『意図切』
その10『祓い』
「…分かりました…ここで働きます…。」
苦渋の決断という言葉が優しく思えるほどの逡巡の末に静留は答えた。
静留はホラーの類が苦手だった。
大人なら一笑に付すような子供向けのホラーでさえ、強い拒否反応を示してしまう。
それくらいホラーが苦手なのだ。
そして、ここで働くということは、即ち怪異に遭遇し続けなければならないことを意味している。
「と、仰ってますが。」
「…選択肢、あるようでないよね…俺にもお姉さんにも…。」
はあ~…、と大きな溜息と共に男は気だるそうに立ち上がる。
視線が襖に向けられた瞬間、人とも獣ともつかない叫び声があがった。
相変わらず水中で発せられているかのような声だったが、パニックになっているのが分かる、そんな声だった。
瞬間、足音が大きくなる。
否、違う。
迫ってきているから大きく聞こえるようになったのだ。
四肢をいびつにばたつかせながら静留へと迫りくる。
腐敗臭が強くなり、意識が一瞬遠のいた。
ふわり、とした浮遊感とともに後方に倒れかけた静留を抱きとめたのは男だった。
「…今からこの調子で働けるのかな~…。まあ…もう言ってもしょうがないか。…行け…意図切。」
小さく小さく、呟くように男が発した瞬間、静留の視界を影が通過する。
灰色の着物、小豆色の帯。
影の正体が老婆であることに気づくまでさほど時間は要しなかった。
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