クロス・アーチ

nit

第7話 届かない想いとリング

全国大会が終わりまだまだ夏の暑さが続く中、2学期が始まった。
私が教室に到着し自席に着席するや否や、アイナから声をかけられた。

「ヒカリ、ちょっといいかな?……少し遠いんだけど、大きな橋を渡った先のファミレスに行かない?…話したいことがあるんだ。」

「う、うん、いいよ。……で、どんな話するの?」

「それをそこで話すのよ。」

いつもより真っ直ぐな目で話しかけられたから、すこし空気を柔らかくしようと、冗談っぽく返事をした。

始業式が終わり、アイナと一緒に約束のファミレスに向かった。
遠い分一緒に歩く時間は長いけど、いつも通りのたわいもない会話をしていた。
しかし、私の頭の中は何の話をされるかという予測の方が大半を占めていた。

(さては、彼氏でもできたのかな?アイナに彼氏いるかとやたらと私に聞いてくる男子多いからな。)

アイナからはよく3年の誰々から告られたという話をしていて、アイナの人気の高さにびっくりしつつも納得していた。

最近のアイナは、高身長ですらりとした立ち姿に併せ、どこか自信に満ちた大人の雰囲気が感じられるようになっており、存在感を放っている。

アイナとは普段バスケの話をしない分、こういう話ばかりしていたから、恋愛の妄想がどんどん膨らんでいき、ワクワクしてくる。

ファミレスに着き、アイナは周りをキョロキョロして知っている人がいないことを確認できたのか、少し安堵した表情で席に着いた。

「どうしたの、かしこまっちゃって?…さては彼氏でもできた?」

「そんなのじゃないよ!」

アイナは予想外の話を振られたからか、面食らっていたが、私としては期待が外れて少し残念だった。

「…いずれわかると思うけど、ヒカリには一番に伝えておこうと思って。」

緊張感が伝わってきて、打って変わってネガティブな話なのかと予想してしまい、私は唾をゴクリと飲んだ。

「…私、雑誌のモデルをやることになったんだ。…事務所に応募したら受かってね。」

私は予想のはるか上を飛び越した内容で声が上ずった。

「え、ええ!!?すごいじゃん!何の雑誌?」

アイナからは、女子中学生なら誰もが知っているティーン向けの雑誌だと聞いて、私の気持ちはさらに高まり声が大きくなっていた。
甲高い声でうっとうしかったのか、チラッとこちらを見る大人がいた。

私のミーハーな部分が出てきて、あれやこれやとアイナに質問責めをした。
アイナの周りで起きたことを聞くと、どんどん憧れの目で見るようになりアイナが余計に大人びて見えた。

「......それでね、私しばらくバスケ離れようと思うの。」

アイナは今日最も言いたかったことをずっとタイミングを図っていたようで、会話の間を見計らって低く慎重な声で発した。

「......そ、そうだよね!これから忙しくなるもんね!」

私はふと現実に戻った。
そして私の口から咄嗟に出た言葉は、アイナに伝えるためではなく、私に言い聞かせるために発していた。
次の中総体はアイナとどのようにプレイしようかという想像も膨らませていたのだが。

「…応援してるからね、出ている雑誌全部買うよ!」

「うん、ありがとう!」

もちろんアイナのモデルの仕事は心の底から応援するが、アイナとのバスケのことを考えると心にもやがかかり、深く考えを巡らせることができなかった。

 翌日からアイナは、モデルの仕事がない日は練習に顔を出していたが、大会や他校の練習試合に参加することはなかった。



残暑の残る暑さから、朝窓を開けるとひんやりとした空気が部屋に流れ込むようになった季節。

練習に復帰後は初心者のように左手での地味なドリブルやハンドリング、走り込みを散々やってきた。
よく心が折れずに続けてきたものだと自分のことを褒めたい。
もちろん周りの励ましがあり、特にミズキちゃんに励ましてもらっていたにしてもだ。

地道な努力の成果は間違いなくあり、シュートを除くあらゆるプレイが右手と同じように左手でもできるようになっていた。

そしてこの季節にようやく医者から伝えられた。

「これなら、もう大丈夫ですね。リハビリも順調に進んでいますし、右手でボールを持って、全力でプレイしてもらって構いません。よく頑張りましたね。」

この言葉を聞き、緊張が全身を駆け巡る。

(右手でシュートが打てる…。)

期待と不安が入り乱れる。

この日は放課後すぐに病院に行ったため、まだ部活をしている時間に戻れる。

学校に向けて自転車を漕ぎ出した私は、学校が近づくにつれて期待と不安でどんどん緊張してくる。
心臓の鼓動の速さに比例していくように自転車のスピードが上がり、体で受ける風が強くなる。

体育館に着くと開口一番にみんなに伝えた。

「今日から一緒にプレイできるよ!」

周りのみんなは「え、本当に!」と声色が高い声で心の底から喜んでいた。

「ヒカリちゃん、またバスケできるようになって本当に良かった…。これで冬の新人戦も絶対良いところまで行けるよ!」

3年は引退していたが、まだ練習に顔を出してくれているミズキちゃんが、一番喜んでくれていた。

私のことを小さい頃から見ていた分、元通りのプレイに戻れるというだけで熱いものが込み上げてきており、くしゃっとした顔で、私への祝福の言葉を心底浴びせてくれた。
それに釣られて、私は緊張していることもあり、目から涙がホロリと流れていた。

しかし、まだ不安が拭えたわけではない。
みんながコートで練習している中、私はコートの脇でまずはウォームアップがてら右手で強くドリブルしてみる。

(よし、痛くない。)

これまで軽いドリブルはしてきたこともあってすぐに馴染んだ。
問題はシュートだ。
みんなが休憩に入った時、がら空きになったリングへ右手でドリブルしながら向かった。

心臓の鼓動が早くなるのがわかると、ドリブルのボールをつく間隔をなるべく遅くして心を落ち着かせる。

そして、いよいよこの時がきた。
3Pラインとペイントエリアの間、ミドルレンジの位置で、ボールにバックスピンをかけて前に放り投げ、戻ってきたボールをワンハンドシュートの持ち手でキャッチしてリズムよくジャンプシュートした。

(…痛くはない。)

ただし、肘に力が入りにくく伸びきらず、違和感しかなかった。
ボールはリングかすることもなく手前で落ちていった。
もう一度、同じようにジャンプシュートを行うが、さっきと同様に手前で落ちる。

明らかにこれまで何万回もシュートしてきた感覚で放ってはリングに届きもしない。
肘の硬さが残っており可動域が狭まく感じ、肘の伸びにしなやかさが出てこない。
無理やり腕の力でボールを飛ばそうとすると、脳が痛みを生み出してブレーキをかけているような感覚になる。
さらにボールを力んで放つ分、前後左右にブレ、何度シュートを放ってもまったくリングに吸い込まれない。

(……最悪だ。)

絶望が心の中で渦巻き、私を飲み込んでいく。
得意だった3Pシュートは試すことはなかった。

コート脇で休憩していたミズキちゃんは私の異変を悟ったからか、ゆっくり歩を進めて近づき声をかけてきた。

「大丈夫。これからだから。自分を信じて練習していこ。」

ミズキちゃんは私の目を真っ直ぐ見て優しいトーンでゆっくりと話した。

それを聞くや否や私はミズキちゃんにしがみついた。
目から涙が溢れていたが、ミズキちゃんの体に顔をうずめ、みんなにはバレないように泣いていた。
しかし、きっとみんなもどんなことが起きていたかわかっているだろう。
「大丈夫、大丈夫。」と前向きな声をかけてくれるミズキちゃんの言葉にただうんうんと頷いていた。

しばらくして泣き止めれたと同時に顔を上げた。
目は真っ赤になっていたはずだが、周りを気にすることなく、みんなと一緒に同じ練習をこなしていった。

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