クロス・アーチ

nit

第6話 再起と指先をかすめる栄光

「ヒカリ!」

翌日の放課後に体育館に入ると、みんながみんな私を見る度にびっくりした様子や、嬉しい様子など、人それぞれの感情を込めながら声をかけてきてくれた。

「ヒカリちゃん!もうバスケできそうなの?」

一番嬉しそうにしていたのは、ミズキちゃんだった。
何度も声をかけてきてくれていたこともあり、想いがすごく伝わる。

「うん、まだ右手ではプレイできないけど、左手でのボールハンドリングは始めていくし、フットワークの練習はみんなと同じメニューをこなしていくよ。」

私はしばらく運動しておらず、体力面は心配していたが、バスケで試合中コートを縦横無尽に駆け回るには、フットワークの練習は避けては通れない。

「ヒカリ!待ってたよ!」

と同時にリカさんから背中をバチンと叩かれ気合を注入される。

「痛ッ!痛いよリカさーん!」

「そうよ、リカ。優しくしなきゃ。…おかえり、ヒカリちゃん!」

ユウコさんからの優しい声かけはリカさんとのコントラストを生み、何倍も優しさが引き立てられた。

「ヒカリ!…また一緒にがんばろ!」

「…うん、よろしく!」

アイナからは暖かさを感じるも淀みがある声だった。
アイナとは普段教室で親友として何でも気さくに話していたが、コート上でも同じように話せるかは気にしていたところだった。
特に私がどう返事するときにどういう感情になるかだ。
やはり怪我した当時のアイナの行動はよぎったが、それにひっかかりつつも、自分なりには気持ちよく返せたのではと思う。

練習開始の時間になり、久々にフットワークのメニューをこなすだけでゼェゼェと息は大きく、胸が張り裂けそうになっていた。

(…きつい!なんでバスケサボっていたんだろう…)

過去のバスケをやめようかと思い悩んだ感情を、サボリと雑に扱ってしまうくらいの辛さだった。

続いてパスとシュート練習をこなすと、中総体に向けたコート全体を使って練習を行った。
中総体に出ない私はコートの隅で中学からバスケを始めた子たちと同じメニューで、左手でボールハンドリングの練習をこなしていた。

左手が下手というわけではないが、右手中心のプレイが多かったため、良い機会と思い、この地味な練習を続けることにした。
ただ今はボールをコートに思いっきりつくだけでも楽しいと思えていた。

(ボールを触るとあのときの公園のことも思い出しちゃうな…。)

ドリブルをしながらも、無意識にハヤトくんの手の感触を思い出すことがあった。ハッと我に返った時は周りにこんなことを想像していたことがバレていないか周りを見渡しながらヒヤヒヤした。



6月になり中総体の地区予選が始まった。
去年の今頃はメンバー発表で私の名前を呼ばれたのを思い出し、感慨深く感じるところがあった。
今年はアイナがベンチメンバーとして名前が呼ばれていた。
小学校の頃にバスケを誘ったことを想い返し、まだボールに不慣れなアイナの様子を思い浮かべると今の成長を嬉しく思う。

「ディーフェンス!ディーフェンス!」

中総体が始まり、ベンチメンバーにもなれなかった子たちと一緒に観客席から応援をした。
このような場所から応援するのは何年ぶりだろうか。
それだけずっと応援される側として試合していたのかと思うと、早く私も試合に出たいという気持ちが湧き上がってくる。

「ミズキ!パス!」

センター(主にゴール下でプレイする。チームの中で最も背が高い人がなることが多いポジション)のリカさんにボールが渡り、相手に背を向けた状態から、一気にゴールの方へ体を反転させてシュートしゴールを決める。

リカさんのポストプレイ(ゴール下で、相手に背を向けてボールを受け、得点やパスを狙うプレイ)は、並大抵のディフェンダーでは止められないレベルであった。
パスを通させまいとパスコースを切るディフェンスをする人もいたが、ミズキちゃんがフェイントや正確なパスにより、リカさんに何度もパスを通す。

この2人のプレイによって、安定した攻撃力があり、どんどん点を重ねていく。この地区では間違いなく圧倒的な実力をもつ2人だ。

アイナはスタメンを休ませたいタイミングで、途中出場することがあった。
予選の序盤の方は主力を休ませる余裕が出るほどミズキちゃんの代は強かった。
ただ、アイナもスタメンに負けじと得意なディフェンス面でアピールをしたり、磨きをかけているフックシュートによって、得点にも寄与していた。

決勝戦では、激闘が繰り広げられていた。
下馬評では相手チームの方が優勢とされていたが、試合開始からリカさんの力強いゴール下のプレイによって相手チームを圧倒し、どんどん点差を広げていった。

しかし、第1Q(クォーター)終了時のインターバルで対策を施した相手は、ゴール下に人数をかけてディフェンスを固め、リカさんに大して執拗なマークをした。
ファウル覚悟で止めるような接触の激しいディフェンスもされ、時折リカさんは相手を睨みつけるようなこともしていた。

リカさんという得点源がない状態ではあったが、その中で一際輝いたのはミズキちゃんだった。
大事な時にシュートを決める勝負強さ、味方への指示の的確さ、コート内での前向きな声かけと、キャプテンとして頼りがいのある立ち振る舞いが他の選手とは一線を画していた。

熱戦の末、4点差で優勝をもぎ取ることができ、見事に全国大会への切符を獲得した。
終了のブザーがなると同時に、うなだれる相手チームを尻目に、コート上で歓喜の声で抱き合う姿や、NBAで見るようなジャンプして体をぶつけ合って弾けていた。
その様子から喜びが伝わってきて、観客席から応援していた私たちも同じ熱量で一緒にはしゃいでいた。

(やっぱり、ミズキちゃんのプレイはすごいな…。おめでとうみんな。おめでとう、ミズキちゃん。)

私も出場したかった全国大会。
悔しさや羨ましいという気持ちよりも、まずは素直におめでとうと心の中で言えていた。

(私も早く試合に出たい!またミズキちゃんと一緒に、観ているみんなも熱くさせるような試合がしたい…!)

しばらく眠っていた熱い感情が呼び起こされた。
しかし、熱い気持ちの中でも次のチャンスはいつかと考えると、次は高校生で、最低でも2年先を見つめないといけないと認識すると、思わず唇を噛み締めた。
さらには、アイナはミズキちゃんと一緒に全国大会に出れることを思ってしまい、唇を噛み締めている力が強くなり少し血の味がした。

全国大会は現地に応援に行かず、試合の結果は誰かがSNSで投稿した内容で知った。
惜しい点差で1回戦敗退となっており、ミズキちゃんの代はこれで引退となった。

中学校でのミズキちゃんとのバスケがいざ終わるとなると、自然と涙が頬を伝ってきた。

(今は先を見据えよう。もうすぐリハビリも終わりバスケを思いっきりプレイできる…。来年は、私は復帰できているし、アイナも上手くなっているから、来年も絶対に良い結果を出す!)

そう気持ちを前に向かせていた。

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