元勇者メイドのやり直し! ~「強すぎる」からと勇者追放されたけど、元魔王の黒猫とともに愛しのお嬢様との最愛百合ライフを守ります~

nanokka

百年越しの因縁⑥

「言っただろ、あれには人間の生命力を吹き込んでる。まさに無限の生命力が宿ってるといっても過言じゃない」

驚いてみせたのはパフォーマンスだったとでも言うように、今は意地悪げにニヤつくロバート。
そうしている間にもドラゴンは完全に傷のない状態で復活し、再び咆哮すると、周りを手当たり次第に破壊し始める。

「クソッ、今度は我も手を貸す! くぞ、蒼穹の燕ブルー・スワロー!」

「うん! 今ならボクたちで抑えられる!」

ザカリアスが号令し、浮遊魔法でニーナたちを広場に連れていく。
四対一でドラゴンを囲み、激しい攻防戦が始まる。
グロリアはそれをただ見ているほかなかった。

「お前も今すぐ助けに向かいたいと思ってるんだろうが、それはさせねぇ」

ロバートは右手の魔法陣をちらつかせてくる。
グロリアに逆らえるわけがない。ぎゅっと拳を握り、無力さにうつむく。

「お前はそこから、あの仲間ごっこが好きな連中が不死身のドラゴンにやられるのをただ見てるんだな!」

どれだけ非道なことを言われても、今のグロリアには従うほかない。
彼らは――ニーナたちはこんな自分を仲間だと言ってくれたのに。
自分はその思いに何も報いることはできない事実がグロリアに重くのしかかった。

(“昔の仲間”を傷つけて、“今の仲間”には何もしてあげられないなんて……)

ぱらぱらと落ちる涙が握った拳を濡らす。

――いいんですのよ。グロリア。

その固い拳にそっと手を添えるように、優しい“声”は届いた。
はっと目を開き、あたりを探すが――声の持ち主は結界に囚われたまま、自分の意思では動ける様子もない。
だが、確実に声はグロリアに届いた。

――まあ、私の声、聞こえてますのね。

驚くグロリアの様子を見て取ったかのように、フィリアナの声は言う。
まるで《念話テレパス》のような波長で語りかけてきた声に驚いているのは、グロリアだけではない。

「な、なんだ、今の声は……!?」

ロバートも。

――我にも聞こえたぞ!

ザカリアスもだ。
グロリアは何度もまばたきして、フィリアナの方を見た。

『――わたくしは、ずっと意識だけはありました。だから、もう、大体の話は知っているのですわ。ごめんなさい、グロリア。聞かれたくはなかったことでしょうけれど』

フィリアナは結界の中から語りだす。

『――グロリア、長い間、苦しんできたんですのね。一度傷つけた気持ちは簡単に救われてならないと、自分に言い聞かせて』

今は触れられぬグロリアをいとおしむように。

『――私は、そういう真面目で不器用なグロリアのことが好きですわ。そう言っても、昔の仲間の皆さんを傷つけてしまった事実からは楽になれないとは思いますけれど……でも、それでもいいのです。たとえ楽にはなれなくても』

お嬢様、とグロリアは自然につぶやいた。
ふふ、と微笑むように、フィリアナは続ける。

『間違ったことは間違ったまま、受け入れてしまってもいいのです。たとえ願っても、百年前の皆さんの傷つけた気持ちを取り戻すことはできないのだし、だったらグロリアが自分の間違いを認めて、ただ受け入れて、前に進むだけでいいのですわ。そこにこれ以上の罰や戒めで埋め合わせする必要もありません』

『……な、何を部外者がずらずらと理屈並べてやがる。こいつを裁くのは俺だ! 甘いこと抜かして、簡単にケリつかせるようなこと――』

『私がグロリアに甘いのは仕方ありませんわ。甘いからこそ、グロリアのことを真剣に考えているのです!』

ロバートの邪な思念をぴしゃりとはねのけ、フィリアナは毅然と声を発する。

『たとえ、受け入れた先に辛く苦しいものが待っていても……恐れることはありません、グロリアには私がいますもの。だからグロリア、どうか恐れないで。昔の仲間の皆さんと、今の仲間の皆さんと、どちらも尊重したいと言うなら、グロリアが強く前に立つしかないのです――』

前を向くように促す声は、優しく、凛々しく、どこまでもグロリアを想っている。

『――もちろん、グロリアにだけ命令するつもりはありませんわ。私も、勇気を出して踏み出します』

『お嬢様――』

グロリアは言葉にならない思いをすべてその名に乗せた。
フィリアナはグロリアの脳裏に微笑を落とすと、意を決したように、「ふん"ん"――ッ!!」と声をあげた。
その声が聞こえる者全員が驚いた。
現実のフィリアナが息むと、その両腕を吊っていた魔法の枷が弾け飛んだのだ。

「――ありえねぇ!! なんだ今のは!?」

『――そうか! わかったぞ! 娘の身体にはまだ我の魔力が残留している! 我の魔力で構成された魔法に対して、我自身の魔力が反発しているのだ!!』

解を得たザカリアスが叫ぶ。

『だが、そいつみたいに触媒もなしにどうやって……!』

『ともかく、お嬢様は今自分の意思で封印を解いたんですか!?』

『うむ……おそらく結界からも出ていくつもりだ!』

グロリアの視線の先で、フィリアナはゆっくり立ち上がると、結界の外側に向かって歩き出した。

「無駄だ……ッ! 枷は外れても、何重構造もの結界は壊せねぇ! 触れただけで全身火だるまになるぞ!」

ロバートは狂気がかった笑い声をあげてフィリアナの努力を蔑むが、彼女は意に介さず、両手でこじ開けるように結界に触れた。
――バヂバヂバヂバヂッ!!!
結界から激しく火花が散って、フィリアナの指先を拒む。
その手からは鮮血が赤々とこぼれ落ちた。

「お嬢様ッ!!」

グロリアは思わず叫ぶが、フィリアナの表情に臆する気配はない。
再び結界に手をかけると、歯を食いしばって、かまわず火花を散らす。

「はあぁぁーーーーっ!!!」

フィリアナは声を張り上げ、結界をこじ開けようとする。
おびただしい火花が散って、熱がフィリアナの手を焦がそうとするが、どんな攻撃も彼女を後退させることはできなかった。
結界の裂け目に入り込んだフィリアナの両手が、外に向かってそれを押し広げていく。

「はあぁぁぁぁーーーーーーッッッ!!」

フィリアナの両手がぐっと広がり、周りの結界がガラスの破れるような音を立てて自壊し、消滅する。
すべての力を使い果たしたかのようにフィリアナはその場に倒れ込む。その寸前、走り出したグロリアはフィリアナを抱きかかえ、傷を負った両手を持つと、懸命に治癒の魔術をかけていく。

「お嬢様……!」

グロリアが呼びかけると、フィリアナはゆっくりと目を開けて、微笑んだ。

「グロリア、今の私、見ていまして?」

にっこりと笑って、そう問いかけるフィリアナに、グロリアの瞳はまた滲んだ。

「はい……はい! この目でしっかりと見ていました……!」

何度もうなずくと、そのたびに涙がこぼれそうになる。
必死なグロリアにフィリアナは笑って、治癒した指先を伸ばしていく。

「今度はグロリアの番ですわ」

その指先のやわらかさに目を閉じ、グロリアはまたうなずく。

「――はい、お嬢様」

フィリアナの手を頬に感じながら、グロリアは片目からつ、と一筋の涙を流した。
もう、泣かないという誓い。
自分は今、自分の足だけで立っているのではないという自覚。
それらがすべてグロリアの背を押した。
フィリアナとともに立ち上がると、グロリアはロバートに向き直る。
ロバートは、何か追われるようにあとずさった。

「ロバート」

静かに呼んだだけで、ロバートはビクンと肩を震わし、右手の魔法陣を宙に掲げた。
そのとき、広場でザカリアスたちと戦闘していたドラゴンが宙を舞い、再びロバートの前に降り立った。

「ロバート、」

「それ以上近づくな!」

逃げ込むようにドラゴンの背に乗ると、声をかけたグロリアに向かって魔法陣を見せつける。

「ひ、人質がいなくたって、この魔王の血を継いだドラゴンは無敵だ!! お前でも簡単にはいかねぇだろうさ! これ以上街を荒らされたくなかったら、おとなしく道を開けろ!!」

「逃げる気なんですか」

ロバートは口元を苦々しくさせる。
その顔には恐怖が張りついていた。
人質を失った以上、自分に勝ち目はなしと踏んだのだろう。
早々に計算して見切りをつけてしまう彼の性格を、グロリアはよく思い出した。

「ロバート――私、覚えてるんです。魔王を倒した私のもとに、あなたがやってきたことを」

グロリアの言葉に、ロバートは驚愕したように目を大きくした。
ずっと蓋をしていた記憶を、グロリアは打ち明ける。

「魔王の血だまりの中で倒れ込んだ私を、背負ってくれましたよね。返り血まみれの私をかまいもせずに………」

思い出すのは、彼の背中。
魔王の間から続く長い階段で何度もつっかえそうになりながら、彼は自分を背負って城の玄関まで降りていったのだ。
魔王とひとりで対峙するように突き放したのは彼なのに、誰よりも先に様子を見に来てくれていた。

ロバートは、打ちひしがれたように瞳を揺らした。

「覚えてないと、思った。どうせお前には、手を貸したうちに入らねぇって……」

「そんなことありませんよ。とっても、嬉しかったです。ありがとう、ロバート」

あのときは言う機会を逸してしまっていたことを、グロリアは今確かに感謝を告げることができた。
ようやく、言えた。
静かに晴れやかな顔をするグロリアに対し、ロバートの顔は曇ったままだ。

「そんな、百年前のことを今さら、なんでだ……?」

「私には百年経った今だからこそ言えたことなんです。仲間というものがなんたるかを知った、今の私だからこそ……」

グロリアは胸に手を置き、目を閉じる。
あのときのロバートの背中を思い出すだけで、胸が温かくなる。これが、仲間の思いというものだと、ようやく理解できた。
上手く心を通い合わせることはできなくても、不器用な優しさを介して通じ合うことはできていたのだ。
それも百年前は、気付けなかったこと。

「今さらそんな言葉じゃ俺は後に引けねえ! 何もかも遅すぎるんだよ、お前は!!」

ロバートは耐えがたいように叫び出し、右手の魔法陣を起動させる。
黒いドラゴンが翼をはためかせ、上空に舞い踊ると、口を開け、ブレスを吐く動作を見せた。

グロリアはフィリアナを後ろに隠し、自分は前に出る。

「ロバート!! 私はあなたの仲間として、あなた自身と向き合います! ここであなたを絶対に止めてみせる!」

「ふざけるんじゃねぇぇぇぇぇ!!」

ロバートはドラゴンとともに咆哮しながらグロリアを睨む。
男は消えることのない百年間の怨嗟を抱え、本当の意味で自由になれないままなのだ。
そのすべてを終わらせる覚悟でグロリアは両手を突き出し、魔力を展開する。
グロリアの魔力は陽の光に触れて眩いほどにきらめき、光そのものとなって手の中に収束していく。
グロリアの両手で束ねられた光は、天まで昇るような勢いで伸びていき、清浄かつ神聖な光であたりを満遍なく照らした――。

フィリアナは、ザカリアスは、その光に頬を照らされたグロリアの姿を見て、口を開く――。

「「―――光の剣」」

それはかつて、魔王を屠った、終局の一撃。
グロリアは光を持つ手を固く握り、まさしく剣として振り下ろす。


「《光の剣グロリアス・セイバー》―――!!!」


          

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