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実は肉食!? 紳士な先生のドSな本能

立花実咲

第1話 憧れのカレッジリングと片想い (1)




第1話 憧れのカレッジリングと片想い




「今日の講義はここまで。何か質問のある人はいますか?」

 初夏の明るい陽射しが差し込んでくる中、准教授の耳当たりのいい低い声が講堂に響き渡った。白衣を着た彼は、挙手をした学生の質問にいくつか答えたあと、

「では、レポートの提出期限を忘れないように」

 と言い、教壇から去った。

 彼の講義に出席していた花音は、長身の白衣姿を見送りながら、ハァ……と、物憂げにため息をついた。

 ゴールデンウィーク明けの五月病……ではなく、二年越しの恋わずらいのせいだった。

(もうちょっと先生の講義、たくさん受けられたらいいのになぁ……)

 さっきまで壇上に立っていた准教授の笑顔が、今も瞼の裏に焼き付いている。眼鏡の似合う理知的な横顔、白衣から伸びたしなやかな手、長い指先……落ち着いたテノール、それらが花音の胸をきゅんと甘く締めつける。

 講義は真面目に聞いていたつもりだけれど、ノートにはいつのまにか大好きな彼の名前が書かれてしまっていた。

 ぼうっとしていた花音は、『一ノ瀬奏』という文字を見て、ハッとする。

(……って、私……なに一ノ瀬先生の名前を書いちゃってるの……!)

 他の子に見られたら大変だ、と花音は慌てて消しゴムを動かした。ノートの文字は綺麗さっぱり消えていくけれど、苦節二年……胸に秘めた想いは簡単に消しきることができない。

 一ノ瀬奏──理工学部の准教授。三十四歳。帝都学院大学に在籍している准教授の中で一番若いとはいえ、二十歳の花音からすると十四歳も年上という無謀な片想いである。しかも学部が違うのでそうそう接点もない。

 栄養士を目指している花音は栄養学部の学生なので、奏の講義を受けようとするなら一般教養科目の選択をするしかない。それもたった週一回の金曜日だけ。

 奏の研究室では、生体免疫学や製薬の研究などが中心に行われ、花音が般教でとっている彼の講義では、食と免疫力というテーマを学んでいる。

 今日の講義内容は『培養細胞への食品添加物の影響について』。

 わかりやすかったし興味深かった。そして何より……。

(相変わらずかっこよくて、声も素敵だった……)

 心の中で一人嚙みしめながら、叶うことのない恋にちりちりと胸を焦がしていたところ、今度は心の声が漏れていないだろうかと焦って、隣の子に目をやった。

「やっぱいいよね、一ノ瀬先生。すごく丁寧でわかりやすいし、安心して講義受けてられるよ。何より、あのあまーい声、ずっと聴いていたい~」

 うっとりとした表情を浮かべて彼女が言うと、その向こうにいた友人も同調した。

「ほんとほんと。白衣と眼鏡が似合っていて~理知的でクールな外見なのに、物腰おだやかで笑うとやさしい雰囲気があって、なんかもうハイハイって言われたこと聞きたくなっちゃうっていうか~」

「ね~独身みたいだけど、彼女いないのかな。先生のお嫁さんになりたいー」

 先生に憧れているのは自分だけじゃない。他の学生たちがあちこちで盛り上がっているのを耳にし、花音も心の中で同意する。その一方で自分だけが知っていたかったな、と勝手な独占欲を抱いたりもする。

 奏の授業内容がユニークでわかりやすいのはもちろん、彼の端整なルックスと温厚な人柄は男女共に親しまれている。彼のゼミはとても評判がいいし、研究室は常に満員だ。学生はもちろん先生方の信頼も厚く、彼の周りには常に人が絶えない。

 花音は週一回の金曜日、講堂で必ずため息をつく。こうやって講義に出席したところで、 奏の目には大勢いる学生の一人にしか映らないだろう。恋に奥手な花音は、いつもこうして高嶺の花をただ遠くから見つめているだけしかできなかった。

 奏への想いは月日を重ねるごとに募るばかりで、恋焦がれている胸はどんどん苦しくなってくる。いっそ告白してしまおうかという衝動がないわけじゃないが、振られたらキャンパスで顔を合わせるたびに絶対に気まずくなるだろうし、好きでいることさえも許されなくなってしまうのだと思うと、勇気が出なかった。

 今は想っているだけで十分! と、決まって花音は呪文のような言葉で自分を抑え込んでいるけれど……。

 今はって、いつまでのことを言うのだろう?

 そんなことをこの頃考えている。

 トントンと注意を引くようにデスクを叩かれ、花音は我に返った。

 目の前には、綺麗に整えられた柳眉に、はらりとかかった茶色の前髪、そしてぱっちりとした大きな目があった。

「かーのん」

「わ!」と花音は驚いて声をあげる。

 同じ学部の友人、宮野百合が、花音の顔を怪訝そうに覗きこんでいたのだ。

「もーやっと気付いた。ぼーっとして、どうしたの? 元気ないね」

「う、うん。ごめん。ちょっと疲れちゃっただけ」

 花音は心配させないようにミディアムボブの髪を耳にかけながら笑顔を向ける。

「ね、明日、成南大学の人たちと合コンするんだけど、花音も参加してくれないかな? 御曹司とか有名人もいるんだって。ものすごいイケメンばっかりで今回本当にレベル高いんだよー。一ノ瀬先生もびっくりの美形揃い。どうっ?」

 ご自慢の巻き髪を指でくるりと撫でながら、百合が落ち着かない様子で頰を染めている。もともとぱっちりした瞳をした彼女だけれど、今日はいつにもましてメイクに気合が入り、睫毛もかわいくカールしてある。彼女の様子から期待値が高いことが窺えた。

 ──が、百合には悪いけれど、合コンという単語を耳にするだけで、即、拒絶反応が出る。花音にとって合コンはあまりいい思い出がないのだ。

「私、合コンのノリが苦手なんだよね。だから、もう参加しないって決めてたの」

「も~そう言わないで、今度だけお願い! 実は私、目当ての人がいるんだ。次行ったら、うまくいくかもしれないの」

 話を聞いたところ、百合が片想いをしている相手が成南大学にいて、友だちのつてで何度かメールをやりとりしたり友だち同士で会ったりしているうちにいい雰囲気になっているんだとか。それで大学の仲間を集めて合コンしようという話になったらしい。

 この頃は百合から誘われてもなにかと理由をつけて断ってきた花音だけれど、健気に片想いしている気持ちはわかるし、

「どうしてもお願い!」

 と、顔の前で両手を合わせる友人の気持ちをむげにできず……結局、渋々だったが了承する他なかった。

「わかった。付き合うよ。でも、今回だけだからね? あとは絶対に参加しないよ」

「ありがとう、花音。本当に恩に着るよ」

 ぎゅうっとハグされて、げんきんな彼女に花音は思わず笑った。

「もう、調子いいんだからー」

「花音だって、いい加減に彼氏欲しいでしょ? いい人見つかるように私協力するよ」

「ええ、いいよ。私は……ほら、好きな人いるから」

 花音がほんのりと頰を紅潮させると、百合はあからさまに白い目を向けてきた。

「はいはい。それはわかってるけどー……一ノ瀬先生でしょ? いい加減にもうやめなって。相手にされないまま卒業だよ?」

 断定されてしまい、そのとおりだからこそむぅっと膨れる。だいたい百合が合コンを持ちかけてくるときは、友人想いと称したお節介で、他に目を向けさせようという魂胆がある。

「いいの。だって仕方ないよ。好きだって思える人、他にいないんだから」

 花音は開き直るが、即カウンターを喰らった。

「じゃあ、思いきって告白しちゃえばいいのに。もううちら三年なんだよ? 卒業まで残り二年切ってるんだよ?」

 そう言われると痛い。うっと言葉に詰まる。あと二年足らずしか先生のことを見られないなんて……と考えたら、ますます気分が重たくなった。

 花音が奏を好きになった理由は、二年前の些細な出来事がきっかけだった。

 理工学部と栄養学部の校舎は近く、彼の研究室が入っている研究棟や学生会館がちょうど間にあり、昼時には学生会館内にあるカフェテリアへ移動する経路になっている。

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