ゲーム知識の使い方〜使い捨てキャラの抵抗録〜

みどりぃ

16話

「本日からこの教会に配属になったミリーです。みんなよろしくね」

 まぁ考えてみりゃ当然そうなるよな。

 ババアが死んでしまってから今日で3日目。冷静に考えたら遅すぎるくらいだ。
 まぁ場所が場所だし、誰が行くかで揉めたりしたんだろ。

 そう。新しいシスターが来た。

「………うわぁ、ボロボロじゃない……もうさいっあく。なんで私が……」

 あー……そんな感じね。小声のつもりだろうけど聞こえてんだよ。
 やっぱあのババアくらいじゃないと務まらないのかもな、スラムの教会なんて。
 
「……っては?え、は?は?……銀髪に赤紫の瞳?」

 ……そうか、そうなるのか。

 セレスを見て逃げるように執務室に駆け込んでいくシスターをそっと追う。

「え、ちょっ、うそ、なんで?え、えぇ……どうすればいいの?と、とりあえず本部に連絡を…」

 あぁ、そうか。こう考えるとセレスが王城に戻るきっかけってコレなのかも知れねぇな。
 
 執務室でおろおろしてるおばさん。
 そそっと離れて、子供部屋にガキ共を集める。

「てめぇら、飯はないけど大人しく聞けよ」

 こんな時に限って昼飯前なんだよな。
 大人しく聞いてくれたらいいが。

「セレスの正体がバレた」

 まず簡潔に告げると、セレスはびくっと体を震わせ、他のガキ共は首を傾げた。
 
「……セレスの正体?」

「何よそれ?」

 メメやカレンも不思議そうにしてるけど、ここまで来たら隠しても仕方ない。

「……王女だよ。母親は王妃じゃねえけどな」

 バッとセレスに視線が集まる。
 セレスは困ったようにオロオロしてるけど、悪いがもう時間もねぇだろうしな。

「それが今回来たシスターにバレた。今本部に連絡するとか言ってたし、そのうち迎えが来るはずだ」

「え……嘘…!」
「お、王女……?!」

「ぁぅ……」

 驚愕に固まるガキ共と縮こまるセレス。
 あー話が進まねぇ……。

「そこで質問だ。セレス、あと他の奴等にも聞くが……お前らはどうしたい?」

 顔を伏せて黙るガキ共。
 それらを眺めながら机に頬杖をついて、反対の手を伸ばして溜息混じりに指を立てる。

「ひとつ、セレスは王城に帰って他の奴等はこのまま。ふたつ、全員で姿を隠して逃げる。みっつ、今すぐ今日来たシスターを消して、これ以降のシスターも全員消す」

「いや三つ目はダメでしょ!」

 カレンがツッコむがスルー。

「今の俺達にとれる選択肢なんざこんなもんだ……多分。他に案があるなら聞くがな」

「でも………そんな…!」
「しかも王女様って……そんなのもう二度と会えないじゃん…」

 へこんでるな……まぁこいつらからしたら急な話だろうしな。
 いや、それでもむしろよく話についてきてる方かも知れん。さすがスラムのガキで、ババアの教え子ってとこか。

「先に言っておくが、セレスが王城に行こうが俺はババアへの礼は続ける。セレスが面倒を見て欲しいと思う内は手を貸そう」

「で、でもよ……どうやってだよ。お城なんだぞ?」

「んなもん、兵士にでも召使いにでもなりゃいいだろ」

「おまっ、簡単に言うけどさぁ……」

 ディウスも珍しく弱気だな。らしくもねぇ。

「確かに今すぐは無理だな。ただあまり時間をかける気もないがな。……他の奴等もだ、今はスラムのガキだが、これから先は分からねぇだろ」

 なにせ内3人はかなりのビッグネームになるらしいしな。……魔王軍入りする予定のメメだけは方向転換させたい所だが。

「いいかお前ら。勉強すりゃ文官になれる。マナーがありゃ使用人になれる。力をつけたら兵士や、上手くやれば騎士にだってなれる。そうすりゃ城だろうと入れるだろ」

「……簡単じゃない」

「そうだな、簡単じゃねぇ。でも無理でもねぇだろ」

 鼻を鳴らしてやると、メメがくすりと笑った。

「そうかも……うん、そうだね」

「だろ。セレスもそうだ。王城に戻って王女になったとしても、王城の中で権力を持てば使用人を指名するくらい許されるだろ。そうなりゃ簡単だ、会いたいなら呼べばいい」

 まぁそう上手くはいかないのは分かってるけどな。
 ただ少しは前向きにさせとかないと話が進まん。

「……っ、私……王女に、なる…………それで皆が、楽しく暮らせるように、頑張る…」

 ぐっと小さい拳を握るセレス。
 ……あ、なるほど、こういう事か。アイツが言う未来のセレスが民に寄り添ってた理由って。

「……立派じゃねぇか」

「…えへへ……」

 へにゃりと笑うセレス。
 それに感化されたか、ディウスが勢いよく立ち上がった。

「っしゃあッ!じゃあ俺は兵士になってやる!最強の兵士になってセレスを守ってやるぜ!」

 おーおー、暑苦しいヤツ。簡単に乗せられてやがる。
 ……いや、アイツが言う通り【狂剣】レベルの強さになればあり得ない話じゃないのか。

「ぼ、僕は文官になってセレスを手伝うよ……!」

「よーし、ウチはメイドになるっ」

「あたしは、あたしは……あたしもメイドになるぅ」

 カルタ、ペナ、クーミもディウスに触発されたらしく、気合充分な面構えだ。いやクーミは怪しかったけど。

 ……そろそろ罪悪感が。
 いやだって実際のところスラムのガキって王城勤務とか出来るもんなのか?無理ならどうしよ。

「わたしは……わたし、は………」

 ……昨日メメに聞いたが、カレンはババアに「何にでもなれる」と言われたそうだ。

 ったく範囲広すぎだろ、無責任なババアだぜ。
 いやまぁババアの事だから好きに生きて欲しかったんだろうけどな。
 しかしだ、方向性くらいは示してもいいとは思う。

「なぁカレン。お前には賢く何にでもなれるらしいが、俺から言わせてもらえば特に商才がある。他の道でも上手くいくだろうが、商売するなら間違なく成功すると保証する」

 まぁアイツから聞いた話だけど。

「えっ、な、なによ急に……っ!」

「あくまで参考意見の一つだ。別にやりたい事が見つかったらそっちに行けばいい。……それにだ、どんな道に進むにしても金はあって困るもんじゃねぇし、まず初めに商人になって金稼ぎってのもアリだと思わねぇか?」

 そう、別に最終地点を最初から決めなくていいんだよ。

「とりあえず商売して、飽きたら別の事やってもいい。何にでもなれるなら、途中で変えてもいいだろ」

 これはアイツの視点だけどな。
 この国は雇用されたら基本転職なんてしないからな。俺も聞きた時は驚いたもんだ。

「え、そんなのあり……?」

「ありだろ。その時好きなものになりゃいい」

「あ、あんたね…………ふ、ふふっ、あはははっ!」

 呆れ顔から一転して笑い出すカレン。
 怪訝な顔で見てると、口元に手を添えたままカレンが笑いの余韻を引きずって言う。

「ふ、ふふっ……ごめんごめん、あんたがまさか、そんなことで言うなんて……あははっ」

「んだよ、文句あんのか?」

「ふふ……ふぅ…もう、違うわよ。一番何にでもなれそうなあんたがそう言うなら、そうなのかなって思ったのよ……ありがと、あんたにしちゃ良い事言ったわね」

「はっ、うっざ」

「ふふ、怒らないでよ」

 はい無視。こいつ生意気なんだよなぁ。

「……流れで聞くが、メメはやりたい事あるのか?」

 セレスが王城に戻り、他はここに残って各自やりたいことをやる。
 それが決まった以上聞く必要はないけど、まぁここで聞かないのもアレだし。
 ……つぅか「魔王軍に入る」とか言われたら怖ぇし。

「……私は、ニクスについてく」

「「は?」」

 なんて?いやつぅか今俺の声と誰か被らなかったか?

「ふざけ……いや、一応理由は聞く。なんでだよ、意味分からねぇ」

「……ニクスについてったら、また皆に会える」

 何でそうなる……いや待て、そうか。
 ババアのお礼を果たすまではこのガキ共に構うもんな。そしてその俺についてれば確かに会えるな……。

「……なるほど、賢いなお前」

「ふふん」

 無表情でドヤられてもな。
 ……だが、考えてみれば将来人類の敵になる可能性があるメメを見張る意味でも良いかも知れねぇな。

「わ、わたしも」
「よし、ようやく決まったな。セレスはここで一時離脱だが、各自好きなように頑張る。そしてその先で全員集まる……かも知れない。これで行くぞ」

 おー!!とディウスが9割ぐらいを占める返事をもらい、話は終わった。
 なんかカレンがセレスに慰められてるが……まぁあの二人仲良いしな。寂しいんだろう。





「で、こうなるワケか……」

 勉強やマナーはともかく、力をつけたい者達は当然身近で強いヤツに頼る。
 それはシスターがいない今、当然俺になる。

「ニクス、いや兄貴!頼む、俺に剣を教えてくれ!」

「わ、わたしもまずは元手がいるし、強くなったら護衛代も浮くし……だからわたしも鍛えなさいよ…」

「……私は言うまでもない」

「……わ、私もお願いします…」

 すげぇめんどくさ……まぁこれもババアへのお礼の範囲か……。
 まぁディウスやメメは分かりやいし。剣と死霊魔法だろ。

(ただカレンってどう鍛えりゃいいんだっけ?……おい聞いてるだろ、教えろよ)

 あ?……マジかぁ。宝具や魔法武器やらを駆使する錬金術師ね。
 色々多彩な攻撃がウリだと、なるほどな。ふぅ……

 手元にねぇよ。

 あとはセレスか。そういやセレスって戦えるのかよ?
 ……はぁ?嘘だろ、トップクラスの魔術師?王都へ雪崩れ込んだスタンピードを一人で半壊?えぇ、マジかよ……。

「……まぁ鍛えるのは分かった」

 わっ、と盛り上がる四人。
 ただし、と手のひらを出して止める。

「俺が教えられるのは剣技や護身になるが、ディウス以外は魔術師寄りだ。だから女子三人は自分達で魔術を勉強してもらう事になる」

 む、と三人の顔がしかめ面になる。
 まぁね、この環境で自分で魔術の勉強なんて無理だもんな。教本も教師もないし。

 だが、ないなら用意すればいいだけだ。

「勉強する為の物は考えがあるし、出来るだけ早く用意してやるつもりだ。それまではババアの授業を復習しとけ」

 そう言いつつセレスを見る。

「ただしセレス、お前だけ別な。ディウスと同じくがっつり身体動かす方だ」

「……?いぃけど、なんで…?」

「王城行けば魔術なんざいくらでも習えるだろ。それよりお前にはもっと根本的な体力、それから精神力。それと声量と姿勢とはったりと気合いと根性とケンカの勝ち方を教える」

「ふぇっ、ぃっ、いっぱいぃぃ……!」

 目を丸くして潤ませるセレスの頭を撫でる。
 ふざけんな、こんなタイミングで泣かれてたまるか……!
 
 アイツと違って雑にだが撫でていると、ありがたいことに目に堪った水分はするする引っ込んでくれた。よし。

「セレスは王城に行くまでしか教えられねぇからな。王城に行けば良い教師もたくさんいるだろうが……まぁ城に俺が教えるような内容を話す教師はいねぇだろ」

 なんせスラム式だし。王女に教えるワケがない。

「王族や貴族のやり方とは違う。ただし覚えていて損はないもの教えるつもりだ」

 実を言うとそういう俺が一番そんなのあるのって思ってるんだけどな。
 ただアイツがそう言うんだから……ま、そうなんだろ。

「分かったな」

「うんっ……!」

 よし、じゃあ……とりあえず倒れるまで走らせるか。






 あれから1週間。
 王城からの使者が来た。

「おぉ……!確かにこの赤紫の瞳は王族の……!」
「あぁセレスティア様、こんな汚い場所であっても凛とした美しさをお持ちで……!」

「遠くからありがとうございます。はじめまして、私がセレスティアです」

 言葉遣いはまだまだだが、そこまでは向こうも期待しちゃいねぇだろ。
 だから体力ベースに姿勢やら声を鍛えた。
 そして〝ある方法〟で人見知り対策やはったりを叩き込んだ……本当に苦労した……!
 文字通りハリボテでしかない姿だが、最後までバレなきゃハリボテも本物と変わらねぇからな。

「じゃあ皆さん……また、会いましょう」

 言葉の途中で目が潤むも、どうにか言い切ったセレス。
 うん、よく頑張った。俺も苦労して叩き込んだだけあって感動しそうだ。

「あぁ、待ってろよ!3年で会いに行くぜ!」

「わたしは2年で会いに行くわね。待っててね、セレス」

「……1年半。またねセレス、元気でね」

 ペナ、カルタ、クーミは大人しく挨拶する中、武闘派三人組は挨拶で争ってる。
 それでもセレスは嬉しそうにうんうん頷いて、泣くのを我慢しろって言ったのにとっくに号泣だ。
 あ、俺も挨拶しとくか。

「じゃあまたな」

 そう言って軽く手を振ると、全員がポカンとした顔になった。セレスに至っては涙も止まってる。
 そしてその後全員に笑われた。
 久々に出たなこの現象……アイツも爆笑してばっかで教えてくれないし、意味が分からねぇ。

「確かにそんくらいでいいか!絶対会えるしな!」
「そうね、また今度ねセレス!」
「ふふ……またねセレス」

「えへへ……ええ、また今度!」

 そうしてセレスは王城へと向かった。
 なんだかんだアイツがいうゲーム通りになってるんだよな。

 だが、ここからはだいぶ変わってしまうだろうな。
 それでも、きっとそれはいくらか幸せな未来なはずだ。
 
 ババアは救えなかった。

 けど本来の未来とは違い、ババアの意思はあいつらにきちんと届き、そして受け継がれた。
 それがアイツが言うゲンサクのシュジンコウとやらにとって良い事が悪い事かなんて知らねぇが、そんなもん俺にとっちゃどうでもいい。
 
 やりたいように、生きたいように。
 あいつらがババアの言葉を受け取り、なりたい自分に前向きになれたように、俺だって好きに生きてやる。

 それに、アイツも俺の中にいる。

 代われっつってんのに意固地になって引きこもってるコイツだが、あいつらがまた全員集まった時は絶対引っ張り出して挨拶くらいさせてやろう。
 慌てふためく姿を想像すると笑いが込み上げてくる。

 それまでは、せいぜいガキどもの世話でもしておこうか。
 ババアの代わりなんて言うには力不足だが、アイツも知識を貸してくれるらしいから、まぁなるようになるだろ。

「では、お元気で!」

 セレスが涙を拭って笑う姿を見届ける。
 俺は知らず、微笑んでいた。

 そんな俺を見て目を丸くするセレスやガキ共がいたりするのだが、それに気付く事はなかった。

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