天竺捕物帖

ノベルバユーザー609618

カーリー女神の使徒

 人通りの多い街道筋から離れた藪の中に遺体は捨てられていた。持っていた金品はすべて持ち去られており、強盗の犯行が疑われた。 現場を見分した役人は絞殺された遺体を見て「タギーの仕業だ」と断定した。
 見物人たちに今まで以上の戦慄が走った。
 タギーとは、カーリー女神を信仰する盗賊集団である。カーリーに捧げるため罪無き人々を殺害し金目のものを奪うことで知られているが、その全貌は明らかでない。
 その恐るべきタギーが身近に現れたのだ。住人たちが恐怖を抱くのも無理からぬことである。
 役人は皆に注意を与えた。
「街道を歩く際は、くれぐれも用心することだ。タギーは行商人に化けていることが多いとされる。見知らぬ者が近づいて来たら逃げろ」
 そうは言われても殺人鬼が徘徊する中での一人旅は心細いものだ。行く先が同じ方向の旅人は自然と寄り集まる。
「お兄さんは、どちらへ?」
 あだな姿の美女に尋ねられ、男は短く「海へ」と答えた。
「ずいぶん遠いとこへ行くんだね」
 女は少し驚いたが続けて「あたしも方角は一緒だよ」と言った。
 男の表情は変わらない。業を煮やして女は言った。
「一緒に行っておくれよ。女の一人旅は心細いんだよ」
 それはそうだろう、と思い男は同行を決めた。夜が来る。
「あんた、ハジって名乗ったけど、イスラム教徒かい?」
「いや、俺はムスリムではない」
「ヒンズー教?」
「仏教だ」
「それじゃ酒は飲めるね」
 女は酒瓶を出した。ヒンズー教もイスラム教も酒は厳禁だが、この女は違うらしい。
「イギリスの旦那から教わったの。さあどうぞ」
 二人は酒を酌み交わし、野宿した。夜が更け行く。女が起きる。その手にはスカーフがある。そのスカーフを滑らかな手つきで男の首に巻きつける。力をこめる。男が懐から出した十手で女を殴り倒さなかったら、彼はカーリーへの供物となっていただろう。
 インド人の役人からタギー逮捕の報告を受けたイギリス人の植民地駐在官は喜びを隠さなかった。
「でかした! これを足がかりにしてタギー全員の身柄を拘束するのだ」
 それから彼は不思議そうに言った。
「そのハジという男、慣れぬ酒でよく酔い潰れなかったものだ」
「そのハジ、いえ、半次と名乗る男ですが、この国に転生する前は日本という国にいたそうで、そこで酒に慣れ親しんだそうです」
 輪廻転生を信じるインド人役人の言葉を理解しがたく思いつつ、顔には出さずにイギリス人は言った。
「十手という武具で捕らえたと聞くが」
「日本にいた頃、半次は犯罪捜査に従事していたそうです。たまたま蚤の市で十手を
見かけ昔の記憶が甦ったのだそうです」
「興味深い話だ。直接会って話がしたい」
「それが」
 タギーの女を役所に突き出した半次は事情を説明すると足早に去った。故郷の日本に一刻も早く帰りたいとのことだった。
 










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