今日からあなたが造物主です
第二話 二度目の幼少期
私はまず『鏡が出てくる』とノートに書いてみた。
女性の言うことを信じたわけではないが、何もない灰色の空虚な世界で他にすることもない。
「取り合えず書いてみたけど、これで本当に……あれ? どこに行ったんだ?」
私がノートに一言書いて顔をあげると、女性の姿はどこにもなく、代わりに女性が立っていたところに大きな姿見があった。
鏡にはノートとペンを持って、マヌケ面をした私が映っていた。それは間違いなく私であり、前の世界の私と寸分違わぬ姿だった。
女性がどこに行ってしまったのか、そもそも何者なのか。気にならないわけではなったが、それよりも言葉の通り鏡が現れたことのほうが私を驚かせた。
これは途方もなく大きな力を手にしたのかもしれない。
そう思った私はさっそくノートに『豪華な食事が現れる』と書いてみた。
すると目の前に湯気をたてる美味しそうな食事が空中に現れた。七面鳥の丸焼き、野菜の盛り合わせ、色とりどりのフルーツを用いたデザート……だがそれらは皿もテーブルもなく、ただむき出しの姿で空中に投げ出され、そして地面に落ちて無残なことになった。
確かに食事は出現した。そう、食事“だけ”が現れたのだ。
皿やテーブルにのった、などの一文を書きくわえないといけないらしい。便利な反面、指定を怠ると思い通りの効果を得られないようだ。
しかし豪華な食事という曖昧な言葉でも私が思うものとほぼ変わらないものが現れた。少なくとも私の空腹を満たしたいと思えるに足る内容だった……今はもう地面の上でただの生ごみと化してしまったが。
まるでプログラム、いやAIのようだ。
プログラムも思い通りに動作させようとするなら定義や変数、引数などをしっかり構築、指定してやる必要がある。
AIの場合もプロンプトという指定を細かくすればするほど自分の望み通り、あるいはそれに近しい結果が得られる。
このノートは言わば優秀なコンピュータ、あるいはAIのようなものと捉えればその使い方もおのずと分かって来る。
ゲームの世界に転生する、というのはよく見る設定だが、どうやら私はゲームの世界ではなく、その世界を作り上げる側として転生したということのようだ。
仕組みはさっぱり理解できないが、それはコンピュータやスマホ、AIの仕組みなど知らずとも利用できることと同じだから気にしなくてもいいだろう。第一仕組みを理解する術がない。
とにかく、私にはとんでもない力が与えられたのは確かだ。
結局、食事はおにぎりを二つ手にのせて出現させるに留めた。
せっかくどんな食事にもありつけるのだから豪華なフルコースでも……と思ったは良いが、よく考えたら私はコース料理の詳細など描きようがない。つくづく貧相な食生活を送っていたものだと痛感する。
食べなれたコンビニ弁当やファストフードも考えたが、異世界で強力な力を持ってして出すものがそれかと思うと侘しくもなった。しかし要は腹がふくれさえすればいいわけで……。
さんざん考えた結果、ただ面倒になったからおにぎりにした。
味は悪くなかったが、具は入ってなかった。
今度からは具に何が入っているかも書かないといけないようだ。
腹ごしらえを終えて、まず周囲の環境を作ることから始めた。
どこまで出来るのか、どこまで再現できるのかを探るためだ。
草原を出したり、海を出したり、山や森や砂漠、雪原を生み出した。
海は間違いなく海水で塩辛く、雪原の雪は冷たく、手に取れば溶けていった。砂漠を生み出せば同時に照りつける灼熱の太陽も同時に現れた(おかげあやうく熱中症になりかけたが)。
特に指定したわけでもないのに酸素は普通にあるらしい。試しに海に潜ってみたが、息ができない、紛れもない液体だった。
しかし海や山、森などには生物はいなかった。海はどこまでも透き通っていたが、魚や海藻、貝はどこにも見当たらなかった。森も同様で、木々や葉が風に揺れる音は聞こえるものの、鳥や獣の声や気配はまったくなかった。
どうやらこのノートは太陽や酸素などの環境についてはある程度理解しているものの、生物、特に植物以外の生命体については自動的に理解はしてくれないようだ。
環境についてある程度法則が分かってきたところで、私は自分が通っていた小学校を再現してみた。
卒業してからもうずいぶんになる。細かいところは詳しく覚えていないがまずは教室を出現させてみた。
横開きの扉、黒板、並ぶ机と椅子、窓から見える校庭の景色。記憶を頼りに再現したわりにはそれなりに再現できている。少なくとも私の記憶の中にかすかに残る教室の思い出と目立つ齟齬はない。
しかし……狭い。
こんなに狭苦しかっただろうか?
私は椅子に座ってみてその違和感の理由に思い当たった。
教室が狭いのではない。私が大きくなったからそう感じるだけなのだ。
そうすると、あの頃の気持ちにたち戻るためには私自身が小さくなるしかない。つまり私自身を小学生に若返らせるのだ。
正直自分について書くのは怖い。
文字を書くだけであらゆるものが出現する。ならば自分自身の年齢も私の意思で増減できるはずだ。そうでなければ鏡に私の姿が映ることもなかったし、まして食事をして空腹を満たすこともできなかったはずだ。ノートに書いたことは間違いなく私自身にも影響を及ぼすはずなのだ。
しかし、自分の肉体を変えるというのはどうにも躊躇してしまう。
だが、私が小学校を再現したのは理由がある。そのためにはなんとしても私自身が若く、いや幼いあの頃に戻る必要があった。
私の初恋は小学一年生の時だった。
ちょうど隣の席になったアヤちゃんという少女だ。ただ隣になったから、とうわけではなく、本当に今思い返しても可愛い子だった。
絵が上手く、将来は漫画家になりたいと言っていたっけ。
もう一度あの子に会いたい。
このノートでなんでもできると言われた時に真っ先に思い浮かんだのがこれだ。
だが大人になった私が小学生時代のアヤちゃんと会っても意味がない。それに小学校卒業以来、アヤちゃんがどこでどう暮らしているかも分からない。私の中のアヤちゃんは小学生の頃から変わっていないのだ。
そのアヤちゃんに再び会い、あの時の気持ちをもう一度味わうためには私自身もあの頃に、小学一年生に戻るしかないのだ。
私は迷いながらも、自分が小学一年生、つまり六歳の肉体に戻るよう書いた。
急速に周囲の光景が大きく拡大した。
いや、かつて私の記憶の中にあるサイズ感に戻ったというべきか。
要するに私自身が小さく、六歳の体に戻ったのだ。自分の手を見れば、明らかに手が小さい。視点も低い。六歳に戻れたのは確かなようだ。
思考能力も六歳児に戻ってしまうのではと心配していたがそのような様子はない。おそらく私という存在はネットゲームのアバターのようなもので、私という人格や思考能力には何も変わらないのだろう。どうやら『頭脳は大人のまま』という、どこぞの長寿アニメのような一文を書き加える必要はないらしい。
次はいよいよ人間だ。
私の体は自由に変更できることが分かった。
しかしノートに人物が現れるように書いたとして、本当にその通りの人物が現れるのだろうか。
私が思い描いていたアヤちゃんなのだろうか。
姿形は似ていてもまったく違う性格だったりしないだろうか。
この世界に来て私以外の存在は、最初に出会った謎の女性一人だけだ。
そもそも草や木などの植物を除いた生命体には未だに出会っていない。おそらく私が生み出すまで存在すらしないのだろう。
アヤちゃんにもう一度会いたい。
私は震える手で、アヤちゃんの存在をノートに書き加えた……。
女性の言うことを信じたわけではないが、何もない灰色の空虚な世界で他にすることもない。
「取り合えず書いてみたけど、これで本当に……あれ? どこに行ったんだ?」
私がノートに一言書いて顔をあげると、女性の姿はどこにもなく、代わりに女性が立っていたところに大きな姿見があった。
鏡にはノートとペンを持って、マヌケ面をした私が映っていた。それは間違いなく私であり、前の世界の私と寸分違わぬ姿だった。
女性がどこに行ってしまったのか、そもそも何者なのか。気にならないわけではなったが、それよりも言葉の通り鏡が現れたことのほうが私を驚かせた。
これは途方もなく大きな力を手にしたのかもしれない。
そう思った私はさっそくノートに『豪華な食事が現れる』と書いてみた。
すると目の前に湯気をたてる美味しそうな食事が空中に現れた。七面鳥の丸焼き、野菜の盛り合わせ、色とりどりのフルーツを用いたデザート……だがそれらは皿もテーブルもなく、ただむき出しの姿で空中に投げ出され、そして地面に落ちて無残なことになった。
確かに食事は出現した。そう、食事“だけ”が現れたのだ。
皿やテーブルにのった、などの一文を書きくわえないといけないらしい。便利な反面、指定を怠ると思い通りの効果を得られないようだ。
しかし豪華な食事という曖昧な言葉でも私が思うものとほぼ変わらないものが現れた。少なくとも私の空腹を満たしたいと思えるに足る内容だった……今はもう地面の上でただの生ごみと化してしまったが。
まるでプログラム、いやAIのようだ。
プログラムも思い通りに動作させようとするなら定義や変数、引数などをしっかり構築、指定してやる必要がある。
AIの場合もプロンプトという指定を細かくすればするほど自分の望み通り、あるいはそれに近しい結果が得られる。
このノートは言わば優秀なコンピュータ、あるいはAIのようなものと捉えればその使い方もおのずと分かって来る。
ゲームの世界に転生する、というのはよく見る設定だが、どうやら私はゲームの世界ではなく、その世界を作り上げる側として転生したということのようだ。
仕組みはさっぱり理解できないが、それはコンピュータやスマホ、AIの仕組みなど知らずとも利用できることと同じだから気にしなくてもいいだろう。第一仕組みを理解する術がない。
とにかく、私にはとんでもない力が与えられたのは確かだ。
結局、食事はおにぎりを二つ手にのせて出現させるに留めた。
せっかくどんな食事にもありつけるのだから豪華なフルコースでも……と思ったは良いが、よく考えたら私はコース料理の詳細など描きようがない。つくづく貧相な食生活を送っていたものだと痛感する。
食べなれたコンビニ弁当やファストフードも考えたが、異世界で強力な力を持ってして出すものがそれかと思うと侘しくもなった。しかし要は腹がふくれさえすればいいわけで……。
さんざん考えた結果、ただ面倒になったからおにぎりにした。
味は悪くなかったが、具は入ってなかった。
今度からは具に何が入っているかも書かないといけないようだ。
腹ごしらえを終えて、まず周囲の環境を作ることから始めた。
どこまで出来るのか、どこまで再現できるのかを探るためだ。
草原を出したり、海を出したり、山や森や砂漠、雪原を生み出した。
海は間違いなく海水で塩辛く、雪原の雪は冷たく、手に取れば溶けていった。砂漠を生み出せば同時に照りつける灼熱の太陽も同時に現れた(おかげあやうく熱中症になりかけたが)。
特に指定したわけでもないのに酸素は普通にあるらしい。試しに海に潜ってみたが、息ができない、紛れもない液体だった。
しかし海や山、森などには生物はいなかった。海はどこまでも透き通っていたが、魚や海藻、貝はどこにも見当たらなかった。森も同様で、木々や葉が風に揺れる音は聞こえるものの、鳥や獣の声や気配はまったくなかった。
どうやらこのノートは太陽や酸素などの環境についてはある程度理解しているものの、生物、特に植物以外の生命体については自動的に理解はしてくれないようだ。
環境についてある程度法則が分かってきたところで、私は自分が通っていた小学校を再現してみた。
卒業してからもうずいぶんになる。細かいところは詳しく覚えていないがまずは教室を出現させてみた。
横開きの扉、黒板、並ぶ机と椅子、窓から見える校庭の景色。記憶を頼りに再現したわりにはそれなりに再現できている。少なくとも私の記憶の中にかすかに残る教室の思い出と目立つ齟齬はない。
しかし……狭い。
こんなに狭苦しかっただろうか?
私は椅子に座ってみてその違和感の理由に思い当たった。
教室が狭いのではない。私が大きくなったからそう感じるだけなのだ。
そうすると、あの頃の気持ちにたち戻るためには私自身が小さくなるしかない。つまり私自身を小学生に若返らせるのだ。
正直自分について書くのは怖い。
文字を書くだけであらゆるものが出現する。ならば自分自身の年齢も私の意思で増減できるはずだ。そうでなければ鏡に私の姿が映ることもなかったし、まして食事をして空腹を満たすこともできなかったはずだ。ノートに書いたことは間違いなく私自身にも影響を及ぼすはずなのだ。
しかし、自分の肉体を変えるというのはどうにも躊躇してしまう。
だが、私が小学校を再現したのは理由がある。そのためにはなんとしても私自身が若く、いや幼いあの頃に戻る必要があった。
私の初恋は小学一年生の時だった。
ちょうど隣の席になったアヤちゃんという少女だ。ただ隣になったから、とうわけではなく、本当に今思い返しても可愛い子だった。
絵が上手く、将来は漫画家になりたいと言っていたっけ。
もう一度あの子に会いたい。
このノートでなんでもできると言われた時に真っ先に思い浮かんだのがこれだ。
だが大人になった私が小学生時代のアヤちゃんと会っても意味がない。それに小学校卒業以来、アヤちゃんがどこでどう暮らしているかも分からない。私の中のアヤちゃんは小学生の頃から変わっていないのだ。
そのアヤちゃんに再び会い、あの時の気持ちをもう一度味わうためには私自身もあの頃に、小学一年生に戻るしかないのだ。
私は迷いながらも、自分が小学一年生、つまり六歳の肉体に戻るよう書いた。
急速に周囲の光景が大きく拡大した。
いや、かつて私の記憶の中にあるサイズ感に戻ったというべきか。
要するに私自身が小さく、六歳の体に戻ったのだ。自分の手を見れば、明らかに手が小さい。視点も低い。六歳に戻れたのは確かなようだ。
思考能力も六歳児に戻ってしまうのではと心配していたがそのような様子はない。おそらく私という存在はネットゲームのアバターのようなもので、私という人格や思考能力には何も変わらないのだろう。どうやら『頭脳は大人のまま』という、どこぞの長寿アニメのような一文を書き加える必要はないらしい。
次はいよいよ人間だ。
私の体は自由に変更できることが分かった。
しかしノートに人物が現れるように書いたとして、本当にその通りの人物が現れるのだろうか。
私が思い描いていたアヤちゃんなのだろうか。
姿形は似ていてもまったく違う性格だったりしないだろうか。
この世界に来て私以外の存在は、最初に出会った謎の女性一人だけだ。
そもそも草や木などの植物を除いた生命体には未だに出会っていない。おそらく私が生み出すまで存在すらしないのだろう。
アヤちゃんにもう一度会いたい。
私は震える手で、アヤちゃんの存在をノートに書き加えた……。
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