ニートが死んで、ゴブリンに
【3-6】「分解魔術師のホフラ」
人の声が聞こえない。
夜だから、というわけではない。
単純に、生きている人間がいない……かもしれないからだ。
「……恐ろしいねえ、まさかこんなことになっているとは」
ぽつり、とハーフェルが呟く。
その通りだと思った。
今朝までは、この町の宿屋にいたのだ。
他人事だ、とは言えるわけがない。
「毒の病がバラ撒かれたのは、今朝の出来事だな?」
「ええ、そうよ」
「それなら、もう効果は無くなっているはずだ。入るぞ」
ホフラは、毒の病の効果、そして射程範囲を知っている。
作った張本人なのだから、どのような性能なのか熟知しているのだろう。
「お、おい……本当に大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫じゃなかったら死ぬだけだ」
背負い袋の中から、ネロが不安そうに声を上げる。
その声に反応し、オレが冗談を言ってみた。
「それ、冗談になってねえからな」
「ああ、分かってて言った」
笑い事ではない。
だが、今はホフラの言う事を信じるしかないだろう。
オレたちは、ホフラに続いて、町の中へと入った。
「悲惨ね……生きてる人が見当たらないわ」
「当り前だ。毒の病は毒消し草では治せんからな」
毒消し草で治すことのできない、毒の病。
それが事実ならば、恐ろしいどころの話ではない。
「毒の病は、量に関係なく半日で効果が無くなる。範囲は、この町一つを覆うには十分なものだ」
町の中を歩きながら、ホフラが喋る。
効果範囲は量に比例するようだが、効果自体は持続性がないもののようだ。
「良く知ってるのね。さすがあんたが作っただけのことは」
「おれは作ってないがな」
あくまでも否定するようだ。
ラビアが、ちっ、と舌打ちをする。
「着いたぞ」
と、ここで立ち止まる。
クエスト依頼所の前に着いた。
「……こりゃひでえ」
背中から、ネロの声が聞こえた。
どうやって覗いているのかお訊ねしたい。
まさか、背負い袋に穴を開けたりはしていないよな。
「なるほどな、これが発生源か」
ホフラは、地面に落ちていた小瓶を手に取る。
それは、青い髪の女が使っていたものだ。
「あっ、そこに土の壁があるでしょう? それ、わたしが作ったものなの!」
カルンが、指を指す。
確かに、そこには土の壁があった。
あの中には、毒の病が残っているはずだ。
「ほう、……お前らは離れておけ」
説明すると、ホフラが顎で指示を出す。
ゆっくりと土の壁に近づき、左手を翳した。
すると、一瞬の中に土の壁が崩れ去る。
「……何をしたの?」
「分解しただけだ」
分解、とホフラは言った。
よく分からなかったが、見れば凄い技だと理解できる。
そして、崩れた土の中から、毒の病の詰まった小瓶が出てきた。
「あっ、逃げなきゃ――」
「安心しろ、既に効果は無い」
小瓶の蓋は開いている。
だが、ホフラは動じることなく、小瓶を手に取った。
右手で小瓶に触れると、薄紫の気体が集束し、一つの塊となった。
「す、凄い……」
それは、毒の病だったものだ。
だが、ホフラが右手で触れると、毒の欠片へと姿を変えた。
「あんた、いったい何者?」
「知ってて、訪ねてきたんだろう? ヘリ城の専属魔法使いだ」
それもそうだ。
しかし、まさかそれほどの力を持っているとは思わなかった。
「さあ、これで毒の病の処理は終わった。……次は、口封じだな」
と言って、ホフラはオレたちを見る。
「えっ、……えと、ホフラ氏、それはどういうことかねえ?」
一歩、後ずさりながら、ハーフェルが問い掛けた。
ホフラは、首の骨を鳴らす。
「お前らは、毒の病について知っている。それが、我がヘリ城の邪魔になることは、誰の目にも明らかだ」
「はあ? なによ失礼ね! あたしはただ、あんたたちを脅して金儲けしようと考えてるだけじゃない!」
十分にあくどい考えだ。
ラビアの肩に手を置いて、オレは前へと出る。
「ホフラさん、……どうしても、オレたちを始末するんですか?」
「それ以外の道があるか?」
いいや、ないだろう。
と、ホフラは続けた。
「ふん、案ずるな。おれの技は人間に対しても有効だ。痛みなど一切感じることなく分解してやる」
それって、人間としての姿すら保てずに死ぬってことか。
だとすれば、そんな死に方は嫌だ。
というか、オレは死にたくない。
死んでたまるものか。
「ハーフェル、逃げることってできそうか?」
「いや、無理だろうねえ。一人二人ならともかく、僕ら全員は……」
正直な男だ。
だが、それがありがたい。
こんな場面で、嘘を言われるよりはいい。
「おらあっ!」
「あっ、こらっ」
と、ネロが背負い袋から飛び出した。
「そろそろおれの出番だと思ってな! 華麗に登場してやったぜ!」
「お前ら、モンスターと手を組んでいたのか……」
「いや、これは……」
更に、言い訳ができなくなった。
もはや、戦うしかない。
そう感じたオレは、溜息混じりの声を上げる。そして、
「……仕方ない、戦うか」
フードを、取った。
「……ゴブリンだと? お前、……いや、なんという……」
さすがに、オレがゴブリンだということには動揺を隠せなかったようだ。
ホフラは、目を見開いて、オレに注目する。
「ついでに言うと、ニートくんは喋る! 人間の言葉を理解しているのだよ!」
嬉しそうに補足するのは、ハーフェルだ。
もはやオレに驚きもしなければ自慢をしようとしている。
なんとも順応性に長けた人だ。
「やはり、生かしてはおけんな……」
ホフラは、武器を持っていない。
持つ必要がないのだ。
先ほどの行為を見れば、杖を使わずに魔法を扱うタイプの魔法使いであることは一目瞭然だ。
「一人残らず、分解してやろう。……さあ、かかってこい」
ホフラが、言う。
殺気が、オレたちへと届いた。
「皆、慎重にな」
これは、遊びではない。
完璧な殺し合いだ。
「ラビア、行くぞ」
「ええ、任せない」
互いに言葉を交わし、オレは剣を抜く。
そして、地を駆け――、
「えっ」
影が、視界に映った。
その影は、ホフラへと近づいたかと思えば、無数の氷柱を空から降らせた。
「なっ、貴様ッ」
ホフラは、氷柱の降り注ぐ場所にいながら、上に手を翳す。
すると、氷柱が次々と分解し、水へと姿を変えた。
「さすが」
ぼそ、っと呟く。
だが、第二陣が出現する。
「これなら、どう?」
影は、氷の剣を作り出し、ホフラへと斬り掛かる。
「小癪な」
寸でのところでかわす。
そして、距離を取った。
「青い髪……お前が噂の女か」
ホフラは、影の正体を見る。
それは、青い髪の女だった。
「アリール」
ぽつり、と青い髪の女が口にした。
ホフラを睨み付け、氷の剣の先を向ける。
「私の名は、アリール」
右手に、氷の剣を。
左手に、杖を。
そして、悲しげな声色で宣言する。
「サルグの村の生き残り――……」
夜だから、というわけではない。
単純に、生きている人間がいない……かもしれないからだ。
「……恐ろしいねえ、まさかこんなことになっているとは」
ぽつり、とハーフェルが呟く。
その通りだと思った。
今朝までは、この町の宿屋にいたのだ。
他人事だ、とは言えるわけがない。
「毒の病がバラ撒かれたのは、今朝の出来事だな?」
「ええ、そうよ」
「それなら、もう効果は無くなっているはずだ。入るぞ」
ホフラは、毒の病の効果、そして射程範囲を知っている。
作った張本人なのだから、どのような性能なのか熟知しているのだろう。
「お、おい……本当に大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫じゃなかったら死ぬだけだ」
背負い袋の中から、ネロが不安そうに声を上げる。
その声に反応し、オレが冗談を言ってみた。
「それ、冗談になってねえからな」
「ああ、分かってて言った」
笑い事ではない。
だが、今はホフラの言う事を信じるしかないだろう。
オレたちは、ホフラに続いて、町の中へと入った。
「悲惨ね……生きてる人が見当たらないわ」
「当り前だ。毒の病は毒消し草では治せんからな」
毒消し草で治すことのできない、毒の病。
それが事実ならば、恐ろしいどころの話ではない。
「毒の病は、量に関係なく半日で効果が無くなる。範囲は、この町一つを覆うには十分なものだ」
町の中を歩きながら、ホフラが喋る。
効果範囲は量に比例するようだが、効果自体は持続性がないもののようだ。
「良く知ってるのね。さすがあんたが作っただけのことは」
「おれは作ってないがな」
あくまでも否定するようだ。
ラビアが、ちっ、と舌打ちをする。
「着いたぞ」
と、ここで立ち止まる。
クエスト依頼所の前に着いた。
「……こりゃひでえ」
背中から、ネロの声が聞こえた。
どうやって覗いているのかお訊ねしたい。
まさか、背負い袋に穴を開けたりはしていないよな。
「なるほどな、これが発生源か」
ホフラは、地面に落ちていた小瓶を手に取る。
それは、青い髪の女が使っていたものだ。
「あっ、そこに土の壁があるでしょう? それ、わたしが作ったものなの!」
カルンが、指を指す。
確かに、そこには土の壁があった。
あの中には、毒の病が残っているはずだ。
「ほう、……お前らは離れておけ」
説明すると、ホフラが顎で指示を出す。
ゆっくりと土の壁に近づき、左手を翳した。
すると、一瞬の中に土の壁が崩れ去る。
「……何をしたの?」
「分解しただけだ」
分解、とホフラは言った。
よく分からなかったが、見れば凄い技だと理解できる。
そして、崩れた土の中から、毒の病の詰まった小瓶が出てきた。
「あっ、逃げなきゃ――」
「安心しろ、既に効果は無い」
小瓶の蓋は開いている。
だが、ホフラは動じることなく、小瓶を手に取った。
右手で小瓶に触れると、薄紫の気体が集束し、一つの塊となった。
「す、凄い……」
それは、毒の病だったものだ。
だが、ホフラが右手で触れると、毒の欠片へと姿を変えた。
「あんた、いったい何者?」
「知ってて、訪ねてきたんだろう? ヘリ城の専属魔法使いだ」
それもそうだ。
しかし、まさかそれほどの力を持っているとは思わなかった。
「さあ、これで毒の病の処理は終わった。……次は、口封じだな」
と言って、ホフラはオレたちを見る。
「えっ、……えと、ホフラ氏、それはどういうことかねえ?」
一歩、後ずさりながら、ハーフェルが問い掛けた。
ホフラは、首の骨を鳴らす。
「お前らは、毒の病について知っている。それが、我がヘリ城の邪魔になることは、誰の目にも明らかだ」
「はあ? なによ失礼ね! あたしはただ、あんたたちを脅して金儲けしようと考えてるだけじゃない!」
十分にあくどい考えだ。
ラビアの肩に手を置いて、オレは前へと出る。
「ホフラさん、……どうしても、オレたちを始末するんですか?」
「それ以外の道があるか?」
いいや、ないだろう。
と、ホフラは続けた。
「ふん、案ずるな。おれの技は人間に対しても有効だ。痛みなど一切感じることなく分解してやる」
それって、人間としての姿すら保てずに死ぬってことか。
だとすれば、そんな死に方は嫌だ。
というか、オレは死にたくない。
死んでたまるものか。
「ハーフェル、逃げることってできそうか?」
「いや、無理だろうねえ。一人二人ならともかく、僕ら全員は……」
正直な男だ。
だが、それがありがたい。
こんな場面で、嘘を言われるよりはいい。
「おらあっ!」
「あっ、こらっ」
と、ネロが背負い袋から飛び出した。
「そろそろおれの出番だと思ってな! 華麗に登場してやったぜ!」
「お前ら、モンスターと手を組んでいたのか……」
「いや、これは……」
更に、言い訳ができなくなった。
もはや、戦うしかない。
そう感じたオレは、溜息混じりの声を上げる。そして、
「……仕方ない、戦うか」
フードを、取った。
「……ゴブリンだと? お前、……いや、なんという……」
さすがに、オレがゴブリンだということには動揺を隠せなかったようだ。
ホフラは、目を見開いて、オレに注目する。
「ついでに言うと、ニートくんは喋る! 人間の言葉を理解しているのだよ!」
嬉しそうに補足するのは、ハーフェルだ。
もはやオレに驚きもしなければ自慢をしようとしている。
なんとも順応性に長けた人だ。
「やはり、生かしてはおけんな……」
ホフラは、武器を持っていない。
持つ必要がないのだ。
先ほどの行為を見れば、杖を使わずに魔法を扱うタイプの魔法使いであることは一目瞭然だ。
「一人残らず、分解してやろう。……さあ、かかってこい」
ホフラが、言う。
殺気が、オレたちへと届いた。
「皆、慎重にな」
これは、遊びではない。
完璧な殺し合いだ。
「ラビア、行くぞ」
「ええ、任せない」
互いに言葉を交わし、オレは剣を抜く。
そして、地を駆け――、
「えっ」
影が、視界に映った。
その影は、ホフラへと近づいたかと思えば、無数の氷柱を空から降らせた。
「なっ、貴様ッ」
ホフラは、氷柱の降り注ぐ場所にいながら、上に手を翳す。
すると、氷柱が次々と分解し、水へと姿を変えた。
「さすが」
ぼそ、っと呟く。
だが、第二陣が出現する。
「これなら、どう?」
影は、氷の剣を作り出し、ホフラへと斬り掛かる。
「小癪な」
寸でのところでかわす。
そして、距離を取った。
「青い髪……お前が噂の女か」
ホフラは、影の正体を見る。
それは、青い髪の女だった。
「アリール」
ぽつり、と青い髪の女が口にした。
ホフラを睨み付け、氷の剣の先を向ける。
「私の名は、アリール」
右手に、氷の剣を。
左手に、杖を。
そして、悲しげな声色で宣言する。
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