ゲーム知識の使い方〜使い捨てキャラの抵抗録〜

みどりぃ

5話

 祈りは10秒程だった。

 膝をつく時のように洗練された動作で起き上がるとシスターは、切り替えるようにふぅと息を吐いた。
 それからニッと悪戯っ子のように笑う。その笑みが似合うと思ったのは、まだ会って間もないとはいえ彼女の印象が俺に刻まれたからだろうか。

「さぁて、ガキどもが起きる前にニクスの普段の言動を教えとかないとねぇ」

「……よろしくお願いします」

 他にもかけたい言葉はあったが、どれも薄っぺらくなりそうなので、そうとしか言えなかった。
 そんな葛藤を見抜かれたか、シスターは眉尻を下げて苦笑する。

「……その前に、アンタの名前は?それと年齢。良い歳だろ?」

「あー……名前が思い出せないんですよね。どう生きてきたかはぼんやり覚えてますし、どんな世界で生きてきたかも覚えてるんですが、個人に関する記憶が妙に抜けてまして」

「へぇ、アンタはそうなんだね。あたしが知ってる転生者なんかは転生する前の数年しか思い出せないとか言ってたしねぇ。その代わり名前や年齢は覚えてたけどさ」

 へぇ、そんな記憶の残り方もあるのか。俺もそっちのが良かったな。
 自分の名前も家族さえも思い出せれないのは……寂しいものがあるからな。

「まぁいい。ニクスの話だけどね、あいつは元々流民なんだよ」

「流民……ですか?」

「ああ。どこかの島国から流れついたんだとさ。その髪や眼はその地で有名な魔物の特徴と似てたらしくてね、家族含め周りから迫害されたのさ」

 白い髪に赤い瞳。
 そんな特徴を持つ有名な魔物がいる島国から流されてきた。
 海を越えてきたのかよ……よく生きてたな。

「随分酷い話ですね」

「まぁねぇ。おかげでニクスは誰も信用しなくてね、まぁスラムじゃ気を許す方が危ないからそこは良かったんだろうけどさ」

 肩をすくめるシスターは煮立つ鍋から骨を取り出しながら続ける。

「ただその見た目だろう?気味悪がられたり、変態に狙われたりしてねぇ、ニクスは荒れる一方だったさ」

「あー……確かにえらく可愛い見た目してますもんね」

「はっはっは!そうだねぇ、下手な女子より余程男にモテそうなツラしてるよ!」

 ケラケラ笑うシスターは肉を鍋に投入して、棚から調味料をとって振りかけていく。

「ただ元いた国の特徴か、それともニクスの特性か。生肉だろうと毒草だろうとお構いなしに食うガキでね。そのくせ平気で走り回るもんだから最初は驚いたもんだよ」

「……は?え、マジすか?」

「あぁ大マジさ。ただそれが周りから気持ち悪がられる要因になっちまってね。魔物が化けてるとか言われて色んな奴に狙われてんのさ」

 それでついに逃げきれずに殺されたのが昨晩という訳か。
 いやそれより、生肉も毒草も生で食って平気って……やべぇなニクス。
 それで最初シスターが生で食うところを見せつけるとか言ってたのか。

「まぁニクスも随分強くてねぇ。スラムにいる飯の食えないガリガリの大人くらいなら返り討ちにしてたよ」

「やるなぁニクス……俺には真似出来そうにないですよ」

「そうなのかい?迷宮から宝具をとってきてるから腕に覚えがあるのかと思ったよ」

 へぇ。この右手首の紋様を見てそれが分かるのか。
 そろそろ思うんだけど、このシスター只者じゃないのでは?

「これが何か分かるんですか?」

「そりゃ読めば分かるさね。その紋様は宝具『天喰』を宿す鍵、魔力を対価に力を示すって書いてるのさ」

「読めるんですか?!」

 これにはさすがに目を丸くする。
 そんな俺にシスターは偉そうにするでもなく茶色の人参みたいな野菜を刻みながら鼻を鳴らす。

「ふん、そりゃあね。あたしくらい生きてりゃそれくらい読めるさ」

「……さっきから全部年齢のせいにして誤魔化してません?」

「やかましいね、こんなババアの事なんざ気にしなくていいんだよ!それよりアンタ、それ出してごらんよ」

 手早く切った野菜を鍋に投入してから俺を見るシスターに、宝具を取り出して渡す。

「ふぅん、これが『天喰』かい。なかなかの得物じゃないか、どれどれ……」

 あれこれ触ったり観察したりするシスターは、筒の中にある文字を見つけてニヤリと笑った。

「へぇ、こりゃあ面白いね。良い武器じゃないか」

「そうなんですか?」

「ああそうさ………ん?いや待ちな、これは…」

 そう言ってから無言で更に色々触りまくること数分、何かに気付いたらしいシスターが柄と棒の中間部分を睨むように見る。

「……んん、ここだね。あー、こう、じゃないねぇ。えーっと…」

 置いてけぼりな俺は無言で眺めていたのだが、「おっ」と呟いたシスターがいきなり「カシャン」と乾いた音を立てて中間部分をへし折ったのには目を剥いた。

「ちょ、ちょおおい!何してくれてんだ!」

「おっ、今のニクスに似てたよ」

「うるせぇよ!それより壊すなよ!」

「壊してなんかないよ、元々こういう造りなのさ」

「……本当にぃ?」

 フルパワーでホーンラビットをぶん殴っても折れなかったのに、元々折れる仕掛けだったのか?

「そうさ。それにしても……やっぱりかい。ここにあるべきパーツがないね」

「え、そうなんですか?」

「ああ。この『天喰』は本来ストックした魔力を好きな属性に変換して撃つ銃みたいでね」

 そう切り出して始まった説明いわく。
 まずこの『天喰』は溜めた魔力を好きな属性、好きな威力の弾丸に変えて放つ宝具だそうだ。
 柄の部分が魔力を溜める部分になっており、筒ーー砲身は加速、貫通付与といった銃としての性能が刻まれてる部分らしい。
 そしてその中間、本来なら属性変換や威力調整を行うはずのパーツがないと言う。

「えぇ〜……そんな事あります?とりたてですよ?」

「あるさ。中には5つ集めないと意味のない宝具とかもあるくらいだよ」

「あー、確かにあったっけ」

 終盤でも活躍する強力な宝具だったけど、揃えるのが面倒すぎて諦めたっけ。
 それはともかく、つまりこの『天喰』もあとひとつ必要なワケか。

「じゃあこれって現状棒としてしか使えないんですか?」

「いや、柄に溜めた魔力を撃つ事は出来るはずだよ。ただし属性変換がないから単なる『魔弾』だし、調整が効かないから全魔力を吐き出すだろうけどねぇ」

「つまり溜めた魔力を一発撃つだけの一発芸宝具だと。へぇ……ピーキーすぎません?」

「はっはっは!そうだねぇ、汎用性は高いとは嘘でも言えないさね!」

 ケラケラ笑うシスターを思わず睨む。
 そんな視線すら可笑しいとばかりに更に笑い、俺へと『天喰』を返してきた。
 
「ほら、柄と砲身をくっつけて魔力を右回りに一周させてみな。それでくっつくよ」

 魔力……あの身体の火照りみたいなアレだよな?
 とりあえず言われるがまま流してみると「カチン」と音を立ててくっついた。

「へぇ、やっぱり転生者は魔力の扱いが上手いねぇ」

「そう、なんですかね」

「らしいよ。もともと魔力がない暮らしをしてたから、いきなり魔力が宿ると魔力を感じ取りやすいんだとさ」

 あー、確かに謎の火照りはあれからずっと感じてる。
 転生してすぐはそれどころじゃなくて気を回せなかったけどな。

「ちなみに左回りに魔力を二周させれば開くからね。もし中にあるべきパーツが見つかったら開いてセットしな」

「へぇ、ありがとうございます」

 試してみると本当に開いた。
 またくっつくけて、もう用はないと右手首に収納させる。

「あとはたまに余った魔力を柄に込めておきな。いざって時に空っぽじゃ撃てるもんも撃てやしないよ」

 それは確かに。
 シスターのアドバイス通り、普段からちょいちょい込めておこう。

「さぁて、話は逸れちまったけど、時間がないね。サクサク教えるからきちんと演じなよ!」

 それからニクスの普段の言動をつらつらと説明された。

 話すシスターは笑っていたが、どこか懐かしむような、それでいて少し悲しげな笑顔に見えた。
 
 主人公達ともつるまず、死ぬまで孤高を貫いたニクス。
 しかしこんな幼少には心配してくれる人がいたんだな。

 ……それはそれとして、かなりのヤンチャっ子だなニクスくん。
 シスターと取っ組み合いになったり、奴隷商人に捕まったと思いきや他の奴隷達と脱出したりと、この年齢ですでにひとつの小説が書けそうなくらい波瀾万丈な人生送ってやがる。
 そんなニクスだからこそ、将来スタンピードを一人で抑えるなんて離れ業をやってのけたのかもな。





「うげぇ、ニクスのヤローだ!」
「なんですって?!」
「全員集まれ!追い返すぞぉ!」

 説明を聞く事体感1時間。
 話の途中でとっくに出来上がった料理を持って、廊下にあった三つの扉の内、一番調理場に近い扉をくぐる。

 そこには雑魚寝をしていた子供達がざっと10人弱いたのだが、シスターの一喝で跳ねるように起きた直後のセリフが先程のものだ。

「ちっ、こんな奥まで侵入してきやがって!今日こそ負けねーからな!」

「そうね、ぼこぼこにしてやるわ!」

 といっても俺に食ってかかるのは2人だけだ。
 
 錆色の髪と瞳の男の子と、薄紫の髪と紫の瞳の小柄な女の子である。
 共に目を吊り上げた二人は意思の強そうな勝気な目をしており、身体こそ栄養不足で弱々しいが負ける気はないと睨んでくる。

 残る子供達は怯えたように縮こまっている。
 いや、一人だけ違うな。この中では一番年上そうなーーといっても俺と変わらないくらいだけど、黒髪と黒眼の俺からしたら馴染む色合いの女の子だ。
 その子は怯えるでも噛みつくでもなく、平然とした態度で俺をまっすぐ見ていた。

「朝からうるさいよガキ共!今日のニクスは飯持ってきたんだ、追い返すのは飯食ってからにしな!」

 そこでシスターが割って入った。
 朝飯後には追い返しても良いと言うシスターに呆れたくなるが、その言葉は驚きだったようで全員が目を丸くしている。

「はぁああ?!嘘つけよばーちゃん!」

「そうよ、ありえないわ!前にニヤニヤしながらわたしの前で何か食ってたこいつが?!」

 それもさっき聞いたなぁ。とはいえ実は食べてたのが毒草だったらしくて、奪おうとするこの子をむしろシスターが止めたとか。

「うるせぇな。いらねぇなら全部俺が食うから黙って見とけ」

「なんだとぉー?!」

「いるなら黙って食え。いちいち突っかかってくるなガキが」

 言われたニクスのイメージで話すと、ぐぬぬと唸りすれど子供達は違和感を抱いた様子はない。
 一応シスターを見て確認すると、俺にしか分からないくらい小さく頷いてくれた。
 どうやらニクス式話術は問題ないらしい。うん、さすがの協調性の無さだ。

 それから子供達は布団、といっても薄い布だが、それを片付けてローテーブルを用意した。
 そこに鍋を置き、各自壁の棚から自分用の器を持ってきて注いでいき、全員に行き渡ると手を組んでお祈り。
 言葉はなく、きっちり3秒目を閉じてから、一斉にスプーンで肉と野菜のスープを口に流し込んでいく。

「うおっ、肉だ!うめぇ!」

「この肉をニクスが……?」

「ふぅん……」

 美味そうに食う錆色の男の子と、疑わしげな紫の女の子、そして感情の見えない目で俺を見る黒髪の女の子。
 シスターといい、キャラが濃そうだな。

 それにしても味付けは塩だけか。ただ骨から出汁が出てるからか奥行きのある優しい味わいで、予想外に美味い。
 野菜も茶色い見た目はともかく、味としては少しクセのある大根といった感じだ。これもまた普通に美味い。

「……料理上手だな」

「ふん、歳とりゃこれくらいはね」

 思わず漏れた感想にシスターがお馴染みの返事を寄越した。
 まぁ長話になった分味が沁みてるのもあるだろう。

「じゃあガキ共、食い終わったら食器洗いな!終わったら勉強だよ!」

 ええー!と叫ぶ子供達に構わずさっさと自分の食器をもって出ていくシスター。マイペースな婆さんだな。

 そしてシスターがいなくなれば当然騒ぐ子がいる訳で。

「ニクス!てめーを追い出してやる!」

「わたしもよ!何考えてるか知らないけど、好きにさせないから!」

 元気な錆色と紫色の二人が立ち上がる。
 さてどうするかな。
 普段のニクスなら問答無用でやり返すらしいが、さすがにこの歳の子相手にやり返す気にはなれないし。

「……ふん、食器も洗わずケンカ売って、ババアに怒られても知らないぞ」

 とりあえずジャブ。

「た、確かにっ!やべぇ、勉強が増えるっ」

「くっ、卑怯よ!」

 と思いきや予想外にグリーンヒットしたらしい。
 シスター、あんな言動の割にキッチリ手綱握ってるのね。

「おら、さっさと洗ってこいよノロマ」

「くっ、くっそー!待ってろよニクスてめー!」

「そうよ!首洗って待ってなさい!」

 ぎゃいぎゃい言いながら部屋を出ていく二人を見送ってから、俺も立ち上がる。
 今のうちに退散しよ。食器?シスターが持ってってくれたよ。

「……ニクス、どういうつもり?」

 立ち去ろうとする俺に声がかかる。
 振り向けば、黒髪の女の子が俺をじっと見ていた。

「どうもしねぇよ。気まぐれだ」

「ふぅん……まぁいいけど。お肉、ありがとう」

 表情を変えないままお礼を言われ、思わず目を丸くした。
 その俺を見てか、女の子は微かに笑う。妙に大人びた笑みだ。
 
「うるせぇ。別にてめぇらの為じゃねぇよ」

 まぁこれは事実なのでそう吐き捨てて今度こそ部屋を出た。
 ……なにあの女の子、怖いわぁ。
 もしかして転生者か?見た目10歳くらいの子の雰囲気じゃないって。

「……まぁいいか。とりあえずやる事やらないと」

 シスターと話した事で決まった予定を消化すべく、俺は教会を後にした。

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