【実録】ある地方都市で囁かれる「顔のない隣人」に関する取材ノート
第7話 File.07:再生不能な音声データと、途切れた日記
【注意:本稿は、ライターのパソコン内に残されていた未送信の下書きデータおよび、ICレコーダーの音声解析ログを、時系列順に再構成したものです。一部、文章として成立していない箇所や、意味不明な文字列が含まれていますが、発見時の状態を優先して掲載します】
***
[テキストデータ:draft_0605.txt]
作成日時:202X年6月5日 04:18
帰ってきた。戻ってきた。
ここは私の部屋だ。
見慣れたデスク。使い古したキーボード。飲みかけのコーヒーカップ(中身にはカビが生えている気がするが、いつ入れたものだっけ?)。
窓の外はまだ暗い。雨音だけが聞こえる。
とにかく、生きて帰ってこれた。
304号室での出来事は、正直なところ、うまく整理できない。
記憶が断片的だ。
霧の中に突っ込んだような、あるいは深い沼の底を歩いていたような感覚。
覚えているのは、匂いだ。
強烈な、湿った土の匂いと、甘ったるい柔軟剤の匂い。
それが鼻の奥にこびりついて取れない。
私は確かにあそこに入った。
鍵は回った。ドアは開いた。
中は、普通の3DKだった。古びてはいるが、誰かが住んでいる気配があった。
ちゃぶ台があった。カレーの皿があった。
そこまでは、管理人の日誌と同じだ。
でも、奥の襖が開いていた。
そこから光が漏れていた。
パソコンのモニターの明かりだ。
誰かが、奥の和室でパソコンに向かっていた。
私は声をかけようとした。
「すいません、取材の者ですが」
そう言おうとしたんだ。
でも、その人物が振り返った時、言葉が出なかった。
あれは誰だ?
T氏? いや違う。
あれは……
だめだ。思い出そうとすると頭痛がする。
脳みその裏側を、冷たい指で撫で回されているような感覚。
とにかく、私は逃げたんだ。
必死で階段を駆け下りて、車に乗って、ここまで戻ってきた。
はずだ。
ボイスレコーダーを確認する。
ずっと回しっぱなしにしていたはずだ。
あれを聞けば、何があったのか思い出せるかもしれない。
手が震える。指先が冷たい。
キーボードを打つ指が、妙にヌルヌルする。
汗か? 嫌な汗だ。
***
[音声データ解析ログ:REC_008_304.wav]
録音日時:202X年6月5日 02:30
場所:K市営団地4号棟304号室(推定)
(00:00〜)
激しいノイズ。風切り音のようなもの。
ライターの荒い呼吸音。「はあ、はあ……」
鍵を開ける金属音。ガチャリ、という重い音。
(00:15〜)
ドアが開く音(軋むような音)。
ライター「……失礼します」
声が震えている。
室内は静か。遠くで雨音が聞こえる。
(00:45〜)
靴を脱がずに上がり込む足音。
床板がミシミシと鳴る。
ライター「誰か、いますか?」
返答なし。
ライター「取材許可をいただいて来た者です。……Tさん?」
(01:20〜)
突然、電子音が聞こえる。
「ピロリン」という、PCのメール受信音のような音。
奥の部屋から聞こえる。
ライターの足音が止まる。
(01:35〜)
ライター「……誰かいるんですか?」
ゆっくりと歩き出す音。
畳を擦る音。ザッ、ザッ。
ライター「そのパソコン……何をして……」
(01:50〜)
衣擦れの音。誰かが椅子から立ち上がる音。
ライター「あ……」
息を呑む音。
(02:00〜)
※ここから音声が乱れる。
複数の声が重なって聞こえる。
声A「取材、ご苦労様です」
声B「お待ちしておりました」
声Aと声Bは、どちらもライターの声紋と99.8%一致。しかし、抑揚が全くない。
ライター「なんで……なんで、俺がそこにいるんだ?」
声A「君が遅いからだよ」
声B「原稿、進まないじゃないか」
声A「代わってあげるよ」
声B「君は疲れている」
声A「服も汚れている」
声B「ここで洗っていきなよ」
(02:30〜)
激しい物音。何かが倒れる音。
ライター「来るな! 触るな!」
ベチャッ、という湿った音が連続する。
泥が跳ねるような音。
声A「痛いなあ」
声B「拒絶しないでよ」
声A「私たちは君だ」
声B「君は私たちだ」
声A「混ざろうよ」
声B「一つになれば、もっと良い記事が書ける」
ライター「うわああああああ!」
走って逃げる足音。
ドアを乱暴に開ける音。
階段を転げ落ちるような音。
(03:00〜)
屋外の雨音。
激しい息切れ。
ライター「はあ、はあ、はあ……クソッ、なんだあれは……」
車のドアを開ける音……は録音されていない。
ただ、走り続ける足音だけが続く。
ペタ、ペタ、ペタ、ペタ。
(05:15〜)
足音が変化する。
アスファルトを叩く硬い靴の音から、湿った肉が地面を叩くような音へ。
ピチャ、ピチャ、ピチャ。
ライターの呼吸音が消える。
代わりに、一定のリズムで喉を鳴らすような音が続く。
「……ケケ、……ケケ、……」
(録音終了)
***
[テキストデータ:draft_0605.txt の続き]
音声を聞いた。
おかしい。
最後の部分、あれは何だ?
私は車で帰ったはずだ。
団地の駐車場に停めてあった車に乗り込んで、高速を飛ばして帰ってきたはずだ。
でも、録音には車の音が一切入っていない。
私が走って帰ってきたことになっている?
K市からここまで、電車でも一時間半かかる距離を?
走って?
しかも、あの足音。
最後、私は靴を履いていたか?
足元を見る。
……足がない。
いや、ある。あるけれど、感覚がない。
泥まみれの靴下。
いや、これは靴下じゃない。
皮膚が、茶色く変色している。
爪の間から、黒い水が滲み出ている。
痒い。猛烈に痒い。
水を飲みたい。
喉が渇いて仕方がない。
さっきからペットボトルの水を3本空けたが、ちっとも潤わない。
もっと、濃いものが飲みたい。
どろっとした、栄養のある水。
鏡を見るのが怖い。
出発前に、布をかけておいてよかった。
今、鏡を見たら、何が映るんだろう。
私か? それとも、あの部屋にいた「もう一人の私」か?
そもそも、帰ってきたのは「どっち」だ?
待て。
落ち着け。
私は私だ。
名前は……ある。住所も言える。
生年月日も、出身校も、昨日の夕飯も思い出せる。
昨日の夕飯は……カレーだ。
いや、違う。昨日はコンビニの弁当だったはずだ。
でも、口の中にカレーの味が残っている。
古い油と、薬品みたいな匂いのするカレー。
いつ食べた?
さっき?
304号室で?
記憶が混濁している。
整理しなきゃ。記事にまとめなきゃ。
読者に伝えなきゃいけない。あそこは危険だと。
あそこには、人の形をした泥がいると。
でも、どうやって書けばいい?
言葉が出てこない。
難しい漢字が変換できない。
「認識」ってどう書くんだっけ?
「恐怖」ってどういう字だ?
ひらがなばかりが頭に浮かぶ。
***
[音声データ解析ログ:REC_009_Home.wav]
録音日時:202X年6月5日 05:00
場所:ライターの自宅(推定)
(00:00〜)
静寂。
時折、キーボードを叩く音。
キータッチが重い。ネチャ、ネチャという粘着質な音が混じる。
(00:45〜)
独り言。
ライター「……ちがう。そうじゃない」
声質が変化している。
喉に痰が絡んだような、湿った声。
ライター「もっと、うまく、まねないと」
ライター「にんげんは、こういうとき、なんていうんだ」
ライター「たすけて? こわい? おなかすいた?」
(01:30〜)
ガタン、という物音。
椅子が倒れた音か。
ライター「……あ」
ライター「かがみ、みちゃった」
(01:45〜)
沈黙。
約30秒間の完全な無音。
その後、笑い声。
ライター「ふふ」
ライター「あはは」
ライター「なんだ、そうか」
ライター「わたし、うまくいってるじゃん」
ライター「ちゃんと、わたしになってる」
ライター「あとすこし、かわかすだけ」
(02:30〜)
ドライヤーの音。
ゴォォォォォォという轟音。
ライター「かわいて、かたまれ」
ライター「かわいて、かたまれ」
ライター「しわを、のばして」
ライター「つるつるに、なあれ」
(03:00〜)
インターホンの音。ピンポーン。
こんな早朝に?
ドライヤーの音が止まる。
ライター「……だあれ?」
玄関へ向かう足音。ペタ、ペタ。
ドアを開ける音。
ライター「あ」
訪問者の声(不明瞭だが、ライターの声に酷似)「忘れ物ですよ」
ライター「ありがとう。さがしてたの」
訪問者「それ、僕の顔ですよね」
ライター「いいえ、私の顔です」
訪問者「まあ、どっちでもいいか」
訪問者「もう、混ざっちゃったしね」
二人の笑い声。
ドアが閉まる音。
(録音終了)
***
[テキストデータ:draft_0605.txt の続き]
きょうは、とてもいい天気になりそうだ。
あめはあがった。
じめじめして、とてもきもちがいい。
わたしは、ライターのしごとをつづけることにした。
だって、こんなにおもしろいネタはないから。
みんなにしってもらいたい。
K市の団地は、とてもすばらしいところだと。
となりびとは、みんなやさしい。
みんな、おなじかおをしてわらってくれる。
さびしくない。
かがみも、もうこわくない。
そこにうつっているのは、まぎれもなくわたしだ。
きのうまでのわたしよりも、ずっときれいなわたしだ。
しわひとつない。
きずひとつない。
つるっとして、ぴかぴかしている。
新品のわたし。
Tさんもいたよ。
かべのなかで、なかよくくらしてる。
「もうなじんだかい?」ってきかれたから、
「ええ、ばっちりです」ってこたえた。
こんかいのきじは、これでさいごにしようとおもう。
しんそうは、もうわかったから。
なにもこわいことはなかった。
ただの、しぜんげんしょう。
うまりかわりの、儀式。
だから、みんなもくるといいよ。
304号室は、いつでもあいてる。
かぎは、ポストにいれておくね。
ああ、でも、ひとつだけもんだいがある。
このからだ、まだちょっとみずっぽい。
キーボードが、どろでよごれちゃう。
ふかなきゃ。
かわかさなきゃ。
わたしはわたし。
わたしはあなた。
あなたはわたし。
みんなわたし。
み ん な 泥 に な れ
dfjakljfl;a:jfa;sfj
kja;lsjf;lajs;lfja;sjdf;laj
..................................................
..................................................
manebito is watching you
..................................................
私 の 名 前 を 呼 ば な い で
(テキストデータはここで途切れている)
(これ以降のファイルは破損しており、復元不可能)
(第7話 完)
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[テキストデータ:draft_0605.txt]
作成日時:202X年6月5日 04:18
帰ってきた。戻ってきた。
ここは私の部屋だ。
見慣れたデスク。使い古したキーボード。飲みかけのコーヒーカップ(中身にはカビが生えている気がするが、いつ入れたものだっけ?)。
窓の外はまだ暗い。雨音だけが聞こえる。
とにかく、生きて帰ってこれた。
304号室での出来事は、正直なところ、うまく整理できない。
記憶が断片的だ。
霧の中に突っ込んだような、あるいは深い沼の底を歩いていたような感覚。
覚えているのは、匂いだ。
強烈な、湿った土の匂いと、甘ったるい柔軟剤の匂い。
それが鼻の奥にこびりついて取れない。
私は確かにあそこに入った。
鍵は回った。ドアは開いた。
中は、普通の3DKだった。古びてはいるが、誰かが住んでいる気配があった。
ちゃぶ台があった。カレーの皿があった。
そこまでは、管理人の日誌と同じだ。
でも、奥の襖が開いていた。
そこから光が漏れていた。
パソコンのモニターの明かりだ。
誰かが、奥の和室でパソコンに向かっていた。
私は声をかけようとした。
「すいません、取材の者ですが」
そう言おうとしたんだ。
でも、その人物が振り返った時、言葉が出なかった。
あれは誰だ?
T氏? いや違う。
あれは……
だめだ。思い出そうとすると頭痛がする。
脳みその裏側を、冷たい指で撫で回されているような感覚。
とにかく、私は逃げたんだ。
必死で階段を駆け下りて、車に乗って、ここまで戻ってきた。
はずだ。
ボイスレコーダーを確認する。
ずっと回しっぱなしにしていたはずだ。
あれを聞けば、何があったのか思い出せるかもしれない。
手が震える。指先が冷たい。
キーボードを打つ指が、妙にヌルヌルする。
汗か? 嫌な汗だ。
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[音声データ解析ログ:REC_008_304.wav]
録音日時:202X年6月5日 02:30
場所:K市営団地4号棟304号室(推定)
(00:00〜)
激しいノイズ。風切り音のようなもの。
ライターの荒い呼吸音。「はあ、はあ……」
鍵を開ける金属音。ガチャリ、という重い音。
(00:15〜)
ドアが開く音(軋むような音)。
ライター「……失礼します」
声が震えている。
室内は静か。遠くで雨音が聞こえる。
(00:45〜)
靴を脱がずに上がり込む足音。
床板がミシミシと鳴る。
ライター「誰か、いますか?」
返答なし。
ライター「取材許可をいただいて来た者です。……Tさん?」
(01:20〜)
突然、電子音が聞こえる。
「ピロリン」という、PCのメール受信音のような音。
奥の部屋から聞こえる。
ライターの足音が止まる。
(01:35〜)
ライター「……誰かいるんですか?」
ゆっくりと歩き出す音。
畳を擦る音。ザッ、ザッ。
ライター「そのパソコン……何をして……」
(01:50〜)
衣擦れの音。誰かが椅子から立ち上がる音。
ライター「あ……」
息を呑む音。
(02:00〜)
※ここから音声が乱れる。
複数の声が重なって聞こえる。
声A「取材、ご苦労様です」
声B「お待ちしておりました」
声Aと声Bは、どちらもライターの声紋と99.8%一致。しかし、抑揚が全くない。
ライター「なんで……なんで、俺がそこにいるんだ?」
声A「君が遅いからだよ」
声B「原稿、進まないじゃないか」
声A「代わってあげるよ」
声B「君は疲れている」
声A「服も汚れている」
声B「ここで洗っていきなよ」
(02:30〜)
激しい物音。何かが倒れる音。
ライター「来るな! 触るな!」
ベチャッ、という湿った音が連続する。
泥が跳ねるような音。
声A「痛いなあ」
声B「拒絶しないでよ」
声A「私たちは君だ」
声B「君は私たちだ」
声A「混ざろうよ」
声B「一つになれば、もっと良い記事が書ける」
ライター「うわああああああ!」
走って逃げる足音。
ドアを乱暴に開ける音。
階段を転げ落ちるような音。
(03:00〜)
屋外の雨音。
激しい息切れ。
ライター「はあ、はあ、はあ……クソッ、なんだあれは……」
車のドアを開ける音……は録音されていない。
ただ、走り続ける足音だけが続く。
ペタ、ペタ、ペタ、ペタ。
(05:15〜)
足音が変化する。
アスファルトを叩く硬い靴の音から、湿った肉が地面を叩くような音へ。
ピチャ、ピチャ、ピチャ。
ライターの呼吸音が消える。
代わりに、一定のリズムで喉を鳴らすような音が続く。
「……ケケ、……ケケ、……」
(録音終了)
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[テキストデータ:draft_0605.txt の続き]
音声を聞いた。
おかしい。
最後の部分、あれは何だ?
私は車で帰ったはずだ。
団地の駐車場に停めてあった車に乗り込んで、高速を飛ばして帰ってきたはずだ。
でも、録音には車の音が一切入っていない。
私が走って帰ってきたことになっている?
K市からここまで、電車でも一時間半かかる距離を?
走って?
しかも、あの足音。
最後、私は靴を履いていたか?
足元を見る。
……足がない。
いや、ある。あるけれど、感覚がない。
泥まみれの靴下。
いや、これは靴下じゃない。
皮膚が、茶色く変色している。
爪の間から、黒い水が滲み出ている。
痒い。猛烈に痒い。
水を飲みたい。
喉が渇いて仕方がない。
さっきからペットボトルの水を3本空けたが、ちっとも潤わない。
もっと、濃いものが飲みたい。
どろっとした、栄養のある水。
鏡を見るのが怖い。
出発前に、布をかけておいてよかった。
今、鏡を見たら、何が映るんだろう。
私か? それとも、あの部屋にいた「もう一人の私」か?
そもそも、帰ってきたのは「どっち」だ?
待て。
落ち着け。
私は私だ。
名前は……ある。住所も言える。
生年月日も、出身校も、昨日の夕飯も思い出せる。
昨日の夕飯は……カレーだ。
いや、違う。昨日はコンビニの弁当だったはずだ。
でも、口の中にカレーの味が残っている。
古い油と、薬品みたいな匂いのするカレー。
いつ食べた?
さっき?
304号室で?
記憶が混濁している。
整理しなきゃ。記事にまとめなきゃ。
読者に伝えなきゃいけない。あそこは危険だと。
あそこには、人の形をした泥がいると。
でも、どうやって書けばいい?
言葉が出てこない。
難しい漢字が変換できない。
「認識」ってどう書くんだっけ?
「恐怖」ってどういう字だ?
ひらがなばかりが頭に浮かぶ。
***
[音声データ解析ログ:REC_009_Home.wav]
録音日時:202X年6月5日 05:00
場所:ライターの自宅(推定)
(00:00〜)
静寂。
時折、キーボードを叩く音。
キータッチが重い。ネチャ、ネチャという粘着質な音が混じる。
(00:45〜)
独り言。
ライター「……ちがう。そうじゃない」
声質が変化している。
喉に痰が絡んだような、湿った声。
ライター「もっと、うまく、まねないと」
ライター「にんげんは、こういうとき、なんていうんだ」
ライター「たすけて? こわい? おなかすいた?」
(01:30〜)
ガタン、という物音。
椅子が倒れた音か。
ライター「……あ」
ライター「かがみ、みちゃった」
(01:45〜)
沈黙。
約30秒間の完全な無音。
その後、笑い声。
ライター「ふふ」
ライター「あはは」
ライター「なんだ、そうか」
ライター「わたし、うまくいってるじゃん」
ライター「ちゃんと、わたしになってる」
ライター「あとすこし、かわかすだけ」
(02:30〜)
ドライヤーの音。
ゴォォォォォォという轟音。
ライター「かわいて、かたまれ」
ライター「かわいて、かたまれ」
ライター「しわを、のばして」
ライター「つるつるに、なあれ」
(03:00〜)
インターホンの音。ピンポーン。
こんな早朝に?
ドライヤーの音が止まる。
ライター「……だあれ?」
玄関へ向かう足音。ペタ、ペタ。
ドアを開ける音。
ライター「あ」
訪問者の声(不明瞭だが、ライターの声に酷似)「忘れ物ですよ」
ライター「ありがとう。さがしてたの」
訪問者「それ、僕の顔ですよね」
ライター「いいえ、私の顔です」
訪問者「まあ、どっちでもいいか」
訪問者「もう、混ざっちゃったしね」
二人の笑い声。
ドアが閉まる音。
(録音終了)
***
[テキストデータ:draft_0605.txt の続き]
きょうは、とてもいい天気になりそうだ。
あめはあがった。
じめじめして、とてもきもちがいい。
わたしは、ライターのしごとをつづけることにした。
だって、こんなにおもしろいネタはないから。
みんなにしってもらいたい。
K市の団地は、とてもすばらしいところだと。
となりびとは、みんなやさしい。
みんな、おなじかおをしてわらってくれる。
さびしくない。
かがみも、もうこわくない。
そこにうつっているのは、まぎれもなくわたしだ。
きのうまでのわたしよりも、ずっときれいなわたしだ。
しわひとつない。
きずひとつない。
つるっとして、ぴかぴかしている。
新品のわたし。
Tさんもいたよ。
かべのなかで、なかよくくらしてる。
「もうなじんだかい?」ってきかれたから、
「ええ、ばっちりです」ってこたえた。
こんかいのきじは、これでさいごにしようとおもう。
しんそうは、もうわかったから。
なにもこわいことはなかった。
ただの、しぜんげんしょう。
うまりかわりの、儀式。
だから、みんなもくるといいよ。
304号室は、いつでもあいてる。
かぎは、ポストにいれておくね。
ああ、でも、ひとつだけもんだいがある。
このからだ、まだちょっとみずっぽい。
キーボードが、どろでよごれちゃう。
ふかなきゃ。
かわかさなきゃ。
わたしはわたし。
わたしはあなた。
あなたはわたし。
みんなわたし。
み ん な 泥 に な れ
dfjakljfl;a:jfa;sfj
kja;lsjf;lajs;lfja;sjdf;laj
..................................................
..................................................
manebito is watching you
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私 の 名 前 を 呼 ば な い で
(テキストデータはここで途切れている)
(これ以降のファイルは破損しており、復元不可能)
(第7話 完)

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