萌えるゴミ拾いました。 年下男子といきなり同居!?

麻生ミカリ

萌えるゴミなら無料のイケメン!? (3)

 今のゴミは『燃やせるゴミ』と『燃やさないゴミ』なのだ。

 ──でもつい、燃えるゴミ燃えないゴミって言っちゃうけど。

「あーあ、わたしってほんとダメだ。ヒールは折れるし、駆人の新刊は買えないし、原稿はコンビニに置き忘れるし、なんかもうダメすぎて泣けそう」

 空き缶を拾い上げたのは、もうマンションの目の前だった。ゴミ捨て場の向かいには街路樹が茂り、その手前に白い大きな何かが置かれている。

 第二土曜と第四土曜は燃やさないゴミの回収日だが、いくらなんでもこれは大きすぎやしないだろうか。それに透明か半透明の中身が見える袋を使わなくてはいけないのに、この白いものは見るからに布だ。

 つい、誰かの出した正体不明のゴミらしき物体に手を伸ばす。別段、そのゴミがなんなのかを確かめたかったわけではなく、なんとはなしに──。

「衣類は燃やせるゴミなのに……って、え、ええっ!?

 足が、生えている。

 突如はじまったホラー展開に、玲奈はその場で尻餅をついた。膝が笑うとはこういうことか。なんてのんきなことを考えている場合ではない。

 ──バラバラ殺人とかだったらどうしよう!

 事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだが、いかな読書好きとはいえ、自分が事件の目撃者になるのは遠慮したいところだ。

 ビニール傘が歩道の上を風に吹かれて転がっていく。恐怖のあまり、傘も手放してしまった。しかし、スカートのお尻は濡れたアスファルトに座りこんだせいでびっしょりと濡れている。今さら傘を拾っている場合でもあるまい。

「……足だけ、とかじゃない……よね……?」

 おそるおそる白い布をめくると、裸足の足の裏から足首、その先には細身のブラックジーンズが見えてきた。よく見れば、すぐそばに靴も落ちている。脱いだのだろうか。

 一瞬安堵しかけたが、バラバラになっていないだけで死体の可能性は否めない。そもそも常態において人間は、雨の夜に路上で眠ったりはしないものだ。

「あ、あのー、もしもーし……、だいじょうぶですかー?」

 白い布と思ったソレが、丈の長いパーカーだと気づき、玲奈は頭らしき位置に移動して、そっとフードをずらした。

「い、生きて……ます……よね?」

 年の頃は二十歳前後だろうか。ぐっしょりと濡れた黒髪の下、薄く血管の透けたまぶたが閉ざされている。肌は白くきめ細やかで、少しこけた頰が痛々しい。

 ──えーと、この子は……男? 女?

 細身の体軀や色白の肌を見るに、中性的な女性と言われても不思議はない気がする。けれど化粧をしていない感じや、骨っぽい印象を考慮すると男性の可能性も高い。

 どちらにせよ、目を開ければだいぶキレイな子に違いあるまい。

「…………生きてるけど、少しだけ死にかけ、です」

 長い沈黙のあと、これまた性別を判断しがたい中性的な声が聞こえてきた。色を失いかけた唇が、声を発するたびに苦しげに震えている。

「病気か怪我ですか? それとも急性アルコール中毒? なんにせよ、救急車を呼びま……」

 ツイード部分が雨に濡れて色を濃くしたバッグから、玲奈は電話を取りだそうとした。この場合、彼女の手に負える事態ではないだろう。さっさと病院へ行って、しかるべき処置をしてもらう必要が──。

「待って、救急車はダメです。僕、無一文なんです」

 けれど、力なく横たわっていたはずの彼が、玲奈の手首をぎゅっと握る。皮膚の表面は濡れてひどく冷たいけれど、その奥にはかすかな体温が感じられた。

「え……、無一文……?」

 玲奈の戸惑いの声をかき消すように、車道を大型トラックが二台続けて走っていく。ライトに照らされて、身を起こしたパーカー男子の顔が近づいた。

 そのとき初めて、玲奈は相手と目が合った──たぶん。なにせ、最初は目を閉じて行き倒れていたのだから当然か。

 トラックのヘッドライトを受けても、彼は目を細めることさえしなかった。

 男性にしては線の細い輪郭に、すっと通った鼻筋、よく見れば鼻の下から左頰には血と思しき汚れもある。

 なのに、彼の瞳は世界を吸い込みそうなほどに透明だった。

 奥二重のすっきりした目元だが、決して切れ長というわけではなく、どこか頼りなげなさを揺らめかせる。黒目のふちがやけに青い。白目と黒目の境界線、青色のはっきりした幅がある。

 ──やっぱり、キレイな子だった。

 こんなときだというのに、予想どおりの瞳を見つめて玲奈はため息をつきそうになる。

 テレビや雑誌の中にあふれる画一的なイケメンとは次元が違う。顔立ちの端整さだけならば、芸能人にはもっと美しい男性もいくらでもいるだろう。

 けれど目の前にいる彼は、独特の雰囲気を身にまとい、夜更けの雨に濡れていてもキレイだ。

「……かえ……く、……な……」

 聞き取れないほど小さな声で、彼がなにかをつぶやいて。

 それを理解するより先に、その体が玲奈に向かってしなだれかかる。もう少し場面が違えば、抱きつくないし押し倒すという表現がされそうな体勢だ。

「はい? あっ、ちょっと、こら! なに、寄りかかって……、ちょっとぉぉぉ!?

 現状をみるに、これはどう見ても『行き倒れた男』でしかなさそうだが、細い腕ですがりつかれるとぶん殴って引き剥がすのも胸が痛い。ただしイケメンにかぎる、などと考える余裕があったのだから、玲奈もそこまで混乱していたわけでは──いや、混乱ゆえの思考かもしれないが。

「ちょっと! こんなところで意識なくさないでよ! っていうか、わたしにどうしろっていうのよ!」

 ぐったりともたれかかる謎の男を抱きかかえながら、彼女はその日何度目かわからない理不尽な事態に天を仰いだ。


 これは人生の大きな分岐点だ。フラグだ。運命だ。次の世界線へ移動するには、そのくらいの事件が必要なんだ。

 だから雨の夜だろうと貫一がお宮を足蹴にする浜辺だろうと、ストーカーの天使とボディガードの死神が抜き差しならない攻防戦をり広げる今、今、今! 今この瞬間だろうと、拾い物は地面からじゃなく空から拾えってことだよ。

 YouknowwhatI'msaying?

(『レイトラウンドアラウンド』玖珂駆人)


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 ──で、この状態から放り出すワケにもいかないんですけど……。

 現在時刻は午前二時を過ぎたところ。

 依子の使っていた部屋に横たわる白いゴミ、もとい謎の男性を見下ろして玲奈は大きくため息をついた。

 あのあと、マンションのエントランス前で騒いでいたため、帰宅した住人男性が心配して声をかけてくれたのだが、玲奈はつい「弟なんです!」と言ってしまった。

 病院へ搬送されることを拒んでいたったというよりは、なんとなく口をついた言葉だったけれど、親切な六階の住人は『泥酔して鼻血を出して路上で寝てしまった弟』を十二階まで運んでくれた。

 幸いにして依子が客用寝具を残していったので、どこの誰かもわからない弟を寝かせてある。

 部屋についたとき、かろうじて意識を取り戻した彼は、玲奈が怒りながら差し出したTシャツとジャージに着替えて、フローリングに布団を敷くと気絶するように眠ってしまった。

「……今さら、不審人物ですって警察に連絡するのもヘンだよね」

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