今日からあなたが造物主です
第十二話 強敵
世界と、一人と、どちらが大事か。そう問うのは酷だろうか。
私はミール、フルートとともに城壁の門に向かって走った。
……と言っても途中で私がへばったのでほとんどフルートに担がれて、だが。こんなことなら私にも多少なりとも体力があるような設定をつけておくべきだった。
王国は城壁がぐるりと取り囲んでおり、壁と外をつなぐ門が最初の関門となる。
はずだったが、門は思っていた以上にあっさりと超えることができた。
夜衛が二人、いるにはいたがどちらも眠そうな顔をしており、フルートと私の顔はよく知っている。
私がフルートの背中からおり、極秘の王命だ、と言うだけであっさり通してくれた。門衛まで話が通っていなかったらしい。私だけでは信じてもらえなかったかもしれないが、こちらには王国随一の剣士が同行している。ギルドマスターと王国最強の男が通りたいと王命まで持ち出したのでは末端には疑う余地はないのだろう。ご丁寧にお気を付けてと敬礼までしくれた時は少し悪い気もした。
私たちは門から国境沿いの街道をひた走った。
街道は旅人や商人、冒険者が行き来する道だが今は夜だ。当然誰も通っていない。
夜中にここを通る者と言えば夜盗の類か、私たちのように追い立てられてやむなく逃げ出してきた者かのどちらかだろう。
いや、もう一種類いた。
「止まれ!」
大音声で呼び止められた。目の前の街道に十人ほどの武装した男たちが立ちはだかっている。
そうだ。
夜盗と逃亡者以外にもう一種類、それらを追い、狩る者がいるんだった。
武装した男たちの中でもひときわ目立つ男が一歩前に出た。他より背が低いのに異様に目つきが鋭く威厳がある。生え際がM字型で非常に特徴的だ。
「フルート。貴様が亡命してくれるとはな。オレにとっちゃ願ってもないぜ」
「タブルか……」
フルートが緊張した面持ちで男の名を呼ぶ。数十人の兵士を息も切らせることなく倒し、私を担いで速度を落とすことなく走れる男が緊張している。額にはうっすらとだが汗も浮かんでいる。私を担いでいたことによるものかと思ったがそうではないようだ。
しかし私はタブルと呼ばれたこの人物のことを知らない。少なくともノートに直接書き加えた人物ではない。
私は小声でミールに囁く。
「ミール、あの小柄な男は……」
「え? タブルさんじゃないですか。父さんのライバルで、元凄腕の冒険社。引退した今でもフルートさんより強いかもって言われてたじゃないですか」
「そ、そうだったか。いや、冒険者は数百人もいるからつい」
「そういえば、最近見かけなかったですね……確か、王様の密命を受けてたとか噂がありましたけど」
私とミールのひそひそ話が聞こえたのか、タブルが私たちのほうを見て言った。
「王の野郎に呼びつけられて、近衛兵になれなどと寝言を抜かしやがったんでな。力づくで説得するのに少し手間取ったのさ」
「ち、力づくで説得?」
よせばいいのについ聞き返してしまった。
「近衛兵およそ三百人。全員をオレ一人で倒せば解放する、などとナメた口を聞きやがった。お望み通り一人残らず叩きのめしてやった。だが残り二十人あたりでビビッちまったのか、一人づつ順番に相手するとか言い出してな。一人倒すごとに丸一日休憩という名の宿泊監禁だ。おかげで二週間ほど無駄にしたぜ。まぁ王宮のメシは悪くはなかったがな」
このタブルという小男、三百人をたった一人で倒したのか。
タブルはこともなげに言ってのけた。尊大なように聞こえるが、おそらく彼にとっては本当に造作もないことなのだろう。素で尊大な性格というのもあるかもしれないが。
タブルの言葉を聞きながら、あるイヤな予想が頭をよぎった。
ミールとフルートは私が子供の頃に見ていた世界的に大人気なマンガ作品の登場人物が元になっている。世界各地に散らばる七つの玉を集めると願いがかなうという内容のバトルマンガだ。二人が師弟関係に近いのもそこから着想した。
私がノートに設定した、モデルのある人物はミールとフルートの二人だけのはずだ。
だがもし、仮にノートが私の好みを汲み取り、マンガの中の他の登場人物をタブルという形で登場させたとしたら……私には思い当たる人物が一人いる。それも最悪の人物だ。
小柄な体、尊大な物言い、ミールの父の元ライバル、フルートに並ぶかそれを上回る強さ、そして特徴的なM字型の生え際。私の予想が当たっているとしたら、タブルは今の状況で絶対に出くわしたくない人物ということになってしまう。
「フルート。貴様は時折オレの力を抜くことがあったが、そろそろ決着をつけるとしよう。オレの本命はミールだが、まだガキだからな」
タブルは私を指さした。イヤな予感がどんどん確信に迫っている。もしこの男が私が考える人物をモデルとしているのなら……。
「そのために、まずは足止めが必要だな」
タブルがニヤリと笑うと同時に私に向けられた人指し指が激しく光り、轟音が響いた。
私は思わず目を閉じた。どうやら私の危惧は当たってしまったようだ。
タブルの元になった人物は、後半にライバルと決闘するために周囲にいる人間を大量に虐殺するシーンがあった。自分の望みのためなら手段を選ばない男なのだ。
今光ったのは雷の魔法か爆発の魔法か、なんであれ、私が身動きができない程度に痛めつける攻撃だろう。
……だが、覚悟していた痛みや苦痛が来ない。
恐る恐る目を開けてみると、目の前にミールが両手を広げて立っており、彼の足下の地面が黒く焦げて煙をたてている。
「何するんですか! タブルさん!」
「……次は当てる。フルート。オレを殺やらないとマスターが丸焦げになる。いやミールのほうが先か?」」
一発目は警告だったようだ。だが事態は何も好転してない。
ミールが私を庇ってしまった。私は反応することすらできなかった。
次の攻撃が来れば私はなすすべもなく黒こげになる。いや、ミールがそれを黙って見過ごすとは思えない。私の代わりにミールが殺される!
冗談じゃない!
ミールを守るためにここまで来たというのに!
私はミールの肩を掴んで強引に私の後ろに下がらせ、その前に盾になるように立った。
「先生!?」
タブルも私の行動は予想外だったようで、意外そうな顔をしている。
「タブル! 私を撃つのは仕方ないが、ミールだけは見逃してくれ!」
「先生……!」
「ミールは隠れてなさい! 絶対に私の前には出るな!」
後ろからミールが私を呼ぶ声が聞こえる。泣きそうな声だ。
「自己犠牲か。見上げたものだな、マスター。腐っても冒険者の統率役というわけか?」
タブルは呆れたように首を振った。
「だがオレのお目当ては最初からそのミールだけだ。貴様の生死はどうでもいい。オレは貴様を殺したあと、ミールも殺す、それだけだ。貴様がやろうとしていることは自己犠牲というよりただの犬死にだ」
そ、そうだった……!
私が標的にされたのは単に一番狙いやすく、もっとも非力だからでしかない。別段私が重要というわけではないのだ。なんとなく話の展開でつい自分が重要な主役かと勘違いしてしまったが、そもそも今回の私は主役ではなくただの観測役でしかない。だからこそ今回は全くの凡人に自ら設定したのだ。
「オレが貴様なら、ミールを差し出して自分だけは助けてくれ、と命乞いをするがな。そのほうが現実的だ」
タブルは私を軽蔑とも憐憫ともつかない表情で見ている。
その通りだ。
つまり、私にできることは何もないことを分かっているのだ。いやタブルに限らず誰の目にも明らかだ。そんなことは私自身がよく分かっている。 だが……。
「先生……ボクは先生に死んで欲しくないです……!」
後ろからミールが私の袖を掴んで前に出ようとしてきた。振り返るとミールの顔は涙と鼻水でベシャベシャだ。せっかくの可愛いらしい顔が台無しだ。
確かに私にできることは何もない。
それでもこの子の泣き顔は見たくない。
ミールを差し出せば、もしかしたら私は見逃してもらえるかもしれない。
あるいはノートに一言、タブルは死んだと書きつければ済むかもしれない。そんな暇をタブルが与えてくれればだが。しかしそれをやれば、私は自ら設定した凡人という設定を、自分の手で放り投げてしまう。
世界と、一人と、どちらが大事か。そう問うのは酷だろうか。
たとえ酷だろうと、私は命を賭けてでもミールを守りたい。屈したくない。自分で決めたルールを自分から覆したくはない……!
私はミール、フルートとともに城壁の門に向かって走った。
……と言っても途中で私がへばったのでほとんどフルートに担がれて、だが。こんなことなら私にも多少なりとも体力があるような設定をつけておくべきだった。
王国は城壁がぐるりと取り囲んでおり、壁と外をつなぐ門が最初の関門となる。
はずだったが、門は思っていた以上にあっさりと超えることができた。
夜衛が二人、いるにはいたがどちらも眠そうな顔をしており、フルートと私の顔はよく知っている。
私がフルートの背中からおり、極秘の王命だ、と言うだけであっさり通してくれた。門衛まで話が通っていなかったらしい。私だけでは信じてもらえなかったかもしれないが、こちらには王国随一の剣士が同行している。ギルドマスターと王国最強の男が通りたいと王命まで持ち出したのでは末端には疑う余地はないのだろう。ご丁寧にお気を付けてと敬礼までしくれた時は少し悪い気もした。
私たちは門から国境沿いの街道をひた走った。
街道は旅人や商人、冒険者が行き来する道だが今は夜だ。当然誰も通っていない。
夜中にここを通る者と言えば夜盗の類か、私たちのように追い立てられてやむなく逃げ出してきた者かのどちらかだろう。
いや、もう一種類いた。
「止まれ!」
大音声で呼び止められた。目の前の街道に十人ほどの武装した男たちが立ちはだかっている。
そうだ。
夜盗と逃亡者以外にもう一種類、それらを追い、狩る者がいるんだった。
武装した男たちの中でもひときわ目立つ男が一歩前に出た。他より背が低いのに異様に目つきが鋭く威厳がある。生え際がM字型で非常に特徴的だ。
「フルート。貴様が亡命してくれるとはな。オレにとっちゃ願ってもないぜ」
「タブルか……」
フルートが緊張した面持ちで男の名を呼ぶ。数十人の兵士を息も切らせることなく倒し、私を担いで速度を落とすことなく走れる男が緊張している。額にはうっすらとだが汗も浮かんでいる。私を担いでいたことによるものかと思ったがそうではないようだ。
しかし私はタブルと呼ばれたこの人物のことを知らない。少なくともノートに直接書き加えた人物ではない。
私は小声でミールに囁く。
「ミール、あの小柄な男は……」
「え? タブルさんじゃないですか。父さんのライバルで、元凄腕の冒険社。引退した今でもフルートさんより強いかもって言われてたじゃないですか」
「そ、そうだったか。いや、冒険者は数百人もいるからつい」
「そういえば、最近見かけなかったですね……確か、王様の密命を受けてたとか噂がありましたけど」
私とミールのひそひそ話が聞こえたのか、タブルが私たちのほうを見て言った。
「王の野郎に呼びつけられて、近衛兵になれなどと寝言を抜かしやがったんでな。力づくで説得するのに少し手間取ったのさ」
「ち、力づくで説得?」
よせばいいのについ聞き返してしまった。
「近衛兵およそ三百人。全員をオレ一人で倒せば解放する、などとナメた口を聞きやがった。お望み通り一人残らず叩きのめしてやった。だが残り二十人あたりでビビッちまったのか、一人づつ順番に相手するとか言い出してな。一人倒すごとに丸一日休憩という名の宿泊監禁だ。おかげで二週間ほど無駄にしたぜ。まぁ王宮のメシは悪くはなかったがな」
このタブルという小男、三百人をたった一人で倒したのか。
タブルはこともなげに言ってのけた。尊大なように聞こえるが、おそらく彼にとっては本当に造作もないことなのだろう。素で尊大な性格というのもあるかもしれないが。
タブルの言葉を聞きながら、あるイヤな予想が頭をよぎった。
ミールとフルートは私が子供の頃に見ていた世界的に大人気なマンガ作品の登場人物が元になっている。世界各地に散らばる七つの玉を集めると願いがかなうという内容のバトルマンガだ。二人が師弟関係に近いのもそこから着想した。
私がノートに設定した、モデルのある人物はミールとフルートの二人だけのはずだ。
だがもし、仮にノートが私の好みを汲み取り、マンガの中の他の登場人物をタブルという形で登場させたとしたら……私には思い当たる人物が一人いる。それも最悪の人物だ。
小柄な体、尊大な物言い、ミールの父の元ライバル、フルートに並ぶかそれを上回る強さ、そして特徴的なM字型の生え際。私の予想が当たっているとしたら、タブルは今の状況で絶対に出くわしたくない人物ということになってしまう。
「フルート。貴様は時折オレの力を抜くことがあったが、そろそろ決着をつけるとしよう。オレの本命はミールだが、まだガキだからな」
タブルは私を指さした。イヤな予感がどんどん確信に迫っている。もしこの男が私が考える人物をモデルとしているのなら……。
「そのために、まずは足止めが必要だな」
タブルがニヤリと笑うと同時に私に向けられた人指し指が激しく光り、轟音が響いた。
私は思わず目を閉じた。どうやら私の危惧は当たってしまったようだ。
タブルの元になった人物は、後半にライバルと決闘するために周囲にいる人間を大量に虐殺するシーンがあった。自分の望みのためなら手段を選ばない男なのだ。
今光ったのは雷の魔法か爆発の魔法か、なんであれ、私が身動きができない程度に痛めつける攻撃だろう。
……だが、覚悟していた痛みや苦痛が来ない。
恐る恐る目を開けてみると、目の前にミールが両手を広げて立っており、彼の足下の地面が黒く焦げて煙をたてている。
「何するんですか! タブルさん!」
「……次は当てる。フルート。オレを殺やらないとマスターが丸焦げになる。いやミールのほうが先か?」」
一発目は警告だったようだ。だが事態は何も好転してない。
ミールが私を庇ってしまった。私は反応することすらできなかった。
次の攻撃が来れば私はなすすべもなく黒こげになる。いや、ミールがそれを黙って見過ごすとは思えない。私の代わりにミールが殺される!
冗談じゃない!
ミールを守るためにここまで来たというのに!
私はミールの肩を掴んで強引に私の後ろに下がらせ、その前に盾になるように立った。
「先生!?」
タブルも私の行動は予想外だったようで、意外そうな顔をしている。
「タブル! 私を撃つのは仕方ないが、ミールだけは見逃してくれ!」
「先生……!」
「ミールは隠れてなさい! 絶対に私の前には出るな!」
後ろからミールが私を呼ぶ声が聞こえる。泣きそうな声だ。
「自己犠牲か。見上げたものだな、マスター。腐っても冒険者の統率役というわけか?」
タブルは呆れたように首を振った。
「だがオレのお目当ては最初からそのミールだけだ。貴様の生死はどうでもいい。オレは貴様を殺したあと、ミールも殺す、それだけだ。貴様がやろうとしていることは自己犠牲というよりただの犬死にだ」
そ、そうだった……!
私が標的にされたのは単に一番狙いやすく、もっとも非力だからでしかない。別段私が重要というわけではないのだ。なんとなく話の展開でつい自分が重要な主役かと勘違いしてしまったが、そもそも今回の私は主役ではなくただの観測役でしかない。だからこそ今回は全くの凡人に自ら設定したのだ。
「オレが貴様なら、ミールを差し出して自分だけは助けてくれ、と命乞いをするがな。そのほうが現実的だ」
タブルは私を軽蔑とも憐憫ともつかない表情で見ている。
その通りだ。
つまり、私にできることは何もないことを分かっているのだ。いやタブルに限らず誰の目にも明らかだ。そんなことは私自身がよく分かっている。 だが……。
「先生……ボクは先生に死んで欲しくないです……!」
後ろからミールが私の袖を掴んで前に出ようとしてきた。振り返るとミールの顔は涙と鼻水でベシャベシャだ。せっかくの可愛いらしい顔が台無しだ。
確かに私にできることは何もない。
それでもこの子の泣き顔は見たくない。
ミールを差し出せば、もしかしたら私は見逃してもらえるかもしれない。
あるいはノートに一言、タブルは死んだと書きつければ済むかもしれない。そんな暇をタブルが与えてくれればだが。しかしそれをやれば、私は自ら設定した凡人という設定を、自分の手で放り投げてしまう。
世界と、一人と、どちらが大事か。そう問うのは酷だろうか。
たとえ酷だろうと、私は命を賭けてでもミールを守りたい。屈したくない。自分で決めたルールを自分から覆したくはない……!
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