サーヴァント・ウォーズ

ibis

6話

 ──勝った。
 見慣れた河川敷──先ほどまでの黒い結界が消え、逸騎は大きく息を吐いた。

「う、ぐッ……まさか、初心者に負けるとは……」

 吹き飛ばされた男が立ちあがり、体に付いた砂を払う。
 ──カッと、男のポケットが輝いた。
 光は男のポケットから飛び出し──逸騎の前に移動してくる。
 よく見ると、光はデッキケースだ──そう思うのと同時、デッキケースからカードが現れる。

「チッ……ルールはルールだ。好きなカードを1枚選べ」

 男に言われて、逸騎は説明書きに書かれていた言葉を思い出した。
 ──ウォーズに勝つと、相手デッキのカードを一枚貰う事ができて、負けると相手が欲する自分のカードを一枚相手に差し出す事になります。
 カードが40枚以下になり、デッキが組めなくなると、ウォーズから脱落します。カードが61枚以上になると、デッキを60枚になるように超過したカードを選んで捨てなければなりません。

「なら、遠慮なく……」

 男のデッキを確認し、逸騎は眉を寄せた。
 ──先ほどのウォーズで見た通り、魔法使いとかウィッチとかのサーヴァントカードばかりだ。
 スペシャルカードも魔法使いとかにしか発動できないものばかりで、ウェポンカードも魔法使いにのみ装備できるものばかり。
 ならば、ウォーズ中に見たセットカード『慢心葬行』にするか──そんな事を思っていると、ふと1枚のカードが目に入った。
 いや、目に入ったというのは語弊がある。輝いているのだ、そのカードが。

「……『豊穣の天使 プリアポス』」

 カード名を読んだ瞬間、『豊穣の天使 プリアポス』というサーヴァントが一際強く輝き始める。
 ──ATK0、DEF0。初級サーヴァント。
 このカードはウェポンカードとしても扱う事ができる。ウェポンカードとして扱う場合、プレイヤーにのみ装備可能。
 サーヴァントの効果を読んでいる途中で、逸騎は『豊穣の天使 プリアポス』 を手に取った。
 ──このカードに、呼ばれているような気がする。

「……じゃあ、この『豊穣の天使 プリアポス』で」
「はっ? ……正気か?」
「まあ……他のカードは、魔法使いとかウィッチとかが書いてあるカードじゃないと発動できないカードばっかりだったし……」

 男のデッキケースが光り、宙に浮くカードがデッキケースの中へと吸い込まれていく。
 デッキケースは蓋を閉じ──男のポケットに入り込んだ。
 男はフンと鼻を鳴らし、河川敷を立ち去っていく。

「……ウォーズ中に負ったダメージは、プレイヤーの痛覚に影響が出る……」

 一人となった河川敷で、逸騎はポツリとつぶやいた。
 ──たかがカードゲームで、痛みを感じるとは。
 実際には火傷も何もしていないが──まるで本当に雷で撃ち抜かれたかのような衝撃。
 しかも、カードが勝手にデッキから出てきたり、破壊ゾーンに送られたり。
 なるほど……これだけ不可思議な現象が起きるのなら──

「俺の願いも、叶うかも知れない」

 逸騎がグッと拳を握った──直後、通学鞄に入ってるデッキケースが輝き始めた。
 煌々と輝く通学鞄を見て、逸騎は慌ててデッキケースを取り出し──すうっと、霧のようなモヤが噴出される。
 モヤは少しずつ形を成し──気がつくと、そこには中学生くらいの少女が立っていた。

「うーん、やっと出られましたー! ほんと、前のマスターは一回もウォーズで召喚してくれないし、自力召喚も許してくれないし、久しぶりに外に出られましたよー!」
「……誰、だ?」
「初めてまして! あなたが新しいマスターですね? ボクは『豊穣の天使 プリアポス』です! これからよろしくお願いしますね、マスター!」

 見に纏う白色のローブ、切り揃えられた短い金色の髪。爛々と輝く、綺麗な青い瞳。腰から生える6枚の白翼に、頭上に浮かぶ輝くエンジェルリング。
 一目ひとめで天使とわかる風貌──無邪気に笑う少女を見て、逸騎は気圧されたように数歩後退あとずさった。

「なん、で……ウォーズ中じゃないのに、姿が……?」
「あーこれですか? 別にサーヴァントがウォーズ中じゃないと召喚できないって決まりはないですよ? まあ実体はないので、触ったり戦ったりはできないですけど……マスターのデッキにいる騎士も悪魔も、こういうふうに自由に自力で召喚できますよ?」

 ──なんでコイツ、俺の持っている『サーヴァント・ウォーズ』のデッキの中身を知っているんだ?
 思わず警戒心を剥き出しにする逸騎。そんな逸騎とは裏腹に、プリアポスは嬉しそうに両手を上げた。

「やっとあのマスターから離れられました! 本当にありがとうございます、マスター!」
「え、っと……なんで、俺のデッキの中身を知って……?」
「そりゃーボクがマスターのデッキに加わったからですよ!」

 ニコニコと笑うプリアポス。一体なんだ、コイツは。
 大きくため息を吐き、逸騎はスマートフォンの画面に視線を落とした。
 ──午後6時過ぎ。
 いつもよりも帰るのが遅くなってしまった──そんな事を思いながら、逸騎はスマートフォンをポケットに入れた。

「……とりあえず、家に帰るか」
「わかりました!」
「さすがに目立つから、姿を消してくれ」
「安心してください! 一般人にボクの姿は見えませんから! 『サーヴァント・ウォーズ』のプレイヤーには見えちゃいますけど!」
「……そうか。はぁ……とりあえず帰ろう。なんか、色々あって疲れた」

──────────────────────

「──まさか、初めてのウォーズで勝利するなんて」

 双眼鏡から目を離す少女は、どこか驚いたように言葉を漏らした。
 風に揺れる金髪──小鳥遊 雲雀だ。

「大罪がテーマのデッキ……だけど、エクストラサーヴァントを出すのは厳しい条件がある……」

 逸騎の召喚したエクストラサーヴァント──『大罪騎士 セブンシンズ・ナイト』。
 自分の破壊ゾーンに『憤怒の騎士』『嫉妬の騎士』『強欲の騎士』『色欲の騎士』『暴食の騎士』『怠惰の騎士』『傲慢の騎士』が存在する時、このカードは召喚する事ができる──強力な効果を持っているが、なかなか簡単には召喚できない。

「故に剣ヶ崎君のデッキには、カードを破壊ゾーンに送る効果を持つカードが何枚も存在する……」

 今回の逸騎のウォーズは──正直、運が良かったと言える。
 最短で大罪7騎士を破壊ゾーンに送り、最速で『大罪騎士 セブンシンズ・ナイト』を召喚する──故に、今回のウォーズは僅か4ターンで『大罪騎士 セブンシンズ・ナイト』を召喚し、5ターン目で相手にとどめを刺した。

「剣ヶ崎君の戦い方は、相手の動きを封じて、自分は大罪カードを破壊ゾーンに送る。そしてエクストラサーヴァントを召喚する、って感じね──どう? それであってるかしら?」

 背後から聞こえた足音を聞き、雲雀は振り返って質問を投げ掛けた。

「──気づいていたのか」
「昼休みにも言ったでしょう? 『サーヴァント・ウォーズ』のプレイヤーは引かれ合う──って」

 背後に立っていたのは──逸騎だった。その横には、金髪青瞳の天使がいる。

「引かれ合う、って意味はよくわかってねぇんだよな……プリアポスが教えてくれたから、小鳥遊の事に気づいたんだし」
「えっへへ! ボクちゃんと役に立つますから! ねっ、マスター!」
「まあな──んで? なんで俺のウォーズを見てたんだ?」

 ──ピリピリと、雲雀の肌が刺激される。
 理由は明白──逸騎がポケットの中にある『サーヴァント・ウォーズ』のデッキケースを握り、今にもウォーズを仕掛けんとしているからだ。
 この少年には、何が何でも叶えたい願いがあるのだろう──それこそ、彼の持つデッキのように、どんな罪を背負ったとしても。

「ふふっ──やる気?」

 ──逸騎の背筋に、ゾワッと寒気が走る。
 理由は単純──キラキラと輝く光の粒子が雲雀の手元に集まり、その手でデッキを握ったから。『サーヴァント・ウォーズ』を持つ逸騎の本能が、コイツには勝てないと訴えかけてくるから。
 クハッ──逸騎の口から、笑みが弾けた。

「言わなくてもわかってんだろ」

 逸騎はポケットの中から、デッキケースを取り出した。
 一触即発の空気──だが、両者は動かない。
 互いにデッキケースを構え、いつでもウォーズを始められる雰囲気の中──金髪を振り乱す天使が、空いている方の逸騎の手を握った。

「ダメダメダメ! ダメです! ダメですよマスター! あの人、とっても強いです! マスターじゃ勝てません! ほぼ確実に負けます! 絶対に勝てません!」
「そんなの、やらなきゃわからないだろ」

 必死になって手を振り回してくる『豊穣の天使 プリアポス』を無視して、逸騎は雲雀を真っ直ぐに見据えた。
 ──ふっと、雲雀は小さく笑った。

「悪いけれど、今はウォーズをする気分じゃないわ。話を続けたいのなら──明日の昼休み、屋上で会いましょう」

 そう言い残し、雲雀が逸騎に背を向け──河川敷を歩き去って行く。
 なんだ、拍子抜けだな──逸騎はデッキケースをポケットに入れ直し、呆れたように雲雀の後ろ姿を見送った。

「もっ──もうマスター! なんでケンカ売っちゃうんですか?! あの人には勝てないですって! なんでる気満々だったんですか?!」
「落ち着けって。とりあえず……明日の昼休みになるまで、今はどうしようもないか。帰って夜飯の準備でもするか……」

 ポリポリと頭を掻き、うるさい天使を引き連れて、逸騎は帰路を辿った。

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