萌えるゴミ拾いました。 年下男子といきなり同居!?
萌えるゴミなら無料のイケメン!? (2)
ただし、快適な住環境というものは得てして高い対価を要求されるものである。例に漏れず、ふたりの住むマンションは一カ月の家賃が十七万一千円、管理費八千円。ごく普通の仕事をしている二十六歳女性がひとりで住むには到底払えない額だろう。
出版社勤務の玲奈と、叔母の経営する画廊で働く依子には転勤のおそれがなかったこともあり、ふたりで暮らすにしても贅沢なマンションを選び、たいそう幸せな日々を送っていた。
過去形なのには理由がある。
「ああ……、引越し先、どうしよう……」
錦糸町駅で降りるつもりが、寝ているふりをしているうちにほんとうに眠ってしまい、乗り越して押上駅まで来てしまった玲奈は、さすがに覚悟を決めてビニール傘を買った。
押上駅からマンションまでは、徒歩で約二十五分。
望んで出向いた散歩ならばまだしも、週末の二十三時過ぎに痛い足を引きずって、雨の中を歩くのではうんざりするのも当然だ。
傘に当たる雨音を聞きながら、玲奈は今日の失態を思い出さないよう、急いで決めなければいけない新居について思いを馳せる。
依子が突然、結婚を決めたのはつい先々週のことだった。一般人の電撃結婚にはつきものの、いわゆる授かり婚である。男っ気などまったく感じさせなかった友人が、ある日唐突に「ごめん、玲奈。結婚するからもう一緒に住めないの」と言い出したときの、玲奈の絶望感は筆舌に尽くしがたい。
しかし、依子の幸せは玲奈にとっても喜ばしいことに変わりはなかったので、二カ月先まで家賃を払うとの申し出を断り、ささやかな貯金が尽きるまでに新居を探すことにした。
──ああ、やっぱり依子の厚意に甘えればよかった。月々十八万円なんて、お給料ほとんど消えちゃう……。
すでに先週末、依子は結婚相手に手伝ってもらって引越しを終えている。帰ってもひとり、マンションの広さが今となっては玲奈の孤独に拍車をかけた。
「あーあ、もういいんだ。どうせ、わたしは運が悪いんですよーっと。また、駆人の新刊買えなかったしさぁ……」
六年前、まだ玲奈が大学生だったころ、玖珂駆人は彗星のごとく現れた新人作家だった。
ライトノベルとライトミステリの垣根が曖昧になり、大手出版社が総合的なエンタメ小説新人賞を企画したその年、玖珂駆人は審査員投票と読者投票の両方で最高票を獲得し、初代受賞者としてデビューを果たす。
そうはいっても、当時は対象読者をどの層に設定するかを出版社もまだ手探り状態だったのか、はたまた耳慣れない新人賞受賞作品の扱いを書店員が迷ったのか、新刊コーナーの片隅に一冊だけ棚差しされていたのをよく覚えている。
何を買おうと思って出向いたわけではなかったのに、玲奈はその本を手にとった。『ゴーザラウンドアラウンド さよなら天国またきて地獄』という、何を言いたいのかまったくもってわからないタイトルのその小説は、発売から半年の沈黙ののち、新時代の波紋を広げはじめた。
簡単にいえば、売れたのである。
玖珂駆人は決して自身のことを語らず、年齢性別出身地すべてを明かさなかった。とってつけた設定じみた名前のせいか、最初は揶揄されることも多かったが、日に日に彼のファンは数を増した。『ゴーザラウンドアラウンド』は増刷に増刷を重ね、続編となる『レイトラウンドアラウンド』が翌年春に、その四カ月後には前日譚となる『アーリーラウンドアラウンド』が次々と発表された。シリーズは七作目の『ラストラウンドアラウンド』にて完結したが、そのころにはすでに玖珂駆人は別シリーズも展開しており、一躍人気作家の仲間入りを果たしていた。
その玖珂駆人の現在の人気シリーズ最終巻が、本日発売だということを玲奈が思い出したのは帰りの半蔵門線の車内である。買いたくとも、すでに書店の営業時間を過ぎていた。いっそのことAmazonで注文すればよかったとiPhoneでネットを検索したが、なんのことはない、どのネット書店ものきなみ売り切れという喜ばしくも悲しい事態に陥っている。
「あーあーあー、もう!」
見上げた空、雨雲は数を減らし、小さく瞬く星の名を玲奈は知らない。根っからの文系気質で、高校は二年から私立文系コースを選択した。暇さえあれば読書に励み、男子とは極力会話をせず、女子とも必要以上に群れない高校生活を送ったのには理由がある。
中学に上がったころから、玲奈の胸は本人の望まぬ育ち方をしはじめた。具体的に言うと、中学一年でCカップ、中学二年でDカップ、中学三年でEカップと毎年ブラジャーのサイズを更新する発育ぶりだった。
それにくわえて玲奈は生まれつき上唇が厚く、いわゆる男好きのする顔立ちをしていた。
無論、顔も胸も玲奈のせいではない。成長期のいたずらか、はたまた母からの遺伝か。どちらにしても玲奈にはどうしようもないのに、見た目で判断する人間はどこにでもいるものだ。
通学電車では高確率で痴漢にあい、クラスの男子からはかげで『愛人候補』と呼ばれ、親しくしていると思っていた女友達が片思いする先輩から「一回っていうか、一晩だけでいいからつきあってくれない?」というひどい告白をされ、挙げ句の果てには女子の間で『友だちの好きな男を寝とったビッチ』という名誉ある称号を授与された。その時点で玲奈は男性と交際をしたこともなかったし、ビッチどころか処女だった。
今にして思えば、その程度の陰口など「事実無根よ! わたしは処女よ!」と振り払うこともできたのかもしれないが、いかんせん思春期の女子が言えた言葉ではない。いや、十年経っても言わない子は言わないし、言えない子は言えないものだ。
もっとも、社会人になって、社内でのセクハラじみた発言に対しては反論もできるようになった。女の隙を見せないことで、男の多い職場でも仕事さえこなせば評価される。それを知っているからこそ、ムリにデキる女を演出している。甘えたがりで寂しがりやの本性を隠して、玲奈はいつも気丈に振る舞ってきた。少なくとも本人はそのつもりだ。
しかし、それも相手が社内の人間の場合、と前置きしなくてはいけないのが厄介なのだ。
女好きの人気作家を担当するにあたり、セクハラ発言にいちいち反論していては、もらえる原稿ももらえなくなってしまう。具体的には後石原雅意。奴が目下、玲奈の天敵だ。
「ほんと、やってらんないよ……」
人通りのない住宅地からも、スカイツリーの姿はよく見える。玲奈はふふっと小さく笑って、足元に転がっていたコーヒーの空き缶を蹴りあげた。ボコッと鈍い音がして、やみつつある雨の下を缶が不器用な放物線を描きながら飛んでいく。中身が残っていたのか、ミルクが分離した液体が散った。
「…………って、こんなところに空き缶なんて捨てていくバカはどこのどいつよー、もうー」
アルコールなど一滴も摂取していないのに、疲労困憊と不運続きに妙なテンションを引き起こし、玲奈は転がる空き缶を追いかける。
墨田区に引越してきた当初、ゴミの分別に戸惑ったことを今でも覚えている。
それまで住んでいた都下では、大別として『燃えるゴミ』と『燃えないゴミ』があった。むしろ子どものころからゴミはそういう分別だったと記憶しているのに、昨今のゴミ事情は違っていた。
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