今日からあなたが造物主です

丸鰐大鄕

第十六話 農業っていいな

 男十歳も歳を取ったような気分だ。
 実際、この世界に転生してきてからどれだけの時間が流れたのだろうか。 体感では数年といったところだが、もしかしたら数十年なのかもしれない。

 私はいつの間にか元の灰色の世界にいた。
 手には破り取ったページがある。多分叫んだ時に無意識の内に破ってしまったのだろう。
 結局私はミールの望むままの先生ではいられなかった。耐えられなかったのだ。
 自分の失態をなかったことにしたかった。
 ミールが死んだこと。
 彼を死なせたこと。
 全てが私のせいだ。
 いや、これまでの全ての世界の問題、過ち、つまらなさ、全てが私のせいなのだ。
 見る人によっては、私は神の力を手にした万能の男と評するかもしれない。確かにそうとも言えるだろう。
 だが私は神になるには余りにも愚かで、
 未熟で、
 浅はかで、
 無責任で、
 どうしようもなく自分勝手で、
 ……どんなに言葉を並べ立てても表しきれそうもない。
 ただただ疲れた。
 私にはこの何もない灰色の世界こそがお似合いなのかもしれない。
 空っぽだ。
 何もない。
 私の中には何も残っていない。
 黒も、白も、赤や緑や青の色鮮やかな色彩も。
 いや、あるいは最初から私の中には何もなかったのかもしれない。少なくとも取り立てて人に誇れるほどのものは。
 思えば作家志望などという言葉で自分を誤魔化し続けてきただけで、私は何者にもなれずにいた。
 自分の才能を理解できない世間が悪い、とまでは思いあがっていなかったが、いつかきっと、いつかは必ず、そう思い続けて結局何にもなれなかった。努力をしなかったわけではないし、人並みか、それ以上には努力したつもりだ。
 それでもダメだったのだから、きっと最初からダメという結論は出ていたのだろう。それを直視せずに今に至るだけだ。
 簡単に言えば才能がなかったのだ。最初から無理だったのだろう。
 そんな奴が神の力を手にしたとて、できることなどたかが知れている。
 やってはみても上手くいかない。私の以前の人生と同じように。
 私はふとノートとペンを見た。
 思えばこのノートはなんなのだろう。
 どういう仕組みで、どういう原理で世界を産みだすという離れ業を可能にしているのだろう。
 これまでも考えなかったわけではないが、望みの世界を作り出せるという絶大な効果に気を取られてその根源にあたる部分には目が向かなかった。
 こうして熱が冷めて冷静になるとその疑問は強まってくる。
「ノートの仕組みを教えてくれ」
 そう書いたら実現するのだろうか?
 私にこのノートをペンを渡した女性のことも謎のままだ。
 彼女は何者なのだろう。
 私が産みだした人物以外に最初から存在したのは彼女だけだ。だが私にノートとペンを託してすぐに消えた。
 なぜ彼女は私を選んだのだろう。いやそもそも私は選ばれたのか? たまたまこの世界に転生したのが私だっただけで、誰でも良かったのかもしれない。
 いやこの灰色の世界からしてそもそもーー
 そんなことを考えてはやめるを繰り返していた。
 そうして何日経過しただろうか。
 それでも人間腹は減るもので、最初にやったように時折食事を出しては食べ、ただ座ってぼーっとする。
 これを生きていると言えるのだろうか。
 少なくとも生きる実感といったものは感じられない。

 何度か最初に出会った女性を産みだそうと試みたことがある。
 彼女を呼び戻し、彼女は何者なのか、この世界はなんなのか、なぜ自分にこのような力を授けたのかを聞きたかった。
 だが私が書いた文章はすぐに消えてしまった。
 このノートにもできないことがあるのか、それとも“彼女”という曖昧な代名詞ではノートも実現しようがないので無効にしているのかは分からない。これまでのことから考えるとおそらく後者なのだろう。思えば私は彼女の名前すら知らない。
 灰色の世界、彼女、そして私がこれまで使ってきたノートの力と意味、何もかも分からないまmだ。
 だが灰色のままの世界にいると本当に気が変になってしまいそうだ。
 とりあえず、太陽と夜を設定し、それにあわせて寝る生活をすることにした。
 小さな小屋を作り、そこで寝泊りするようにした。

 朝、目が覚めて外で太陽の光を浴びていると少しづつ元気が出て来た気がする。
 太陽光を浴びない生活は鬱病を引き起こしやすいと聞いたことがあるが、案外本当かもしれない。
 もっとも、私は鬱などという深刻なものではなく、単にヤケになって無気力になっていただけなのだが。
 ある朝、陽の光に照らされた緑の丘を見ていると、ふと農業というものに興味が沸いてきた。
 そう言えば私のいた世界では、異世界でスローライフというジャンルも流行していたことも思い出した。
 私は読んだことはないが、数少ない作家仲間に聞いたところ、本当にのびりと農耕や牧畜をして過ごすものが大半らしい。稀にそれらの農作物や家畜でバトルをする作品もあるようだが、基本はのんびり田舎で自給自足の暗しをするというもののようだ。
 小説のジャンルに限らず都会の喧噪に疲れた人々に人気のある生き方と聞いたことがあるが、今の私にも魅力的なように思えた。少なくとも剣と魔法のファンタジーよりは。

 私はさっそく小屋の近くに小さな農園を作ってみた。
 ……と言ってもクワをかついで汗水たらして、なんて全うなやり方ではない。
 ただノートに「小屋の横に野菜の採れる畑がある」と書くだけのお手軽で手抜きなものでしかないが。
 野菜、という曖昧なアードではノートに拒否されるかと思ったが、そこは私の好みに合わせてくれるらしく、トウモロコシやらジャガイモやキャベルやら唐辛子やら、私が好みの野菜ばかりが小さな畑にぎっしり生えるというなかなかシュールな光景ができあがった。私は農業には詳しくないが、多分こんな珍妙な畑は実現できないだろう。これにトマトやナスなども混ぜたらさぞかし賑やかでやかましい七色の畑が誕生することだろう。
 結局採れた野菜も調理もできないので、野菜を放り込むだけで簡単に調理ができる魔法のような調理箱を出す羽目になったが。
 取り合えず料理の本を出して、料理を覚えるまでは調理箱でしのぐことにした。

 野菜も自分で食べるには多すぎる量が採れるので、ただ腐らせるのも勿体ない。
 そこで野菜を買い付けに来てくれる行商人のおじさんを誕生させた。
 あまり人と関わるのは避けたかったが、生き生きと育ってくれる野菜たちを自分の都合だけで産んでおいて腐らせるのはとても申し訳ない気持ちになったのだ。
 おじさんがどこから来て、どこに野菜を売りに行くかは設定していない。
 以前の私なら調子に乗って設定していただろうが、私が何かを決めればそれが不幸になりかねない。

 次は牧畜にも興味が沸いた。
 が、当然私に牧畜の知識や経験があるわけはない。
 まずは犬を飼ってみた。犬は前の世界でも飼っていたからハードルは低い。
 牛や豚だといつか屠畜して肉にすることが前提になり、それは色々な意味で私にはできそうもない。だからニワトリとヤギを飼育することにした。卵と乳を入手するためだ。牧畜というよりペットの延長戦に近い。
 ヤギの乳は臭いということだったが、確かにかなりクセがある。低温で煮たり、冷蔵庫を作って保存するなりで対応ができた。

 犬、ニワトリ、ヤギと家族が増え、行商人という仕事上とは言え他者との付き合いが増えると、やはり人が恋しくなる。
 だから私は……結婚することにした。

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