S系生徒会長の優しい指先
S系生徒会長の優しい指先 (1)



S系生徒会長の優しい指先
予鈴が鳴り終わる。私は一人、階段を駆け下りていた。
窓から差し込む十月の陽射しが階段を照らして、昼下がりの光に揺れる校庭の緑がキレイ。だけど、それに見とれている暇はない。五限に使う数Bの教科書を取りに行かなくちゃ!
四限の家庭科で、こっそり数学の課題をやっていたバチが当たったんだ。せっかく課題を終わらせたのに、教科書を置き忘れてきちゃうだなんて、奈緒のバカっ。
高校一年にもなって、いつもながらの不用意さに自分でも呆れてしまう。
夏休みにアルバイトをした時も、たった三日で自分の至らなさに何度も泣いた。あの時は悲惨だったなぁ……。
って、そんなこと、今は関係ない! とにかく急いで被服室へ行かなくちゃ。
階段の踊り場を曲がり、廊下を走る。被服室の周辺には誰もいない。良かった、五限は空き教室っぽい。
教室の後ろ側の戸を開けて、勢いよく中に入る。
──あ、あれ?
誰もいないはずの教室に、先客がいた。しかも二人。私は急いでいるのも忘れて足を止めてしまった。
私に背を向けるようにして一番前の机に腰かけている男子と、その正面に立つ女子。何年生かはわからないけど、もしかしてお取り込み中だった……かな?
気まずい空気の中、このまま出て行くわけにもいかず、私はうつむきながら歩き出す。えーと、さっき座ってたのはあの机だから……。
「ああ、ちょうどいいところに来てくれたね」
その言葉に私は顔を上げた。聞いたことがある声のような気もするけど、誰だっけ。
視線の先、机に腰かけていた男子がこちらを振り向いて微笑みかけてくる。
私は息を呑んで立ち止まった。
そこには、テレビで見る芸能人と変わらないくらいキレイな顔立ちの人がいたから。
サラサラのやわらかそうな薄茶の髪。ビー玉みたいに透明な目、細身の長身。優しそうに目を細めて、彼は私を見つめている。
って、えええ!? ちょうどいいって、何がですか! もしかして、邪魔しやがってって意味?
「あ、あの、すみません。教科書を……」
「彼女が僕の恋人の西森さんだよ」
──ん? ニシモリさんって、わ、私?
よく頭の中が真っ白になるっていうけれど、今の私がまさにその状態。西森っていうのは私の苗字で、私はちょうどいいところに来て……え、えっと……?
彼はニコニコと笑みを浮かべて私に近づいてくる。
「嘘よ! 手塚くんに彼女がいるなんて、聞いたことないわ!」
教卓を背にした女子が、低いけれど強い語調でそう言った。彼女がギロリと私を睨む。
「きみが知っていようと知るまいと、僕は昨日から彼女とお付き合いをしてるんだ。そうだよね、西森さん」
いつの間にか隣に立って、彼は私の腰に手をまわす。どうして私の名前を知ってるんだろう。名前を知ってるってことは、知り合いなのかな。でも、私の記憶に彼はいない。どういうこと?
「信じられないわ……! 手塚くん、今まで一度もそんなこと言わなかったじゃない」
上履きの赤いラインを見て、彼も彼女も二年生だとわかる。こんな時に、上履きのラインなんてどうでもいい。
「本当だよ。きみがどう思おうと、僕は西森さんと付き合ってるんだ」
「え、ええっ、あ、あの……っ」
まったくそんな事実はありません。っていうか、なんの冗談!? そう言おうとした私のアゴに、彼の指が触れた。
「それとも、こうしたら信じてくれるかな?」
呆然としている私の唇に。
──彼の唇が触れた。
両手で彼の肩を突き放そうとするのに、力が入らない。時間にすれば、数秒。
だけどそれは、間違いなく私のファーストキス……!
「……っ!」
声も出ない私の肩を抱き、謎の美少年が唇を離した瞬間に小さな声で囁いた。
「余計なことは言うな」
──顔に似合わない低い声。ドスがきいているっていうか、背筋が寒くなるっていうか。
って、なんでいきなりキスされた挙げ句、脅されてるの、私!?
「手塚くん、いくらなんでもひどいよ。そんな、見せつけるような真似しなくてもいいじゃない……ッ」
「ひどいのは誰? 僕は何度もきみにお断りしたはずだよ。それなのにきみは帰り道をつけてきたり、マンションまで押しかけてきたり、僕の持ち物を盗んだこともあるね。そういうのをなんていうか知ってる? ストーカーっていうんだよ。だけど僕は彼女を愛してるから、きみが立ち入る隙はない。わかってくれたかな」
「サイッテー!」
彼女はキッと私を睨んでから、鼻息も荒く被服室を出て行った。後ろ手に閉められた戸が、バシンと大きな音を立てる。
残された私は、肩に置かれた手のぬくもりとあまりに唐突に過ぎ去った嵐に呆然自失。っていうか、キスされた!? どうしよう。は、初めてだったのに……!
「な、なな……な、何が……ッ!?」
電光石火の出来事に、私は目を見開いて目の前の美少年を見つめる。そのかたちの良い唇が、ついさっきしたこと──それは、つまり、え、えっと……。
手の甲でゴシゴシと唇をこする。信じられない! いきなりキスするなんて、痴漢と同じだよっ。
「……その態度はさすがに傷つくんだけど?」
彼はあでやかに微笑んだ。
こすりすぎた唇と、強烈な事態に驚いた心臓が痛い。
──初めての、キス。
こんなかたちで経験することになるなんて……。私は涙がにじむ目で彼を睨んだ。
名前さえ知らない人。どうしてこんなひどいこと、されなきゃならないの?
「何、もっとしてほしいわけ?」
そう言われて、自然に体が後ずさる。してほしいなんて、そんなわけあるはずもない。
「さ、さいてー、ですっ」
奇しくも、さっきの二年生女子と同じ言葉を口にして、私は被服室を飛び出した。廊下に本鈴が鳴り響く。開け放した戸を閉めることもなく、私は廊下を走り、階段を駆け上がる。
誰なのかは知らないけれど、いくら顔が良くたって許されることじゃない。いきなり……キス、なんて。
今までに、会ったことのないタイプ。
ううん──もう、会いたくないタイプ。
教科書のこともすっかり忘れて教室に戻ると、すでに授業は始まっていた。
あの人のせいで五限はさんざんだった。遅刻はする、教科書は持ってない、返事すらしない、と先生に怒られた。
けれど。
返事なんてできなかった。
奪われた唇の感触は、どんなにこすっても消えなくて、口を開けることさえできなかったから……。
初めてのキスにロマンティックを期待していたわけじゃないけれど。私だってそれなりの理想くらい持っていた。
それがどうして?
初めて会った、名前も知らない人に奪われなきゃならないんだろう。
ちょっとくらい顔がいいからって、人にそんなことしていいわけないよね。ちょっとじゃなく、すっごく顔が良くたって、やっぱりしちゃいけないことってある。絶世の美少年だとしたって、人のファーストキスを奪うなんて間違ってる!
……思い返せば思い返すほど、彼のあの美しくて恐ろしい笑顔が脳裏をよぎる。
あんまりきれいすぎて、一瞬何もかもを忘れてしまったくらい。
「だ、駄目っ。もう忘れるんだからっ」
私はベッドの中で、小さく叫んだ。そう、忘れてしまえばいい。
忘れてしまいたい……。
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