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実は肉食!? 紳士な先生のドSな本能

立花実咲

第1話 憧れのカレッジリングと片想い (3)

「だって……花音、かわいいのにもったいないよ。今までだって彼氏の一人や二人ぐらいいたでしょ? 今さらピュアな恋を貫かなくたっていいじゃん」

「ピュアじゃないよ、べつに……私だってそれなりに色々あるよ」

 花音はぼそっと言った。

「二十歳の今が女にとって一番の花盛りじゃない? 結婚相手との出会いだってあるかもしれないんだよ? 学生結婚してる人だっているみたいだし、かっこいい先輩だってたくさんいるでしょ。なんでそこを飛ばして十歳以上も年上にいくかなぁ」

 百合がいつまでも嘆くので、年の差なんて関係ないよ……と言いたいところをぐっと我慢して彼女の腕をとった。いくらされても好きなものは好きなんだから仕方ない。中学生や高校生みたいな恋愛していると言われようとも、頭で考えてやめられるものじゃないのだ。

「もうわかったから。心配してくれてありがとう。そろそろお腹空いたから、お弁当食べようよ」

 はぐらかしたなぁと百合が腕を組むけど、あえて知らんぷりだ。

「私今日はお弁当作ってきてないから、カフェテリアに行っていい?」

 百合の話がそれたところで、花音はうんいいよ、と元気よく答える。できたらさっきの話題はもうしないでほしい。

「デザートにプリン食べようかな」

「花音、ダイエットしてるって言わなかった?」

「えっと、明日からする予定」

 えへへ、と花音がごまかすと、百合が失笑した。

「なにそれーこの間もそう言ってたよねえ、花音ってば」

 他愛もない話をしながら、二人は学生会館の一階にあるカフェテリアに向かった。

 途中、すれ違った子たちが、「彼氏からカレッジリングもらったんだ」と楽しそうに話しているのが聞こえ、羨ましいなぁと思う。

「そういえば、同じ高校出身の千夏ちゃんも四年生の彼氏からゲットしたらしいよ。羨ましいーいいなぁ」

 百合も同じことを思ったらしい。

 相槌を打とうとしたら、百合に突然ツンツンと肘で突かれた。

「なに?」

「ほら、花音。大好きな一ノ瀬先生だよ」

 その言葉につられて顔をあげると、奏の姿が視界に入ってきて、ドキンと心臓が跳ねた。

 花音の視線は吸い寄せられるように、奏のところへ向かう。

 ノリの利いた清潔感のある白衣姿……端整な横顔、おだやかに微笑みかける眼差し、それらに見惚れる。彼が視界に入った瞬間から、たちまち世界が色づいて見えて。

 息ができなくなるぐらい胸がきゅっと苦しくなるのに、その苦しさはけっしてイヤじゃなく、むしろずっと味わっていたいぐらい心地いいとすら感じる。

 奏のプリントをもつ手、眼鏡のブリッジを押さえる仕草、やさしげな微笑み、それらが一コマずつ花音の胸にときめきと共に記憶されていく。

 こっちを向いてくれないかな。私も他の子みたいに話しかけられたらいいのに。一ノ瀬先生と喋れたらいいのに。笑いかけられる相手が私だったらいいのに。

 果てない欲求がわいては、何度も、何度も、胸が締めつけられる。

「あーん、やっぱかっこいいー眼鏡が素敵。二人きりのときだけ外してほしいー」

 ……まったく。さっきまでお目当ての男性がいると言っていた百合の姿はどこへ行ったのか、目が蕩けそうになっている。かく言う花音も同じような欲求を心の中で沸々と滾らせているわけだが。

 学部の子とどんな話をしているのだろうと耳を傾けたところ、どうやらレポートの件で用事があったようだ。

「今度から気をつけて。文字の特徴あったから気付いたけど、次は教えてやらないよ」

「はーい。っていうか特徴覚えてもらえてるなんて、嬉しいなぁ、大好き、一ノ瀬先生」

 女の子は甘えた声でそう言った。

(いいな。ずるいな。どさくさに紛れて好きとか言えちゃうの。私なんて二年も言えてないよ)

 身勝手な嫉妬を覚えながら、こちらに向かってくる奏と目が合い、また一段階ドキンと鼓動が激しくなった。彼が一歩ずつ近づいてくるたびにバイクのエンジン音みたいに心臓の音が速まる。

 どうしよう、胸が苦しい。

 遠くから見ていたときは、もっと近づきたいと思っていたくせに、いざ奏の姿が間近に見えると、いたたまれなくなって、今すぐにも逃げ出したい衝動に駆られる。

 自分の恋心がダダ漏れてしまうのではないかと不安になるのだ。

 どうしよう、どうしよう……何でもいいから理由をつけて、Uターンしちゃいたい。

 胃がきりきりしはじめて、百合の服を引っ張ろうとしたところ、

「花音、負けるな! チャンスだよ! なんか話しかけちゃいなよ」

 と、またしてもカウンターパンチを喰らった。彼女はいつも唐突だ。

「えっ……む、むりだよ。今、なんも考えてなかったし、話題がないもん」

 焦れば焦るほど、背中にだくだくと汗が流れる。

「話題なんてなんでもいいんだよぉ。講義の感想とかだっていいじゃん。ほら、先生行っちゃうよ」

 百合がほらほらと花音の背を押してくる。

 さっきの講義の内容を思い返そうとするが、頭が真っ白だ。

「だって、なんかレポート束にして抱えてるみたいだし、忙しそうなところ悪いよ」

「大丈夫だよ」

 じれったそうに百合が花音の手を引っ張り、今まさに通り過ぎようとしていた奏に遠慮なくじゃれついた。

「あ、一ノ瀬センセーだー! センセ、私もレポートの名前忘れたら気付いてくれますか? 一回なら注意しに来てくれます?」

 そう言いつつ、花音を一瞥した。

(百合ってば、アイコンタクトとかいらない……!)

 すると奏が「こらこら」とレポートの束でポンと百合の頭を軽く撫でた。

 きゃーと浮かれている百合が、花音には羨ましくてならなかったが、同じようなことをできる性格じゃない。真っ赤になったままもじもじするだけだった。

「仕方ないな。特別、一回ずつだけだぞ」

 甘い低音でひそひそと、さりげなくウインクまで追加され、耳がぼうっと熱をもつ。そのまま腰が砕けてしまいそうだった。

(不意打ちすぎる……!)

 今のはきっと、生徒を差別しないよう、彼なりの気遣いだったのだろう。

 百合なんかますますテンションがあがってしまっている。

「じゃあ、今度、研究室にお邪魔しに行ってもいいですか?」

「もちろん、講義やレポートのことだったらいつでも来ていいよ」

 そう言い、奏は緊張でかちこちに固まっている花音の方に一瞬だけ視線を寄せて、にこりと微笑んだ。その瞬間、花音の胸はたちまちきゅんと弾けた。

(……その笑顔は反則だよ、先生……)

 かぁーっと耳まで真っ赤になっていくのを感じて、花音は俯きがちに顎を引いて顔を隠した。そのくせに、耳の奥に沈んだ彼の声を、何度も巻き戻しして聞きたくなってしまうのだから重症だ。

 奏を目にするたびに、晴れの日であるにもかかわらず、雨の日の記憶が蘇ってきて、胸の奥がぎゅっと蛇口をひねったみたいに音を立て、わけもわからない切ない気持ちが止め処なくこぼれていく。恋ってこんなに切ないものだっけ? と思わずにはいられないほど。

 先生のばか。これ以上、好きにさせないで。花音は心の中で彼を非難した。

 そんなことを思っても、奏が花音の気持ちなど、知るわけがないのに。

「もーいつでもなんて言ったら毎日行っちゃいますよー」

 奏は笑顔でうまくかわして、白衣を翻して行ってしまった。

「眼鏡とウインクが似合っていいのは一ノ瀬先生だけだよ。ほんと罪作りだよね……って、花音、あーあ、真っ赤だよ?」

「だって……」

「まあね。あれだけ素敵なんだから、しょうがないよね」

 百合の声が遠のいて、胸の鼓動は秒針が音を刻むよりも速く、ドキドキしている。

 私がカレッジリングを贈ってほしいと思う人はたった一人だけ……。

 ──一ノ瀬先生が、好き。

(好き……すごく、すき)

 心の中で唱えるたびに、また好きが一つ増えていく気がする。

 絶対に叶わないとわかっていても、やっぱり好きなものは好きなのだと思い知らされるだけだった。

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