僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ

#2 幼馴染み 雛田麻琴

 翌日、春の陽気に惰眠を貪っていると、ケータイに一通のメールが届いた。その文面に深い溜め息を吐いたのだが、取り敢えず着替える。三十分後に僕は駅前の噴水という待ち合わせにしてはベタすぎる場所にいた。

「お待たせ。悠希」

 手を振りながら現れたのは僕の幼馴染みの雛田麻琴だ。紛らわしい名前だが女子。とはいえ、決して僕の彼女ではない。家が近所っていうのもあるが、小学生の頃に出席番号が近かったことから話すようになっただけなのだ。ただ、不思議とウマがあったんだ。気楽に話せるし、運動神経のよさに憧れてもいた。

  人懐っこい性格で、男女問わず話し易いタイプでもある。また、容姿はそこそこ良くパッチリした瞳は二重で僕と同じくらい睫毛が長い。……僕自身は睫毛の長さにさほど好印象を持っていないのだが。また、スレンダーな体型はアスリートのようである。事実、陸上部に所属する麻琴はアスリートと言えるし、その長い足は筋肉質すぎず、細くしなやかである。それに足が長い分、等身が高くモデル体型でもある。背も僕より1センチ低いだけで、一昨年ようやく抜いたのだ。

「じゃ、服選びをお願いしちゃうよ~」

 そんな麻琴も完璧な人間ではない。どちらかというと、欠点の方が……いや、なんでもない。だが最も致命的な欠点がファッションセンスの無さである。次点は家事スキルの低さだな。今日の格好は淡いイエローのブラウスとカーキのスキニーパンツである。勿論、僕が指定した服装であり、麻琴が自力で選んだ服で出歩いたら……。目も当てられない。僕や母さんが選んだ服装の時に何度か読者モデルをやらないかと誘われたこともあった。おそらく、麻琴が自身で選んだ服を着ていたら……スルーしていただろう。

「まったく……女子の服選びなんだから母さんに頼んでよ……」

 せめてカタログで話をするとかにして欲しい。わざわざデートみたいにデパートで服選びなんて……恥ずかしい。そんな麻琴の服を選ぶのは多忙な母に代わって僕の仕事になりつつある。不本意ながら!

「ほら、悠希には若さがあるからね。それに青は藍より出でて藍より青しってことわざがあるでしょ? やっぱり悠希じゃなきゃ」
「母さんの前で言ったら怒られるよ? それに、そのことわざの意味を正しく理解しているなら麻琴は僕を買い被りすぎだよ」

 そうは言いつつもデパートに向けて歩き出す。頬を撫ぜる春風が心地いい。……まぁ、周囲にいるのがカップルばかりでなければ、の話だが。当の麻琴がなんの意識もしていないからこそ……かえって居心地が悪いのだろうか。ちくしょう、春だからってどいつもこいつも浮かれやがって!! なんてことを思いつつ、傍から見たら……僕と麻琴も同じように見えるのだろうか。僕は麻琴をどう思っているんだろう?

「あれ? 服の売り場って二階だっけ?」

 無邪気に尋ねる麻琴を見て、そんなことは考えるだけ無駄だと悟った僕であった。

 

 買い物を終え、家に帰る。今回買ったのは値下げされ始めた春モノと初夏まで着られるパステルカラーのトップス。オフショルは欠かせない。ボトムスは七分丈をメインに数本。靴は早めだがサンダルを一足買った。麻琴は雛田家の一人娘だから資金は潤沢なのだ。母さんへの報告用に、ガラケーの画素数の少ないカメラで撮られた写真たちを見ながら確認していると、ケータイが鳴った。鳴り響くはエルガー作曲、威風堂々。中学の音楽の授業で麻琴が気に入り、以降麻琴からの着信音に採用されている。今回はメールではなく電話だ。

「もしもし。どうしたの?」
「いや……今日はありがとうって言いたくてさ」
「今さら気にしなくていいのに……もう慣れたし」

 それでも、なんとなく嬉しくなった。

  春休みの平和でいつも通りの一日が過ぎていく……。この一日が僕の男としての最後の一日だなんて知らなかったんだ。

 えっマジで!? いや本当に!! ていうか疑ったのは誰だよ!? ……僕か? 僕だね……。

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