今日からあなたが造物主です
第十話 全てを知る水晶玉
なんてこった。
全て私のせいじゃないか!
職員が言うには、王宮が反逆者としてミールを捕えようとしているということらしい。既に本部の周囲を王宮の兵士たちが包囲している。
何が起こっているのか分からない。少なくともこの展開は私がノートに書いたものではない。
不本意ではあるが、私は「過去や未来を見通す魔法の水晶玉」を所持しているとノートに書き加えた。何がどうなっているのか全く理解できなかったからだ。
これまでのノートへの記述で分かったことだが、どうやら既に書いてしまったことについて後付けで何かを追加するには制限があるらしい。ハッキリとした基準はまだ不明だが、おそらく世界観全体や後の物語の展開に矛盾が生じるような内容は採用されないか、限定的にしか採用されないらしい。
例えば、以前試しに銃器を装備した銃士隊を常備軍に置くよう設定したことがあるのだが、歩兵が携行できない大砲を運用する砲兵しか登場しなかった。それも火薬の製法も砲の鋳造技術も足りないためか、一発撃つのに数分を要する上に飛距離も五十メートル程度、威力も不安定な上に一発撃つだけで砲身がダメになることもあった。悪くすれば砲そのものが爆発して兵士に多大な被害を出してしまうことさえあった。結局銃士隊とは名ばかりの、不良品の砲を抱えるだけの閑職が出来上がっただけだった。
魔法の水晶も出現するかどうか分からなかったが、どうやらノートが想定する物語の展開には齟齬がなかったようだ。
「何が起きているんだ。説明してくれ」
私は水晶玉に小声で語りかけた。水晶玉は機械音声のような無機質な声で話し出した。この声は私にしか聞こえない。
『お答えします、マスター。現国王は先代の王の血を引くミールを邪魔に思い、処刑しようとしております』
「王の血!? じゃあ現国王は……」
『先王の子ではありません。先王の死も現国王の毒殺によるものです』
「しかし、なぜ今になって? もっと早く殺しておくこともできたろう!?」
『あなたとの急速な接近を恐れたのです。隣国との戦争のバランスを取るために冒険者を手懐け、軍に準じる権力を持ち、本来なら知りえるはずのない過去や未来の情報すらも自在に把握する。そんなあなたとミールが接近すれば王の座を脅かすには十分な力を持つと判断したのです』
なんてことだ。
私がこの水晶玉を所持するよう設定したことまで組み込まれてしまった。
もしミールが冒険者など目指すことなくただの一人の優秀な少年のままでいれば国王もこんな暴挙には出なかったかもしれない。
あるいは私がギルドマスターとして莫大な権力を任されていなければ避けられたかもしれない。
おまけに事態の把握のために取った無理矢理な水晶玉という手段さえも脅威とみなされる要因になってしまった!
要するに、この騒ぎはすべて私のせいじゃないか!
「先生……」
ミールと職員が不安そうな顔で私を見ている。
「大丈夫だ、ミール。心配することはない」
「先生、ボク、王宮に行ったほうがいいんですか?」
「ダメだ!」
私が怒鳴ってしまったのでミールがびくりと肩を震わせる。
「あ、す、すまない。とにかく、ミールはここにいなさい」
「しかしマスター」
職員が口をはさむ。
「陛下の命令に逆らったら、マスターも……それに……」
職員が口をつぐむ。
それに自分たち職員も反逆者にされてしまう、と言いかけたのだろう。つまり職員の意見はミールを引き渡して自分たちは助かろうと言いたいのだ。
私は職員をキッと睨みつけた。だが、職員の意見も分からないではない。私が設定したわけではないが、彼は四十過ぎの中年だ。妻も子もいるのだろう。せっかく王立の公務員、それも花形の冒険者選別職員になれたというのに、父親が反逆者となったら奥さんやお子さんがどんな目にあわされるかは容易に想像がつく。
私は水晶玉を取り出し、自分でも驚くほど切羽詰まった声で囁いた。
「どうすればいい!?」
しかし返ってきた答えは機械的で、そして無慈悲だった。
『質問が曖昧すぎて回答しかねます』
「じゃあどう質問すればいいんだ!」
『ミールを引き渡した結果どうなるか、そう聞いて頂ければお答えできます。もちろん、その場合はミールは処刑、ギルドはこれまで通り安泰となります。何も変化はありません。ただ一人、ミールがこの世から消えることを除いて』
「そんなことは分かってる! じゃあ、ミールを引き渡さなかったらーー」
私は言いかけてやめた。質問するまでもない。私も職員も関係者は全て反逆者になるだけだ。私一人ならノートの力でどうにかできるだろう。最悪でもこれまで書いた世界のページを破り捨ててしまえばいい。だが他の者たちはどうなる? それに全てをなかったことにすれば、私は私自身が作り出した世界に負けたことになる。ミールも、職員も、国王も、全て消してなかったことにするのはこれまでと同じ、いやそれ以上の敗北だ。私は自分に負けたことなる。
「……どうやったら解決できる」
『最もシンプルな方法はミールをーー』
「それ以外でだ!」
『……解決の定義にもよりますが、ミールを引き渡すことなく、この場から逃げのびる方法は複数あります』
「だったらそれをーー」
『ただし、その場合ミールもあなたも、そして職員や関係者も反逆者となります。あなたとミールが逃げのびる方法はありますが、他の者はそうではありません』
「……わかった。ミールは引き渡さない。ギルドも、関係者も誰も反逆者にさせない。そんな解決法はあるか!?」
『あります』
「教えてくれ!」
『まず、今回の問題の原因は現王と、王位の継承が正当になされなかったこと、そしてそれが公にされていないことにあります。最も簡単な方法は現王が死亡することです。後継者の問題などは新たに浮上するでしょうが、当面のギルドの危機は去ります』
「王を暗殺しろっていうのか? それは無茶だろう。今回の私は剣も魔法も使えない一般人だぞ。仮にできたとしても王を殺した反逆者になることには変わりないじゃないか」
『通常の方法ではそうです。しかし、あなたには通常ではない手段を取ることができます』
「通常ではない手段? どうすればいい!?」
『あなたがこれまでしてきたことと同じです。ただ一言、王は急な病で死亡した、そう書き加えるだけです』
……!
私はノートを手に取って眺めた。
確かに、このノートに王の死を書き加えれば実現するだろう。
国家元首が急な病で倒れることは現実にもありうることだ。火薬や銃士のように、これまでの技術や戦争の在り方をがらりと変えてしまうような設定の追加とはわけが違う。
しかし……
「……それ以外の方法はないのか」
『あなたが躊躇している理由が理解できません』
確かにその通りだ。今までやってきたこと、やり直してきたことと何が違うというのだ。
だが……違う。
少なくとも私の中では同じことにはできない。
自分が楽しむためにさまざまなことをしてきた。さまざまな世界を作っては消してきた。私自身のためだけに。
それ同じと思われるだろう。
だが、私の都合で一人の人間の命を奪う、そう考えると私はノートを開くことすらできない。たとえその相手が自分にとって不都合な存在で、勝手な理由で権力を振るう暴君であったとしても。
これまでも多くの世界を消してきた。それと何も変わらない。
だが、それでも自分の手で、自分の都合で、自分が生み出してしまった浅はかな設定のせいで人の命を直接奪うことは……違う。違っていて欲しい。
「他の方法をーー」
『これまでと同じように、自分の思うまま、都合にあわせて書き加えるだけです』
「それ以外だ」
『ではこれまでのページを破り捨てることです。都合の悪い設定、解消しきれない問題は全てたちどころにーー』
「それ以外でだ!」
つい大声で怒鳴ってしまった。ミールと職員が不安げに私を見ている。
『……ありません。あなたがご自身で設定されたように、今回のあなたにはなんの力もありません。
国家権力に逆らう程の強い人脈も、信頼関係も、何もありません。あなたがそれを設定することを、あるいは自ら人間関係を構築することを放棄してきたからです』
「……他の方法を」
『ミールが死んでも神のご加護だので復活させれば良いことです。ゲームでは簡単に死者が復活します。あなたが目指した投稿小説の世界だってそんなものでしょう。困難な目にあいたくない、最初から最強でなんの悩みも障害もなく楽だけして良い気分に浸りたい。都合が悪ければやり直せばいい。現実ではどうしようもないから都合よく異世界に転生してやり直し、これまでの経験と記憶だけは引き継いで強くてニューゲームがしない。これまでと何も変わりません。同じことをすれば良いだけです』
全て私のせいじゃないか!
職員が言うには、王宮が反逆者としてミールを捕えようとしているということらしい。既に本部の周囲を王宮の兵士たちが包囲している。
何が起こっているのか分からない。少なくともこの展開は私がノートに書いたものではない。
不本意ではあるが、私は「過去や未来を見通す魔法の水晶玉」を所持しているとノートに書き加えた。何がどうなっているのか全く理解できなかったからだ。
これまでのノートへの記述で分かったことだが、どうやら既に書いてしまったことについて後付けで何かを追加するには制限があるらしい。ハッキリとした基準はまだ不明だが、おそらく世界観全体や後の物語の展開に矛盾が生じるような内容は採用されないか、限定的にしか採用されないらしい。
例えば、以前試しに銃器を装備した銃士隊を常備軍に置くよう設定したことがあるのだが、歩兵が携行できない大砲を運用する砲兵しか登場しなかった。それも火薬の製法も砲の鋳造技術も足りないためか、一発撃つのに数分を要する上に飛距離も五十メートル程度、威力も不安定な上に一発撃つだけで砲身がダメになることもあった。悪くすれば砲そのものが爆発して兵士に多大な被害を出してしまうことさえあった。結局銃士隊とは名ばかりの、不良品の砲を抱えるだけの閑職が出来上がっただけだった。
魔法の水晶も出現するかどうか分からなかったが、どうやらノートが想定する物語の展開には齟齬がなかったようだ。
「何が起きているんだ。説明してくれ」
私は水晶玉に小声で語りかけた。水晶玉は機械音声のような無機質な声で話し出した。この声は私にしか聞こえない。
『お答えします、マスター。現国王は先代の王の血を引くミールを邪魔に思い、処刑しようとしております』
「王の血!? じゃあ現国王は……」
『先王の子ではありません。先王の死も現国王の毒殺によるものです』
「しかし、なぜ今になって? もっと早く殺しておくこともできたろう!?」
『あなたとの急速な接近を恐れたのです。隣国との戦争のバランスを取るために冒険者を手懐け、軍に準じる権力を持ち、本来なら知りえるはずのない過去や未来の情報すらも自在に把握する。そんなあなたとミールが接近すれば王の座を脅かすには十分な力を持つと判断したのです』
なんてことだ。
私がこの水晶玉を所持するよう設定したことまで組み込まれてしまった。
もしミールが冒険者など目指すことなくただの一人の優秀な少年のままでいれば国王もこんな暴挙には出なかったかもしれない。
あるいは私がギルドマスターとして莫大な権力を任されていなければ避けられたかもしれない。
おまけに事態の把握のために取った無理矢理な水晶玉という手段さえも脅威とみなされる要因になってしまった!
要するに、この騒ぎはすべて私のせいじゃないか!
「先生……」
ミールと職員が不安そうな顔で私を見ている。
「大丈夫だ、ミール。心配することはない」
「先生、ボク、王宮に行ったほうがいいんですか?」
「ダメだ!」
私が怒鳴ってしまったのでミールがびくりと肩を震わせる。
「あ、す、すまない。とにかく、ミールはここにいなさい」
「しかしマスター」
職員が口をはさむ。
「陛下の命令に逆らったら、マスターも……それに……」
職員が口をつぐむ。
それに自分たち職員も反逆者にされてしまう、と言いかけたのだろう。つまり職員の意見はミールを引き渡して自分たちは助かろうと言いたいのだ。
私は職員をキッと睨みつけた。だが、職員の意見も分からないではない。私が設定したわけではないが、彼は四十過ぎの中年だ。妻も子もいるのだろう。せっかく王立の公務員、それも花形の冒険者選別職員になれたというのに、父親が反逆者となったら奥さんやお子さんがどんな目にあわされるかは容易に想像がつく。
私は水晶玉を取り出し、自分でも驚くほど切羽詰まった声で囁いた。
「どうすればいい!?」
しかし返ってきた答えは機械的で、そして無慈悲だった。
『質問が曖昧すぎて回答しかねます』
「じゃあどう質問すればいいんだ!」
『ミールを引き渡した結果どうなるか、そう聞いて頂ければお答えできます。もちろん、その場合はミールは処刑、ギルドはこれまで通り安泰となります。何も変化はありません。ただ一人、ミールがこの世から消えることを除いて』
「そんなことは分かってる! じゃあ、ミールを引き渡さなかったらーー」
私は言いかけてやめた。質問するまでもない。私も職員も関係者は全て反逆者になるだけだ。私一人ならノートの力でどうにかできるだろう。最悪でもこれまで書いた世界のページを破り捨ててしまえばいい。だが他の者たちはどうなる? それに全てをなかったことにすれば、私は私自身が作り出した世界に負けたことになる。ミールも、職員も、国王も、全て消してなかったことにするのはこれまでと同じ、いやそれ以上の敗北だ。私は自分に負けたことなる。
「……どうやったら解決できる」
『最もシンプルな方法はミールをーー』
「それ以外でだ!」
『……解決の定義にもよりますが、ミールを引き渡すことなく、この場から逃げのびる方法は複数あります』
「だったらそれをーー」
『ただし、その場合ミールもあなたも、そして職員や関係者も反逆者となります。あなたとミールが逃げのびる方法はありますが、他の者はそうではありません』
「……わかった。ミールは引き渡さない。ギルドも、関係者も誰も反逆者にさせない。そんな解決法はあるか!?」
『あります』
「教えてくれ!」
『まず、今回の問題の原因は現王と、王位の継承が正当になされなかったこと、そしてそれが公にされていないことにあります。最も簡単な方法は現王が死亡することです。後継者の問題などは新たに浮上するでしょうが、当面のギルドの危機は去ります』
「王を暗殺しろっていうのか? それは無茶だろう。今回の私は剣も魔法も使えない一般人だぞ。仮にできたとしても王を殺した反逆者になることには変わりないじゃないか」
『通常の方法ではそうです。しかし、あなたには通常ではない手段を取ることができます』
「通常ではない手段? どうすればいい!?」
『あなたがこれまでしてきたことと同じです。ただ一言、王は急な病で死亡した、そう書き加えるだけです』
……!
私はノートを手に取って眺めた。
確かに、このノートに王の死を書き加えれば実現するだろう。
国家元首が急な病で倒れることは現実にもありうることだ。火薬や銃士のように、これまでの技術や戦争の在り方をがらりと変えてしまうような設定の追加とはわけが違う。
しかし……
「……それ以外の方法はないのか」
『あなたが躊躇している理由が理解できません』
確かにその通りだ。今までやってきたこと、やり直してきたことと何が違うというのだ。
だが……違う。
少なくとも私の中では同じことにはできない。
自分が楽しむためにさまざまなことをしてきた。さまざまな世界を作っては消してきた。私自身のためだけに。
それ同じと思われるだろう。
だが、私の都合で一人の人間の命を奪う、そう考えると私はノートを開くことすらできない。たとえその相手が自分にとって不都合な存在で、勝手な理由で権力を振るう暴君であったとしても。
これまでも多くの世界を消してきた。それと何も変わらない。
だが、それでも自分の手で、自分の都合で、自分が生み出してしまった浅はかな設定のせいで人の命を直接奪うことは……違う。違っていて欲しい。
「他の方法をーー」
『これまでと同じように、自分の思うまま、都合にあわせて書き加えるだけです』
「それ以外だ」
『ではこれまでのページを破り捨てることです。都合の悪い設定、解消しきれない問題は全てたちどころにーー』
「それ以外でだ!」
つい大声で怒鳴ってしまった。ミールと職員が不安げに私を見ている。
『……ありません。あなたがご自身で設定されたように、今回のあなたにはなんの力もありません。
国家権力に逆らう程の強い人脈も、信頼関係も、何もありません。あなたがそれを設定することを、あるいは自ら人間関係を構築することを放棄してきたからです』
「……他の方法を」
『ミールが死んでも神のご加護だので復活させれば良いことです。ゲームでは簡単に死者が復活します。あなたが目指した投稿小説の世界だってそんなものでしょう。困難な目にあいたくない、最初から最強でなんの悩みも障害もなく楽だけして良い気分に浸りたい。都合が悪ければやり直せばいい。現実ではどうしようもないから都合よく異世界に転生してやり直し、これまでの経験と記憶だけは引き継いで強くてニューゲームがしない。これまでと何も変わりません。同じことをすれば良いだけです』
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