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トナメン!! となりに住んでいるサラリーマンがダメなイケメンだと思ったら……!?

里崎雅

第一章 お部屋探しは大変!?


第一章 お部屋探しは大変!?



「ここかぁ……」

 交通量が多い道路に面したやや古い建物を見上げ、奥野は感嘆ともため息とも取れるような息を吐いた。

 新しいとはお世辞にも言えない物件だし、壁には年季を感じさせるヒビが入っている。しかし、手入れが行き届いているのか寂れた雰囲気は全くないし、よく見ると階段の手すりには凝った装飾が施されている。

 正面の塀に掲げられた重圧感のある表札の『もえぎ荘』というのが、おそらくこの建物の名称だろう。

 自分の名前とわずかにかぶった名称にも、なんだかちょっぴり運命じみたモノを感じる。

 表札のでこぼことした文字を指でなぞりながら、萌はもう一度古めかしい外観を見上げた。

 ──こういうの、があるって言ってもいいよね。

 無理やり自分に言い聞かせながら、うんうんと力強く頷く。その反動で、肩まで伸びた茶色の髪がふわふわと揺れた。

 少しでも大人っぽく見せたくてかけたパーマは萌には逆効果だったようで、会社の同僚たちには『外国の子供みたい』なんて言われる始末だ。黒目がちで丸みを帯びた目元も、年より幼く見えてしまう要因のひとつだろう。

 それでも、風に揺れてシフォンのようにはずむ軽い髪は、結構気に入っている。

 不動産屋で教えてもらった空き部屋は、確か二階の角部屋だ。

『道路側の角部屋だから、ちょっと騒音が気になるかもしれないけどねえ』

 萌に部屋を紹介してくれた年配の不動産屋店主の、意味ありげな表情を思い出す。確かに、道路に面している部屋なだけに騒音が気になるのかもしれないけれど、その分壁側に窓がひとつ多くて日当たりがよさそうだ。

 眠りは深い方だと思うし、いざとなったら耳栓でもすればいい。

 大丈夫大丈夫、と再度自分に言い聞かせる。

 ぐるりと裏手に回ってみると、そこの壁にはが茂っていた。一歩間違えば古くさく見えそうなものだが、それがなんとも言えず建物の雰囲気に合っている。

 グレーの壁に薄緑色の蔦が鮮やかに映えていて、『もえぎ荘』の名前の由来は、もしかしてこれかもしれないなんてふと考えていた。

 部屋の中も見たかったが、前の住民が引越したばかりで室内の点検や清掃が済んでいないから無理だと言われてしまった。間取りは図で確認しているとはいえ、それだけが少し気がかりだ。

 でも、それも仕方ない。もはやじっくりと物件を選んでいる余裕はないのだから。

 ウェッジソールのサンダルでペタペタとアパートの周りを歩き回っていた萌は、建物を見上げながらようやく安堵の息を吐いた。

 この一ヶ月、とある事情から休日平日問わず物件探しに明け暮れていたけど、そんな日々もようやく終わりそうだ。百パーセント満足のいく物件ではないにしても、季節はずれのこの時期に予算内・通勤圏内で見つけられただけでも充分と思った方がいい。

 ──ここで、私の新しい生活が始まるんだ。

 いやが上にも、気持ちはウキウキとはずむ。

 そうと決まれば、早急に書類を揃えて不動産屋に提出しなければ。

 引越しの準備も始めないと、期日に間に合わなくなる。

 よしっと気合を入れながら勢いよく振り向くと、萌はドンッと何かにぶつかった。

「ぶっ!!

 したたかに顔をぶつけて目を開けると、そこにあるのは水色のシャツのまっ平らな胸元だ。

 慌てて顔を上げて、それがコンビニ袋を持った背の高い男性だということに気づく。

「す、すみません!!

 口に入ってしまった髪の毛を払いながら焦って頭を下げると、頭上からは柔らかい声色が降ってきた。

「いや、こっちもよく見てなかったから」

 その言い方にほっとしつつ顔を上げて男性を見つめ、萌は思わず息を呑んだ。

(うわ、この人めっちゃかっこいいかも……)

 戸惑いながらもにっこりと微笑んだ顔は、草食系なふんわりとした表情。いきなり振り返ってぶつかったのは萌の方なのに、やんわりと自分の非を認めてくるのもまた感じがいい。

 ゆうに百八十センチはありそうな長身で、女子としてはごく平均的な身長でさらにヒールを履いている萌だが、嫌でも見上げる形になってしまう。

 真っ黒くてややクセ毛風の髪が、風にたなびいた。ラフなシャツの姿が、いかにも一人暮らしの男性という感じがしてドキリとする。

 手に持っているビニール袋には、確か少し先にあったコンビニの名前がプリントされている。

(ということは、ご近所さんになるのかも!?

 そんなことまで瞬時に考えてしまうのは、それだけ自分がこの先の生活に浮かれているからだろうか。

「それで……『もえぎ荘』に、何か用でも?」

「へ?」

 唐突に言われたことの意味がわからず見つめ返すと、彼はくいくいと人差し指を動かして萌が先ほどまで品定めをしていた建物をさした。

「なんか、さっきからじっくり見ているように思えたから」

 言われて、ハッとした。

 随分前から建物の周りを何周もぐるぐると歩き回り、近くに寄ったり遠目から眺めたりしていた。こっちはただ物件を見定めているだけのつもりだったが、から見れば怪しい人に思えてもおかしくない。

 下手をすれば、ストーカー予備軍の行動だ。

 まだ住む前だというのに、ご近所らしきこの青年に誤解されてはたまらない。萌は顔を赤く染めながら、必死に両手をぶんぶんと振った。

「あのっ、違うんです! 私、えっと、これからあそこに住む予定っていうか、その……」

 部屋を教えてもらっただけで書類も出していないけれど、この際そんなことはどうでもいい。

 必死にまくしたてるとその青年はあっさり萌の言うことを信じて、ああ、と小さく声を漏らした。

「そういえば、お隣さんが引越してったばかりだったっけ」

「え? ってことは、その……」

「俺、あのアパート……もえぎ荘の住民なの。二階の、左端から二番目」

 心臓がドキンと跳ねた。わざわざ確かめなくてもわかってはいたが、念のためアパートを指さして部屋を確認する。

「私が入るの、その、二階の左端の角部屋で……」

「そっか。じゃあこれからお隣さんになるんだね。よろしく」

 さらりと言われたセリフが、頭の中でこだまする。

(よろしくって……よろしくって言われちゃった!)

 恋愛偏差値が限りなく低い萌には、これだけでも衝撃の展開だ。運命、の二文字が頭を駆け抜ける。

「それじゃあ」

 しかし青年の方では特になんの感慨もなかったのか、はたまた萌が怪しい人物ではなかったことに安心したのか、ヒラヒラと手を振りながら横をすり抜けていった。

 通りすぎる際に、一瞬ふわりと柔軟剤の香りがした。

 好奇心を抑えきれずに数秒後に振り返ると、すらりとした背中の彼がカンカンと音を立てて階段を上がり、そのまま古びたドアの向こうへと消えていった。

 一目惚れなんて、今までしたことがないからわからない。

 でも、ふわふわと舞い上がってしまった気持ちを説明できる言葉は、それしかない。

「うあ……よろしくお願いしますくらい、言えばよかったぁ!」

 彼が部屋に消えた数分後にようやく気づいたが、じたばたとその場で足踏みをしてももう遅い。

 古めかしいと思った『もえぎ荘』というアパートの名前さえ、彼の口から出るとなんだか親しみやすく聞こえた。

 元々このアパートに決めるつもりだったが、さらにその気持ちが固まる。

 一刻も早く書類を出して、アパートの契約を済ませてしまわねば。

 ──彼の、本当のお隣さんになるために。

 もう一度だけ彼が消えていったドアを見つめた後に、萌は今度こそを返して駅への道を戻り始めた。

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