今日からあなたが造物主です

丸鰐大鄕

第六話 ライバル

 飽きた。
 いや、本当に簡単すぎるのだ。
 それ自体は私が下手すぎるから仕方ないとしても、単に剣を振り回せば終わるというのではつまらなくなってくる。
 最初のうちは楽しかったが、何もかもが一撃、それも私のへっぴり腰の攻撃で敵が倒れるのを見ていると、わざわざ私が倒す必要はないんじゃないかと思えて仕方ない。
 ところが私は勇者だと設定したものだから、私でないと魔物が倒せない。結局遠いところにまでわざわざ出向いて簡単な草刈りをする。結局はただのお使いでしかないと感じはじめたのだ。
 ただ作業を繰り返すだけでは誰だって飽きてしまう。
 このマンネリと作業感を打破する方法はないものか。

 考えた結果、私はライバルの存在に行きついた。
 そうだ、自分と対等、あるいはそれ以上の好敵手を用意することで、ただの作業ではなく二人のドラマ性をつくりあげることができるのではないか?
 まずはライバルがどういうキャラクターかを設定してみよう。

 ……考えるのにだいたい四日ほどかかった。
 私が設定したライバルとは、性別は同性、年齢が私と同じ(今回の私の年齢は21歳とした)。
 才能がなく努力型の私とは対照的に、生まれつき才能にめぐまれ、英娑教育によりさらに才能に磨きがかかっている。
 普通ならこのまま格差が開くばかりで勝ち目がなく、ライバルという関係性が構築されようがない。そこで少し工夫することにした。

 ◇   ◇   ◇

 晴れやかな空のもと、闘技場は観衆の熱気に包まれていた。
 観客席は満員で、来賓席にはこの国を統べる王とその娘の王女がこれから激闘が繰り広げられる舞台上の二人の男を見守っている。
 二人の男の片方は私だ。西洋風の革の鎧に湾曲した片刃の剣、つまり日本刀を持つ剣士。文化圏がごっちゃになっているが、やはり日本人なら刀を使いたいじゃないか。そして思っていたよりも鎧と刀という組み合わせに違和感はなかった。
 対するもう片方は私の好敵手。私と同様に革の鎧に刀を持っているが、刀の全長は身長を超える程に長い。いわゆる野太刀と呼ばれるものだ。
 彼の名は……アオイとしておいた。金髪碧眼の容姿端麗の若者で頭脳も明晰。王族に連なる大貴族の嫡子で、食うに困ったことなど一度もない。世の多くの者が羨む地位と財産を持っていることになる。
 そんなアオイは憎しみのこもった目で私を睨みつけている。
「……陛下の御前で大恥をかくがいい!」
 アオイは私に吐き捨てると、野太刀を抜いて仰々しい仕草で高々と掲げた。
「この勝利を! 我が君に捧ぐ!」
 アオイの芝居がかったパf-マンスに観衆が大きく沸き立った。
 アオイの性格は私が設定したが、ここまで大げさになるとは思ってもみなかった。
 アオイは太刀の切っ先を私に突きつけた。
「抜け! キサマの卑劣な策略によって受けた恥辱、今日こそ晴らす!」
 今にも私に噛みつかんばかりの剣幕だ。私もゆっくりと刀を鞘から抜く。
 王が立ち上がって右手を掲げると観衆のざわめきが静まりかえる。
 王はよく響く厳かな声で宣言した。
「この戦いにて、真の剣聖が誕生する……始め!」
 剣聖、この国一番の剣士を決める闘技大会の決勝が始まった。

 私とアオイが出会ったのは同じ闘技大会だった。
 私はこの国の人間ではなく、剣一本で各地を巡る放浪の剣士、もっと正確に言うなら住所不定無職という類の人種だ。冒険者などという気取った自称を使う連中もいるが、世間一般の堅実な人々、いわゆるカタギの商売をしている者からすればゴロツキの一歩手前だ。食うに困れば臆面もなく野盗や山賊にクラスチェンジする。そして大抵は食うに困っているか、近い将来にそうなるかだ。町の人間からの冷ややかな扱いもやむなしだろう。
 そんな私たち犯罪者予備軍にもチャンスはある。
 闘技大会に出場し、良い成績をおさめれば正式に国の軍に入隊が許される。傭兵という不安定な雇用形態ではなく、正式に国に所属し、正当な給金を受け取ることができる。要するに軍への入隊試験だ。
 もちろん素性の知れない連中が出場できる大会ばかりではないが、戦乱で国や軍が疲弊していたり、尚武の気風のある国であれば身分や前歴問わず出場できる場合が多い。
 優勝すれば確率は低いものの、一足飛びに騎士に叙任されることもあるという。まぁよほどの強さと運があればの話だが、可能性はゼロではない。
 私もそんな連中に交じり、この国の闘技大会に剣一本で参加した。そこで何をどう間違えたのか、初戦の相手がアオイだったのだ。
 アオイは元々ならず者に大手を振って歩かせる闘技大会の出場条件が気に入らなかったらしい。貴族たるご本人さまが自ら出場することで餌に誘われて集まってきたマヌケどもを一掃しようというのだ。
 アオイは明らかに対戦相手を殺害する気だった。目を見ればすぐに分かる。人間を見る目ではない。害虫を見る目だ。駆除をするのにいっさいの躊躇いや、良心の呵責が入り込む余地がない。
 私は過激なお貴族さまに当たってしまった自身の不運を呪わずにはいられなかった。
 通常、闘技大会は死人は出ないよう配慮されている。武器は本物だが、降服を宣言すればそれ以上攻撃はされないし、してはならない規則になっている。手足を失ったり大ケガをする危険は伴うが、それでも命まで落とすケースは事故に近く、稀だ。万が一に備えて舞台の周囲には数人の兵士たちが配備されている。
 そうでなければ、誰が好き好んで試合に出たりするものか。
 だがアオイが「不幸な事故」を意図的に起こす気なのは誰の目にも明らかだ。そして周囲の兵士たちもお貴族さまの勘気に触れることを恐れて事故を黙認するであろうことも。
 さらに悪いことに、今日の観客たちは普段以上に血に飢えていた。闘技大会を見物するような連中が温厚で平和的なわけがないのは当然だが、それを差し引いても異様な盛り上がりだ。事故が起きればアオイを責めるどころか賞賛の声が飛び交うことだろう。皆が事故を期待しているのだ。
 さらに酷いことに、アオイは軍馬に乗っている。騎兵対歩兵というわけだ。
 なんでも「軍馬は騎士の武装の一つ」ということになるらしい。とんでもないハンデ戦だ。
 アオイは金属製の全身鎧に馬上槍、ご丁寧に足下を守るための凧状の長細い盾まで完備している。重量はアオイ自身と金属鎧を併せれば相当なもので、それが軍馬の突進力をもって突っ込んでくるのだ。直撃すれば全身粉々になって苦しむ暇すらないだろう。
 まともにやりあっても勝ち目はない。そこで絡め手を使うことにした。

 試合が開始された。
 当然アオイは軍馬もろとも槍を構えて突っ込んでくる。
 私は馬の足下に向かって二メートルほどの鎖を投げつけた。両端には分銅代わりの重りが括りつけられている。
「なっ!?」
 アオイは馬を止めようとしたが、走り出した馬の勢いがすぐ止まるわけもない。
 鎖は馬の前足だけでなく後ろ足にも絡みつき、馬は地面に倒れこみ、アオイも投げ出される。
 私はその隙を突いてアオイに駆け寄り、彼の眼前に刀の切っ先を突き付けた。
「ひ、卑怯な……!!」
 アオイは最初目を白黒させて何が起こったか理解できないようだったが、すぐに顔色を真っ赤にした。それはそうだろう。華々しく町のならず者を粉砕するはずが、槍を振るう機会すらなく地面に無様に投げ出された上、戦うまでもなく降服を迫られたのだ。
 しかしいかに靴所的な状況であろうと眼前に突き付けられた切っ先に対処する術はない。
 アオイは降服するしかなかった。顔色は怒りのためか真っ赤をこえてどす黒い紫色になっている。人間の顔色は怒りでここまで恐ろしげに変化するのかと関心したのを覚えている。

 今度はその切っ先が私に向けられている。
 あれから半月。私は貴族たちに多大な歓待……という名の軟禁状態に置かれた。毎夜毎晩豪勢な料理と酒でもてなされたが、要は自分たちの英雄を倒した憎い流れ者がフラリとどこかにいなくなったりしないよう監視を続けていたというわけだ。そして、闘技大会の今日、ようやく解放のチャンスが訪れたというわけだ。
 アオイは私の武器に対抗するため、より長く、威力のある野太刀をわざわざ特注で作らせ、馬からも降り、私と同じ軽装の革鎧に身を包んだ。可能な限り同じ条件で私を倒さなければ意味がないということだろう。それなら刀のサイズもあわせてもらいたいものだが。
 ……以上が私が設定したアオイというライバルだ。
 これだけ状況を揃えたのだ。私自身の気持ちもかなりワクワクして盛り上がっている。
 アオイは私に雪辱を果たすため、私は鬱陶しい貴族がたの軟禁から解放され自由の身になるため。
 お互い目的は違えど負けられない戦いだ。
 さぁ、最高の勝負と行こう。今回は間違いなく楽しめそうだ!

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