今日からあなたが造物主です
第十四話 喪失
私とミール、フルート、タブルの四人は王国と神聖国のちょうど中間にあたる位置のノースフォイノスの丘を目指している。
砂漠と草原地帯の中間にあたる場所だ。
既に私たちは砂漠を超え、乾燥してはいるが草が多少は生える土地に差し掛かっている。砂漠はラクダで超えたが、今は四人とも馬に乗っている。
昨日、王宮でスルタンと面会した私たちは意外な話を聞くことになった。
王国からフルートが亡命し、タブルが捕虜となったことで王に対する冒険者の求心力が急速に低下しているらしい。
さらにギルドマスターである私もそれなりに支持があったらしく、私の亡命も王国には打撃だったようだ。身を挺して職員を逃がしたのが功を奏したのかもしれない。
王国側は秘密裡にクントプラク側に密書を送り、両国の中間にあたる場所に冒険者が駐屯する中立地帯を設けようと打診してきたという。
クンの側では王国が弱体化した今こそ攻め入るべきだという声も強かったが、スルタンは武力による解決を余り好まない温厚な人物らしく、この申し出を受けることにしたそうだ。
実際、私もその決定に賛成だ。
これまで冒険者という名の得体の知れないゴロツキが周辺をうろつき回っていたのはクンにとってはかなりの問題だったはずだ。
その冒険者たちを共同で管理すれば、密偵として強力なカウンターパートにできる。引き続き王国側として働く者もいるだろうが、同様にクンの側として働く者も出るはずだ。
相手国の諜報力を半減させ、その減じた分を自分たちでも用いる。さらにその管理のノウハウも盗むことができ、資金も両国で折半のため半額で維持ができる。かなり美味しい話だ。
「気にいらんな」
フルートが呟く。
同館だ。
クンにとって非常に美味しい。いや美味しすぎる話だ。
確かに王国からすれば冒険者たちが一斉に離反すれば労働面でも軍事面でも、そして諜報面でも結構な痛手だ。冒険者たちの活動は一定の経済効果として組み込まれてしまっている。
だからこそみすみす半分をくれてやるというのは奇妙な話だ。もちろん全て失ってゼロになるよりは半分失うことで手を打つという考えもなくはない。
「あの器の小さい野郎が気前よく半分も渡すとは思えん」
タブルが言った。
自分に都合が悪いからとミールをいきなり殺そうとするような短絡的な王にしては妙に小知恵
が回る。目端の利く大臣あたりが説得したというのなら良いのだが……。
スルタンも同じ疑念を抱いたようで、私たち四人が初の会談の栄えある交渉役として派遣されたというわけだ。
一応、主な会談の名目はタブルという捕虜の交換だ。
「我々は捨て石ということだ」
フルートが吐き捨てるように言った。
スルタンからすれば会談を破棄して襲ってくるようなら卑劣な奇襲と条約破りだ。攻め入る大義名分としては十分で、諸外国に対しても反王国の気風を広めることができる。
我々全員が死んだとしても損害はほぼないも同然だ。王国からの信用できないスパイを上手く始末できたと喜ぶ者もいるだろう。
悔しいが、亡命申請中の私たちに拒否権はないし、もし私がスルタンでも同じような判断を下していたろう。
ミールを同行させたのもそのためで、彼を襲わないようなら王国側は本気でこの話をまとめようとしている……可能性が高い。
だがそうでないとしたら、両国は全面戦争に入るだろう。
冒険者たちは良くて傭兵に、悪ければ一般人を襲う野盗へと職替えするだろう。戦争が起これば、敵を殺して直接奪うか、戦う力のない弱者から奪うかの二択しかない。そしてフルートのようなごく一部の選ばれた精鋭でもない限り冒険者などほとんどがそういうゴロツキだ。
「着いたぞ」
フルートが立ち止まった。前方に三階建ての廃墟が見える。度重なる小競り合いで放棄された建物だ。元は街道沿いの宿屋か何かだったのだろう。あれがノースフォイノスの丘の目印だ。
建物の周囲には王国の使者らしき人影が五、六人ほど見える。皆フードを目深にかぶり、マントで全身を包んでいる。
「まずは俺だけで行く。タブル、マスターとミールを見ていてくれ。安全と判断したら合図する」
フルートが馬を走らせた。そう思った時だった。
目の前でフルートの乗る馬の足下が爆発したように見えた。まるで地雷でも踏んだかのように。
「フルートさん!?」
ミールが叫ぶ。
私の足下にフルートの使っていた剣が落ちて来た。熱と爆風のせいか、鞘がはじけ飛び、刀身は曲がってしまっている。フルートの剣はかなり質の良い鉄で造られているはずだが、それがこうも曲がる程の熱だ。おそらくフルートは……。
「野郎! 上等じゃねぇか!」
タブルが剣を抜き、廃墟に向かって丘を駆け上がる。
「待て、タブル! 何かおかしい!」
タブルは私の制止など無視し、馬を右へ左へジグザグに走らせる。タブルの通った後で次々と爆発が起こるが、タブルはそれを全てかわして丘に進んで行く。
「ナメやがって! 埋設式の魔法地雷など、オレに通用すると思ったか!」
埋設式、つまり地雷のように設置する魔法発動式の罠だ。魔術師に感知されないよう、地中深くに埋めるため感知は困難だが、タブルは全て回避している。近くに寄った時点で起爆するので爆発自体は止めようがないが、うまく爆発の範囲外に飛び出し続けている。タブルの魔法感知力がズバ抜けているのか、それともただの勘かは分からないがあっという間に廃墟のそばの人影に迫る。
おかしい。
人影が全く動かない。 王国が罠を仕掛け、会談をするつもりがないのは明白だが、普通なら逃げ出すなり迎え撃とうとするなりしそうなものだ。しかし人影は誰一人剣を抜くわけでも、呪文を唱える気配すらない。
「皆殺しにしてやる!!」
怒りを込めたタブルの怒声がここからも聞こえてくる。それでも人影は動かない。まるで動じていない、というよりはまったくの無反応だ。
タブルが人影に剣で斬りつけた時、人影のフードとマントがはがれ、中に木で組み上げた粗末な人形が一瞬だけ見えた。
同時に廃墟全体が大爆発を起こした。
凄まじい爆炎でタブルも、人のふりをしていた人形も全て消し飛んだ。
同時に街道の両端から武装した男たちが三十名ほど現れ、私たちに向けて矢の雨を浴びせかけて来た。
「みんな……」
ミールが茫然と呟く。
男たちは私もよく知る顔ぶれだった。冒険者たちだ。
「どうして……王の求心力は落ちたとーー」
「国庫を傾ける程の賞金をかけたんです」
ミールは耳に手をあてながら言った。
「バカな! 国の財政を傾けてまで!? 王は、そこまでバカだったのか!」
周囲に次々と矢が付き立つ。どうやら魔法は地雷と建物だけで品切れのようだ。
だがそれで十分なのだろう。
フルートもタブルも死んだ。驚くほどあっけなく。私たちの頼みの綱だった二人はもういない。ミールは将来性があるとはいえ今はまだ未熟。まして私はただの一般人だ。矢と剣、いや石と棍棒だけでも十分だろう。
「……先生」
「大丈夫だ。ミール。大丈夫だ……!」
私は馬からおりてノートを取り出した。不本意だがノートの力を使う以外にない。フルートとタブルという切り札を同時に失ってしまった以上、手段は選んでいられない。
私はともかくミールだけは死なせたくない。いっそ、私は死んで、霊となってミールを見守るのもいいかもしれない。生きている私は無力だが、死んで亡霊にでもなれば強力な力を得られる……という設定ならノートは受け入れてくれるだろうか。
「先生……」
いつの間にかミールが私のすぐ横にいた。
「ミール。大丈夫だ。私に任せーー」
「先生。ボク、先生と会えて、幸せでした」
「ミール……?」
ミールは胸の前で両手を組み、祈るような仕草をした。その瞬間、まばゆい光がミールから発せられ、その光はまるで真夏の太陽のように強く強烈に輝き出した。
私の視界が真っ白に染まったーー
砂漠と草原地帯の中間にあたる場所だ。
既に私たちは砂漠を超え、乾燥してはいるが草が多少は生える土地に差し掛かっている。砂漠はラクダで超えたが、今は四人とも馬に乗っている。
昨日、王宮でスルタンと面会した私たちは意外な話を聞くことになった。
王国からフルートが亡命し、タブルが捕虜となったことで王に対する冒険者の求心力が急速に低下しているらしい。
さらにギルドマスターである私もそれなりに支持があったらしく、私の亡命も王国には打撃だったようだ。身を挺して職員を逃がしたのが功を奏したのかもしれない。
王国側は秘密裡にクントプラク側に密書を送り、両国の中間にあたる場所に冒険者が駐屯する中立地帯を設けようと打診してきたという。
クンの側では王国が弱体化した今こそ攻め入るべきだという声も強かったが、スルタンは武力による解決を余り好まない温厚な人物らしく、この申し出を受けることにしたそうだ。
実際、私もその決定に賛成だ。
これまで冒険者という名の得体の知れないゴロツキが周辺をうろつき回っていたのはクンにとってはかなりの問題だったはずだ。
その冒険者たちを共同で管理すれば、密偵として強力なカウンターパートにできる。引き続き王国側として働く者もいるだろうが、同様にクンの側として働く者も出るはずだ。
相手国の諜報力を半減させ、その減じた分を自分たちでも用いる。さらにその管理のノウハウも盗むことができ、資金も両国で折半のため半額で維持ができる。かなり美味しい話だ。
「気にいらんな」
フルートが呟く。
同館だ。
クンにとって非常に美味しい。いや美味しすぎる話だ。
確かに王国からすれば冒険者たちが一斉に離反すれば労働面でも軍事面でも、そして諜報面でも結構な痛手だ。冒険者たちの活動は一定の経済効果として組み込まれてしまっている。
だからこそみすみす半分をくれてやるというのは奇妙な話だ。もちろん全て失ってゼロになるよりは半分失うことで手を打つという考えもなくはない。
「あの器の小さい野郎が気前よく半分も渡すとは思えん」
タブルが言った。
自分に都合が悪いからとミールをいきなり殺そうとするような短絡的な王にしては妙に小知恵
が回る。目端の利く大臣あたりが説得したというのなら良いのだが……。
スルタンも同じ疑念を抱いたようで、私たち四人が初の会談の栄えある交渉役として派遣されたというわけだ。
一応、主な会談の名目はタブルという捕虜の交換だ。
「我々は捨て石ということだ」
フルートが吐き捨てるように言った。
スルタンからすれば会談を破棄して襲ってくるようなら卑劣な奇襲と条約破りだ。攻め入る大義名分としては十分で、諸外国に対しても反王国の気風を広めることができる。
我々全員が死んだとしても損害はほぼないも同然だ。王国からの信用できないスパイを上手く始末できたと喜ぶ者もいるだろう。
悔しいが、亡命申請中の私たちに拒否権はないし、もし私がスルタンでも同じような判断を下していたろう。
ミールを同行させたのもそのためで、彼を襲わないようなら王国側は本気でこの話をまとめようとしている……可能性が高い。
だがそうでないとしたら、両国は全面戦争に入るだろう。
冒険者たちは良くて傭兵に、悪ければ一般人を襲う野盗へと職替えするだろう。戦争が起これば、敵を殺して直接奪うか、戦う力のない弱者から奪うかの二択しかない。そしてフルートのようなごく一部の選ばれた精鋭でもない限り冒険者などほとんどがそういうゴロツキだ。
「着いたぞ」
フルートが立ち止まった。前方に三階建ての廃墟が見える。度重なる小競り合いで放棄された建物だ。元は街道沿いの宿屋か何かだったのだろう。あれがノースフォイノスの丘の目印だ。
建物の周囲には王国の使者らしき人影が五、六人ほど見える。皆フードを目深にかぶり、マントで全身を包んでいる。
「まずは俺だけで行く。タブル、マスターとミールを見ていてくれ。安全と判断したら合図する」
フルートが馬を走らせた。そう思った時だった。
目の前でフルートの乗る馬の足下が爆発したように見えた。まるで地雷でも踏んだかのように。
「フルートさん!?」
ミールが叫ぶ。
私の足下にフルートの使っていた剣が落ちて来た。熱と爆風のせいか、鞘がはじけ飛び、刀身は曲がってしまっている。フルートの剣はかなり質の良い鉄で造られているはずだが、それがこうも曲がる程の熱だ。おそらくフルートは……。
「野郎! 上等じゃねぇか!」
タブルが剣を抜き、廃墟に向かって丘を駆け上がる。
「待て、タブル! 何かおかしい!」
タブルは私の制止など無視し、馬を右へ左へジグザグに走らせる。タブルの通った後で次々と爆発が起こるが、タブルはそれを全てかわして丘に進んで行く。
「ナメやがって! 埋設式の魔法地雷など、オレに通用すると思ったか!」
埋設式、つまり地雷のように設置する魔法発動式の罠だ。魔術師に感知されないよう、地中深くに埋めるため感知は困難だが、タブルは全て回避している。近くに寄った時点で起爆するので爆発自体は止めようがないが、うまく爆発の範囲外に飛び出し続けている。タブルの魔法感知力がズバ抜けているのか、それともただの勘かは分からないがあっという間に廃墟のそばの人影に迫る。
おかしい。
人影が全く動かない。 王国が罠を仕掛け、会談をするつもりがないのは明白だが、普通なら逃げ出すなり迎え撃とうとするなりしそうなものだ。しかし人影は誰一人剣を抜くわけでも、呪文を唱える気配すらない。
「皆殺しにしてやる!!」
怒りを込めたタブルの怒声がここからも聞こえてくる。それでも人影は動かない。まるで動じていない、というよりはまったくの無反応だ。
タブルが人影に剣で斬りつけた時、人影のフードとマントがはがれ、中に木で組み上げた粗末な人形が一瞬だけ見えた。
同時に廃墟全体が大爆発を起こした。
凄まじい爆炎でタブルも、人のふりをしていた人形も全て消し飛んだ。
同時に街道の両端から武装した男たちが三十名ほど現れ、私たちに向けて矢の雨を浴びせかけて来た。
「みんな……」
ミールが茫然と呟く。
男たちは私もよく知る顔ぶれだった。冒険者たちだ。
「どうして……王の求心力は落ちたとーー」
「国庫を傾ける程の賞金をかけたんです」
ミールは耳に手をあてながら言った。
「バカな! 国の財政を傾けてまで!? 王は、そこまでバカだったのか!」
周囲に次々と矢が付き立つ。どうやら魔法は地雷と建物だけで品切れのようだ。
だがそれで十分なのだろう。
フルートもタブルも死んだ。驚くほどあっけなく。私たちの頼みの綱だった二人はもういない。ミールは将来性があるとはいえ今はまだ未熟。まして私はただの一般人だ。矢と剣、いや石と棍棒だけでも十分だろう。
「……先生」
「大丈夫だ。ミール。大丈夫だ……!」
私は馬からおりてノートを取り出した。不本意だがノートの力を使う以外にない。フルートとタブルという切り札を同時に失ってしまった以上、手段は選んでいられない。
私はともかくミールだけは死なせたくない。いっそ、私は死んで、霊となってミールを見守るのもいいかもしれない。生きている私は無力だが、死んで亡霊にでもなれば強力な力を得られる……という設定ならノートは受け入れてくれるだろうか。
「先生……」
いつの間にかミールが私のすぐ横にいた。
「ミール。大丈夫だ。私に任せーー」
「先生。ボク、先生と会えて、幸せでした」
「ミール……?」
ミールは胸の前で両手を組み、祈るような仕草をした。その瞬間、まばゆい光がミールから発せられ、その光はまるで真夏の太陽のように強く強烈に輝き出した。
私の視界が真っ白に染まったーー
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