『意図切』

空わかめ

その4『怪異』


先ほどまでの恐怖がまるで夢のように思える。  
一週間ほど前から感じていた背後の気配も今は無く、無意識に乾いた笑いが漏れる。  
  
「…安心してるとこ悪いけどまだ居るからな。振り返るなよ?」  
  
茶髪の男はゲーム機を無造作に畳に置き、先ほどと変わらぬ口調と声色で告げた。  
だが、それは少しだけ遅かった。  
静留は僅かではあるが、襖の方に視線を向けてしまっていた。  
  
「あ~あ…。」  
  
まるで自分のせいではない、とばかりに独りごちる男。  
反対に静留の表情は硬直していた。  
目を見開きながらつり上がった口角はヒクヒクと震える。

明るい茶髪、ベージュのニットセーターに桜色のロングスカート。
デザインは少し流行りに遅れているが、服装に限ればそれはどこにでも居る、下手をすれば普通より上の可愛い女の子だったのかもしれない、なんて的外れな思考をしていることに気づく静留。
しかし、全身はずぶ濡れ。
着衣がべったりと張り付き、床には水たまりが広がっている。
そして、何より静留が釘付けになったのはその顔だった。

ブヨブヨに膨らんだ顔。
そのせいでどこが目で、どこが鼻か、パーツの区別がつかない。
屍蝋化した肌の色は生者のそれと決定的に違っている。
化粧の名残だろうか、唯一唇だけはスカートと同じ桜色をしており、パーツとして判別が出来る。
その唇が小さく動き、自分の名前を呼んでいる事と恨めしそうに自分をじっと見つめている事を本能的に静留は理解した。

「で、何かしたの?」

唐突な男の問いに静留はフルフルと首を左右に振るので精一杯だった。

「じゃ、アレに見覚えは?」

男は異形を指差す。
再度静留は首を振る。

「説明してくれないと分かんないんだけど。」

無茶苦茶言わないでよ、そう思いつつも意識的に媚びたような笑みを浮かべるしか無かった。
その間もバタンバタンと床を踏み鳴らす音が響き、パキパキと天井が鳴る。
同時に異形が部屋に入れない、ではなく入ろうとしない事を直感的に理解した静留。

「何もしてない…何もしてないのにぃ…なんで私がこんな目にぃ…。」

「俺に文句言われても困るんだけど…。」

ムッとした顔をして、男はスマホを弄り始めた。

「あ、これか。」

程なくして、男は手に持ったスマホを静留へと投げてよこした。

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