どっちも、好きでしょ? 王子な彼氏とケモノな弟の極上トライアングル

槇原まき

第一話 姉弟 (1)



第一話 姉弟




「う……ぅん……」

 朝の六時を告げるスマートフォンのアラームに、げながら意識が浮上してくる。

 自分を包み込んでくれる温もりの心地よさにうっかり擦り寄りそうになって、はハッと瞼を開けた。

 目の前に広がるのは色白な男の胸板。この男に腕枕をされ、しっかりと抱きしめられる形で目覚めるのは、初めてではないのにまったく慣れない。

 上半身裸の男の腕からスルリと抜けだした澪は、上体を起こして彼を見下ろすように視線をやると、小さくため息をついた。

「……優斗ったらまた私の部屋に来て……」

 カーテンの隙間から漏れる朝日に照らされた彼の髪は、光の加減によっては黄金色にも見える薄い茶色。その長い前髪が隠している目は柔らかく閉じられ、少し開いた唇からは規則的な寝息が聞こえている。

 華奢でなだらかな肩から伸びるのは、スラリとした腕。

 身長はとうの昔に追い越されてしまったけれど、寝顔はまだまだあどけない。

 彼は──澪の四歳年下の弟、椎名優斗。

 もう二十一歳の大学四年生になったというのに、弟は未だに一人で夜を眠れない。

 寝入りは確かに澪一人なのに、弟はいつの間にかこの部屋にやってきて、勝手に隣で寝ている。

(まったくこの子ったら……いつまで経っても甘えん坊なんだから……)

 二、三度優斗の髪を撫でながら薄らと微笑む。

 わがままなところがあっても、甘えん坊なところがあっても、優斗は可愛い弟だし、たった一人の大切な家族だ。

「優斗。ゆーと、起きて。優斗」

「うー」

 揺り起こすと、気怠そうなき声と共に優斗の眉間がキュッと寄せられた。

「『うー』じゃないの。ほら起きて。朝だよ」

「……あと……ごふん……」

 枕に顔を埋め、お決まりのセリフで逃げる優斗をよそに、澪はベッドを降りてカーテンを開けた。遠慮のない朝日で部屋を満たして優斗の目覚めを促す。

 二人っきりの家族になって早七年。優斗を起こすのは、姉である澪の朝の日課だ。

「ダーメ。ほら、起きて。今日は撮影があるんじゃなかった?」

 優斗はその長身と整った顔立ちをいかして、モデルのバイトをやっている。大学の研究室でもバイトをしているからモデルのほうはあまり本腰を入れていないようだが、それでも一定の人気はあるようで時々雑誌の表紙を飾っている。

「……姉さんがキスしてくれたら起きる」

「何言ってるの、するわけないでしょ。冗談言ってないで起きて」

 優斗が簀巻きのように包まっているケットを引き剥がしにかかると、強く手首を引っ張られた。バランスを崩した澪の身体がそのまま優斗の胸板に飛び込んでしまう。

「きゃ……!」

 上半身裸の優斗の胸板が澪の頰に当たる。

 生々しい肉の触れ合いに、相手は弟だとわかっていても心臓が跳ね上がる。慌てて離れようとしたが優斗にギュッと抱きしめられて、澪は目を見開いて硬直した。

 後頭部の丸みに沿って髪を梳くように指を差し入れられ、もう片方の手では腰を抱き寄せられる。髪に優斗の吐息が吹きかかり、あまりの近さとこの状況の危うさに緊張が走った。

「姉さん……大好き。ああ~いい匂い……姉さん……姉さん……」

 弟の言葉に含まれる「大好き」を、冗談として受け流せない。

 脳裏にチラつくかつてのちの記憶が、彼にわなくてはならないという理性のスイッチを入れる。


『姉さん! 姉さん! 姉さん、好きだ!!

『ゆ、うと……やめ……やめて……っ、お願い……ゃだぁ……』


 それは、三年前に姉弟で身体を交えてしまった──過ちの記憶。

 一度きりとはいえ、倫理にもとる行為をしてしまった未だ消えることのない背徳感。


「ゆ、優斗……離して」

「いーや」

 短い拒否の言葉と共に指先で唇に軽く触れられ、そのまま優斗の顔が近付いてくる。

 本当に弟が自分にキスしようとしているのだと気がついて、彼の胸を押すようにして身を捩ったが、細身ながらも相手は男に違いなくて、そのままベッドに引きずり込まれた。

「やっ……ゆ、ぅとぉ……」

 天地が入れ替わるようにしてベッドに仰向けに押し付けられ、実の弟とは思えないくらい整った顔に見つめられる。

 涼し気な目元と高い鼻梁。そしていつも微笑みを絶やさない唇。

 弟なのに。血を分けた弟なのに……彼から目が離せない。

 親戚の法事に行くと言って出かけた両親が、車の事故でそのまま帰らぬ人になってから、された姉弟で手を取り合って生きてきた。

 たとえ弟が自分を慕ってくれているとしても、この男は弟。決して恋をしてはいけない相手。

 なのに──

 澪が優斗に見とれて抵抗の力を失いかけた時、触れ合うように彼の唇が重ねられる。

(あ──……)

 寝起きで少しカサついた唇が、割って入ってきた優斗の舌先によって潤されていく感覚に、澪は全身に粟立つものを感じてギュッと目を閉じた。

 優斗の舌先が口蓋をなぞると、じわりと唾液の分泌が促される。それがぴちゃりと音を立てて彼の唾液と混ざり合い、銀糸を引きながら離れると、綺麗に笑った彼と目が合った。

(……キスされちゃった……)

 朝の攻防に押し負けて澪が唇を奪われるのも毎度のこと。

 もっと本気で抵抗しないといけないとわかっているのに、できないのはどうしてだろう?

「おはよー。姉さん」

「……お、おはよ。もう……ダメだよ、私のとこで寝たりしたら」

 動揺を悟られないように声に力を入れて返事をしてみたが、泳いでしまった視線は隠せそうもない。

「だって一人じゃ寂しくて眠れないんだもん。はー今日はいい天気だねー」

 姉の動揺など意に介さず、優斗はベッドから降りると、窓の向こう側の澄み渡る青空に目をやる。朝日を浴びて笑う優斗の立ち姿に目が離せない。

 澪はベッドに横になったまま、弟を見つめていた。

「なーに? もっと?」

 未だベッドに横になっている澪をからかうようにして、優斗が抱きついてくる。

 身体の上に伸しかかられると、朝の男性特有の生理現象を起こしたを上下にるように太腿に押し付けられて、キス以上の行為を感じて逃げ出す。

「ダメなんだから!」

「わかってるよ」

 そうは言いながらも、優斗の指先は澪の濡れた唇を未練たらしくなぞっている。

「姉弟だからえっちはダメなんだよね、わかってる。だからキスだけさせて……」

 姉弟だから──姉弟だけど──姉弟なのに──

 一度越えてしまった一線を再び越えることがないように、優斗は自制してくれている。

 だから再び重ねられた唇を突き放せない。

(優斗……優斗……優斗……!)

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