お嬢様と双子の従者
3.恐怖と現実
「…じゃあ、俺はこれで帰るよ。
明日に縁談の予定があるのでな。」
お茶にもクッキーにも一切手をつけず、
ヘクトは早々に立ち上がった。
客人を見送ろうと私も立ち上がるが、
すぐに彼の周りを護衛が取り囲む。
バケモノでも見るような目を
向けられることはもう慣れたが、
こうしてイスから立つだけで
威嚇されるのは久しぶりだった。
シャルルが先導して
玄関まで彼らを案内するのを
私も後ろからついていくが、
護衛たちはチラチラと警戒してくる。
別に彼らを食べたりしないのだが、
彼らの中に根付いている恐怖は
私の意思なんて関係ない。
忌み子がそこにいるというだけで、
この世界の人々は恐怖する。
「……もう二度と会うことはないだろうが、
一応、これだけは言っておく。
その…元気でな。」
ヘクトを玄関まで案内すると、
彼は私に向き直って言った。
まさかそんなことを言われるなんて
思ってもいなかったので、
私は少しだけ面喰らってしまった。
忌み子という存在を恐れるあまりに
時には人の道を踏み外すようなことを
今までにされてきたが、
元の彼は純粋で真っ直ぐな性格だ。
周囲の人間に色々と吹き込まれたせいで
そのような思想に染まってしまったのだろう。
だが、彼の心の奥にある優しさは
今でなお消えていないようだ。
「はい、ヘクト様もお元気で。」
彼の後ろ姿を見送り、頭を下げる。
だが、その瞬間に大きな足音が
私の方へ近づいてきたのが分かった。
「くたばれ!悪魔!」
私が顔を上げた時には、
すでにヘクトの護衛の一人が
私の頭を叩き切るように真っ直ぐ、
鬼の形相で剣を振り下ろしていた。
とても避けられる距離ではない。
だが、このままでは殺されると分かっていながら
私の心は妙に落ち着いていた。
「お嬢様!」
シャルルが私の腕を引くが、
振り下ろされる剣の方が早い。
しかし、私の体が僅かに逸れると、
後ろから一つの影が飛び出していく。
その影は闇に住む暗殺者のように
剣を振り下ろす男に突っ込む。
そして、強烈な蹴りで
男の体を吹っ飛ばしてしまった。
あまりに一瞬過ぎた出来事に
私の理解がやっと追いつくと、
その影の正体がサーだと分かる。
「サー……!?」
普段は執事として屋敷の掃除や
手入れをしてくれている彼が
こうして攻撃的なことをするのは初めてだ。
サーは私と彼らの間に立って、
胸ポケットから一枚のハンカチーフを取り出す。
一体そんな物で何をする気なのかと
その場にいた誰もが注目していると、
彼はそれをひらりと煽って
一瞬の間に細剣に変えたではないか。
そうだ、サーは昔から手品が得意で、
私が落ち込んでいる時には
いつも手品を披露してくれた。
まさか剣が出てくるなんてことは
考えもしなかったが。
「我が主に牙を剥いたからには、
相応の覚悟ができているのだろうな?」
サーが吹っ飛ばした男を睨むと、
他の護衛たちも武器を構えた。
まるで、こうなることが
事前に決まっていたかのように。
手のひらで炎を燃やしたり
地面に手をつく者もいて、
どうやら剣以外にも
魔法による攻撃手段を用意しているようだ。
神からの奇跡とも呼ばれる魔法を
人を傷つけるために使うなんて、
どうして恵まれた立場にいながら
そんなことができるのだろうか。
「ま、待ってくれ!誤解だ!
彼は俺を守ろうとしただけなんだ!」
しかし、お互いが睨み合う中で
ヘクトが強引に割って入ってくる。
彼の護衛が役目であるが故に
剣を向けた者がいるが、
それは彼の意思とは関係がないと。
ならばしっかりと手綱を握っておいて欲しい。
「お言葉ですがヘクト様、
目の前にいる奴らは恐ろしい悪魔です。
手馴れが揃っている今、
世界のためにも討伐するべきです。」
「…だが……!」
バケモノを見るような視線を向けるばかりか、
人間に害をなす悪魔だと決めつけて
殺意を露わにするなんて、
やはり気分のいいことではない。
しかし、これが現実だ。
こればかりはどうしようもない。
私は神から見放された悪魔で、
サーとシャルルの命は偽物だ。
街から離れた森の屋敷で
隠れるように暮らしているのも、
そういった世界の目から
自分たちを遠ざけるためだ。
「……俺は先に戻る。
お前たちの好きにするがいい。」
自分は何も干渉しないから
自分の目の届かない場所でやれ。
と言わんばかりに、ヘクトは背を向けた。
いくら彼が言葉を尽くそうと、
護衛の男たちは殺意を隠さない。
かと言って私やサーを殺すことを
命令するのは後味が悪い。
だからそこに自分の意思はないと
恰好だけでもつけておく必要があった。
彼とて私が恐ろしいだろう。
そうでなければ護衛を
こんなにも引き連れて来ない。
それでも私のところを訪れたのは、
婚約を破棄するためと
彼なりに筋を通すためだろう。
そしておそらく、護衛たちが牙を剥くことは
ここへ来ると決めた時から分かっていた。
私もこうなると察していたから。
「地獄へ帰れ、悪魔共……!」
残った護衛の数は5人。
先程は不意打ちのようなものだったので
サーが一歩勝っていたようだが、
私という足手まといを抱えながらでは
数の差もあって厳しいだろう。
私が少しは自衛できればいいのだが、
訓練といえばずっと魔法の訓練だったので、
ろくに剣を振ることもできない。
「シャルル。」
「はーい。お嬢様、外は冷えますから、
温かいお茶を淹れますね。」
「え…でも……。」
「大丈夫でございます。
サーは少し外を掃除するだけですので。」
サーの強さを疑っている訳ではない。
二人がこの屋敷にやってきた日に
二人が持つ魔法について教えてもらったし、
得意なことも教えてもらった。
様々な魔法があるこの世界で
彼らの魔法が貴重な物であるとも知り、
彼らがいれば私も屋敷も安全だと思った。
しかし、相手は手馴れが5人だ。
いくらサーが強いといっても、
多勢に無勢では心配にもなる。
「お嬢様。お嬢様がここへおられると
サーも本気が出せないのです。
ですから、私と一緒に屋敷で待ちましょう。
……サーが本気を出すまでもないでしょうが。」
私がいると本気が出せない。
そう言われたら何も言えないではないか。
魔力のない私を気遣うため、
彼らは決して私の前で魔法を使わない。
どれだけ特別な魔法を持っていようと、
使わなければ何も意味もないのに。
「サー。すぐに戻ってきて。」
「かしこまりました。」
サーに一言声をかけてから
シャルルと共に屋敷に戻り、
温かいお茶を淹れてもらった。
サーが用意してくれたアロマキャンドルの
いい香りを漂わせながら待つと、
しばらくは罵声やら怒号が響いていたが、
息一つ乱していないサーが戻ってきた。
「玄関の掃除、完了致しました。」
あまりに涼しげな顔をしている彼に、
私は労いの言葉をかけるのが精一杯だった。
明日に縁談の予定があるのでな。」
お茶にもクッキーにも一切手をつけず、
ヘクトは早々に立ち上がった。
客人を見送ろうと私も立ち上がるが、
すぐに彼の周りを護衛が取り囲む。
バケモノでも見るような目を
向けられることはもう慣れたが、
こうしてイスから立つだけで
威嚇されるのは久しぶりだった。
シャルルが先導して
玄関まで彼らを案内するのを
私も後ろからついていくが、
護衛たちはチラチラと警戒してくる。
別に彼らを食べたりしないのだが、
彼らの中に根付いている恐怖は
私の意思なんて関係ない。
忌み子がそこにいるというだけで、
この世界の人々は恐怖する。
「……もう二度と会うことはないだろうが、
一応、これだけは言っておく。
その…元気でな。」
ヘクトを玄関まで案内すると、
彼は私に向き直って言った。
まさかそんなことを言われるなんて
思ってもいなかったので、
私は少しだけ面喰らってしまった。
忌み子という存在を恐れるあまりに
時には人の道を踏み外すようなことを
今までにされてきたが、
元の彼は純粋で真っ直ぐな性格だ。
周囲の人間に色々と吹き込まれたせいで
そのような思想に染まってしまったのだろう。
だが、彼の心の奥にある優しさは
今でなお消えていないようだ。
「はい、ヘクト様もお元気で。」
彼の後ろ姿を見送り、頭を下げる。
だが、その瞬間に大きな足音が
私の方へ近づいてきたのが分かった。
「くたばれ!悪魔!」
私が顔を上げた時には、
すでにヘクトの護衛の一人が
私の頭を叩き切るように真っ直ぐ、
鬼の形相で剣を振り下ろしていた。
とても避けられる距離ではない。
だが、このままでは殺されると分かっていながら
私の心は妙に落ち着いていた。
「お嬢様!」
シャルルが私の腕を引くが、
振り下ろされる剣の方が早い。
しかし、私の体が僅かに逸れると、
後ろから一つの影が飛び出していく。
その影は闇に住む暗殺者のように
剣を振り下ろす男に突っ込む。
そして、強烈な蹴りで
男の体を吹っ飛ばしてしまった。
あまりに一瞬過ぎた出来事に
私の理解がやっと追いつくと、
その影の正体がサーだと分かる。
「サー……!?」
普段は執事として屋敷の掃除や
手入れをしてくれている彼が
こうして攻撃的なことをするのは初めてだ。
サーは私と彼らの間に立って、
胸ポケットから一枚のハンカチーフを取り出す。
一体そんな物で何をする気なのかと
その場にいた誰もが注目していると、
彼はそれをひらりと煽って
一瞬の間に細剣に変えたではないか。
そうだ、サーは昔から手品が得意で、
私が落ち込んでいる時には
いつも手品を披露してくれた。
まさか剣が出てくるなんてことは
考えもしなかったが。
「我が主に牙を剥いたからには、
相応の覚悟ができているのだろうな?」
サーが吹っ飛ばした男を睨むと、
他の護衛たちも武器を構えた。
まるで、こうなることが
事前に決まっていたかのように。
手のひらで炎を燃やしたり
地面に手をつく者もいて、
どうやら剣以外にも
魔法による攻撃手段を用意しているようだ。
神からの奇跡とも呼ばれる魔法を
人を傷つけるために使うなんて、
どうして恵まれた立場にいながら
そんなことができるのだろうか。
「ま、待ってくれ!誤解だ!
彼は俺を守ろうとしただけなんだ!」
しかし、お互いが睨み合う中で
ヘクトが強引に割って入ってくる。
彼の護衛が役目であるが故に
剣を向けた者がいるが、
それは彼の意思とは関係がないと。
ならばしっかりと手綱を握っておいて欲しい。
「お言葉ですがヘクト様、
目の前にいる奴らは恐ろしい悪魔です。
手馴れが揃っている今、
世界のためにも討伐するべきです。」
「…だが……!」
バケモノを見るような視線を向けるばかりか、
人間に害をなす悪魔だと決めつけて
殺意を露わにするなんて、
やはり気分のいいことではない。
しかし、これが現実だ。
こればかりはどうしようもない。
私は神から見放された悪魔で、
サーとシャルルの命は偽物だ。
街から離れた森の屋敷で
隠れるように暮らしているのも、
そういった世界の目から
自分たちを遠ざけるためだ。
「……俺は先に戻る。
お前たちの好きにするがいい。」
自分は何も干渉しないから
自分の目の届かない場所でやれ。
と言わんばかりに、ヘクトは背を向けた。
いくら彼が言葉を尽くそうと、
護衛の男たちは殺意を隠さない。
かと言って私やサーを殺すことを
命令するのは後味が悪い。
だからそこに自分の意思はないと
恰好だけでもつけておく必要があった。
彼とて私が恐ろしいだろう。
そうでなければ護衛を
こんなにも引き連れて来ない。
それでも私のところを訪れたのは、
婚約を破棄するためと
彼なりに筋を通すためだろう。
そしておそらく、護衛たちが牙を剥くことは
ここへ来ると決めた時から分かっていた。
私もこうなると察していたから。
「地獄へ帰れ、悪魔共……!」
残った護衛の数は5人。
先程は不意打ちのようなものだったので
サーが一歩勝っていたようだが、
私という足手まといを抱えながらでは
数の差もあって厳しいだろう。
私が少しは自衛できればいいのだが、
訓練といえばずっと魔法の訓練だったので、
ろくに剣を振ることもできない。
「シャルル。」
「はーい。お嬢様、外は冷えますから、
温かいお茶を淹れますね。」
「え…でも……。」
「大丈夫でございます。
サーは少し外を掃除するだけですので。」
サーの強さを疑っている訳ではない。
二人がこの屋敷にやってきた日に
二人が持つ魔法について教えてもらったし、
得意なことも教えてもらった。
様々な魔法があるこの世界で
彼らの魔法が貴重な物であるとも知り、
彼らがいれば私も屋敷も安全だと思った。
しかし、相手は手馴れが5人だ。
いくらサーが強いといっても、
多勢に無勢では心配にもなる。
「お嬢様。お嬢様がここへおられると
サーも本気が出せないのです。
ですから、私と一緒に屋敷で待ちましょう。
……サーが本気を出すまでもないでしょうが。」
私がいると本気が出せない。
そう言われたら何も言えないではないか。
魔力のない私を気遣うため、
彼らは決して私の前で魔法を使わない。
どれだけ特別な魔法を持っていようと、
使わなければ何も意味もないのに。
「サー。すぐに戻ってきて。」
「かしこまりました。」
サーに一言声をかけてから
シャルルと共に屋敷に戻り、
温かいお茶を淹れてもらった。
サーが用意してくれたアロマキャンドルの
いい香りを漂わせながら待つと、
しばらくは罵声やら怒号が響いていたが、
息一つ乱していないサーが戻ってきた。
「玄関の掃除、完了致しました。」
あまりに涼しげな顔をしている彼に、
私は労いの言葉をかけるのが精一杯だった。
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