熊男とウサギ令嬢

森の木

第1話 うさぎの敵はくま?

「まあ、本当に嫌な人たち」
「こっちを見ているわ。傍にいかないようにしましょう」

帝光学園では、上品なご子息・ご令嬢が多いため、表立ったいじめはない。
けれど派閥はある。毎年ではないが、今年は校内が真っ二つに割れてしまっている。

それは、政界の大物のご子息とご令嬢が在籍しているからだ。

この二つの派閥は、いわゆる与党・野党の関係であり、古くから付き合いはあるものの、互いに牽制し合うことが多かった。

ご子息側の家系は、歴史に名が残るような大物政治家を輩出し、婚姻を結びながら勢力を固めてきた。
まさにエリート中のエリート。

一方、ご令嬢側の背景は異色だった。
伝統芸能の家系に生まれ、そこから政界を目指してきたのだ。
華やかな経歴に加え、親戚には女優や俳優までいて、親族は容姿にも恵まれ、存在そのものが人目を引く。

選挙における攻防は凄まじい。
そして、その空気は学園にまで持ち込まれる。

彼らを取り巻く生徒たちも、政治家や企業のご子息・ご令嬢ばかり。
まして、ご子息は熊のように大きく、怖い見た目をしている。
それに加え、ご令嬢は色が白く、うるんだ大きな瞳が印象的で、振り向けばまるで震えているように見えてしまうのだ。

この構図は幼稚舎からずっと続いている。
最初はここまでひどくなかった。
ただ、「熊がうさぎをいじめている」という噂が流れ、熊に付き従う男たち対、かわいいうさぎを守りたい女たち
――そんな図が、年を追うごとに顕著になった。

挙げ句の果てには、メディアで両家の政界での戦いが取り上げられ、帝光学園の小さな戦いにまで飛び火していた。

とはいえ、育ちの良い帝光学園のことだ。
取り巻き同士がすれ違いざまに嫌味を言う程度
――それが、この学園の「戦い方」でもあるのだけれど。

「あ、またあの人……こっち見てるわ。花守さん、睨まれてる」
「怖いわ、花守さんがかわいいからって」
「嫌よ、熊みたいな人じゃない! 花守さん、わたしの後ろに隠れて」

猫っ毛のふわふわした髪をなびかせ、くりくりとした大きな瞳が緩む。
まるで泣いているように見えるその顔は、小さなうさぎみたいで
――大きな体格でごつくて怖い男に睨まれて怯えているようにしか見えない。

そんな、かわいくて守るべき庇護欲をそそる存在。
花守紗ふりがな

わたしは友人たちの気持ちがうれしくて、うなずき、言われるまま後ろに隠れた。

ちょこんとした仕草に、女子たちが「かわいい、かわいい」と頭を撫でてくれる。
それが、わたしには居心地がいい。

一方で、視線の先をそっと確かめる。

筋肉のついた、鍛えられた体格。
人より頭ひとつ抜けた背は、どこを歩いても一目瞭然だ。

彼は、神崎誠一さん。

でも、わたしにとって神崎誠一さんは、怖い存在ではない。

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