理想の彼氏が肉食系旦那様にアップデートしました

希彗まゆ

第一章 ログインすれば会えた『理想の恋人』と…… (3)

「じゃ、Bにしようか」

「うん」

 ルリがBを選択したとたん、最後の雲が取り払われ、ぱあっとまばゆい光がさした。美しい金髪の女の子、レインが完全に姿を現す。

『わたしはモンスターとなったママと刺し違え、神さまに天使にしていただきました。そのおかげで、いまもママのために鎮魂の歌を歌うことができます。ママに安らかなねむりを与え続けることができます。あなたたちに記憶を解放してもらう前までは、どうしてこんなモンスターのために鎮魂歌をげているのか自分でもわかりませんでした。記憶を解放してくれてありがとう。哀しい記憶でも、わたしにとってはみな大切な記憶。大好きなママからもらった、たからもの──』

 レインはそう言って、微笑みながらひとしずくの涙を流した。その涙がしずく型の宝石となり、ふたつにわかれてわたしとルリの頭上で輝く。やがてそれはわたしとルリの中に、吸い込まれた。

「持ち物の中に『レインの涙』が加わった。はるもあるかどうか、確認してごらん」

「うん」

 不覚にも、涙をこらえることができなかった。

 たかがゲーム。この現実世界の誰かの作り話だということもじゅうぶんわかっている。

 だけど、それでもレインの気持ちを考えずにはいられなかった。

「はる。もしかして、泣いてる?」

 ルリが、察してくれた。わたしの性格をすっかり把握している彼には、わたしがいつまでもチャット欄に次の言葉を打たないので、わかってしまったのだろう。

「だめですね、わたし……こんなに心が弱くて」

「はるは、心が弱いんじゃないよ。優しいんだ」

 そんなことを言ってくれるのは、ここ最近ではルリとお姉ちゃんくらいだ。両親とはほとんど接触していないから、仕方がないことなのだけれど。

 こんな調子で、ほかのクエストにもルリは連れて行ってくれた。

 クエスト自体も楽しかったし、なによりルリと一緒にいるから、ルリと一緒にするから、楽しかった。みんなに羨望眼差しでみられるのも、くすぐったくて幸せだった。そんなこと、慣れていなかったしいままでの人生でなかったことだった。

 比べたら悪いとは思うのだけれど、栄一くんのときはそんなことはなかった。

 栄一くんは見た目はイケメンの部類に入るとは思うのだけれど、過去に女の子をよく泣かせていたというがついてまわっていたせいで、彼とつきあっていても誰もむことなんかなかった。つきあっている最中だって、そのたびに身体の関係を迫ってきた。わたしが断れば我慢してくれたけれど、すぐにへそを曲げて何時間も黙り込むだなんてこと、当たり前だった。だけどわたしには圧倒的に経験値が足りなかった。男の人ってこういうものなのかな、と思っていたのだ。もっとわたしが努力しなければいけないのに、それにこたえることができないと思っていた。だから、浮気されても怒ることもできなかった。

 ネットゲームの中だからだろうか。ネット恋愛だからだろうか。ルリは、そんなことかけらも感じさせない。わたしに劣等感や嫌悪感というものをまったく感じさせないでいてくれる。おなじ男の人なのにこうも違うものなのか、と目から状態だった。

 グルサガには結婚システムもあり、条件がそろえばユーザー同士がゲーム内で結婚することもできる。

 真珠のティアラや七色の宝石でできたペンダントなどもその条件のうちのひとつで、結婚するにはそれらがなくては認められない。

 もちろんわたしはゲーム内のこととはいえルリと結婚するなんて考えたこともなかったから、真珠のティアラや七色の宝石でできたペンダントがもらえるクエストがしたいだなんて、言い出したりはしなかった。

 それでもじゅうぶん、幸せだった。

 今日も「レインの涙」のクエストを終えたあと、ルリと虹色海岸という場所でデートを楽しんでいると、コンコン、と控えめに部屋の扉がノックされた。

「小春? 起きてる?」

 引きこもりのわたしに、わざわざ部屋にきてまで声をかけてくれるのは、ひとりしかいない。両親はもうとっくの昔にわたしを更生させるのをあきらめている。

「うん、起きてる」

「入ってもいい?」

「うん、いいよ」

 パソコンの中のルリに向けて「お姉ちゃんがきたから、ちょっと待っててね」とチャット画面に打っておく。ルリが「ゆっくりしておいで」と返事をしてくれるのを胸がほっこりしながら確認すると、わたしは扉のほうに向き直った。

「どうしたの?」

「うん、ちょっと相談というか頼みがあって……。それにあんたごはんまだでしょ。食卓の夕食、手をつけてなかったから」

「あ……うん」

 ここ数日、ルリとの逢瀬が楽しみすぎて、起きれば食事も忘れてグルサガ漬けになっていた。恋でお腹がいっぱいなのだ。

 お姉ちゃんは、持ってきてくれた食事の載ったトレイを机のあいたところに置いた。おいしそうないい香りが漂ってきて、鼻孔をくすぐる。とたん、忘れていた食欲が顔を出し、ぐうっとお腹が鳴った。

 ふふっとお姉ちゃんが笑う。

「今日は冷やし中華よ。大好物でしょ」

「うん、ありがとう! いただきます!」

 と、その前に……と、ゲーム内で待ってくれているルリに、またチャット画面で「ごはん食べてもいいかな?」とメッセージを送る。

 ルリは、

「まだ食べてなかったの? もちろん、食べておいで。てず、ゆっくりね」

 と言ってくれた。

 そのわたしの様子を見ていたお姉ちゃんが、ふと心配そうに聞いてきた。

「なにかいいことでもあったの? いいことがあるのはいいんだけど、前よりゲームにのめり込んでるような気がするんだけど」

「ん……そうかも」

 ゲームにというか、いまはルリにのめり込んでいるのだけれど。そんなこと、口が裂けても言えない。

 ネットゲームは、まったくプレイしたことのない人たちにとっては、未知の世界だ。理解が得られないことも多々ある。ネット恋愛だなんて知られたら、しかもゲームで知り合った人とだなんて知られたら、ただでさえわたしの引きこもりを心配してくれているお姉ちゃんは、卒倒してしまうだろう。

 わたしは話をそらすことにした。

「頼みごとって、なに? お姉ちゃんがそういうの、珍しいね」

「そうそう、それなんだけどね」

 幸いにしてお姉ちゃんは、話に乗ってきた。

「わたしに婚約者がいることは小春も知ってるでしょ?」

「うん。竹脇さんでしょ、おなじ会社の」

 お姉ちゃんと竹脇さんは、わたしがまだ引きこもりになる前からのつきあいで、だからわたしもその存在は知っている。確かおなじ会社の人で、でもお姉ちゃんの会社は社内恋愛禁止という雰囲気だから、まだ誰にもその関係をにはしていないはずだ。

「部長がね、急にお見合いを決めてきちゃったのよ。『ちょうどいいお見合い相手がいるから、会ってきなさい。きみももういい年なんだし、結婚も考えたらどうだ?』って」

「……なるほど」

 事態はそんなふうに転んでしまったか。

 竹脇さんとのことを公にしていないから、部長さんもお姉ちゃんが誰ともつきあっていないと思ったのか。かなりおせっかいな人柄の部長さんだとは聞いていたけれど、そこでお見合いを決めてくるだなんて。お姉ちゃんとしては理不尽に思っているに違いない。

「お見合いって、いつなの?」

「明日よ」

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