今日からあなたが造物主です
第十三話 異国の地にて
タブルという強敵を前に、私、ミール、フルートの三人は絶体絶命といえる状態だ。
「さぁフルート、オレと勝負してもらおうか!」
タブルがフルートに迫る。
待てよ?
なぜタブルはフルートと戦うことにこだわるんだ?
私は後ろにいるミールに小声で囁いた。
「ミール、どうしてフルートはタブルに狙われてるんだ?」
「え?」
「タブルは君のお父さんとライバルだった。なのになぜフルートにこだわるんだ? 二人の間に何かあるのか?」
「ボクにも分からないです。ただ……」
「ただ?」
「もしかしたらタブルさんの狙いはーー」
ミールの言葉は金属と金属がぶつかりあうカン高い音に遮られた。
タブルがフルートに剣で斬りかかり、フルートも抜刀してそれを防いだのだ。
ついに始まってしまった。タブルに同行しているのであろう他の十人程の武装した男たちは手を出す気配はない。タブルはフルートとの決闘を望んでいるので邪魔するつもりはないのだろう。
しかしこちらを時折見ていることがら、私とミールを逃がすつもりもないようだ。
これではノートに何か書きつける暇もなさそうだ。
タブルとフルートは一合、二合と打ち合う。互角のように見えるがややフルートが押されているように見える。
いや、おそらくフルートが圧倒的に不利なのだ。
タブルは余裕の笑みを浮かべているが、フルートは真剣そのもので表情にも余裕がない。タブルは小手調べでも、フルートはそれを捌くだけで手一杯なのだろう。
もし私がノートを取り出してガサゴソやろうものなら、タブルが直接私を攻撃しなくても周囲の男たちが黙ってはいないだろう。
有効かどうかは分からないが、私は一つ賭けに出ることにした。
私はノートとペンを出来るだけ周囲に悟られないように取り出し、後ろ手でミールに差し出した。
「先生?」
「しっ、静かに。ミール、今から私が言うことをこのノートに書きつけるんだ」
「ノートに、ですか?」
「そうだ。私がタブルや男たちの視界を遮る。その間に書くんだ。早く!」
「は、はい!」
私の後ろ手からノートとペンの閑職が消えた。ミールが受け取ったのだろう。
「よし、いいか。こう書くんだ。隣国、いやクントプラク神聖国はーー」
「ええと、くんとぷらくはーー」
「オエステ王国の王子を保護するため、街道に軍を派遣し、彼と彼のお付きの者を保護する、と」
「……はい、書きました!」
こんなことを書いて何になるのかという疑問がくると思っていたが、ミールは特に何も言わず素直に言う通りにしたようだ。
私以外の者がノートに何かを書いて効果があるのか分からない。
だがその答えはすぐに出た。
「ぐっ!」
タブルが小さくうめき声をあげた。左肩の後ろに矢が刺さっている。
「なんだ!? 何が……うわぁ!」
武装した男達が背後を振り返ると矢の雨が彼らに向かって降り注ぎ、顔に、胸に、腹に、体中の至るところに次々と矢が突き立っていく。
街道の先、黒く背の高い騎馬兵の集団が見える。馬も身にまとう服も真っ黒だ。
「クンの騎兵ども!? 邪魔しやがっーー」
フルートがタブルの言葉を遮り、首筋に剣の柄を叩き込んだ。タブルはそのまま地面に倒れこんだ。
「奴ら……俺達を助けたのか?」
フルートが剣を納めようか迷っている。
「ああ、クンの迎えだ。彼らは私たちを、いやミールを助けに来てくれたんだ」
私はフルートに言いながらミールを振り返る。
ミールは水晶玉の破片を携帯電話のように耳に押し当てている。
「ミール? 何をしてるんだ」
「あ……ええと」
ミールは困ったように目を逸らした。
「先生はこれでお告げを聞いてたんですよね。ボクにも聞こえないかな、って」
私が自分で叩き壊した上に今はただの破片だ。聞こえるわけがに。現に私には水晶玉の声はもう聞こえない。
「さあ、行こう」
私はミールの手を取って立たせた。
◇ ◇ ◇
私とミール、フルート、そしてあと約一名は隣国の軍に保護され、亡命することになった。
砂の国、クントプラク神聖国は私のいた世界のトルコによく似た国だ。建物や服装、風習の一部にインドやメソアメリカの要素も入っているのは私のイメージが曖昧だったこともあるのだろう。
私たち三人は王宮のほど近く、中規模の邸宅を与えられてそこに軟禁されている。もう一か月ほどが経つ。
亡命者の保護という名目ではあるが、小競り合いを繰り返していた隣国の出身者だ。しかも自分たちを偵察していた冒険者の筆頭に、その元締めという素性だ。いくら隣国の王子を人質に取れるとしても警戒されるのは当然だろう。
「せんせー」
ミールが机に座って足をブラブラさせながらけだるそうに話しかけきた。
応接間は広いが、椅子がない。
「こら、机の上に座るなんて行儀が悪い」
「だってー、退屈だし、床の上に座るの慣れないんだもん」
ミールは口をとがらせて言う。確かに分からないでもない。
イスラム文明をイメージしていたせいで、この国のほとんどの場所には椅子がない。詳しい理由は知らないが、イスラム教徒は椅子を使わず床や絨毯の上に座って食事を取るようだ。そもそも西洋で椅子が使われるのは床が汚く、尻が汚れたり湿気で濡れることを嫌ったのが最初だったと聞いたことがある。イスラム教圏はほとんどが乾燥した砂漠なので汚れはともかく尻が濡れることはまずないそうだ。
まぁ細かい理由は私もあやふやだが、私たちにあてがわれた邸宅も椅子は礼拝室くらいにしかない。文化的にも馴染みがないので慣れないのは無理もない。いや住居に礼拝堂がある点もかなり庶民離れしているのだが。
扉のノックの音がした。私は急いでミールを机からおろした。いくら隣国の王子とはいえ、いやだからこそ机の上に座ってる品のない姿を見せるわけにもいかない。
扉が開き、フルートが入ってきた。
「スルタンがお呼びだ。行くぞ」
フルートが言った。その後ろには不機嫌そうな顔のタブルが立っている。
「あなたは亡命しないのか、タブル」
私はタブルに話しかけた。保護されたもう一人はタブルだ。
「……オレは捕虜で結構だ」
「国に忠義を尽くすタイプには見えないが……」
タブルはフンと鼻を鳴らす。
「当然だ。隠し子をコソコソ殺そうとする小物など知ったことか」
「お、おい」
私は私は声をひそめて後ろのミールをチラリと見た。
「ミールに聞こえるじゃないか」
「いいですよ。先生。ボク、知ってましたから」
「知ってた!? いつから?」
「……えっと、小さいころから、聞いてはいました。ボクとお父さんは血はつながってないって。冗談っぽく言われたから信じてませんでしたが」
「……そうだったのか」
「だがミールの才能は本物だ。父親のジャズラト以上だ。血はつながっていないがな」
タブルが少し楽し気に口をはさんだ。
「しかしミールはまだまだ未熟だ。本当の才能に本人が気づけていない。フルートを痛めつければ怒りで才能が開花するかと思ったが、とんだ邪魔が入ったもんだぜ」
「それでフルートとの戦いにこだわったのか。最初からミールを殺す気はなかったわけだ」
「当然だ。言っただろう。オレの目当ては最初からミールだと」
「……じゃあ、私を狙ったのは?」
「ミールが慕うのは貴様とフルートだ。痛めつけるのはどちらでも良かった。貴様のほうが狙いやすかったが……あまりにも弱くて加減が難しすぎたので断念した」
「……弱くて悪ぅござんしたね」
「まったくだ。マスターを勤める以上少しは鍛えておけ」
皮肉は通じないらしい。
「しかし、殺す気がなかったのならミールに何を期待してるんだ?」
「決まっている。ミールが強くなった時オレと勝負してもらう。そこでオレが勝てば、オレはジャズラトの野郎を超えたことになる! それまではオレが鍛えてやる。ミール、覚悟しておけ」
「は、はい!」
ミールが気を付けの姿勢を取った。
「もういいか」
フルートが話に入ってきた。
「そろそろ行くぞ。スルタンがお待ちだ」
「さぁフルート、オレと勝負してもらおうか!」
タブルがフルートに迫る。
待てよ?
なぜタブルはフルートと戦うことにこだわるんだ?
私は後ろにいるミールに小声で囁いた。
「ミール、どうしてフルートはタブルに狙われてるんだ?」
「え?」
「タブルは君のお父さんとライバルだった。なのになぜフルートにこだわるんだ? 二人の間に何かあるのか?」
「ボクにも分からないです。ただ……」
「ただ?」
「もしかしたらタブルさんの狙いはーー」
ミールの言葉は金属と金属がぶつかりあうカン高い音に遮られた。
タブルがフルートに剣で斬りかかり、フルートも抜刀してそれを防いだのだ。
ついに始まってしまった。タブルに同行しているのであろう他の十人程の武装した男たちは手を出す気配はない。タブルはフルートとの決闘を望んでいるので邪魔するつもりはないのだろう。
しかしこちらを時折見ていることがら、私とミールを逃がすつもりもないようだ。
これではノートに何か書きつける暇もなさそうだ。
タブルとフルートは一合、二合と打ち合う。互角のように見えるがややフルートが押されているように見える。
いや、おそらくフルートが圧倒的に不利なのだ。
タブルは余裕の笑みを浮かべているが、フルートは真剣そのもので表情にも余裕がない。タブルは小手調べでも、フルートはそれを捌くだけで手一杯なのだろう。
もし私がノートを取り出してガサゴソやろうものなら、タブルが直接私を攻撃しなくても周囲の男たちが黙ってはいないだろう。
有効かどうかは分からないが、私は一つ賭けに出ることにした。
私はノートとペンを出来るだけ周囲に悟られないように取り出し、後ろ手でミールに差し出した。
「先生?」
「しっ、静かに。ミール、今から私が言うことをこのノートに書きつけるんだ」
「ノートに、ですか?」
「そうだ。私がタブルや男たちの視界を遮る。その間に書くんだ。早く!」
「は、はい!」
私の後ろ手からノートとペンの閑職が消えた。ミールが受け取ったのだろう。
「よし、いいか。こう書くんだ。隣国、いやクントプラク神聖国はーー」
「ええと、くんとぷらくはーー」
「オエステ王国の王子を保護するため、街道に軍を派遣し、彼と彼のお付きの者を保護する、と」
「……はい、書きました!」
こんなことを書いて何になるのかという疑問がくると思っていたが、ミールは特に何も言わず素直に言う通りにしたようだ。
私以外の者がノートに何かを書いて効果があるのか分からない。
だがその答えはすぐに出た。
「ぐっ!」
タブルが小さくうめき声をあげた。左肩の後ろに矢が刺さっている。
「なんだ!? 何が……うわぁ!」
武装した男達が背後を振り返ると矢の雨が彼らに向かって降り注ぎ、顔に、胸に、腹に、体中の至るところに次々と矢が突き立っていく。
街道の先、黒く背の高い騎馬兵の集団が見える。馬も身にまとう服も真っ黒だ。
「クンの騎兵ども!? 邪魔しやがっーー」
フルートがタブルの言葉を遮り、首筋に剣の柄を叩き込んだ。タブルはそのまま地面に倒れこんだ。
「奴ら……俺達を助けたのか?」
フルートが剣を納めようか迷っている。
「ああ、クンの迎えだ。彼らは私たちを、いやミールを助けに来てくれたんだ」
私はフルートに言いながらミールを振り返る。
ミールは水晶玉の破片を携帯電話のように耳に押し当てている。
「ミール? 何をしてるんだ」
「あ……ええと」
ミールは困ったように目を逸らした。
「先生はこれでお告げを聞いてたんですよね。ボクにも聞こえないかな、って」
私が自分で叩き壊した上に今はただの破片だ。聞こえるわけがに。現に私には水晶玉の声はもう聞こえない。
「さあ、行こう」
私はミールの手を取って立たせた。
◇ ◇ ◇
私とミール、フルート、そしてあと約一名は隣国の軍に保護され、亡命することになった。
砂の国、クントプラク神聖国は私のいた世界のトルコによく似た国だ。建物や服装、風習の一部にインドやメソアメリカの要素も入っているのは私のイメージが曖昧だったこともあるのだろう。
私たち三人は王宮のほど近く、中規模の邸宅を与えられてそこに軟禁されている。もう一か月ほどが経つ。
亡命者の保護という名目ではあるが、小競り合いを繰り返していた隣国の出身者だ。しかも自分たちを偵察していた冒険者の筆頭に、その元締めという素性だ。いくら隣国の王子を人質に取れるとしても警戒されるのは当然だろう。
「せんせー」
ミールが机に座って足をブラブラさせながらけだるそうに話しかけきた。
応接間は広いが、椅子がない。
「こら、机の上に座るなんて行儀が悪い」
「だってー、退屈だし、床の上に座るの慣れないんだもん」
ミールは口をとがらせて言う。確かに分からないでもない。
イスラム文明をイメージしていたせいで、この国のほとんどの場所には椅子がない。詳しい理由は知らないが、イスラム教徒は椅子を使わず床や絨毯の上に座って食事を取るようだ。そもそも西洋で椅子が使われるのは床が汚く、尻が汚れたり湿気で濡れることを嫌ったのが最初だったと聞いたことがある。イスラム教圏はほとんどが乾燥した砂漠なので汚れはともかく尻が濡れることはまずないそうだ。
まぁ細かい理由は私もあやふやだが、私たちにあてがわれた邸宅も椅子は礼拝室くらいにしかない。文化的にも馴染みがないので慣れないのは無理もない。いや住居に礼拝堂がある点もかなり庶民離れしているのだが。
扉のノックの音がした。私は急いでミールを机からおろした。いくら隣国の王子とはいえ、いやだからこそ机の上に座ってる品のない姿を見せるわけにもいかない。
扉が開き、フルートが入ってきた。
「スルタンがお呼びだ。行くぞ」
フルートが言った。その後ろには不機嫌そうな顔のタブルが立っている。
「あなたは亡命しないのか、タブル」
私はタブルに話しかけた。保護されたもう一人はタブルだ。
「……オレは捕虜で結構だ」
「国に忠義を尽くすタイプには見えないが……」
タブルはフンと鼻を鳴らす。
「当然だ。隠し子をコソコソ殺そうとする小物など知ったことか」
「お、おい」
私は私は声をひそめて後ろのミールをチラリと見た。
「ミールに聞こえるじゃないか」
「いいですよ。先生。ボク、知ってましたから」
「知ってた!? いつから?」
「……えっと、小さいころから、聞いてはいました。ボクとお父さんは血はつながってないって。冗談っぽく言われたから信じてませんでしたが」
「……そうだったのか」
「だがミールの才能は本物だ。父親のジャズラト以上だ。血はつながっていないがな」
タブルが少し楽し気に口をはさんだ。
「しかしミールはまだまだ未熟だ。本当の才能に本人が気づけていない。フルートを痛めつければ怒りで才能が開花するかと思ったが、とんだ邪魔が入ったもんだぜ」
「それでフルートとの戦いにこだわったのか。最初からミールを殺す気はなかったわけだ」
「当然だ。言っただろう。オレの目当ては最初からミールだと」
「……じゃあ、私を狙ったのは?」
「ミールが慕うのは貴様とフルートだ。痛めつけるのはどちらでも良かった。貴様のほうが狙いやすかったが……あまりにも弱くて加減が難しすぎたので断念した」
「……弱くて悪ぅござんしたね」
「まったくだ。マスターを勤める以上少しは鍛えておけ」
皮肉は通じないらしい。
「しかし、殺す気がなかったのならミールに何を期待してるんだ?」
「決まっている。ミールが強くなった時オレと勝負してもらう。そこでオレが勝てば、オレはジャズラトの野郎を超えたことになる! それまではオレが鍛えてやる。ミール、覚悟しておけ」
「は、はい!」
ミールが気を付けの姿勢を取った。
「もういいか」
フルートが話に入ってきた。
「そろそろ行くぞ。スルタンがお待ちだ」
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