ニートが死んで、ゴブリンに

ひじり

【3-7】「氷使いのアリール」

 アリール。
 それが、青い髪の女の名前だ。

 アリールは、突如姿を現し、ホフラの命を狙った。
 標的が、オレたちから変わったことに疑問が残るが、今はただ、更に敵が増えるようなことにならなくて、ホッとしている。

 とにかく、現状を言うなれば、

「……味方ってことか」

「そうみたいね。……もっとも、今だけだと思うけど」

 そう、アリールは、ホフラと敵対している。
 つまりは、今だけは味方というわけだ。

「けっ、おれは認めねえぞ、あの女はおれの仲間を凍らせまくったんだからな!」

 ネロが吠える。
 確かに、それは事実なのだろう。

 オレはその現場にいなかったが、ネロはアリールの恐ろしさを肌で実感し、逃げてきたのだ。
 そう簡単に仲良しこよしというわけにはいかない。

「サルグの村って、まさか……」

 ここで、ハーフェルが何かを思い出す。
 アリールを見て、そして視線をホフラへと移した。

「そうだったのか、なるほどねえ……」

「なに一人で納得してんのよ! 何か分かったんなら言いなさいよね」

 ラビアに叩かれ、ハーフェルが頷く。

「クラース城の東に、小さな村があると言っただろう? ほら、毒の病の実験地になったところさ。……その村の名前が、サルグだったはずだねえ」

「サルグの村……ということは、アリールは」

 皆が、アリールへと視線を向ける。
 アリールは、こちらを気にすることなく、口を開いた。

「そう、だから殺す」

 殺す。
 それは、ホフラのことだ。

「村の生き残りは、私だけ」

「……ほう、殺し損ねたか」

 アリールの台詞に、ホフラが口の端を歪める。

 毒の病によって、故郷を失ったアリール。
 そういえば、毒に耐性がある、と言っていた。
 そのおかげで、毒の病を逃れることができたのだろうか。

「面白い。村の奴らの為に、おれに復讐するつもりか」

 身の程知らずが、と付け加える。

 ホフラは、右手を前に出した。

「言っておくが、おれは毒の病よりも恐ろしい力を持っている。お前が人の形を保てなくなっても構わないのならば、かかってこい」

 ホフラの力は、分解だ。
 あの右手に触れるのは不味い。

「アリール、ホフラの右手には気を付けるんだ! あの手は、なんであろうと分解することができる!」

「……そう」

 その手で、毒の欠片を分解すると、気体状へと変化するのだろう。
 それが、毒の病の正体だ。

 ホフラは、オレたちを口封じするつもりなので、もはや隠す必要もないのか、堂々としている。
 それほど、自分の力に自信を持っているのだろう。

「すっげえ余裕ぶっこきやがって、あんちきしょうめ!」

 ネロが唸る。怒りの矛先がアリールからホフラへと戻った。

 ホフラは一人だ。
 一方、オレたちは、人間が四人、ゴブリンが一体、スライムが一体、数では圧倒的な差がある。

 それでも、ホフラは逃げようとしない。勝てると確信している。

「距離を取りながら戦うぞ」

「ええ、そのつもりよ」

 ラビアが、呪文を唱え始めた。
 少し長めの呪文ということは、威力の大きい電撃魔法をぶっ放す気だ。

「ハーフェル、挟み撃ちだ」

「仕方ないねえ……もうどうにでもなれだよ!」

 その間、オレとハーフェルは、左右に散り、ホフラを両側から挟み込む。
 カルンはというと、土魔法で防御壁を作り出し、ラビアと共に遠距離攻撃専用の役割を果たす。



 ネロは、飛び跳ねていた。



「ふん、お前らでは相手にならん」

 ホフラは、左右に手を向けた。
 左の手の平から炎が、右の手の平から風が吹き出した。

「おおおおおおうっ」

 襲い来る炎を剣で斬り、ハーフェルは動きを止める。
 だが、炎の勢いは止まらない。

 そこに、頭上から氷が振ってきた。
 アリールの氷魔法だ。

「燃えるなら、凍らせる」

 炎と氷がぶつかり合う。

 その言葉の通り、氷が炎を包み込み、燃える形のまま凍ってしまった。

「た、助かったよアリールくん」

 ふう、と一息ついて、ハーフェルは剣についた氷を弾く。

 一方、オレに向けて放たれた風魔法は、刃の形状などはしていなかった。
 単純に、突風のような役割を果たしているのだろう。
 勢いよく吹き付けた風に、オレは体制を崩して転んだ。

「くそっ、なんて風だ……ッ」

「よそ見する余裕はないぞ、モンスター?」

 顔を上げると、ホフラが目の前に立っていた。
 右手を向けた状態で。

「ぐっ」

 地面を転がり、右手で触られるのを回避する。
 だが、すぐに近づいてきた。

「ニートッ!」

 ラビアの声がした。
 巨大な電撃魔法が完成したのだろう。

 勢いよく解き放たれた稲妻が、ホフラの体に直撃する。

「――ッ!?」

 が、効果がない。

 それどころか、直撃したはずの電撃が跳ね返り、ラビアがいる場所へと戻っていくではないか。

「ら、ラビアッ」

「ああああああっ!!!」

 土の壁を粉々にして、巨大な稲妻がラビアを襲った。
 自身が放った魔法を受けてしまい、ラビアは言葉なく倒れる。

「反射の魔法だ」

 オレの前で、ホフラが詰まらなそうに呟く。

「魔法使いが敵にいる場合、その程度のことは想定しておくんだな、間抜けめ」

「く……、このおおおおっ!」

 ラビアが、傷付けられた。
 そのことに、オレは頭に血が上った。

「ゴブリンが怒るか? 人間の為に」

 長剣を、横一線。
 だが、ホフラは間合いから外れた。

「当たれっ、当たれえええっ!」

 何度もがむしゃらに剣を振るう。

 しかし当たらない。
 オレの攻撃がホフラに当たることはない。

「無駄なあがきはしないことだな。そうでなければ、あの女のように苦しむことになるだろう」

 分解されてしまえば、苦しまずに死ぬことができるのだろう。
 だが、死ぬなんてごめんだ。

「凍って」

「――むっ」

 後方から、援護が届く。
 アリールの攻撃が、ホフラに向けて放たれたのだ。

 と同時に、剣を持ったハーフェルが走り出す。

「ホフラ氏、貴方を倒させてもらうよ!」

 氷が、ホフラに当たる。
 どうやら、形を持ったものであれば、反射の魔法の効果は受けないらしい。

 しかし、器用に右手を動かして、次から次に氷を水へと変えていく。

「誰が、おれを倒すだと?」

 そして、近づくハーフェルの剣を右の手の平で受け止めたかと思うと、それすらも分解してしまう。

「おおおおっ、僕の剣がっ」

「ハーフェル、逃げろ!」

 剣が分解されてしまった。
 だが、驚いている余裕はない。

 オレの声を聞き、すぐに冷静になる。
 ハーフェルは後ろへと戻り、ホフラとの距離を保った。

「ねえっ、ラビアが……息してないわ! 誰か回復魔法を……!」

 すると、カルンが声を荒げる。
 それは不幸の知らせだ。

「ラビアが……?」

 目の前の敵に意識を集中しようとするが、オレはラビアの容体が気になって戦いどころではなかった。

「何を気にしている? お前もすぐに死ぬ」

「ぐっ、ラビアはまだ死んでない!」

 挑発とも受け取れる言葉に、オレは勢い任せに長剣を突く。
 だが、それをも右手で掴まれてしまい、一瞬の中に分解してしまう。

 しかし、それが好機だ。

「ラビアは、オレが助けるっ!」

「――ぐっ、なんだこの武器は……!」

 腕に巻いた武器が、形状を変える。
 そして、ホフラの右足を貫いた。

 右手で触れられる前に、武器を引き抜く。
 そして、ホフラに背中を見せたまま、ラビアの許へと駆けた。

「ラビアッ」

 カルンは、新たな土の壁を作り出していた。
 ホフラの攻撃から身を守る為に、そしてラビアを助ける為に、自分にできることをしてくれていたのだ。

「ねえっ、どうすればいいの? ラビアが……っ」

 オロオロと、不安そうにオレを見る。

「あとで殴られるだろうけど……仕方ない」

 今は緊急事態だ。
 後先考えてなどいられない。

 ハーフェルとアリールが、ホフラを足止めしてくれていると信じよう。
 敵を確認する時間すら惜しい。

「……いくぞ」

 オレは、《変化(へんげ)》した。
 元の、人間の姿に。

「に、ニート……? また人間に……」

 目の前で、ゴブリンが人間に変化した。

 そのことに、カルンは驚きを隠せない。変化していくところを見せるのは、これが初めてだから当然か。

「ゴブリンの姿より、たぶんマシだろうからな……」

 まあ、どっちだろうが怒られることは分かっている。
 でも、しなくちゃいけないんだ。

 オレは、心臓を落ち着かせる。
 小さく、そしてゆっくりと深呼吸をする。

 そして、





 ラビアと、キスをした。

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