ゲーム知識の使い方〜使い捨てキャラの抵抗録〜
9話
嫌な予感しかしないので、今まで完全放置を決め込んでいた子供達のことを調べる事にしたのだが。
「あン?名前知らなかったのかい?黒髪のがメメ、錆色のがディウス、紫のがカレン、………」
なんとも嫌な正解を引いてしまった。
この時点で冷や汗が止まらなかったのだが、フリーダムシスターは更なる爆弾を放り込んでくれた。
「……で、一番大人しい銀髪のがセレスさね」
「……………………OH…!」
「なんだい、変なリアクションしてからに」
怪訝そうなシスターすら目に入らない。
セレス、セレスかぁ。しかも銀髪ときたかぁ……。
俺達がいるこの国、ステライト王国。
その王族は正当な血筋の子が四人いる。
王妃の子である第一王子、第一王女。そして第二妃の子である第二王子と第二王女だ。
しかし実はそこにもう一人の不遇の王女がいる。
一夜の間違いで王城勤めのメイドと王の間に生まれた婚外子。
ゲーム開始時には妾の子として一応王族に加わっているのだが、王位継承権争いからも距離を置いた置物のような立ち位置に置かれていた。
しかしそれでも芯のある精神と民へ寄り添う性格、更に魔術の腕前。
何より、〝王族の証〟たる赤紫の瞳を持つ銀髪の少女がいる。
その名前をセレスティア・グラン・ステライトという。
ステライト王国第三王女であり、王族から冷遇されながらも凛と立つ強い王女だ。
このセレスティア、俺はやってないけどゲーム二周目で攻略可能になるヒロインでもある。
一周目ではたまに主人公の助っ人として参戦してくれたり、後ろ盾になってくれる支援キャラの立場なんだけどな。
それでも攻略サイトいわくプレイヤーの中でもトップスリーに入る人気を誇っているそうだ。
「あー……婆さん、病気持ちだったりする?」
「はぁ?何言ってんだい、あたしくらいの神聖魔術師が病なんかに負けるかってんだよ」
「そっか、それなら良かった」
いや良くねぇな。
じゃあ誰かに殺される可能性が高くない?
だってカレンデュラ、ディウス、メメリィ、ニクスが揃って懐古する相手ってシスターくらいだろ。
おまけに全員が悲しげな雰囲気だしさ。
あと何でセレスティアおるの?
脳の許容範囲超えてパニックなんですが。
「はぁ〜……シスター、ちょっとガキ共と話してくる」
「あン?いいけど、それより先に手ぇ出しな。くっくっく、最近どこまで魔刻紋を刻めるか楽しくなってきちまったよ」
……本当にこんな元気な婆さんが死ぬのか?
「おい、てめぇらツラ貸せ」
余談だが廊下に沿って並ぶ三部屋は子供部屋、執務部屋、お客さん対応用の客室らしい。
その一つ、食事の時に使う子供部屋に入って声をかけると、全員(メメリィ以外)がビクッと慌てて俺を見てきた。
それから相変わらず元気な二人がぎゃいぎゃい言うのを聞き流して見渡すと……いた。
こんな生活でありながら鮮やかな銀髪に、透き通るような赤紫の瞳。
間違いない……第三王女セレスティアだ。
「マジか……!」
「な、なんだよ!てか何セレスを見てんだ!こいつ人見知りだから睨むんじゃねーよ!」
「そうよ!可愛いセレスを睨んで何をしようっていうの!」
「何もしねぇよ……」
うるさいが、あまりの衝撃でそれどころじゃない。
マジかぁ……王城から逃げ出した元メイドの子が何でここにいるんだ?
スラムの孤児院だぞ?あんなファンキーフリーダムシスターがいるような教会だぞ?
……いや待てよ?そもそもあのシスターはおかしい。いや性格だけではなく。
王国でも数少ないらしい魔刻紋の施術を行えて、神聖魔術や魔術への造詣が深さ。加えて子供とはいえニクスの拳を簡単に受け止める身体能力。
もしかして、実はかなりの地位にいる、またはいた人なんじゃないか?
それでその信用と、加えて捜査の手が伸びにくいスラムという事もあって元メイドがセレスティアをここに預けた。
……もはや妄想の域の思いつきストーリーだけど、辻褄としては合わなくはないんだよな。
更にいえば、ゲームでセレスティアは王位継承争いに構わずひたすらに民に寄り添う法案や施策を練り続けた。
それも元々民の、その中でも底辺な生活をしてきたからこその裏返しだとしたら?
「あー………」
「……おいカレン、なんかアイツ様子おかしくねーか?」
「そうね、なんかキモい」
うるせぇよ。
はぁ、これが全部俺の妄想ならなぁ……。
気乗りはしない。しないけど、確かめておかないとダメだよな。
「あー、そこのガキ……セレスだったか?少し聞きてぇ事がある」
「ひぅ」
ビクッと体を震わせて縮こまる、この孤児院の中でも一際小柄な子。
……こうも怯えられると流石に罪悪感やばいわぁ。
「ちょ、何する気だよ!」
「落ち着けガキ。危害は加えねぇよ、神だろうと俺の命にだろうと誓ってやる」
割って入る錆色男子ーーディウスをまっすぐ見つめて言うが、しかし彼は退く様子はない。
まぁそれも将来【狂剣】と呼ばれるだけあるなって感じだが、それだと少し困る。
しかし。
「ぃ……いぃですよ…」
ギリッギリ聞き取れる音量で、セレスがそろそろと出てきた。実に小動物じみた動作だ。
ゲームとは違い、手を落ち着きなく顔あたりでもじもじさせて、全体的に縮こまったいかにも怯えた様子ではあるが。
「……助かる」
「ほ、本当に大丈夫かよセレス?!」
「そうよ!あの悪童ニクスなのよ?!」
「……だ、だいじょうぶ……」
心配する二人にも、小声ながら首を振る。
こういう流されない所はゲームでのセレスティアの片鱗が見えるな。
「悪いが場所は変える。他のヤツらには聞かせれねぇ話だからな」
「……ぅん…」
それからやはり吠えまくる二人組をメメに任せて退室。
場所は……客室でも借りるか。
「……そ、そこ…シスターが入っちゃダメって言ってた、よ…?」
「あぁ、許可はとってる」
「……そ、か…」
嘘ですごめんね。
客室に入ると、スラムとは思えないくらいには整った部屋だった。
内装を修繕したのか壁も綺麗だし、少ないながらも品の良い壺なんかの調度品もいくつか置いてある。
中央には大きめのテーブルがあり、それを挟んでソファが置かれていた。
その片方に座ると、対面に落ち着かない様子ながらも座るセレス。
「……少し質問させてくれ」
「は、はぃ……」
声ちっさ。
「酷な質問をする自覚はある。後で殴ってくれていい」
そう前置きすると目を丸くするセレスに、間を置かず切り出す。
「お前、父親と母親が誰か覚えてるか?」
「っ……!」
ビクッと体を震わせるセレスは、小さい体を更に縮こまらせる。
大きな赤紫の瞳は潤み、今にも泣きそうな様子だ。
「悪いな、最低な質問をしてるとは思う。けど、婆さんを守る上で必要なんだよ」
「ぇ……」
ピタリとセレスの動きが止まった。止まってくれた。
もう罪悪感で死にそうだったからね。良かったマジで。
「理由は言えねぇが、婆さんが死ぬ可能性があるんだよ……だがあの婆さんだ。スラムの連中に狙われてたからって返り討ちにするだろうよ」
明らかに強いからな、あのシスター。
「なのに最後は死ぬ可能性が高いんだ。となりゃ、相手はそれなりの強さか……権力の持ち主の可能性が高ぇ」
これは俺の予想だけどね。
カレンデュラ、ディウス、メメリィは全員名を轟かせる存在になるが、地位はない。平民出身の豪商と傭兵団長、更には魔王軍四天王だ。今に至っては単なる孤児でしかない。
そう、あるのはセレスだけだ。
正当な王族の証とされる赤紫の瞳。
それを持つセレスを王位継承争いの憂いにならないよう処分しようとする者がいない……と言い切るのは楽観が過ぎるだろう。
「もう一度聞かせてもらう。お前、親の記憶はあるのか?」
これで反応がなければ諦めるつもりだ。
まだ見たところ6か7歳くらいの子だし、強く詰めるつもりはない。
「………」
しかし、セレスティアは頷いた。
そして顔を上げると、先程まで潤んでいた瞳に、弱々しくも確かに芯を思わせる光を宿している。
「……そうか。王はともかく、母親は生きてるのか?」
そう聞くと、セレスは大きな目を更に大きくした。
ポカンと開いた口と丸くした目は、こんな会話の最中だというのに笑いそうになる程可愛らしい。
「もし生きてるなら、こちらから動く方法もある。敵は孤児院っつー無防備な環境にいるから狙いやすいと考えてるはずだ」
シスターはともかく、それ以外は建物の強度から人員まで防衛力はオール赤点だし。
「ただ母親と共に逆に王城に住まわせてもらえば、王城内で暗殺しようってヤツはそういないはずだ。少なくともここよりは安全だろうよ」
いや実際は狙うヤツもいるだろうけど、ゲーム開始まで生きてたしね。根拠としては不確かなのかも知れないが、可能性としては高いはずだ。
しかし、セレスティアは首を横に振った。
「……お母さん、もういない………それに…」
俺を見て、告げる。
「みんなと、離れたくない」
やはり小さい声ながら、凛とした声音に一瞬気圧されてしまった。
……小さくても、やっぱりあのセレスティアなのだと思い知らされた気分だな。
「そうか。分かった」
「……ぇ…」
「勿論今話した内容も言いふらさねぇ。約束する」
まぁこのパターンは考えてたよ。当たってほしくはなかったけど。
それにしても世界観が違うし、当然倫理観も異なるとはいえ、酷な話を今の臆病なセレスが最後まで話したのは素直に偉いと思うわ。
もうね、話の途中から罪悪感がやばい。
「……辛い話をして悪かった」
ニクスの真似は一時中断だ。
「俺」として、謝罪しよう。
立ち上がり、頭を下げる。
「申し訳ない」
シスターが狙われている可能性を確かなものにしたかった。
出来ればセレスを王城に返してあげて、全員が無事の未来を見たかった。
そういった理由はあれど、こんな小さな子供に辛い話をさせた事には変わりない。
「っ、っ……」
慌てている気配はするが、頭を上げる気にならない。
転生してから一番の自己嫌悪だ。思わず強く目を瞑る。
はぁ、しかも蓋を開ければ最悪の結果だしな。
元メイドの母親は行方が分からず、セレスは王城に戻る方法がない。
更にセレス自身も離れる気がないとなれば、無理やり連れていくのは気が乗らない。
好転する事がないまま、最悪の想定への道筋が立っただけだ。
「っ……、ぁ、あの…」
ふと声が聞こえて目を開けると、頭を下げた俺の目の前にセレスがいた。
小柄な体でちょこんとしゃがみ、上目遣いで俺を見上げている。
「大丈夫……私以外も、皆辛い気持ちだから…みんながいるから、もう平気……」
ね?とこてんと首を傾げるセレスティア。
……まさか慰められるとはね。本当に、情けない事この上ない。
「……そうか。分かった」
それしか言えず、苦笑する。
実際気持ちは沈んでるが、これ以上気を遣われでもしたらいよいよ立ち直れそうにない。
体を起こして、ふぅと息を吐いて切り替える。
「俺も明後日以降は教会近くで警戒する。明日だけは迷宮に潜るけどな」
今日で八指に魔刻紋が刻まれた。
明日の魔石でシスターが安全ラインと定めた十指になる。
戦力強化は必須だし、後回しにせずさっさと済ませてから警戒に切り替えた方が良いはずだ。
「……でも、お肉…」
「……ふ、はっ!」
空気のギャップのせいか、さすがに吹いた。
この姫様は意外と食欲旺盛らしい。
「ははははっ!そう、だな、ちゃんと獲ってきてやるよ」
「……ぅん…えへへ…」
へにゃりと笑うセレスに、つい手が伸びて……すぐ止めた。
うーん、危ない。犬猫感覚で撫でるところだった。
ただ小さくても女子だしな。子供相手とはいえ、会社でやったらセクハラだ。
「……?」
不思議そうに首を傾げるセレスティアに何でもないと首を振る。
「気にすんな。あと言っておくが、シスターが狙われる話は誰にも言うなよ」
「ぇ……なんで…?」
「逆効果だからだ。ガキ共はそわそわしたり露骨に警戒するだろうし、そうなると襲撃者も警戒しかねない。それにガキ共がいくら警戒した所で大した戦力にもならねぇしな」
どうせどうにか出来るとしたらシスターくらいだ。
いくら将来名を馳せる奴が揃ってるとはいえ、現状今の俺にも勝てないようなただの子供でしかない。
「シスターには話すけどな、ガキ共には秘密だ。いいな?」
「……うん。分かった…」
真剣な目で頷くセレスティアに頷き返す。
さて、全てが杞憂ならいいんだけどな。
「あン?名前知らなかったのかい?黒髪のがメメ、錆色のがディウス、紫のがカレン、………」
なんとも嫌な正解を引いてしまった。
この時点で冷や汗が止まらなかったのだが、フリーダムシスターは更なる爆弾を放り込んでくれた。
「……で、一番大人しい銀髪のがセレスさね」
「……………………OH…!」
「なんだい、変なリアクションしてからに」
怪訝そうなシスターすら目に入らない。
セレス、セレスかぁ。しかも銀髪ときたかぁ……。
俺達がいるこの国、ステライト王国。
その王族は正当な血筋の子が四人いる。
王妃の子である第一王子、第一王女。そして第二妃の子である第二王子と第二王女だ。
しかし実はそこにもう一人の不遇の王女がいる。
一夜の間違いで王城勤めのメイドと王の間に生まれた婚外子。
ゲーム開始時には妾の子として一応王族に加わっているのだが、王位継承権争いからも距離を置いた置物のような立ち位置に置かれていた。
しかしそれでも芯のある精神と民へ寄り添う性格、更に魔術の腕前。
何より、〝王族の証〟たる赤紫の瞳を持つ銀髪の少女がいる。
その名前をセレスティア・グラン・ステライトという。
ステライト王国第三王女であり、王族から冷遇されながらも凛と立つ強い王女だ。
このセレスティア、俺はやってないけどゲーム二周目で攻略可能になるヒロインでもある。
一周目ではたまに主人公の助っ人として参戦してくれたり、後ろ盾になってくれる支援キャラの立場なんだけどな。
それでも攻略サイトいわくプレイヤーの中でもトップスリーに入る人気を誇っているそうだ。
「あー……婆さん、病気持ちだったりする?」
「はぁ?何言ってんだい、あたしくらいの神聖魔術師が病なんかに負けるかってんだよ」
「そっか、それなら良かった」
いや良くねぇな。
じゃあ誰かに殺される可能性が高くない?
だってカレンデュラ、ディウス、メメリィ、ニクスが揃って懐古する相手ってシスターくらいだろ。
おまけに全員が悲しげな雰囲気だしさ。
あと何でセレスティアおるの?
脳の許容範囲超えてパニックなんですが。
「はぁ〜……シスター、ちょっとガキ共と話してくる」
「あン?いいけど、それより先に手ぇ出しな。くっくっく、最近どこまで魔刻紋を刻めるか楽しくなってきちまったよ」
……本当にこんな元気な婆さんが死ぬのか?
「おい、てめぇらツラ貸せ」
余談だが廊下に沿って並ぶ三部屋は子供部屋、執務部屋、お客さん対応用の客室らしい。
その一つ、食事の時に使う子供部屋に入って声をかけると、全員(メメリィ以外)がビクッと慌てて俺を見てきた。
それから相変わらず元気な二人がぎゃいぎゃい言うのを聞き流して見渡すと……いた。
こんな生活でありながら鮮やかな銀髪に、透き通るような赤紫の瞳。
間違いない……第三王女セレスティアだ。
「マジか……!」
「な、なんだよ!てか何セレスを見てんだ!こいつ人見知りだから睨むんじゃねーよ!」
「そうよ!可愛いセレスを睨んで何をしようっていうの!」
「何もしねぇよ……」
うるさいが、あまりの衝撃でそれどころじゃない。
マジかぁ……王城から逃げ出した元メイドの子が何でここにいるんだ?
スラムの孤児院だぞ?あんなファンキーフリーダムシスターがいるような教会だぞ?
……いや待てよ?そもそもあのシスターはおかしい。いや性格だけではなく。
王国でも数少ないらしい魔刻紋の施術を行えて、神聖魔術や魔術への造詣が深さ。加えて子供とはいえニクスの拳を簡単に受け止める身体能力。
もしかして、実はかなりの地位にいる、またはいた人なんじゃないか?
それでその信用と、加えて捜査の手が伸びにくいスラムという事もあって元メイドがセレスティアをここに預けた。
……もはや妄想の域の思いつきストーリーだけど、辻褄としては合わなくはないんだよな。
更にいえば、ゲームでセレスティアは王位継承争いに構わずひたすらに民に寄り添う法案や施策を練り続けた。
それも元々民の、その中でも底辺な生活をしてきたからこその裏返しだとしたら?
「あー………」
「……おいカレン、なんかアイツ様子おかしくねーか?」
「そうね、なんかキモい」
うるせぇよ。
はぁ、これが全部俺の妄想ならなぁ……。
気乗りはしない。しないけど、確かめておかないとダメだよな。
「あー、そこのガキ……セレスだったか?少し聞きてぇ事がある」
「ひぅ」
ビクッと体を震わせて縮こまる、この孤児院の中でも一際小柄な子。
……こうも怯えられると流石に罪悪感やばいわぁ。
「ちょ、何する気だよ!」
「落ち着けガキ。危害は加えねぇよ、神だろうと俺の命にだろうと誓ってやる」
割って入る錆色男子ーーディウスをまっすぐ見つめて言うが、しかし彼は退く様子はない。
まぁそれも将来【狂剣】と呼ばれるだけあるなって感じだが、それだと少し困る。
しかし。
「ぃ……いぃですよ…」
ギリッギリ聞き取れる音量で、セレスがそろそろと出てきた。実に小動物じみた動作だ。
ゲームとは違い、手を落ち着きなく顔あたりでもじもじさせて、全体的に縮こまったいかにも怯えた様子ではあるが。
「……助かる」
「ほ、本当に大丈夫かよセレス?!」
「そうよ!あの悪童ニクスなのよ?!」
「……だ、だいじょうぶ……」
心配する二人にも、小声ながら首を振る。
こういう流されない所はゲームでのセレスティアの片鱗が見えるな。
「悪いが場所は変える。他のヤツらには聞かせれねぇ話だからな」
「……ぅん…」
それからやはり吠えまくる二人組をメメに任せて退室。
場所は……客室でも借りるか。
「……そ、そこ…シスターが入っちゃダメって言ってた、よ…?」
「あぁ、許可はとってる」
「……そ、か…」
嘘ですごめんね。
客室に入ると、スラムとは思えないくらいには整った部屋だった。
内装を修繕したのか壁も綺麗だし、少ないながらも品の良い壺なんかの調度品もいくつか置いてある。
中央には大きめのテーブルがあり、それを挟んでソファが置かれていた。
その片方に座ると、対面に落ち着かない様子ながらも座るセレス。
「……少し質問させてくれ」
「は、はぃ……」
声ちっさ。
「酷な質問をする自覚はある。後で殴ってくれていい」
そう前置きすると目を丸くするセレスに、間を置かず切り出す。
「お前、父親と母親が誰か覚えてるか?」
「っ……!」
ビクッと体を震わせるセレスは、小さい体を更に縮こまらせる。
大きな赤紫の瞳は潤み、今にも泣きそうな様子だ。
「悪いな、最低な質問をしてるとは思う。けど、婆さんを守る上で必要なんだよ」
「ぇ……」
ピタリとセレスの動きが止まった。止まってくれた。
もう罪悪感で死にそうだったからね。良かったマジで。
「理由は言えねぇが、婆さんが死ぬ可能性があるんだよ……だがあの婆さんだ。スラムの連中に狙われてたからって返り討ちにするだろうよ」
明らかに強いからな、あのシスター。
「なのに最後は死ぬ可能性が高いんだ。となりゃ、相手はそれなりの強さか……権力の持ち主の可能性が高ぇ」
これは俺の予想だけどね。
カレンデュラ、ディウス、メメリィは全員名を轟かせる存在になるが、地位はない。平民出身の豪商と傭兵団長、更には魔王軍四天王だ。今に至っては単なる孤児でしかない。
そう、あるのはセレスだけだ。
正当な王族の証とされる赤紫の瞳。
それを持つセレスを王位継承争いの憂いにならないよう処分しようとする者がいない……と言い切るのは楽観が過ぎるだろう。
「もう一度聞かせてもらう。お前、親の記憶はあるのか?」
これで反応がなければ諦めるつもりだ。
まだ見たところ6か7歳くらいの子だし、強く詰めるつもりはない。
「………」
しかし、セレスティアは頷いた。
そして顔を上げると、先程まで潤んでいた瞳に、弱々しくも確かに芯を思わせる光を宿している。
「……そうか。王はともかく、母親は生きてるのか?」
そう聞くと、セレスは大きな目を更に大きくした。
ポカンと開いた口と丸くした目は、こんな会話の最中だというのに笑いそうになる程可愛らしい。
「もし生きてるなら、こちらから動く方法もある。敵は孤児院っつー無防備な環境にいるから狙いやすいと考えてるはずだ」
シスターはともかく、それ以外は建物の強度から人員まで防衛力はオール赤点だし。
「ただ母親と共に逆に王城に住まわせてもらえば、王城内で暗殺しようってヤツはそういないはずだ。少なくともここよりは安全だろうよ」
いや実際は狙うヤツもいるだろうけど、ゲーム開始まで生きてたしね。根拠としては不確かなのかも知れないが、可能性としては高いはずだ。
しかし、セレスティアは首を横に振った。
「……お母さん、もういない………それに…」
俺を見て、告げる。
「みんなと、離れたくない」
やはり小さい声ながら、凛とした声音に一瞬気圧されてしまった。
……小さくても、やっぱりあのセレスティアなのだと思い知らされた気分だな。
「そうか。分かった」
「……ぇ…」
「勿論今話した内容も言いふらさねぇ。約束する」
まぁこのパターンは考えてたよ。当たってほしくはなかったけど。
それにしても世界観が違うし、当然倫理観も異なるとはいえ、酷な話を今の臆病なセレスが最後まで話したのは素直に偉いと思うわ。
もうね、話の途中から罪悪感がやばい。
「……辛い話をして悪かった」
ニクスの真似は一時中断だ。
「俺」として、謝罪しよう。
立ち上がり、頭を下げる。
「申し訳ない」
シスターが狙われている可能性を確かなものにしたかった。
出来ればセレスを王城に返してあげて、全員が無事の未来を見たかった。
そういった理由はあれど、こんな小さな子供に辛い話をさせた事には変わりない。
「っ、っ……」
慌てている気配はするが、頭を上げる気にならない。
転生してから一番の自己嫌悪だ。思わず強く目を瞑る。
はぁ、しかも蓋を開ければ最悪の結果だしな。
元メイドの母親は行方が分からず、セレスは王城に戻る方法がない。
更にセレス自身も離れる気がないとなれば、無理やり連れていくのは気が乗らない。
好転する事がないまま、最悪の想定への道筋が立っただけだ。
「っ……、ぁ、あの…」
ふと声が聞こえて目を開けると、頭を下げた俺の目の前にセレスがいた。
小柄な体でちょこんとしゃがみ、上目遣いで俺を見上げている。
「大丈夫……私以外も、皆辛い気持ちだから…みんながいるから、もう平気……」
ね?とこてんと首を傾げるセレスティア。
……まさか慰められるとはね。本当に、情けない事この上ない。
「……そうか。分かった」
それしか言えず、苦笑する。
実際気持ちは沈んでるが、これ以上気を遣われでもしたらいよいよ立ち直れそうにない。
体を起こして、ふぅと息を吐いて切り替える。
「俺も明後日以降は教会近くで警戒する。明日だけは迷宮に潜るけどな」
今日で八指に魔刻紋が刻まれた。
明日の魔石でシスターが安全ラインと定めた十指になる。
戦力強化は必須だし、後回しにせずさっさと済ませてから警戒に切り替えた方が良いはずだ。
「……でも、お肉…」
「……ふ、はっ!」
空気のギャップのせいか、さすがに吹いた。
この姫様は意外と食欲旺盛らしい。
「ははははっ!そう、だな、ちゃんと獲ってきてやるよ」
「……ぅん…えへへ…」
へにゃりと笑うセレスに、つい手が伸びて……すぐ止めた。
うーん、危ない。犬猫感覚で撫でるところだった。
ただ小さくても女子だしな。子供相手とはいえ、会社でやったらセクハラだ。
「……?」
不思議そうに首を傾げるセレスティアに何でもないと首を振る。
「気にすんな。あと言っておくが、シスターが狙われる話は誰にも言うなよ」
「ぇ……なんで…?」
「逆効果だからだ。ガキ共はそわそわしたり露骨に警戒するだろうし、そうなると襲撃者も警戒しかねない。それにガキ共がいくら警戒した所で大した戦力にもならねぇしな」
どうせどうにか出来るとしたらシスターくらいだ。
いくら将来名を馳せる奴が揃ってるとはいえ、現状今の俺にも勝てないようなただの子供でしかない。
「シスターには話すけどな、ガキ共には秘密だ。いいな?」
「……うん。分かった…」
真剣な目で頷くセレスティアに頷き返す。
さて、全てが杞憂ならいいんだけどな。
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