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トナメン!! となりに住んでいるサラリーマンがダメなイケメンだと思ったら……!?

里崎雅

第二章 新米社員の憂鬱 (1)


第二章 新米社員の憂鬱



 事の発端は、一ヶ月前までさかのぼる。

「ウソ!? ちょっとこれ、マジですかぁ!?

 会社の独身寮に住んでいる萌が、食堂で夕食を済ませて部屋に戻ろうとした時のことだった。

 いつもはほとんど何も貼られていない掲示板に、『重要』という赤い文字の入った文書らしきものが貼られている。何か大事な知らせだろうかとノコノコとまで近寄って、萌は思わず大声を上げた。

 その声があまりに大きかったせいか、同じく食事を終えたばかりだった独身寮の先輩たちがワラワラと掲示板の前に集まってくる。

「あー、これかあ。とうとう決まったんだね。奥野さん、知らなかったの?」

 一人の先輩社員の声に、萌は涙目で振り返った。

「皆さんは、知ってたんですか!?

「え、知ってたよ。随分前から」

 あっさりと言われ、萌一人だけが蒼白となる。

 掲示板に貼られていたのは、急遽独身寮を取り壊すことが決定したという会社側からの通達だった。

 情の全く感じられない淡々とした文面に、くらりとめまいがしてその場にしゃがみこむ。

「決まっちゃったかあ。まあ仕方ないね」

「んー、私はこれをきっかけに彼氏のところに行っちゃおっかなあ

「うわ、羨ましい。私たちは、ルームシェアしようかって話してたんだよね」

 萌の頭上からは、先輩社員たちが好き勝手に話す声がワラワラと降ってくる。

「仕方ないねって……一体どういうことでしょうか……?」

「そっか。奥野さんはこの寮に入ってきたの、今年の春からだもんね」

 萌が専門学校を卒業したのはこの春のことで、就職したのもこの独身寮に入ってきたのも同じ頃だ。何を言っているのかわからず恨めしげに見上げると、先輩社員たちは気の毒そうに互いに顔を見合わせた。

「この独身寮、相当古いでしょ? 確か去年の始め頃、なんかの検査で耐震性が引っかかったみたいで、閉鎖するかもしれないってその頃から言われていたんだよね」

「最近は地方出身の新入社員でも、寮に入らずに一人暮らしする子が多くなってたし……会社の方では、独身寮の存在意義みたいのが随分前から疑問視されてたみたいよ」

 ねーっと顔を見合わせる先輩たちを、呆然と見返す。

 正直、萌には寝耳に水だ。

「そんなぁ!」

「ここに入る時、何も聞いてない?」

「多分……聞いてないと思いますけど……」

 弱々しくうなだれて床に手をついた萌の肩を、先輩が軽く数回叩いた。

「これだけの大きさの独身寮を建て替えるとなると会社の出費も相当だし、今の時代を考えたら仕方ないよね。私も寮があるっていうから経済的になんとなく入っただけだけど……これをきっかけに、一人暮らし始めるつもりだから、奥野さんもそうしなよ」

 じゃあね、と先輩たちは座り込んだままの萌を残して、それぞれの部屋へと戻っていった。

 一人残された萌は、ノロノロと立ち上がり再び貼られた文書に目を通す。

 退寮期限までしっかり記されたその文書の内容は、どう考えても簡単にくつがえせそうもない。かといって、ハイそうですかと素直に引き下がるわけにもいかない。

(まだ入寮して三ヶ月くらいしかたってないっていうのに……ひどすぎるよ)

 ダメ元で明日総務部へ抗議をしてみようと、ひとまず萌も重い足を引きずって自室に戻った。


 翌日。

 意を決して訪れた総務部での対応は、けんもほろろだった。

「入寮前に渡した資料、ちゃんと目を通した?」

 三ヶ月前に入ったばかりでいきなり退寮はひどすぎる、と弱々しくも一応苦情めいたものを漏らすと、担当者の女性社員は形の整った眉を不機嫌そうにひそめた。

 首からぶら下げたネームプレートには、堅田と名前が記されている。

『名前通りにお堅い堅田さん』とよく噂されているのはこの人だったのか、と納得している場合ではなかった。

 萌が働いているのはキャラクターグッズやファンシー雑貨を扱う会社で、いたるところに可愛いらしいグッズが溢れている。女性が多く自由な社風であるにもかかわらず、きっちりとスーツを着こなした堅田はある意味異質で、まるでテレビドラマに出てくるキャリアウーマンのようだ。

 どちらかというとラフな格好の萌は、彼女の威圧感に負けて数歩後ずさりをした。

「えっと、資料……ですか?」

「去年から、あそこに入寮する人にはきちんと書類渡して署名してもらってるはずだけど。老朽化が激しいから、いつ壊すことになるかわからない、その際にはちゃんと出ていきますよってやつ。あなた、もらった書類全部にちゃんと目を通した?」

 上から目線で言われて、さらに縮み上がる。

 入寮の時はたくさんの書類に名前を書かされたんで、ひとつひとつは覚えてないんです……とこの状況で口に出すのは逆効果な気がして、ひとまず口をつぐむ。

「ホラ、あったわ」

 書類棚から取り出した重厚なファイルをパラパラとめくっていた彼女は、勝ち誇ったように一枚の紙を取り出した。

 確かに、そこに記されているのは紛うことなき自分の名前だ。当然、筆跡も萌のもので間違いない。

「これがある以上、知らなかったでは済まされないわね。独身寮の寮費、随分と格安だったでしょう? あれは取り壊しのリスクを考慮しての価格だったわけ。今までその恩恵を受けてたんだから、苦情は受け付けません。こっちとしても上で決められたことを変更なんてできないし、このまま粛々と独身寮閉鎖と取り壊し作業を進めさせてもらうしかないのよ。猶予期間内に、さっさと引越し先を決めてちょうだいね」

「そ、そんなぁ」

「寮の廃止が決まって忙しいのはアナタだけじゃないわ。こっちだって春の異動が終わったばかりなのに、余計な仕事が増えてうんざりしてるところなんだから。さ、わかったら行ってくれる? 引越し先が決まったら、転居の届けはお早めに!」

 急かされるように総務部を追い立てられ、萌は廊下に出ると再びがっくりとうなだれた。

 キャラクターを扱う会社らしく可愛らしい壁紙の廊下が大好きだったけれど、今日ばかりはそうは思えなかった。むしろ、微笑みかけてくる壁に描かれたキャラがなんだか恨めしい。

 寮での生活リズムに、ようやく慣れてきたところだったのに。

 新人として日々の仕事に、ほんの少しだけ慣れてきたところだったのに。

 しかし新入社員のちっぽけな要望なんて、通るような状況ではないみたいだ。

 仕方なくノロノロと所属部署である商品部に戻り、ファンシーグッズに囲まれたデスクで頭を抱えていると、背中から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「奥野? どうしたの? アンタ具合でも悪いわけ?」

梅村さん……」

 振り向くとそこには、真っ白なシャツに黒いコクーンスカートをクールに着こなす女性が立っていた。可愛らしい社内の雰囲気とは正反対の、どちらかというと知的なクールビューティーの彼女は、新人社員の萌の教育係でもある梅村だ。

 頭を抱えている萌のデスクに手をつくと、梅村の黒くて長い巻き髪がさらりと肩に流れた。

 昨晩、掲示板の貼り紙を見て萌がショックを受けている時にはいなかったが、彼女も独身寮の住民だ。この一大ニュースを知らないはずはない。

 萌は精一杯悲愴な顔を浮かべて振り向くと、梅村の白いシャツにすがった。

「梅村さぁぁん!」

「わ! ちょっと、汚れるじゃない!」

「知ってますよね!? 独身寮が廃止になるから出ていかなきゃいけないって話……。 私、納得いかなくて総務部に行ってきたんですぅ! そしたら、寮に入る時にいつでも出ますよって契約書にサインしてるんだから、さっさと退寮するようにって……!」

「あー、そのことか」

 萌がすがった腕を面倒くさそうにぶらぶらと振りながら、半分呆れた表情で梅村がため息を吐いた。

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