今日からあなたが造物主です

丸鰐大鄕

第九話 知らない設定

 ギルドという組織のおおまかな経緯は考えた。
 私の考えた冒険者ギルドとは、
「冒険者という呼び名でおだてられていい気になった社会不適合のクズどもを安価で使い捨てる国営組織」
 ということだ。
 自分で書いててヒドイ組織だなとは思うが、資本主義下で成立する組織なんておおむねこんなものだろう。
 次は技能、いや職能の種類と分類だ。

 RPGなどでよく見られる分類といえば、戦士、盗賊、僧侶、魔術師の四種類だ。
 これは職業として表現されているが、戦闘にだけ限っての役割で分類するなら、

 戦士=真正面からぶつかりあう肉弾戦担当の歩兵
 盗賊=奇襲や偵察、罠の設置などを担当する斥候
 僧侶=壊れた駒を再利用するための修理担当
 魔術師=高価で希少な爆薬の扱いに長けた発破技師

 というところか。
 盗賊や僧侶は鍵開けや盗賊ギルドの情報力や、宗教組織の社会的信用などさまざまな役割を併せ持つことも多い。だが今回はそんな面倒なことは考慮せず、あくまで戦闘に必要な分類と役割分担だけで考えた。
 この世界ではおおまかに戦士、盗賊、魔術師の三種類にしてある。
 戦士と盗賊は多くのゲームでの役割とさほど変わらない(強いて言うなら盗賊には軽量級戦士としての側面をもたせた)が、僧侶は魔術師と統合した。
 そもそも傷や病気を祈り一つで高速で治すことはできるのなら、それは魔法とあまり変わらない。それを神のご加護と呼んだり、刃物が使えないなどの宗教的価値観を持ち込むのは個人の自由だが、システム的に言えば「物理ではないナニカ」という意味では同じだ。
 魔術は戦士などの物理的な肉体面以外に、知性を力に変えることができる、というシステム的側面がある。その中の回復作用だけを抜き出し、知性の代わりに信仰心だの精神力だのを源にしたのがゲーム的な僧侶の分類だろう。知性も精神も信仰心も、結局は目に見えない内面に過ぎないから一緒にまとめることにした。
 これら三つのクラスを技能資格として大別し、細かいものも含めて総合的に“冒険者レベル”とした。
 あくまでギルドが登録時に査定するだけなので、実際には査定評価を受けるまでもなく高い実力を備えている者もいる。ギルド側から見ればモグリという奴だ。
 そういうモグリには「やましいことがあるから登録できないお尋ね者」であるかのように噂を流し、社会での活動に支障をきたすよう、肩身の狭い思いをするよう仕向けるのも国策だ。逆に登録した者は“冒険者”としてゴロツキを卒業したまっとうな人間であるかのように噂を流すことも忘れない。
 卑劣だと思われるかもしれない。
 だがそんなものだ。国家、いや組織というものはこうやってコミュニティに属していないヨソ者をいかに悪用するかが運用のコツだ。
 炎上商法やカルト教団、独裁国家も同じような手口を使っている。
「自分たちは周囲から迫害されているから仲間と団結してこの危機を乗り切らねば」
 という疑似的な危機意識を悪用するのだ。それにそぐわないものはアウトサイダーとして居場所を削いで消えるように仕向ける。
 私はそういう政治的工作も含めて運用を任されたギルドマスターなのだ。

 ◇   ◇   ◇

 日差しの強い秋晴れの昼下がり。
 私は一人の少年の能力検定試験を担当している。
 名はミール。
 年齢はまだ13歳と若い、というより幼いが、非常に高い素質を秘めた金の卵だ。
 ミールは剣の素振りを終え、私に笑顔を向けた。
「先生! 素振り千回終わりました!」
 ミールは大輪の花が咲いたような輝く笑顔を向けて言った。
 この子は私を先生と呼ぶ。別に私は彼の師匠というわけではなく、ただ設定された項目に従って審査するだけだ。剣の素振り千回を一定の時間までに終わらせることができればAランク、半分ならBランクといった具合に、真面目にやれば誰でも審査できる内容だ。
 今回の私は取り立てて剣術や魔術も使うことができない、現実の私とほぼ同じ、能力面ではただの一般人だ。これまでの違いは一つ、国家から人を審査し、選別する権力を持たされている点だけだ。
 だがこの権力というものがなかなかに厄介で、悪い意味で魅力的なことにはすぐに気づいた。
 偉いわけでも実力があるわけでもない私に向かって、多くの者がペコペコと頭を下げてくる。
 筋骨逞しい無双の戦士も、妙齢の美しい女魔術師も、社会の裏を知り尽くしたベテランの盗賊さえもだ。もちろん職員たちも同様だ。
 中には賄賂を渡そうとしてくる者、若い女なら色仕掛けを仕掛けてくる者すらいる。とかく、権力というものを持つと周囲は誘惑だらけになるのだ。
 幸い私は金に興味はない。やろうと思えば通貨だって発行し放題だし、女性も同様だ。だからそれらの誘惑に屈してはいないが、これがもしノートという強い力を持っていなければどうなっていただろう。
 なるほど、どうして政治家がああも金に汚く、他人を駒のように扱うのかが少しだけ理解できた気がする。私がノートを持つように万能ともいえる力を授かったのでなければ、余程強く、高潔な精神の持ち主以外は簡単に誘惑に屈してしまうだろう。少なくとも私には屈しない自信はない。
「先生、どうしたんですか?」
 ミールが不安げな様子で私の顔を覗き込む。顔と顔の距離が……近い。
「あ、いや、あついからちょっとボンヤリしてしまって」
 私は咄嗟にミールから目を逸らす。
 実に可愛い少年だ。
 どことなく面影がアヤちゃんに似ている。私にそういう趣味はないが、好みタイプの顔で、ぐいぐいと距離を詰めてこられると気恥ずしさもあってどうにも意識してしまう。ミールが少女ならここまでではないだろうが、同性ということでとにかく無謀魏だ。
 ……それにしても以前から思っていたことだがこのノート、私自身が意識していないことまでよく再現してくれる。ありがたいような怖いような、なんとも複雑な思いだ。
 正直なところ、ミールの年齢をもう少しあげ、性別も女の子にしておけば良かったと少し後悔してもいる。
 だが今回はただのデータ取りのための世界だ。稼働が確認できればすぐにでも消すつもりだった。
 だが、それでいいのだろうかとふと疑問が浮かんでくる。
 ミールを始め、この世界の住人たちは私の勝手な都合で生まれてきては消されてしまう。
 神でもなんでもない私が人の存在をたやすく生み、そして消す。これはとても恐ろしいことではないだろうか。
「先生?」
「あ、ああ、いやすまない。じゃあ次の試験にうつろうか」
「はい! ボクがお茶を淹れますね!」
 ……考えても仕方ない。私はもう初めてしまったのだ。

 すっかり日も暮れ、あたりが暗くなっている。
 都の中央にあるギルド本部の一室、私はミールの審査の結果の書類を書きながら紅茶を飲んでいる。ミールが淹れてくれたものだ。あまり美味いわけではないが、一生懸命淹れてくれたものだと思うと不思議と幸せな気分になれる。
 剣術Sランク、魔法適正Aランク、汎用運動適正Sランク、持久力Bランク、他にも様々な項目があるがミールは設定した通りかなり優秀だ。戦士、盗賊、魔術師、やろうと思えばなんでもできる。
 そんな当のミールは、部屋のソファに座っているが、疲れが出たのか手すりにもたれて寝息をたてている。私は書類の手を止め、ミールを起こさなようにそっと毛布をかけてやった。
 やはり……可愛い。くそ、ノートめ。いらないところでサービス精神を発揮しおって。
 その時、扉が勢いよく開け放たれ、初老の職員が慌てた様子で飛び込んできた。
「マスター! 大変です! お、王宮が……!」
「落ち着け! 何があったんだ?」
 ミールが起きてしまうことを危惧し、思わず声を荒げてしまう。
 だが私のそんないら立ちも空しく、ミールはあくびをしながら目を目を覚ましてしまった。
「先生? どうしたんですか?」
 私とミールの目は職員に向けられた。
「王宮が……ミールの身柄をすぐに引き渡すようにと……命令に従わない場合は、ギルドそのものを反逆者とする、と……」
 本当に、ノートは色々なことをやってくれる……。

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