをする男ね!

 いい加減、瑛花もこんな破廉恥な事態をどうにかしたくて仕方がない。自分に非があるとはいえ、ろくに知らない男に抱きしめられているだなんて祖父母が見たら嘆くに決まっている。

『だったら堂々と佑と呼んでください』

『わ、わかりました! わかったから、もうその腕を……』

 放して、と言うより先に、佑がにっこり微笑んだ。やっと彼は両手を離す。

 自由になって安堵の息を吐く瑛花の耳に、さらなる信じられない言葉が聞こえてきた。

『ありがとう。ところで、きみはオレに彼女がいるか気になっていて、オレとふたりで帰りにカラオケに行きたくて、あとは何をしたいんでしょうか?』

『誰がそんなこと言ったのよ! わたしは……』

 尖りきった声で反論しようとする瑛花に気づいてか、あるいは気づいてすらいないのか、相手はふわりと唇に甘い笑みを浮かべる。

 同じ空間にいながら、異なる次元で呼吸をしているような、奇妙でたおやかな間合いで、彼は口を開いた。

『いませんよ』

 訂正しようとする瑛花の言葉を待たず、彼は言葉を続ける。

『彼女はいません。それから、きみとふたりならカラオケに行ってもいいです。なんなら今すぐと言いたいところですが、オレはミーティングに参加すると食事をってもらえる約束になっている苦学生なので、終わるまで待ってください。今夜の夕飯のためです』

 一気に与えられた情報量と、彼の勘違いを目の当たりにし、呆然と言葉を失う瑛花に、佑は「どうしますか?」と首を傾げて微笑をひとつ。

 逢魔が時、彼女の前に現れたのは、地に足の着かない浮遊感を醸しながら、一食の食費を浮かせるために自分の顔のよさを売りにしてミーティングに参加する生活感あふれる男性──

 それが、斉藤佑との出会いだった。

 フェロモン過多な外見と、ありったけマイペースな内面。

 そのことがきっかけとなったらしく、佑は瑛花にだけは自分から話しかけてくるようになった。ごくまれにだが、練習にまで顔を出すこともあり、次第に周囲は佑と瑛花がつきあっているものだと思いはじめた。

 それもそのはず、佑は客寄せパンダとしてサークルのミーティングに参加してはいたが、そもそも女性に対して(いや、男性に対しても)社交的な性格ではなかったのだ。

 有名国立大学に在籍しながら返済義務のない奨学金を受けるほどの成績優秀者で、実家のある千葉を離れて安アパートで一人暮らしをし、空いた時間はアルバイトに明け暮れる──そんな彼が、瑛花とだけは親しくしているのだから誤解も必然だろう。

 知り合ってから半年が過ぎた十一月のある日、佑はミーティングの帰りに瑛花を駅まで送る途中で公園に寄ろうと言い出した。

『今日は遅くなったから、寄り道しないで帰ったほうがいいわ。佑、あなたいつも薄着だから、こんな時間に外で遊んでいたら風邪をひくわよ』

 瑛花のほうが三歳も年下だというのに、ついお姉さんぶってしまう。もとから面倒見はいいほうなのだが、佑があまりにふわふわとしているせいで、放っておけないというのが正直なところだ。

『でも、今日はオレの誕生日なんです。だから、もう少し瑛花と一緒にいたいんですが、ダメですか?』

 律儀に敬語を崩さず、佑は瑛花をじっと見つめる。黙っていれば、じゅうぶんすぎるほどに美しい青年なのだ。こんなふうに見つめられて、恋愛経験のない瑛花がどぎまぎするのは仕方あるまい。

『い、一緒にいたいなんて、そういう恥ずかしい発言は……って、ちょっと待って、あなた今、なんて言ったの?』

『瑛花と一緒にいたいんですが……』

『そこじゃなく! もっと前!』

『今日はオレの誕生日なんです?』

 まるで、彼が自分の誕生日を確認するため瑛花に尋ねたような言い方になっているが、重要なのはその部分だ。

『……誕生日なら、先に教えてくれればいいじゃない。何もプレゼントを準備していないわ』

 なんだか申し訳ない気持ちになり、瑛花は少しだけうつむいた。いつも親しくしているのだから、誕生日プレゼントくらいあげてもよかった。

 今まで、男性に贈り物をしたことはないけれど、佑は別だ。彼は瑛花にとって初めての異性の友人なのだから。

『いいわ、公園に寄りましょう。あっ、でもその前に、ちょっとしゃがんでちょうだい』

 瑛花がそう言うと、佑は不思議そうにこちらを見つめてきた。黒い瞳に瑛花が映っている。艶めいて見えるのに、やけに純真な瞳が、瑛花は嫌いではなかった。

『しゃがむって、このくらいですか?』

 一七七センチの佑は、一五八センチの瑛花からするとかなり背が高い。しゃがんでもらわなければ、届かないのだ。

『そう。目をつぶって?』

『……はい』

 薄着の彼に、瑛花は自分のしていたワインレッドのマフラーを巻きつける。新品でなくて申し訳ないが、誕生日プレゼント代わりに。

『もういいわよ。さ、公園に行きましょう』

 寒さに鼻先を赤くして、瑛花が歩き出そうとした瞬間、うしろから彼女の右手を佑がぐいとつかんだ。

『どうしたの、佑?』

『……瑛花は、わかっていてオレを試してるんですか?』

 そう尋ねられたところで、そもそも何について試していると問われたのか理解が及ばない。つまり、瑛花はわかっていないのだからこそ、彼を試していないのだが、つかまれた右手が妙に熱い。

『べ、別に、何も試してなんかいないわよ。あなたが寒いだろうと思ったからマフラーを……。それはたしかに、新品でもなければあなたのために買ったものでもないのだから、不満かもしれないけれど……』

「快感・ハネムーン!! 天国のような島でめちゃくちゃ溺愛されました。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます