14歳殺し屋なちゅ、今夜はすき焼き。

ノベルバユーザー626955

復讐

「クソぉ~! どうして負けるんだ、このポンコツ!」

 違法配信のアンドロイド格闘技が、壁一面のモニターに映し出されている。
 煙草と酒の匂いが染みついたオフィスで、少女はウィスキーの瓶をあおった。

「荒れてるな~、なちゅ」

 画面に悪態をつきながら酒を飲む少女の名は、佐倉なち。
 年齢は十四歳。もっとも、この街で年齢確認を気にする人間はいない。

「二十万も賭けてたんだぞ! 金返せ!」
「おい、お前何飲んでんだよ、子供のうちからウィスキーなんて飲むんじゃねえ、頭ぱっぱらぱーなるぞ」

 軽薄そうな金髪の青年――沢村蓮が、呆れたように言う。
 
「うっせーな、パツ金男。私は十四だぞ。もう大人だ!」
「十四はガキだろーが」

 沢村は鼻で笑い、デスクの上に札束を放った。
 紙幣の隅には、旧政府時代の透かしが残っている。

「なちゅ、お前に会いたいって男が応接室に来てるぞ。殺しの依頼だってよ」
「はぁ?めんどくせーな」
「まあまあ。金払いはいいみたいだし、とりあえず顔だけ見て来いよ」

 なちは札束を一瞥し、舌打ちする。

「今日日殺しで百万も払うやつがいるとはね、景気がよろしいようで」

 そう言って、なちは椅子から立ち上がった。

「沢村、さっさと終わらせて今晩はすき焼き食うぞ」
「はいはい」


 ◆


 オフィスの応接スペースには、ひとりの男が座っていた。
 スーツは上質だが、サイズが合っていない。
 何度も立ち上がったのか、ズボンの膝が無駄に擦れている。

「……こちらが、例の……」

 男は立ち上がりかけて、途中で動きを止めた。
 なちを見て、言葉を失ったのが分かる。

「……子供、ですよね?」
「殺しに年齢は関係ねーだろが」

 なちはぶっきらぼうに言い、男の正面にどかっと座った。
 足を組み、机に肘をつく。
 
「この方は依頼人だぞ、なちゅ。敬意を持て」
「はいはい。んで、誰を殺せばいいの?」

 男の喉が、ごくりと鳴った。
 
「……本当に、あなたが?」

 なちはイライラした様子で指先で机を叩く。

「時間ないんで。名前、場所、期限。順番にどうぞ」

 男は深く息を吸い、覚悟を決めたように口を開く。

「……相手は、企業連合の下請け責任者です。 名前は――」
「ちょい待ち」

 なちが手を上げた。

「なんでそいつを殺したいの? 私、理由なき殺しはしないからさ」

 沢村が小さく咳払いする。

「なちゅ、余計な詮索は――」
「はいはい」

 なちは肩をすくめ、男を見た。

「妹の復讐です……。とある企業の社長にレイプされたうえ、殺されたんです。……でも、事故として処理されました。証拠も、証言も、全部消されて」

 男の声は震えていた。
 怒りよりも、疲労が先に滲んでいる。

「警察も、管理局も、誰も動かなかった。だから……あなたたちに頼むしかないんです……」

 なちは数秒、黙ったまま男を見ていた。
 そして、ふっと息を吐く。

「なるほどね~おっけー。任せな」

 なちは、その言葉を聞いても表情を変えなかった。
 いつも通りの軽い調子で返事をしただけだった。

「沢村、武器と装備準備よろしく~」
「はいよ」

  沢村はそう答えながら、男に視線を向ける。

「前金は百万。完了後に百万。 それと――途中でキャンセルはできません」
「……はい」

 その言葉になちが被せる。

「逃げたらターゲットがあんたになるからね、おっさん。ちゃんと金用意しといてね」
 
 男は小さくうなずいた。
 なちは立ち上がり、男の前に立つ。

「じゃ、行ってくるわ。沢村、すきやきの準備しとけよ!」
「はいはい。死なない程度にな」

 軽口を叩きながら、少女は応接スペースを出ていった。


 ◆


 夜。
 旧企業区画の外れにある、低層オフィスビル。
 表向きは物流管理会社。
 実態は、企業連合の下請けを請け負う“処理係”の拠点。
 なちはビルの向かいに停めた車の中で、双眼端末を覗いていた。

「へー、ずいぶんでかい会社じゃん」

 耳元の通信機が、微かにノイズを鳴らす。

『侵入ルートは裏口。三分後に死角ができる』
「了解」

 沢村の言葉に、なちは小さく答え、車を降りた。
 黒いフードを被り、音もなく路地を進む。
 裏口の電子錠は、沢村が事前に仕込んだウイルスで既に死んでいた。

「せっこいセキュリティ」

 独り言を呟き、なちは中へ入る。


 ◆


 ビル内部は静かだった。
 人の気配は、最上階にひとつ。
 階段を使い、足音を殺して登る。

 ドア越しに、男の声が聞こえた。

「次、誘拐するのはどんな女にするか……」

 通話中だ。
 なちは一度だけ、目を伏せた。

 通話が終わったタイミングを見計らう。
 次の瞬間、なちはドアを開けていた。
 音はしなかった。

「――っ!? 誰だ!」
「殺し屋でーす! 殺しに来ました!」

 男は驚愕の表情。

「ふっ、お前みたいなガキが――」

 その瞬間に男の表情が苦悶に変わる。
 投げナイフが男の股間に突き刺さったのだ。

「私さ~、レイプ魔が一番嫌いなんだよね~」
「――ガッ、あがっ……」

 ゆっくりと歩み寄り、頭に拳銃を突き付ける。

「はい、命乞いどうぞ!」
「や、やめてくれ! 金、金なら払う!」
 
 なちはその言葉に笑顔を浮かべる。

「つまんない命乞いだな、殺すね」

 乾いた音が響く。
 サプレッサーはついているが、消音はしきれない。


 ◆


 通信が入る。

『終わったか』
「うん。帰る」
『怪我は』
「してない」

『了解。すき焼き、準備しとく』
「ねぎ入れんなよ! 春菊もいれんな!」
『分かってる』

 通信が切れる。
 なちはビルを後にした。
 夜風が、血の匂いを運んでいく。

 その顔は――
 仕事を終えた後の、ただの十四歳の少女のものだった。

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