サーヴァント・ウォーズ
8話
「──もういっくん! どこに行ってたの?!」
昼休みも終わる時刻──教室に戻った逸騎に、結愛が怒ったように詰め寄った。
「マスター、この人は?」
「俺の幼馴染みだ──って、どこに行くも何も、俺の自由だろ? それより……次の授業で小テストするって言ってたけど、ちゃんと勉強したのか?」
「勉強してないの! 小テスト前にいっくんに教えてもらおうと思ってたから勉強してないの! 昼休み中にいっくんにお願いしようと思ってたから、全く勉強してないのー! ねーお願い! 今からでもいいから、小テストの範囲を教えて! というか、いっくんが思う答えを教えて! カンでもいいからっ、カンが外れてもいいから! お願いだから教えて!」
グイグイと学ランの裾を引っ張ってくる結愛。心底面倒臭そうに、逸騎はため息を吐いた。
「……わかったわかった。わかったから放せ。つーか、ちゃんと事前に自分で勉強しろよ」
「ふっふーん! ざーんねん! いっくんの幼馴染みは、勉強なんてカラッきしのバカなんですー! いっくんに頼らないと生きていけない、ほっといたらその辺で死んでいるようなダメ女なんですー! いっくんに甘々に甘やかされて育ってきた、正真正銘バカアホなんですー!」
「お前……もうちょっと自分に自信を持てよ……」
「無理無理むーりー! もう無理なのー! いっくんがいないと、あたし野垂れ死んじゃうのー!」
「あーもうわかった! わかったから黙れ! ったく……」
雲雀がジタバタと手足を振り回す光景を見て、逸騎は頭を押さえてため息を吐いた。
逸騎の隣にいるプリアポスも、赤子のような結愛を見てドン引きしている。
「ほらよ」
「おうっ?! ……これは?」
「俺が思う答えが知りたいんだろ? なら、俺の教科書に黄色のマーカーを引いてるから、そこを見ろ」
「うん! もー、ちゃんと手渡しすればいいのに、わざわざ投げ渡すなんてさ♡ いっくんってば不器用なんだからっ♡ あれ……? うん……? ──ねぇ待って! この数学の教科書、ほとんどのページに黄色いマーカー引いてあるんだけど?!」
「まあ、今回の小テストの範囲は広そうだからな」
「早く言ってよー!」
逸騎の数学の教科書を持ち、ダンダンと地団駄を踏む結愛。
──プリアポスが結愛を見る目が、まるでゴミを見るような視線になった。
「この人……最低ですね……」
「言い過ぎだろ」
「マスターに助力をお願いしていながら、マスターの助力に憤慨しているなんて……こんなの、謝罪を通り越して懺悔レベルですよ……」
「謝罪と懺悔の違いってなんだよ……」
プリアポスの言葉に、逸騎がボリボリと頭を掻く。
その声に──結愛は、コテンッと首を傾げた。
「……? いっくん……?」
「なんだ?」
「……あたしと話してる時から、ずっとあたしに視線が向いてない……よね? いっくん、さっきから誰と話してるの?」
不思議そうな結愛の姿に──逸騎の背筋に悪寒が走った。
──ああクソ、コイツの勘の良さを忘れていた。
星宮 結愛──運動神経と頭脳の割合が、9対1で産まれてきたような存在。
柔道をすれば、圧倒的な体幹と膂力で柔道部員を投げ飛ばし。陸上をすれば、走力で何もかもを置き去りにし。サッカーをすれば、尋常ならざる蹴力で全てを蹂躙し。
コイツは運動部に入ればいいのに──星宮 結愛は、天体観測部に入っている。
「ねえ、いっくんってば──さっきから、誰と話してるの?」
いや、それは今どうでもいい──大きく深呼吸し、逸騎は結愛を見据えた。
──結愛の身体能力も半端ないが、一番スゴいのは動物とも言える勘の良さだ。
結愛には、逸騎の嘘は通じない──それこそ、逸騎にはわからないが、逸騎のクセや仕草を見抜いているらしい。メンタリストか、コイツは。
こちらに真っ直ぐに視線を向けてくる結愛に、逸騎は頭を掻いて言葉を返した。
「……はぁ? 何言ってんだ? 結愛の勘違いじゃねぇの?」
こうなった結愛への対処法は一つ──とことんまで惚けること。結愛が勘違いだと思うほど、道化を演じること。
普段は真面目で嘘を吐かない逸騎だからこそできる、純粋無垢な結愛への対処法。
結愛になら、『サーヴァント・ウォーズ』の事を話しても良いかと思ったが……結愛が信じるとは思えない。というか、コイツの頭脳じゃ逸騎の言っている事が理解できないだろう。
それに……仮に結愛が信じたとしても、別の問題がある。それは、結愛の口が軽い事だ。
コイツが周りに言いふらせば、逸騎は周囲から厨二病の痛い奴と思われてしまう。
故に──結愛には、『サーヴァント・ウォーズ』の事は話さない。
心の中でそう決め、逸騎は道化を演じるが──しかし、結愛は綺麗な黒色の瞳を細めた。
「それ──嘘、だよね……」
「……嘘? なんだよ、俺が結愛に嘘吐いた事なんてあったか?」
「うん、あるよ。いっくん嘘を吐く時、あたしと目が合わないし、少し顔が上に向くんだもん。幼馴染みなんだから、それくらいわかるよ」
ジッと、結愛が架空を見つめる。
結愛の見えていないはずの存在──まるでプリアポスが見えているかのように。
──嘘だろ、コイツ。まるでプリアポスが見えているみたいだ。
「……うん? バカでアホで鈍感だと思ってましたけど、なかなかに鋭いですね?」
「言い過ぎだろ……それより結愛、勉強しなくていいのか? もう授業始まるぞ?」
「はっ?! そうだった!」
逸騎の言葉を聞き、結愛は慌てて座席へと戻っていく。
……とりあえず、結愛の意識を逸らす事には成功した。鳥頭の結愛が、このやり取りを記憶していない事を期待しよう。
「……オイ」
「はい?」
「お前、人前では話しかけたりすんな。反射的に俺が反応したら、周りから変な目で見られるだろ」
「うーん……わかりました、気を付けます」
──────────────────────
──五限目の数学の授業後。
「ね、いっくん」
「なんだ?」
「さっきの話なんだけど──」
「体操服に着替えてくるから、また後でな」
──六限目の体育の授業後。
「ねーいっくん」
「トイレに行くから、また後でな」
──下校前のホームルーム後。
「いっくん!」
「今日は用事があるんだ。悪いけどメッセージ送ってきても気づかないと思うから、また明日な」
──教室を足早に出て、帰路を辿る逸騎。
少し冷たかっただろうか……先ほどから結愛の着信が鳴り止まない。
だけど……結愛に『サーヴァント・ウォーズ』の事を話しても、悪い方向にしか進まない。
逸騎は結愛の着信を無視して、河川敷へと向かっていた。
「──マスター」
「プリアポスか……どうした?」
「その……さっきの子、いいんですか? あの子、マスターにいっぱい話しかけてましたよね? それなのに、何も言わずに帰るなんて……」
「最低だ、とでも言いたいのか?」
「いやいやそういうわけでは!」
プリアポスの言葉を聞き、逸騎は大きくため息を吐いた。
「……『サーヴァント・ウォーズ』の事を結愛に話しても、信じてくれないだろうからな」
「うーん……でも、あの子なら信じてくれそうでしたよ?」
「それならそれで問題なんだよ。結愛は口が軽いからな。50回連続で勝てば願いが叶うカードゲームをしていて、そのカードゲームのキャラクターは他の人には見えなくて、俺の独り言はそのキャラクターと話してる──なんて言いふらされたら、俺の方が耐えられねぇよ」
「な、なるほど……」
そうこう話していると、河川敷に着いた。
逸騎は近くにあったベンチに腰掛けると、スマートフォンを取り出した。
「……前の買い出しから、もう一週間か……今日はスーパーに行かないとな……」
「……マスター」
「ああ悪い、独り言だ。つーかプリアポスって、飯とか食え──」
「──マスターッ! 構えてくださいッ!」
プリアポスの鋭い声を聞き──逸騎は全てを察した。
即ち──『サーヴァント・ウォーズ』のプレイヤーが近くにいる。
それなら好都合。ボコボコにして、50連勝に近づいてやる──そう思いながら、逸騎は立ち上がりながら素早く振り返った。
「──うぇっ?!」
「……あ?」
振り向いた先にいたのは──結愛だった。
なんでコイツがここに──そう思うのと同時、プリアポスが鋭い声を発した。
「違います! その子ではありません! その先にいる──」
「──ウォーズッッ!!」
夕暮れの河川敷に、野太い大声が響き──反射的に、逸騎は結愛の手を引いた。
直後──先ほどまで結愛の立っていた所に、デッキケースが突き刺さる。
──ヴンッと、逸騎と結愛を囲うように、黒色の結界が現れた。
「マジか……!」
「え──えっ? 何、これ……? なんか、視界が変……」
突然視界が黒色に染まり、それでも目の前がハッキリと見えている──よくわからない現象に、結愛は困惑であるようだ。無理もない、逸騎も昨日困惑したのだから。
というか……この結界は、結愛にも見えているのか。
「チッ……『サーヴァント・ウォーズ』に関係ない結愛まで巻き込みやがって──つーかテメェ、昨日やったオッサンじゃねぇか!」
逸騎が大声を上げて指差した先──そこには、昨日ウォーズで戦った男がいた。
昨日のようなスーツではなく、ボロボロなジャージに身を包む男──その目には、憎悪が宿っている。
「お前ッ、お前……! お前のせいで、オレの連勝記録はッ……!」
「……なんだ、復讐に来たって事か? なら話は早い、受けてやるよ──ウォーズッ!」
逸騎がポケットからデッキケースを取り出し、そのまま勢いよく地面に向かって投げ付け──デッキケースが光の粒子となって消えるのと同時、逸騎の足元から四角形の台座が現れた。
「いっ、いっくん! これって──」
「結愛は動くな。どこまでお前に影響が出るのかわからないからな、俺の後ろで隠れてろ」
「わ、わかんないけどわかった!」
結愛が逸騎の背後に隠れ──ギュッと、制服の裾が握られる。
──結愛も不安なのだろう。いきなり視界が黒色に染まったのに前が見えているし、逸騎と向かい合っているのは殺意すら感じる成人男性。不安にならない方がおかしい。
故に──逸騎は大きく深呼吸を漏らした。
──負けられない。負けてはならない。
逸騎に憧れ、逸騎を頼りにし、逸騎がいないと死んでしまうなどと言っている女の前で──負ける事なんて、許されない。
「先攻は俺が貰うぞ──ドローッ!」
決意を漲らせ、逸騎はデッキからカードを引いた。
昼休みも終わる時刻──教室に戻った逸騎に、結愛が怒ったように詰め寄った。
「マスター、この人は?」
「俺の幼馴染みだ──って、どこに行くも何も、俺の自由だろ? それより……次の授業で小テストするって言ってたけど、ちゃんと勉強したのか?」
「勉強してないの! 小テスト前にいっくんに教えてもらおうと思ってたから勉強してないの! 昼休み中にいっくんにお願いしようと思ってたから、全く勉強してないのー! ねーお願い! 今からでもいいから、小テストの範囲を教えて! というか、いっくんが思う答えを教えて! カンでもいいからっ、カンが外れてもいいから! お願いだから教えて!」
グイグイと学ランの裾を引っ張ってくる結愛。心底面倒臭そうに、逸騎はため息を吐いた。
「……わかったわかった。わかったから放せ。つーか、ちゃんと事前に自分で勉強しろよ」
「ふっふーん! ざーんねん! いっくんの幼馴染みは、勉強なんてカラッきしのバカなんですー! いっくんに頼らないと生きていけない、ほっといたらその辺で死んでいるようなダメ女なんですー! いっくんに甘々に甘やかされて育ってきた、正真正銘バカアホなんですー!」
「お前……もうちょっと自分に自信を持てよ……」
「無理無理むーりー! もう無理なのー! いっくんがいないと、あたし野垂れ死んじゃうのー!」
「あーもうわかった! わかったから黙れ! ったく……」
雲雀がジタバタと手足を振り回す光景を見て、逸騎は頭を押さえてため息を吐いた。
逸騎の隣にいるプリアポスも、赤子のような結愛を見てドン引きしている。
「ほらよ」
「おうっ?! ……これは?」
「俺が思う答えが知りたいんだろ? なら、俺の教科書に黄色のマーカーを引いてるから、そこを見ろ」
「うん! もー、ちゃんと手渡しすればいいのに、わざわざ投げ渡すなんてさ♡ いっくんってば不器用なんだからっ♡ あれ……? うん……? ──ねぇ待って! この数学の教科書、ほとんどのページに黄色いマーカー引いてあるんだけど?!」
「まあ、今回の小テストの範囲は広そうだからな」
「早く言ってよー!」
逸騎の数学の教科書を持ち、ダンダンと地団駄を踏む結愛。
──プリアポスが結愛を見る目が、まるでゴミを見るような視線になった。
「この人……最低ですね……」
「言い過ぎだろ」
「マスターに助力をお願いしていながら、マスターの助力に憤慨しているなんて……こんなの、謝罪を通り越して懺悔レベルですよ……」
「謝罪と懺悔の違いってなんだよ……」
プリアポスの言葉に、逸騎がボリボリと頭を掻く。
その声に──結愛は、コテンッと首を傾げた。
「……? いっくん……?」
「なんだ?」
「……あたしと話してる時から、ずっとあたしに視線が向いてない……よね? いっくん、さっきから誰と話してるの?」
不思議そうな結愛の姿に──逸騎の背筋に悪寒が走った。
──ああクソ、コイツの勘の良さを忘れていた。
星宮 結愛──運動神経と頭脳の割合が、9対1で産まれてきたような存在。
柔道をすれば、圧倒的な体幹と膂力で柔道部員を投げ飛ばし。陸上をすれば、走力で何もかもを置き去りにし。サッカーをすれば、尋常ならざる蹴力で全てを蹂躙し。
コイツは運動部に入ればいいのに──星宮 結愛は、天体観測部に入っている。
「ねえ、いっくんってば──さっきから、誰と話してるの?」
いや、それは今どうでもいい──大きく深呼吸し、逸騎は結愛を見据えた。
──結愛の身体能力も半端ないが、一番スゴいのは動物とも言える勘の良さだ。
結愛には、逸騎の嘘は通じない──それこそ、逸騎にはわからないが、逸騎のクセや仕草を見抜いているらしい。メンタリストか、コイツは。
こちらに真っ直ぐに視線を向けてくる結愛に、逸騎は頭を掻いて言葉を返した。
「……はぁ? 何言ってんだ? 結愛の勘違いじゃねぇの?」
こうなった結愛への対処法は一つ──とことんまで惚けること。結愛が勘違いだと思うほど、道化を演じること。
普段は真面目で嘘を吐かない逸騎だからこそできる、純粋無垢な結愛への対処法。
結愛になら、『サーヴァント・ウォーズ』の事を話しても良いかと思ったが……結愛が信じるとは思えない。というか、コイツの頭脳じゃ逸騎の言っている事が理解できないだろう。
それに……仮に結愛が信じたとしても、別の問題がある。それは、結愛の口が軽い事だ。
コイツが周りに言いふらせば、逸騎は周囲から厨二病の痛い奴と思われてしまう。
故に──結愛には、『サーヴァント・ウォーズ』の事は話さない。
心の中でそう決め、逸騎は道化を演じるが──しかし、結愛は綺麗な黒色の瞳を細めた。
「それ──嘘、だよね……」
「……嘘? なんだよ、俺が結愛に嘘吐いた事なんてあったか?」
「うん、あるよ。いっくん嘘を吐く時、あたしと目が合わないし、少し顔が上に向くんだもん。幼馴染みなんだから、それくらいわかるよ」
ジッと、結愛が架空を見つめる。
結愛の見えていないはずの存在──まるでプリアポスが見えているかのように。
──嘘だろ、コイツ。まるでプリアポスが見えているみたいだ。
「……うん? バカでアホで鈍感だと思ってましたけど、なかなかに鋭いですね?」
「言い過ぎだろ……それより結愛、勉強しなくていいのか? もう授業始まるぞ?」
「はっ?! そうだった!」
逸騎の言葉を聞き、結愛は慌てて座席へと戻っていく。
……とりあえず、結愛の意識を逸らす事には成功した。鳥頭の結愛が、このやり取りを記憶していない事を期待しよう。
「……オイ」
「はい?」
「お前、人前では話しかけたりすんな。反射的に俺が反応したら、周りから変な目で見られるだろ」
「うーん……わかりました、気を付けます」
──────────────────────
──五限目の数学の授業後。
「ね、いっくん」
「なんだ?」
「さっきの話なんだけど──」
「体操服に着替えてくるから、また後でな」
──六限目の体育の授業後。
「ねーいっくん」
「トイレに行くから、また後でな」
──下校前のホームルーム後。
「いっくん!」
「今日は用事があるんだ。悪いけどメッセージ送ってきても気づかないと思うから、また明日な」
──教室を足早に出て、帰路を辿る逸騎。
少し冷たかっただろうか……先ほどから結愛の着信が鳴り止まない。
だけど……結愛に『サーヴァント・ウォーズ』の事を話しても、悪い方向にしか進まない。
逸騎は結愛の着信を無視して、河川敷へと向かっていた。
「──マスター」
「プリアポスか……どうした?」
「その……さっきの子、いいんですか? あの子、マスターにいっぱい話しかけてましたよね? それなのに、何も言わずに帰るなんて……」
「最低だ、とでも言いたいのか?」
「いやいやそういうわけでは!」
プリアポスの言葉を聞き、逸騎は大きくため息を吐いた。
「……『サーヴァント・ウォーズ』の事を結愛に話しても、信じてくれないだろうからな」
「うーん……でも、あの子なら信じてくれそうでしたよ?」
「それならそれで問題なんだよ。結愛は口が軽いからな。50回連続で勝てば願いが叶うカードゲームをしていて、そのカードゲームのキャラクターは他の人には見えなくて、俺の独り言はそのキャラクターと話してる──なんて言いふらされたら、俺の方が耐えられねぇよ」
「な、なるほど……」
そうこう話していると、河川敷に着いた。
逸騎は近くにあったベンチに腰掛けると、スマートフォンを取り出した。
「……前の買い出しから、もう一週間か……今日はスーパーに行かないとな……」
「……マスター」
「ああ悪い、独り言だ。つーかプリアポスって、飯とか食え──」
「──マスターッ! 構えてくださいッ!」
プリアポスの鋭い声を聞き──逸騎は全てを察した。
即ち──『サーヴァント・ウォーズ』のプレイヤーが近くにいる。
それなら好都合。ボコボコにして、50連勝に近づいてやる──そう思いながら、逸騎は立ち上がりながら素早く振り返った。
「──うぇっ?!」
「……あ?」
振り向いた先にいたのは──結愛だった。
なんでコイツがここに──そう思うのと同時、プリアポスが鋭い声を発した。
「違います! その子ではありません! その先にいる──」
「──ウォーズッッ!!」
夕暮れの河川敷に、野太い大声が響き──反射的に、逸騎は結愛の手を引いた。
直後──先ほどまで結愛の立っていた所に、デッキケースが突き刺さる。
──ヴンッと、逸騎と結愛を囲うように、黒色の結界が現れた。
「マジか……!」
「え──えっ? 何、これ……? なんか、視界が変……」
突然視界が黒色に染まり、それでも目の前がハッキリと見えている──よくわからない現象に、結愛は困惑であるようだ。無理もない、逸騎も昨日困惑したのだから。
というか……この結界は、結愛にも見えているのか。
「チッ……『サーヴァント・ウォーズ』に関係ない結愛まで巻き込みやがって──つーかテメェ、昨日やったオッサンじゃねぇか!」
逸騎が大声を上げて指差した先──そこには、昨日ウォーズで戦った男がいた。
昨日のようなスーツではなく、ボロボロなジャージに身を包む男──その目には、憎悪が宿っている。
「お前ッ、お前……! お前のせいで、オレの連勝記録はッ……!」
「……なんだ、復讐に来たって事か? なら話は早い、受けてやるよ──ウォーズッ!」
逸騎がポケットからデッキケースを取り出し、そのまま勢いよく地面に向かって投げ付け──デッキケースが光の粒子となって消えるのと同時、逸騎の足元から四角形の台座が現れた。
「いっ、いっくん! これって──」
「結愛は動くな。どこまでお前に影響が出るのかわからないからな、俺の後ろで隠れてろ」
「わ、わかんないけどわかった!」
結愛が逸騎の背後に隠れ──ギュッと、制服の裾が握られる。
──結愛も不安なのだろう。いきなり視界が黒色に染まったのに前が見えているし、逸騎と向かい合っているのは殺意すら感じる成人男性。不安にならない方がおかしい。
故に──逸騎は大きく深呼吸を漏らした。
──負けられない。負けてはならない。
逸騎に憧れ、逸騎を頼りにし、逸騎がいないと死んでしまうなどと言っている女の前で──負ける事なんて、許されない。
「先攻は俺が貰うぞ──ドローッ!」
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