ゲーム知識の使い方〜使い捨てキャラの抵抗録〜

みどりぃ

13話

「シスタァー!」
「ババアぁ!」

 目を剥くクラウスと叫ぶニクス。
 クラウスは急いでシスターへ駆け寄り、ニクスは犬歯を剥き出しにして少年へと駆ける。

「てめェええええっ!」

「おぉ怖っ!のやり合ったら勝てるか分からないし、悪いけど逃げさせてもらうね」

「逃すか!ここで死ねッ!!」

 残る魔力を叩きつけるように『天喰』へと注ぎ込んだニクスは、少年に向けて唯一の機能を発動する。

「『空衝砲』ッ!」

「ぐ、な……!」

 思わぬ攻撃と威力に虚を突かれた少年は回避し損ね、直撃は避けたが左肩から腕にかけて漆黒の光線を浴びる。

 先程スネイに撃ったものとは雲泥の差だが、それでも人一人を行動不能にするには十分の威力はあった。
 ファイアボールを連発されても効かなかった少年は左腕を力無くだらんと下ろす。

「ぐゥッ……やってくれるじゃんか…!」

 痛みを堪える少年。それをニクスが見逃すはずもなく。
 
「くたばれッ!」

 即座に距離を詰めて『天喰』を縦横無尽に振り回す。

 初級魔術とは比べ物にならない威力の打撃の雨に、少年は苦悶の表情で逃げながら耐える。明らかに鈍くなった動きにニクスは内心首を傾げるが、チャンスに違いはない。
 受け流されていた先程までと違い半分以上は直撃しており、身体中にアザや血が滲む。

「くっ、ォオおお!」

 耐えかねた少年は搾り出すように吠えて、耐えながら練り上げていた魔術を発動させることに成功。

「『エアバースト』っ!」

 全方位に広がる風の爆発。
 ニクスもクラウス達も踏ん張る間もなく吹き飛ばされてしまう。
 それでもニクスは空中で体を捻って壁に着地し、そのまま壁を蹴って獣のように少年へと襲いかかる。

 だが少年は今の風で崩れた壁からなりふり構わず、振り向く事すらせず逃げ出していった。
 風による補助を受けているようで、その速度はニクスやクラウスよりも速い。

「ちっ、逃したか……!」

 忌々しげに少年が去った方向を睨んでいたニクスだが、ハッとした顔でシスターへと向き直る。

「お、おいクソババア!死んでねぇだろうな?!」

 すでに泣きながら群がっている孤児達を強引に押し退けたニクスは横になるシスターを見下ろす。
 それを半ば閉じかけている目で見上げるシスターは、浅い呼吸の合間に言葉を乗せる。

「……アンタ、ニクスだね………なんだい、生きて…たのかい…」

「黙れ喋るな!あぁ、くそっ!」

 ここに来て初めて不安そうに眉尻を下げたニクスは、己の左手小指の魔刻紋へと残り少ない魔力を込める。
 この為に先程の『空衝砲』に全ての魔力は込めずにいたのだ。

「……ハッ、のアンタじゃ、『ヒール』は……使えない、だろうよ……」

「うるせぇ、俺に出来ねぇことなんてねぇんだよ……!」

 言葉に反して、ニクスの顔は酷くこわばっている。
 
 神聖魔術、その中の治癒魔術の初級である『ヒール』。
 これは『彼』が希望して刻んでもらった魔刻紋なのだが、他の魔術と違って神聖魔術は魔力と魔法陣だけでは発動しない。

 治癒魔術とは、他人への干渉なのだ。
 そして人は魔力への抵抗を持つ。
 異なる魔力や魔力抵抗を持つ他人相手に干渉する為に、お互いの〝想い〟が必要なのだ。

 想い。あるいは意思。
 それが人と人を繋ぎ、干渉を可能とする。

 そしてそれは、一人で生きるニクスに最も欠けているものだった。

「すぅ、ふぅ……『ヒール』」

 しかしニクスは挑む。
 目を閉じて気持ちを強く持ち、左手小指の魔法陣を発動させる。

「……は、はっ……だから、無理だっつってんだよ、クソガキが…」

 しかし、届かない。
 残る少ない魔力も形にならず消えていく。

 治癒魔術は、発動しない。

「はっ、はっ……クソ、クソッ、ンでだよ!」

 魔力欠乏症で息が切れて意識が遠退くが、それらを怒りと焦燥感で無理やり押し潰して再度シスターの手を握る。

「ざけんなよ、なんでババアが死ぬんだよッ!アイツ・・・が頑張って守って、やっとここまで来たのに、なんでッ!」

 歯をぎしぎしと軋ませて食いしばり、シスターの手を潰れんばかりに握る。
 しかし痛むであろうシスターは顔をしかめることすらなく、柔らかく笑った。

「ふ、はっは……なるほどね…そういう、事かい……じゃあニクス、頼みが、ある……」

「………」

 無言のままで目と歯を強く閉じるニクスに、しかし聞いているだろうとシスターは言葉を続ける。

「ウチのガキども……面倒見てやって、おくれよ……新しく、拾えとは、言わないさね………この場にいる、子らだけでも、頼むよ…」

 返事はない。
 強く、強くシスターの手を握ったまま、歯が軋むほど強く口を閉じして目を瞑っている。

「……ったく…聞い、てんのかい、クソガ…」
「『ヒール』ッ!!」

 シスターの言葉を遮り、ニクスが鋭く吠える。

 直後、ふわりとシスターの身体を光が包んだ。

 予想だにしなかった光景に、シスターはもちろん、クラウスやメメ達も全員が目を丸くする。

「ど、だ……治っ…たか…」

 途切れ途切れの言葉を口にしながら、半ば閉じかけている目でシスターを見て不恰好に笑い……しかしすぐに力無く前のめりに倒れた。
 斬られた傷のダメージと魔力欠乏症が相まって、とうとう意識を保てなくなったのだ。

 ニクスはシスターに覆い被さるように倒れた。それは抱きつくようにも見える。
 胴から流れる血がシスターを汚すが、シスターは柔らかく微笑んで眠るニクスの頭を撫でる。

「はは、は……いつも驚かせてくれるねぇ。自分の傷も無視して、ましてやあの・・ニクスが『ヒール』を発動するとはねぇ……無茶する子だよ、全く……」

 慈しむような表情で話すシスターは、先程までよりも滑らかな話し方だ。

 それに気付いたクラウスやメメ達が悲痛な表情に喜びを滲ませる。

 しかし。

「さぁて……あんた達、最期の会話だよ。少し伸びたとはいえあんまり時間もないし、サクサクいくからよぉく聞きな」

 告げられた言葉は、あまりに無常だった。

「え、うそ……だってさっき…」

「少しは治ったさ……けど足りない上に、遅かったねぇ」

 ニクスの魔力不足。
 シスターの傷の深さ。
 すでに流した血の量。

 ニクスの治癒魔術は届いたがーーしかし命を繋ぐには至らなかったのだ。
 それでもシスターは、どこか嬉しそうに笑ってみせた。

「そ、ぞんなぁ……!」
「うぇ、ぅえええっ!」

 孤児達が再び泣き、喚き、抱きつく。
 その子達をあやすように撫でながら、一人一人に言葉を遺していく。



 その言葉達は、本来ならば届く事はなかった言葉だった。

 ここにいる全員がいたからこそ。
 『彼』が立ち回ってきたからこそ。
 『ニクス』の想いが届いたからこそ。

 こうして言葉を遺す最期の時間を得る事が出来たのだ。


「……ーー次、セレス。アンタはそろそろ人見知りを卒業しなきゃねぇ。せっかくこんなに良い子なんだ、自信持ちな。
 ……これからは大変だろうけどね、あたしは側にいてやれないけど皆がいるさね。安心しな、セレスだろうと〝セレスティア〟だろうと側に立てるような奴ばかりさ。一人にはならないよ、仲良くやりな」

「えぅうっ、ひぐ、いうぁあ……いやぁあ、あぁあっ」



「次、ディウス。アンタは冷静さを身につけな。人生も剣も、前のめりばかりじゃいつか身を滅ぼすさね……だから時に退く事も勇気と知りな。
 面倒見がよくていつもあたしを助けてくれたアンタなら、絶対幸せになれるさね……ちゃんと長生きするんだよ」

「っ、うぅっ、うん、ひぐっ、うんっ…!」


 ーー何で俺が退かねぇかだァ……?ハッ、守りてぇ人を守れなかったオレが、今更どこに退く必要があるんだってんだ!



「次、カレン。アンタは賢くて強い子だよ。何にだってなれるさね……ただし人に頼る事も覚えな。
 アンタの強さは孤独を呼びかねないからね、以前のニクスみたいになるんじゃないよ。アンタなら大丈夫さ、皆に頼って頼られて、仲良く幸せにやんな」

「えぅっ、ぅぁあ……!わが、っだぁ、あぁあっ……!」


 ーー虚しいわよね。いくら金を集めても……会いたい人に会う方法すら見つからない。今更気付いたわ、金なんてあっても孤独は癒えないのね……



「最後、メメ。アンタは一番賢いんだけどね、一番心配な子だよ。寂しがりなくせに甘え下手なんだから……だからね、無理にお姉さんをしなくていいさね。
 大丈夫だよ、あたしがいなくても皆がいるだろう?兄弟姉妹、仲良くやりな。そうすりゃ安心して星に帰れるってもんさね」

「ぅぅっ……えぐっ、しすたぁ、しすたぁぁ……!」


 ーー私は死霊魔法を極める為に負けられないの……そしていつか必ず、あの人に会うんだ。きっと皆、それを待ってるから


「あぁ、あとクラウス……きちんとニクスに伝えといてくれよ……〝アンタ〟には本当に感謝してる。〝ニクス〟の優しさがあれば本当の仲間だってできるさね。どう生きるかはお前次第だけど〝どちら〟にせよこの子達を任せたよ、ってさ」




「ったく、話し疲れちまったねぇ……じゃああたしは星からアンタらを見てるからね………元気でやりなよ、アンタ達。ず愛してるよ」
 

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