今日からあなたが造物主です

丸鰐大鄕

第五話 そうだ無双しよう

 それは私の原風景だったのかもしれない。

 どのくらい、ボーっとしていたのだろう。
 何度か食事を書き、ベッドを出して眠ったから数日は経過したと思う。
 アヤちゃんに告白すらかなわなかったショックで衝動的にノートのページを破り捨ててしまったが、これで良かったのかもしれない。
 アヤちゃんが見せた少し寂しそうな笑顔、あれが私の思い出の中に残る彼女の最後の姿であり、全てだ。
 だったらそれでいいじゃないかと、ようやく思えるようになってきた。
 ケイくんと付き合っていたのがどのくらいか分からないが、少なくともその間アヤちゃんは幸せあったはずだ。
 告白はできなかったが、アヤちゃんを困らせないためにはそのほうが良かった。私が入り込む余地は最初からなかったのだ。
 そして、この体験が作家を目指す出発点であることも思い出した。

 アヤちゃんは私のものにはなってくれなかった。それどころかその後会うことすらできなかった。
 だったら、私の中の理想のアヤちゃんを、彼女が幸せな世界で描こうと考えたのだ。
 そこには当然私もいて、ケイくんもいて、口うるさい教師や保護者もいて、でも少しづつ違う。モデルはいても全てはアヤちゃんのために、彼女の幸せのための世界を創ろうとしたのだ。
 主人公はもちろん私……としたかったのだが、どう考えても私自身では力不足だ。
 だから、私は新しい物語をノートに描こうと決めた。
 モデルはいても、全くの別人たちが織りなす、私だけが生み出す物語を!

 まず何をおいても世界た必要だ。
 ノートにどのようなものを、どのように書けば現れるのか、その作用は短い小学校生活である程度把握できた。
 前回は手探りだったため、学校だけを作ったあとに外側の町を作るというチグハグな手段になってしまった。
 いや、それ自体は創作の手法としては間違いではない。
 主人公から作り始めようがヒロインから作り始めようが、敵や、国家、地形、伝承や文化体系、作者が最初に作り上げたいものが学校だというのなら、そこから世界を広げ、あるいは細かい解像度をあげていくのはおかしな方法ではない。
 ただ、私は別に学校を描きたいわけではなかった。だからつぎはぎだらけのボロ布のようになってしまったのだ。
 今回は違う。
 私が本当に描きたいものを描こう。

 ……と思っのたはいいのだが、ここでまたつまづいてしまった。
 私が本当に描きたいものってなんだ?
 この疑問に答えるのは簡単なようで実は意外と難しかった。
 好きなもの、描きたいもの、それらはたくさんある。いや、たくさんありすぎるのだ。
 剣と魔法の中世ヨーロッパ風の、よくある投稿小説の世界、これもいい。
 宇宙をまたにかけたスペースオペラ、これもいい。
 核戦争などで荒廃し世界を生き抜くポストアポカリプスもの、これだっていい。
 蒸気と歯車が織りなす19世紀のロンドン風スチームパンク、魅力的だ。
 日本の戦国時代や幕末、大正時代を舞台にした歴史大河ロマンも捨てがたい。
 現代日本風の舞台だがその裏で暗躍する魔物や怪物と戦う伝奇ものも悪くない。
 と、こんな具合に次から次へと浮かんでは消えていき、一つに絞りきれない。
 好きな映画、好きなマンガ、好きな小説、好きなゲーム、さまざまなものはあるが、いざ自分で生み出せるとなるとどれが一番なのかという問いで止まってしまう。

 とにかく、ムシャクシャした気持ちを晴らしたいというのは確かだ。
 アヤちゃんを困らせないためにも、などとキレイごとを並べ立てたところで、失恋した傷心の痛みが癒えるわけもないのだ。
 なんでもいいからスカッとしたい! 包み隠さず本音を言えばこういうことだ。
 そこで最初は投稿小説によくあるジャンルの一つ、チート能力で無双する、というものを描くことにした。
 思えば私はゲームが好きだった。
 だが下手だからゲームをすればストレスになることのほうが多かった。特にアクションはてんでダメだった。
 練習して上手くなれという声もあるだろうが、気晴らしの娯楽として遊んでいるのにどうして練習などしなければならないのか。それは私にとって娯楽ではなくただの苦行でしかない。
 そこで草刈りの異名をもつ某ゲーム(メーカーとしては不名誉な呼び名かもしれないが)のようにボタン一つで簡単にクリアできるものを目指した。
 世界は考えるのが面倒だったから中世欧州風の世界で魔法もあり、私自身が主人公として剣をつかって魔物や強敵をバッタバッタと倒すというストーリーだ。
 問題はなぜ主人公がボタン一つで敵を一掃できるほどに強い力を持っているかだが……これも考えるのが面倒なので、勇者として選ばれ、神だかなんだかの高次の存在からスゴい力を授かった、でいいだろう。
 とはいえゲームが下手な私のことだ。いかに難易度が低かろうとゲームオーバーになる可能性はゼロではない。そこで死んでしまっても神の力で何度も復活できる、という設定にしておこう。
 そうするとストーリーも神に選ばれた勇者による魔王討伐という実にありきたりなものおさまった。
 自分でも陳腐だとは思うが、ただの気晴らしの娯楽に時間をかけたいとは思わない。
 そもそも古来より神話の中の勇者だって同じようなものではないか。神話の時代から許されてきたものなのだから私だけが許されないなんて理屈はないだろう。
 イヤになったり、気に入らないところが出てきたら後から書き変えるなりすればいい。最悪の場合でもページを破り取って無かったことにすればいい。そう安易に考えることにした。
 色々と設定(と呼べる程たいしたものはないのだが)を書きつけて、いよいよ物語をスタートさせた。

 ◇   ◇   ◇

 そこは小さな村だった。
 私は右手には剣、左手には盾を持って立っている。体は動きやすいよう軽量の革製の鎧を来ていた。ゲームやファンタジー小説ではよく見かける、オーソドックスな軽量級の戦士、という出で立ちだ(最初は金属製の鎧も考えたが重すぎて満足に動けなかった)。
 空には暗雲が立ち込め薄暗い。
 村はかなり荒廃している。滅んでいるわけではないが、建物の多くは壊れかけ、住民たちの顔は暗い。魔物の襲撃にあっているためだろう。まぁ、私がそう設定したせいなのだが。
 村の女性が悲鳴をあげた。村の入口に魔物たちが現れたのだ。
 小柄な人型で二足歩行、緑色の体色をした魔物。よだれをたらし、目をギラつかせながら不潔で不快なにおいを周囲にまきちらしている。手にもったこん棒をもてあそびながら獲物を探しているようだ。そんな醜悪な生き物が二十匹ほどいる。
 ノートには「弱そうな最初のモンスターでゴブリンみたいな感じ」と雑な書き方をしただけだったが、なかなかいい具合に私の意思を汲み取ってくれたようだ。私の中のゴブリン像といえばこんな感じだ。
 私はさっそく剣を構え、魔物に突っ込んだ。
 二十匹もいるのだから村を包囲して襲えばよさそうなものだが、バカ正直に村の入口に全員律儀に集まっている。いかにも斬ってくれといわんばかりに。
 私が剣を横なぎに一振りする。当然剣の心得などあるわけもないので適当な動きだが、それでも魔物の胸元を真一文字に切り裂いた。魔物は悲鳴をあげて倒れる。
 魔物たちの視線が私に集まる。
 私は続けて縦に、ななめの袈裟切りにと斬りつける。全て一撃で仕留めてしまう。
 ……これはなかなか爽快だ。
 十体ほど斬ったところで気づいたのだが、周囲が少し明るくなっている。どうやら私が一体魔物を斬るたびに曇り空が晴れて太陽が差し込むらしい。指定したわけではないがなかなかシャレた演出じゃないか。
 私は夢中になって魔物たちを斬って斬って斬りまくった。
 はたから見れば不格好な剣の振り方かもしれないが、私はまぎれもなく英雄気分だった。
 これならいくらでも楽しむことができそうだ。飽きることはないだろう。

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