理想の彼氏が肉食系旦那様にアップデートしました

希彗まゆ

プロローグ 運命の出会いは突然に / 第一章 ログインすれば会えた『理想の恋人』と…… (1)




プロローグ 運命の出会いは突然に




「なんだったらいま、キスだけしちゃう?」

 さらりとそんなことを笑顔で口にされて、心臓がこれでもかと早鐘を打った。

 告白し合ったくらいに好きな人。

 だけど、今日初めて出逢ったばかりの人。

 いまわたしはその人に、情熱的に迫られていた。

 しかもわたしが恋しているその人は、そんじょそこらのイケメンとはわけが違う。外国のお人形さんのようにかっこかわいい容姿に加え、背も高くてスタイルもいい。雰囲気もふんわりとあたたかくやわらかで、それだけでうっとりとしてしまう。そんな彼と、キスだなんて!

 すでに頭の中は、パニック状態だ。脳内ではおさかなくわえた黒猫が横切っていったり、どこぞのネコ型ロボットが苦手なネズミを見たおかげでわたしみたいにパニック状態となり、水素爆発をしたりしている。

「かわいい、はる」

 ふっと笑って、彼はさらに顔を近づけてくる。

「キス。しよ?」

 そんなわたしに、彼はさらに迫るのだった。




第一章 ログインすれば会えた『理想の恋人』と……




「はる、チロが一匹そっち行った!」

「わ、わかってる……っ」

 パソコン画面の中では、長い黒髪の日本の巫女衣装に身を包んだ女の子が、聖なる光を発揮するため杖をふるおうとしている。名前は、はる。これがパソコンの中でのわたしの姿だ。

 場所は「黒の洞窟」と呼ばれる難易度がそこそこ高めの狩場で、巫女であるわたしは仲間たちと一緒に「チロ」という経験値もお金もおいしいに似たモンスターを狩りにきていた。

 それは、見目麗しい男性に迫られる前日のこと。

 季節は七月。夏の暑い日に、わたしはいつものようにエアコンのきいた涼しい部屋に引きこもり、「グルノア・サーガ」というネットゲームの中でチロ狩りに参戦していた。

 グルノア・サーガ、略してグルサガはパソコンでプレイすることができ、世界中の人たちとやり取りができる。

 とはいってもわたしは最初に登録するとき「NEOサーバー」という、ユーザーのほとんどが日本人だというところに所属したため、いまのところ数えるほどしか外国人ユーザーと接触したことがない。

 ここ数年間ずっとネットゲーム漬けなおかげで、「NEOサーバー」の中でもモンスターを狩りに行く狩り仲間も定着していて、かなりプライベートな話までするようになっていた。

 それでもだれかれかまわずというわけではなく、「ルリ」というハンドルネームの彼相手にだけだったのだけれど。

 とはいえほかの狩り仲間とも、メールや携帯電話の番号を教え合う程度の仲にはなっていた。寝過ごして約束した狩りの時間に遅れそうなときには、メールか電話、もしくはLINEで通知をしてくるときもある。

 人によっては、そんないろんなものに束縛された生活、耐えられないと思う。だけど、わたしにはこれがちょうどよかった。数年前に負った痛手をすために始めたネットゲームは、いい感じにわたしをぬるま湯の中にからせてくれていた。

 しかもここ数日は、なおさらわたしは至福のただなかにいた。

 それというのも──。

「やばい! まれた! はる、頼む!」

「はっはいっ!」

 チロの一匹を攻撃しようとしていたコマンドを取り下げ、杖を仲間に向ける。一度コマンドを取り下げたり実行したりしたあとは、ディレイが生じる。そのあいだはまったく動けないのだけれど、近くのチロはまだわたしの存在に気がついていないから大丈夫だろう。

 仲間のひとりであるイズルが他のチロにやられた傷を、「癒しの光」を杖から放って治癒していく。仲間のHPゲージが満タンになるのを確認すると、ほっと息をついた。

 ところへ、目の端になにかが動いた。

「はる、チロに気づかれてる!」

 イズルをはじめ、ヤグラ、ワカという名前の仲間たちも他のチロの相手をしながらもわたしを助けようとしてくれている。わたしも近くにきていたチロから逃げようとしたけれど、ディレイのせいでまだ動けない。りすぎてチャットで発言する余裕もない。

 チロがわたしに向かって襲いかかったその瞬間──。

 ガガッと画面内から音がして、剣戟の光がまばゆく散った。すんでのところで、目の前まで迫っていたチロが地面に倒れ伏す。

 この剣戟は──!

「ルリ!」

 視界を移動させると、画面の端からゆったりと、黒い服をまとった青い髪の二刀流剣士が歩いてきた。

「はるがデートの時間に遅れてるから、迎えに来たんだよ。ゆなから、デートの時間までならって約束ではるがここに誘われたって聞いてね」

 はっとパソコンに表示されている時計を見てみると、確かに彼とのデートの待ち合わせ時刻をかなり過ぎてしまっていた。

「ごめんなさい、ルリ」

「いやいや、はるが悪いんじゃないって。巫女が足りないからってはるを誘ったのは俺だし」

「ルリはスキルを覚える試験受けに行ってたんだよな? いまの剣戟がそうだよな、スキル習得おめでとう!」

 イズルとヤグラも次々に他のチロをし終わり、ルリの周りに集まってくる。

「ありがとう。はる、俺のいないところであんまり危ない目にうんじゃないよ」

「だけど危機にはちゃんと駆けつけるもんね、ルリは。やっぱはるにはルリだよね」

 ワカがからかうように言うと、パソコン画面の前でわたしの顔が恥ずかしさに熱くなった。

 街に戻り、みんなでチロから得たアイテムを売って得たお金を分配し合い、ようやくルリとふたりきりになった。

「じゃ、デート。行こうか」

「う、うん」

 それというのも、この彼──ルリがいてくれるからだった。

 いまのわたしの生活は、完全に夜型になっている。夕方ごろに起きて携帯にメールがきていないかチェックをして、すぐにパソコンに向かう。

 二十七にもなると、夜型の生活はやはり少なからず身体に余波がくる。身体がだるくて仕方がなくなるし、起きたては食欲もない。

 だけど、ルリからのメールが入っていたりすると一気に心がる。とたんに頭も目もぱっちり冴えるし、食欲も湧いてくる。恋の力って、偉大だ。

 そう。わたしは、目下恋愛中なのだ。──パソコンの中で。


 ネットゲームをやり始めたというかやるきっかけになった数年前のわたしは、不幸のどん底にいた。

 元から地味でおとなしい性格だったわたしは、伊達眼鏡がないと極度の恥ずかしがり屋なこともあって他人と話をすることも不可能だった。

 そんなわたしが大学時代の友人に告白され、恋人づきあいをし、結婚寸前までの仲に進展した。普通の婚約者同士のようにデートを繰り返し、お互いの両親に紹介し合ったりもした。まさに、奇跡だった。

 しかし、奇跡はそこまでで終わった。

 結婚を目前にして、婚約者の浮気が発覚し、破談になってしまったのだ。

「だってさ小春、キスしかさせてくれなかったじゃん。いくら初体験が恐くたって、俺は婚約者だろ? ちょっと恐くて痛いくらい、なんだよ」

 婚約者、神田栄一の捨て台詞は、それだった。それだけで、わたしと彼との恋愛は終わりを告げた。

 恋なんて、二度としない。あれほどあっけないものなんか、ない。なによりもう、男の人のことが信じられないし恐くて仕方がなかった。

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