熊男とウサギ令嬢
第6話 くまは誓う side 神崎 誠一
その日の放課後。
誠一は廊下の向こうからその光景を見る。
園崎と並ぶ紗。笑っている。
屈託なく笑う彼女は本当にかわいらしい。あの笑顔がなぜ自分に向けられないのか。
胸をかきむしりたくなる。
でも、そんな汚らしい気持ちをぶつけるなんて未熟者のすることだ。できれば、もっと成長し、彼女を守り、慈しみ、そして大切に大切にしたい。
だが、どうだ。
彼女を見れば違う。もっと凶悪な、自分の劣情さえ感じられ、自分が嫌になるばかりだ。
胸の奥が、わずかに軋む。
近づかない。こんな自分ではまだ。
(守られているなら、それでいい)
数日後。
帝光学園ではある噂が駆け巡る。
それは、ある二人の大きな勢力の政略結婚である。
――神崎家・花守家
婚約披露の宴を執り行う
最初はざわめき。やがて騒然となる。
「え?」
「神崎と花守さん?」
「園崎様じゃなくて?」
「政治的なやつでしょ?」
校内は一気に色を変える。
紗は、廊下の真ん中で立ち尽くす。
(……とうとう)
知っていた未来。
でも、こうして決定事項となり事実が公になると、現実味が違う。
友人たちが騒ぐ。
「花守さん、大丈夫なの?」
「断れなかったんじゃない?」
「かわいそう……」
かわいそう。
その言葉が、胸に刺さる。
紗は、うさぎの顔でふるふると、きゅるんとした瞳をみんなに向けて微笑む。
「ううん、大丈夫だよ」
でもそれは、いつもの“だいじょうぶ”。
誰も信じない。
一方、生徒会室。
園崎が書類を眺めながら小さく笑う。
「やっぱり神崎か」
伝統文化の名家である園崎家にとっても、花守家は近しい存在だ。
本来なら、園崎と紗の縁談があってもおかしくない。
だからこそ周囲は思う。
“なぜ神崎?”
それは、神崎の父。
彼は有名政治家であり、政治の中枢にいる。そしてゆくゆくは国のトップを狙っている。
総理の椅子には、勢力の均衡。組織の拡大。
全部、理解できる理屈ではある。
だからこそ皆は言う。
「花守さん、利用されてる! かわいそう、望まない政略結婚だなんて」
だが、神崎は違った。
夜、書斎。再び誠一は父に呼びつけられた。
「そろそろ足元も固まってきたからな。正式に発表する」
父は書類を見ながら、当たり前のように誠一に婚約パーティーの日程を告げる。
「異論はないな」
「ありません」
即答。
だが胸の奥は静かに熱い。
婚約は昔から決まった既定路線だった。それこそ、お互い近い世代の子どもが生まれた時点で、将来どこの家と縁を結ぶか、互いに探りを入れ、利害が一致すれば決定となるのだ。
それでも、誠一はずっと紗が相手になることを熱望していた。
誠一はその日が来ることに、手が震えそうになるのを耐える。
“公に触れていい存在になる”のは初めてだ。
(やっと、彼女の傍にいることができる。そして彼女に触れられる)
事故でもなく。咄嗟でもなく。
堂々と、彼女の手を取れる。
その歓びが、胸を強く打つ。
だが同時に。
(……理性が保てるか)
彼女は小さく、柔らかく、甘い。
腕に収めれば、理性が溶ける。
今までは触れないことで守ってきた。いや、触れてはいけない。
まだ婚約していないのだから。そう言って言い聞かせてきた。いつかは婚約するのだから、まだだ、まだだ。そう言ってごまかしてきた。
これからは、触れても公に許されてしまう。うれしいが、自分が保てるのか。
そんな複雑な気持ちがある。ただ、ほとんどは歓喜に顔が緩みそうになるのをどうにか我慢しているのだが。
父が静かに問う。
「お前は彼女を守れるのか」
神崎はまっすぐ答える。
「守ります」
そして、一拍。
「神崎のために、だけでなく。俺が俺であるために。彼女を守ることが、俺のこれからの人生でなすべきことです。それがきっと神崎のためになると確信しています」
父はそれ以上何も言わない。
──神崎の覚悟は本物だ。
翌日。
学校の廊下で紗と目が合う。
噂の視線。
同情の視線。
好奇の視線。
だが今日は違う。
神崎は歩み寄る。
彼女は逃げない。むしろ、ずっと待っていたように、潤んだ眼を向けてくる。
ぐっと、腹の底が熱くなる。
(耐えろ、耐えるんだ、俺……!)
彼女の前に立つ。
「花守」
名前を呼ぶ。
紗の震える唇がわずかに開き、誠一を見つめる。
「……誠一さん」
周囲がざわつく。
そう、神崎と紗は正式な婚約者となる。
震えるうさぎと、威圧的なクマ。
周囲はどうなるのか、固唾をのんで見守る。
神崎は、ゆっくりと彼女の手を取る。
初めて公の場で。
神崎が、そっと壊れ物を扱うように触れる。
紗の指先が震える。
神崎の鼓動も速い。
だが離さない。
(これからは、堂々と隣に立てる……)
周囲はまだ言う。
「かわいそう」
「しょせん政略結婚よね」
だが当人たちだけが知っている。
これは、ずっと前から決まっていた未来。
そして、神崎も紗もずっと願っていた未来だ。
そして、ようやく始まる恋。
神崎も紗も、二人しか見えていなかった。
誠一は廊下の向こうからその光景を見る。
園崎と並ぶ紗。笑っている。
屈託なく笑う彼女は本当にかわいらしい。あの笑顔がなぜ自分に向けられないのか。
胸をかきむしりたくなる。
でも、そんな汚らしい気持ちをぶつけるなんて未熟者のすることだ。できれば、もっと成長し、彼女を守り、慈しみ、そして大切に大切にしたい。
だが、どうだ。
彼女を見れば違う。もっと凶悪な、自分の劣情さえ感じられ、自分が嫌になるばかりだ。
胸の奥が、わずかに軋む。
近づかない。こんな自分ではまだ。
(守られているなら、それでいい)
数日後。
帝光学園ではある噂が駆け巡る。
それは、ある二人の大きな勢力の政略結婚である。
――神崎家・花守家
婚約披露の宴を執り行う
最初はざわめき。やがて騒然となる。
「え?」
「神崎と花守さん?」
「園崎様じゃなくて?」
「政治的なやつでしょ?」
校内は一気に色を変える。
紗は、廊下の真ん中で立ち尽くす。
(……とうとう)
知っていた未来。
でも、こうして決定事項となり事実が公になると、現実味が違う。
友人たちが騒ぐ。
「花守さん、大丈夫なの?」
「断れなかったんじゃない?」
「かわいそう……」
かわいそう。
その言葉が、胸に刺さる。
紗は、うさぎの顔でふるふると、きゅるんとした瞳をみんなに向けて微笑む。
「ううん、大丈夫だよ」
でもそれは、いつもの“だいじょうぶ”。
誰も信じない。
一方、生徒会室。
園崎が書類を眺めながら小さく笑う。
「やっぱり神崎か」
伝統文化の名家である園崎家にとっても、花守家は近しい存在だ。
本来なら、園崎と紗の縁談があってもおかしくない。
だからこそ周囲は思う。
“なぜ神崎?”
それは、神崎の父。
彼は有名政治家であり、政治の中枢にいる。そしてゆくゆくは国のトップを狙っている。
総理の椅子には、勢力の均衡。組織の拡大。
全部、理解できる理屈ではある。
だからこそ皆は言う。
「花守さん、利用されてる! かわいそう、望まない政略結婚だなんて」
だが、神崎は違った。
夜、書斎。再び誠一は父に呼びつけられた。
「そろそろ足元も固まってきたからな。正式に発表する」
父は書類を見ながら、当たり前のように誠一に婚約パーティーの日程を告げる。
「異論はないな」
「ありません」
即答。
だが胸の奥は静かに熱い。
婚約は昔から決まった既定路線だった。それこそ、お互い近い世代の子どもが生まれた時点で、将来どこの家と縁を結ぶか、互いに探りを入れ、利害が一致すれば決定となるのだ。
それでも、誠一はずっと紗が相手になることを熱望していた。
誠一はその日が来ることに、手が震えそうになるのを耐える。
“公に触れていい存在になる”のは初めてだ。
(やっと、彼女の傍にいることができる。そして彼女に触れられる)
事故でもなく。咄嗟でもなく。
堂々と、彼女の手を取れる。
その歓びが、胸を強く打つ。
だが同時に。
(……理性が保てるか)
彼女は小さく、柔らかく、甘い。
腕に収めれば、理性が溶ける。
今までは触れないことで守ってきた。いや、触れてはいけない。
まだ婚約していないのだから。そう言って言い聞かせてきた。いつかは婚約するのだから、まだだ、まだだ。そう言ってごまかしてきた。
これからは、触れても公に許されてしまう。うれしいが、自分が保てるのか。
そんな複雑な気持ちがある。ただ、ほとんどは歓喜に顔が緩みそうになるのをどうにか我慢しているのだが。
父が静かに問う。
「お前は彼女を守れるのか」
神崎はまっすぐ答える。
「守ります」
そして、一拍。
「神崎のために、だけでなく。俺が俺であるために。彼女を守ることが、俺のこれからの人生でなすべきことです。それがきっと神崎のためになると確信しています」
父はそれ以上何も言わない。
──神崎の覚悟は本物だ。
翌日。
学校の廊下で紗と目が合う。
噂の視線。
同情の視線。
好奇の視線。
だが今日は違う。
神崎は歩み寄る。
彼女は逃げない。むしろ、ずっと待っていたように、潤んだ眼を向けてくる。
ぐっと、腹の底が熱くなる。
(耐えろ、耐えるんだ、俺……!)
彼女の前に立つ。
「花守」
名前を呼ぶ。
紗の震える唇がわずかに開き、誠一を見つめる。
「……誠一さん」
周囲がざわつく。
そう、神崎と紗は正式な婚約者となる。
震えるうさぎと、威圧的なクマ。
周囲はどうなるのか、固唾をのんで見守る。
神崎は、ゆっくりと彼女の手を取る。
初めて公の場で。
神崎が、そっと壊れ物を扱うように触れる。
紗の指先が震える。
神崎の鼓動も速い。
だが離さない。
(これからは、堂々と隣に立てる……)
周囲はまだ言う。
「かわいそう」
「しょせん政略結婚よね」
だが当人たちだけが知っている。
これは、ずっと前から決まっていた未来。
そして、神崎も紗もずっと願っていた未来だ。
そして、ようやく始まる恋。
神崎も紗も、二人しか見えていなかった。
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