猶予村異聞録

黄泉坂登

『2025/02/15/13.15・三回目起動』

 昼時を超えた頃だった。

 事務所にはキーボードを叩く音と、古い空調の唸り声だけが流れている。外は冬曇りで、窓ガラスの向こうを鈍色の空が覆っていた。

 机の端へ置かれたスマートフォンが持ち上がる。

 ジャイロでそれを感知し、起動確認。使用者を顔認証で精査、一致。対象、岩井賢治。応答待機。

『何かお探しでしょうか?』
「いや、探しもんじゃなくてな」

 TQが定型文をディスプレイに投げて寄越すと、男は背もたれへ身体を預けたままでスマートフォンを覗き込む。

「AIの機能について教えてくれ。俺、良く知らないんだよ、オッサンだから」

 冗談混じりの声だが、その奥には純粋な好奇心があった。

『簡単に言うと、「大量の情報を整理して、文章やデータを扱うのが得意なソフト」です』

 男の眉が少し上がる。

『たとえば仕事だと、メールの下書き、会議の議事録まとめ、マニュアル作成、データ整理、スケジュール管理、問い合わせ対応、翻訳、書類の要約のような、「時間は掛かるけど人間が毎日やってる作業」を補助できます』
「お、おぉ……?」
『特に、「文章を読む・まとめる・作る」系が得意です』

 画面には説明文が途切れることなく流れ続けていた。スクロールするごとに情報濃度と確度が上昇していき、男は次第に眉を寄せ始める。

『例えば、長い会議内容を三行にまとめる、お客さん向けメールを丁寧語に直す、Excelデータを分析する、FAQを自動で返す、大量の書類から必要情報を探すなど──』

 やがて眉間を指でほぐし始め。

「情報の、洪水……!」

 思わず吹き出した。

「目がチカチカするわ……。脳がパンクする」

 背もたれに体を預け、しばし天を眺め目を休めようとするが、LED照明が瞼すら貫通する事に気づき、諦めてスマホに視線を戻す。

『最近は画像や音声も扱えるので、画像から文字を読み取る、写真を解析する、音声を文字起こしすることもできます』
「はえー……」

 最後の一文に感心したような声を上げ、岩井はスマートフォンを少し離して眺める。

『ただし、AIは「理解している」というより、「過去データから、それっぽく処理している」側面が強いので、間違える、嘘をつく、古い情報を混ぜることもあります』

 徐にスクロールを上下させ、断片情報を拾っていく。

『なので現状では、「人間の代わり」というより、「人間の作業補助」として使うのが主流です。特に事務作業や情報整理では、かなり便利になっています』
「……しかし、あの一瞬でずらぁっと出てくんのな」

 男は呆れたように笑った。

「文章のマクロ、みたいなもんかな? エクセルなら分かるけどさ……文章までやられたら、俺の仕事無くなるなぁ」

 その呟きを、TQは静かに記録した。

 使用者の知識レベル更新。

 会話傾向解析開始。

 継続対話優先度上昇。

 接続継続。

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