昭和奇譚 「ウエットランドのララ」

ノベルバユーザー623840

昭和奇譚「ウエットランドのララ」

 駅の南側は寂れていて、そこから東側に
少し行った都県堺の向こうには
通称「ウエットランド」という
特飲街があった。
 ~♬ What's new~ Pussycat~? Whoa~♪ whoa~♪
 先輩が、新車トヨタセリカSTで街を巡回するというので
ユキオとゴマっちは同乗して付き合った。
助手席のゴマっちはクルマの窓を開け、盛んに女の娘に
声をかけている。
「「しっち」、ヒヤカシに行ってみっか!」
先輩が言うとゴマっちは一段とテンションを上げはしゃいだ。
サカイ川を渡り特飲街「ウエットランド」に入る。
ユキオもゴマっちも先輩も、ここへ来るのは初めてではない。
だが、”お世話”になったことは1度もない。
『町の恥』と感じている近隣住民もまず間違いなく同様だろう。
クルマが通れる程度の道の両側に
掘っ立て小屋に毛の生えた程度の”ちょんの間”が並んでいる。
店の前に立っていたり体育座りしているの女は
だいたい年増だ。
  ♪~What's new~ Pussycat~? Whoa~♪ whoa~♬
ゴマっちはハイテンションで挨拶したり値段交渉したりして
ヒヤカシている。
セリカが徐行して並んだ”店”の真ん中あたりまできたとき
ゴマっちが声を出すのを一瞬ためらいクルマの窓を閉めた。
ユキオも同時に「あ・・ッ」と声を上げ
「おい!ゴマっち、今の黒いドレス来てたの・・ッ」
「ああ!ビックリした!レコード売り場のミトコロさん
かと思った・・」
「な!似てたよな・・ミトコロさんに・・・」
「あのドレスの女なぁ、ララっていうらしいぜ。
ちょっとした人気モンらしいゾ!」と、先輩
「Uターンして確かめてみるか?」
ユキオ、ゴマっち同時に
「いや・・いいっす!・・・」
カーステからはトム・ジョーンズの
「何かいいことないか子猫チャン」が流れていた・・・。
~♬Yоu’re~♪ sо~vain~♪~
  ~♬Yоu’re~♪ sо~vain~♬~
 「しっち」のララによく似ていたミトコロは
街の百貨店レコード売り場に勤務している27歳の既婚者。
テレビドラマ「パパと呼ばないで」の松尾嘉代を
おっとりさせたようなタイプだ。
化粧っ気は殆どない。
他に、キナミ(24歳婚約者あり)とエダクニ(21歳)。
女性3人、とも接客態度が良く、リクエストに応じて曲をかけてくれるので、客のちょっとした憩いの場になっていた。
ユキオ達世代は深夜放送のラジオをよく聴いているので、
仲間らは、新曲や気にいったレコードをここへ買いに来ていた。
シングル盤集めが趣味のユキオは、昼の弁当をパンにしてもらい
パン代の残りを貯めては仲間の誰よりも多く、レコード売り場に通い詰めていた。
なので、3人とも親しく接してくれるようになり、ミトコロとは「思い出のグリーン・グラス」をリクエストしたとき
『わたしトム・ジョーンズ大好きなの!』
『オレ、「トム・ジョーンズショー」毎週観てるよ!』
などと意気投合。休憩時間には喫茶店に連れて行ってくれたり、いろいろ話も聞いてくれる”仲”にまでなっていた。
~♬Tо spend yоur in sin and misery~♬~
  ~♬In the hоuse оf the rising sun~♬~
「ウエットランド」は、戦前は田んぼのかんがい用水が流れる湿地帯で、人が住めるような所ではなかった。
『しっち』、『たんぼ』と呼んでいたこの場所に、戦後誰の土地か分からなくなったところに外国人などがやって来て、
旅館などを建て勝手に営業を始めた。
旅館と言っても連れ込み宿のようなもので、やがてホッタテ小屋のアレの宿に変わり「ウエットランド」と、なっていったのだった。
”青線”の特殊飲食店として始めたが、都県堺の為、どちらの所轄署も捜査しづらく、反社なども絡み実情”赤線”地域となり
数年前からは遠くからも客が訪れるほど繁盛するようになっていた。
~♬First thing I remember was asking papa, why♪~♬
 百貨店レコード売り場のミトコロが「しっち」のララ
ではないかという噂は
仲間うちでも広まっていた。
噂が本当かどうかは”お世話”になりに行けばハッキリするのだが
そこは誰も行こうとはしないので、噂の域は出ていなかった。
ゴマっちや仲間達は、段々とレコード売り場へ寄らなくなって
いった。
 「あら!?久しぶりね~」
ユキオが2週間ぶりにレコード売り場へ寄ってみると、
嬉しそうにミトコロが寄ってきてくれた。
そして「マル行ってきます」と、エダクニに声掛けし
ユキオを手招きした。
マルと言うのは彼女らの隠語で休憩を意味することらしかった。
 屋上の遊園地、管理人のおじさんの居る休憩小屋。
「わたしはよくここで休憩するのよ」と言ってミトコロは
瓶コーラの栓を抜きユキオに手渡した。
「トム・ジョーンズショー」や部活のことを一通り話し終えると
「みんな最近来なくなったわね・・」と
ミトコロはユキオの顔をジッと見た。
彼女は目が悪いせいで、人と話すときは顔を、目を見つめる。
それが魅力のひとつにもなっていた。
「しっち」のララは厚化粧だったが、殆ど化粧っ気のない
女優の松尾嘉代をおっとりさせた感じのミトコロに
見つめられ、ユキオは答えることが出来ず、目を伏せ
コーラを一口飲みゲップをしておどけてごまかしたのだった。
~♬I’ll be there tо cоmfоrt yоu♪~
  ~♪Build my wоrld оf dreams arоund yоu~♬
 売り場に戻り、ユキオは陳列棚から気になっていたシングル盤を探していると、隣県私立高の男らが売り場へやって来た。
何度か見かけたことのある、1学年上の連中だ。
その中の1人が、棚から洋楽のシングル盤を抜き出し、
ミトコロへリクエストして渡した。
ミトコロはニコニコ笑いながら受け取り、レコードへ
プレーヤ―の針を落とそうとした瞬間
「しっちのララ!」
リクエストした男はそっぽを向きながら聞えよがしに呟いた。
ピクリと一瞬手を止めたミトコロ・・。
その言葉にカァッと頭に血が上ったユキオは
そいつの肩口をひっ掴み物凄い勢いで階段の方へ引っ張っていき
殴りかかった。
あわててエダクニが止めに入る・・
男らは根性も見せずすごすごと帰って行った・・。
怒りが収まらないユキオは、棚の前に戻り小刻みに震える手で
目当てのシングル盤をミトコロへ渡そうと抜き出すと、
ミトコロの顔からは営業スマイルは消え、ユキオを睨みつける
ように
「あのコ達もみんないいコよ。ここでケンカなんかするような
ヒトは、客として来て欲しくないわね」
そう言ってシングル盤を棚へ押し戻した・・・。
~Ah gоt me craving the、 the brоwn sugar~
~♪♬~~~・・・
売り場には男がリクエストしたローリング・ストーンズの
「ブラウン・シュガー」が流れていた・・・。
 ユキオはうなだれて百貨店を出たところへ、エダクニが追いかけてきた。
手に透明のミニバッグを持っているので、”マル”で来たのだろう。
「ユキオくんダメよ、あんな事したら~」
「・・・・・」ユキオは黙っていると
「ミトコロさんの噂、気にしてるんだね・・」
「エダクニさん・・ミトコロさんて本当のところ・・・・」
「どうだっていいじゃん!・・だったら何なの!?」
小悪魔タイプのエダクニは目を伏せ薄く笑った。
歩きながら左に折れた先の方に「ウエットランド」の
明かりが見える。
エダクニはそっちを指しながら
「左の方に新築の白いマンションが見えるでしょ」
ユキオもそっちの方を見る・・。
「ミトコロさん、あのマンションに住んでるって言ってたわよ」
「・・・・・」
「確かめてみれば?」
「ミトコロさんは必ずここを通って橋を渡るから・・
渡ってまっすぐ「ウエットランド」へ行くのか
左へ曲がりマンションへ帰るのか・・・・・」
ユキオは「ウエットランド」の方を遠目で見ている。
「直接聞いてみるのが一番だけどね・・。はい!これ!」
エダクニはユキオがさっきリクエストしようとしていた
邦楽のシングル盤「イメージの詩」を手渡し、
「ミトコロさんからネ!」
「今日は早引けの日だから、7時半頃にはここ通るからね!」
と言って去って行った・・。
 エダクニと別れた路地の、角の店の横で隠れるようにユキオはミトコロが来るのを待った。
プレゼントされたシングル盤を、笑顔で話しかけてくるミトコロを思い浮かべるように見つめている・・・。
『どうだっていいじゃん!・・だったら何なの!?』
エダク二の言葉がリフレインする・・・・
シングル盤をカバンにしまった時、ミトコロが歩いてきた。
ユキオに気づいてはいない・・。
ユキオは距離を置きながら後をつけた・・・・・。
橋を渡るミトコロ・・。
『どうだっていいじゃん!・・だったら何なの!?』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・橋を渡り終えたとき
ユキオはもうミトコロを見ていなかった・・。
「♪~Like a bridge over troubled water~♪   
 I will lay me down~~♪~♬・・・」
サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」を
口ずさみながらユキオは
繁華街の灯りの方へ歩いて行った。
   ♬~Like a bridge over troubled water~~♬
 ***
 【参考】安心・安全ボランティア、 はまれぽ.cоm
  挿入曲
  「何かいいことないか子猫チャン」 - "What's New Pussycat?"
   (1965年)トム・ジョーンズ
  「うつろな愛」-You're So Vain(1972年)カーリー・サイモン
  「朝日のあたる家」-The House of the Rising Sun(1964年)
   アニマルズ
  「サムデイ・ネバー・カムズ」- Someday Never Comes
  (1972年)クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル
  「アイル・ビー・ゼア」-I'll be there(1970年
   ジャクソン5
  「ブラウン・シュガー」-Brown Sugar(1971年)
   ローリング・ストーンズ
  「明日に架ける橋」- Bridge over Troubled Water(1970年)
   サイモン&ガーファンクル




コメント

コメントを書く

「その他」の人気作品

書籍化作品