S系生徒会長の優しい指先

麻生ミカリ

S系生徒会長の優しい指先 (3)

 ガラスみたいに透明な瞳が、私を映している。あんなひどいことする人なのに、目がキレイ。目だけじゃない。顔も、手も、睫毛の一本さえも──。

 って、ちがーう! そんなところに注目してる場合じゃないの。私は勇気を振り絞る。

「……が、学校に行きたいんですけど」

「駄目」

 即答すると、手塚先輩が私の肩にもたれかかった。サラサラの髪が頰をくすぐる。

『昨日の件も含めて、ちょっと話そうか』

 手塚先輩は電車に乗る前、そう言った。

『人の多いところじゃ話しにくい。ちょっと来てくれるかな』

 優しい笑顔にだまされた。わけもわからなく、ついいてしまったのだ。

 ──そして今。私は先輩の隣で電車に揺られているんだけど。

「先輩、どこまで行くんですか?」

「さぁ?」

 そっけない返事。

 肩の上にのった先輩の頰のせいで、私はひどく緊張していた。

 もともと、そんなに男子と親しくしているほうではないし、兄のユキ以外の男の人に触れることもほとんどない。肩に心臓があるんじゃないかと思うほど、手塚先輩が触れている部分が熱くなる。

 神様、私どうなっちゃうんですかっ。学校サボったことなんて、一度だってなかったのに! どんなにいやな授業のある日も、どんなにいやな気分の時も、ちゃんと学校行ってたのにっ。

「そろそろ降りるよ」

 先輩はそう言って、急に立ち上がった。

 彼は、美しい瞳で私を見下ろす。

「あ、あの、いったい何を……」

「昨日のキスに関して、責任とってやる」

 ……どういう意味!?

 責任なんてとってくれなくていいから、なかったことにしてほしいっ。


 降りた駅は、海岸が目の前だった。

 なんだか懐かしい気持ちになる。この夏、私は友達と一緒に駅の裏手にあるファミレスでアルバイトをしていた。……失敗続きだったことを思い出すと、苦い思い出も蘇ってくる。ううう、思い出さなきゃ良かった!

 潮の香りの中、手塚先輩は何も言わずにさっさと私の前を歩いていく。海沿いの国道を横切り、砂浜に続く階段を下りる。少し肌寒い風が私の髪を揺らした。

 遠く海の向こう、空の彼方で雲が流れていく。私はぼんやりとその様子を眺めていた。

「おい、西森奈緒。なにぼーっとしてんだ、バカ」

 いきなりそう言われて、私は理不尽さにちょっとむっとする。

「突然、バカ呼ばわりはひどいと思います」

「ぼけーっとバカしてるヤツをバカって呼んで何が悪い?」

「うっ……」

 ぼけーっとしてた……かな。ぼんやりしてたのが、確かに言われてみればぼけーっと見えたのかも。自覚がある分、反論の余地ナシ。くやしすぎる……。

「で、おまえ、俺と付き合え」

 ……?

 私は、意味がわからず手塚先輩を見上げた。一六六センチの私からしても見上げるほど、手塚先輩は背が高い。一八〇はあるのかもしれない。そんなことを思った。現状とまったく関係ないことを考えて、もう一度彼の言葉を頭の中で繰り返してみる。

『おまえ、俺と付き合え』

 …………??

 やっぱりわからない。何がどうなってそうなったの!?

「いいか、今からおまえは俺の彼女だ。どうだ、嬉しいだろ?」

 彼のやわらかな髪が風に揺れる。これぞ、完璧な笑顔。白い肌に隠された、どす黒い笑み。

 って、見とれてる場合じゃないっ!

「や、やですっ」

「却下」

「なんで勝手に決めるんですかっ」

「おまえごときが俺と付き合えるんだぞ。感謝こそされてもいいが、文句を言われるなんて心外だな」

 にっこりと微笑まれて、私は身動きひとつできなくなる。異論をすべて排除する、美麗な笑顔。

「昨日のうちに、アイツが噂を広げたらしくてね。俺のケータイには『彼女がいるって本当ですか』ってメールが山ほど届いてる」

 ストーカーさんが噂を広めたってことなのかな。だからって、本当に私と付き合う必要なんかないし。むしろ、クラスの女子たちが噂していた手塚先輩にカノジョができたら、そっちのほうが大問題。付き合ってないよって言えば済むだけじゃない? あ、でもそうすると、ストーカーさんの件が……。

「俺としては仕方ないから、本当におまえと付き合ってやろうと思ってるってわけ。ありがたいと思わないか?」

「え……」

「おまえは俺を覚えて……いや、知らなかったみたいだけどな。見たとおり、俺は結構モテる」

 ほかの人が言ったら思わず笑ってしまいそうな台詞だけど、手塚先輩が言うと事実だから困る。

「その俺と付き合ってるって噂されたら、奈緒は学校でどういういをされるだろうね?」

「それは……」

「いわれのない迷惑をこうむるのは、さすがにかわいそうだ。だったら、実際に俺がおまえと付き合って、面倒を見てやる。わかったか?」

 えーと、私のために付き合ってやるっていうことだよね。でも、そもそも先輩と付き合ってないってことを説明すればいいだけじゃないかな。それに、手塚先輩と私じゃ、付き合ってるなんて誰も思わないよ。月とすっぽん。提灯釣鐘

「だから、おまえは俺と付き合え」

 有無を言わせぬ先輩の口調。

 でも、ここは異議申し立てすべきところ! だって、付き合うのって……。

「……そ、そういうのは、好きな人とじゃなきゃ駄目なんですよ」

「おまえ、俺を嫌いな女がいると思うか?」

「手塚先輩を嫌いな女の子はいないかもしれないですけど……。で、でも、嫌いじゃないと好きは同じじゃないですっ」

 私がそう言うと、先輩は一瞬目を丸くして私を見た。

「おまえ……」

「……なんですか?」

「思ったよりバカじゃないのかもしれないな」

 ふっと笑う彼の表情は、今にも潮風に消えてしまいそうだった。

 どきん、と胸が大きく音を立てる。

 そう。この人、顔だけならすっごく好みなのにな。自分勝手すぎて、とてもじゃないけれど恋愛なんてできない。私は、自分に言い聞かせるように繰り返す。──付き合えなんて命令する人と付き合うのは無理。だって、そんな相手を好きになったら苦しいに決まってる。

「で、でも、付き合うとかは、その……」

「いいことを教えてあげよう、西森さん」

 本性を知ってしまった今となっては、胡散臭いとしか言いようのない、優しげな口調で手塚先輩が話しはじめる。

「僕としても、人前でキスしたからにはきみと付き合う必要がある。少なからず僕は、フェミニストな手塚景を演じているからね。そこでもし、きみが付き合うことをどうしてもむのだとしたら……」

 こ、拒むのだとしたら?

 私は息を呑んで続きを待つ。

「西森さんにフラれたって言うしかなくなるよね」

 最高の笑顔にごまかされそうになるけれど、それは困る! きっと、すごく困るっ。

「え、え、えっと……」

「僕のファンの女の子たちはどうするかな。西森さんに何をするかわからないよね。そうなったところで、僕はきみの彼氏じゃないんだろうから、助けてあげることもできない。ああ、困ったな」

 絶対困ってない笑顔のまま、手塚先輩が天を仰ぐ。むしろ、楽しんでるようにしか見えないんですケド。

「それが嫌なら、俺を好きになれよ」

「え?」

 唐突に口調が変わり、しかも耳を疑いたくなる発言。好きになれ? 私が手塚先輩を?

「すべての問題を解決するためには、おまえが俺を好きになればいい。そういうことだろ」

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