ニートが死んで、ゴブリンに

ひじり

【2-5】「クエストLv5《ウェネヌムの沼地》(その5)」

 異性の裸を、見たことはあるか。

 勿論、ある。
 これでもオレは大人だ。

 女の裸ぐらい、その手の雑誌や漫画、アニメ、ネット、AVで、何度でも見たことがある。馬鹿にしないでもらいたい。

 同人誌なんて百冊以上持っている。
 しかも、使う用と保存用と同じのを二つ所持している物もある。

 それなりの知識があるし、たとえ童貞だとしても、非童貞に劣るとも勝らない技術を持ち合わせている、と思っている。

 だが、残念かな。

 実際に、この目で女の裸を直接見るのは、これが初めてだ。

「……お、おい、ニート」

「静かに」

 もう一度言おう。

 女の裸を直接見るのは、これが初めてだ。

「あいつストリップしてやがんぞ」

「黙ってろ、気が散る」

 ネロを叱りつけ、オレは目の前の光景に意識を集中させる。
 何を見ているのか、それは愚問だ。

 ラビアが、水浴びをしているのだ。

 理由は簡単だ。
 ポイズンリザードとの戦闘で汚れた体を洗う為……ではなく、滑って転んで池に落ちたからだ。

 ポイズンリザードを倒した後、更に奥へと進むと、小さな池があった。
 毒の影響を受けない不思議な池は、清めの泉と呼ばれているらしい。
 ここだけでなく、大陸各地に存在するとのこと。

 清めの泉に浸かると、全身に力が湧いてくると言われている。
 口にするのも有効で、生命力と精神力の回復に効果があるらしい。

 が、ラビアが清めの泉を呑もうと顔を近付けた時、足を引っかけて、顔から清めの泉の中にダイブしてしまったのだ。

 もちろん、服はびしょびしょ。
 変えの服は、どこにもない。

 火属性の魔法を使える者は、ここにはいない。
 つまり、

「あの女の服が乾くまで、こんなところで足止め喰らうとはな……」

 ネロは、ご機嫌斜めだ。
 女性の裸には興味がないらしい。
 モンスターだから、ある意味当然なのだろうか。

 だが、オレは違う。
 オレはゴブリンだが、中身は人間だ。

 異性の、それも見た目は可愛いラビアの裸がすぐそばにあるとなると、見ないでいることなんてできるはずがない。

 というわけで、
 オレとオマケのネロは、物陰から隠れてラビアの水浴びを覗いていた。

「凄いな……」

 唾を呑む。
 ゴクリ、と。

 こんな光景、二度とお目に掛かれないかもしれない。

 オレはロリコン……の気があったのか?

「何がすげえんだよ? あいつ、真っ平じゃねえか。女ってもんはなー、もっと胸が大きいもんなんだろ? おれが町に行った時に見た奴らは、あのクソ女の比じゃなかったぞ」

 胸の大きさは言うな。分かっている。
 しかし安心するがいい。

 オレは、貧乳派だっ。

「あれがいいんだよ、ネロ。分かってないなー」

 柔らかそうな白い肌が、オレの瞳に映し込まれる。
 主張を全くしない胸元が、ラビアの子供っぽさを示しているが、それとは別に肉付きの良いお尻、太もも、そしてふくらはぎが、興奮を誘う。

 襲いたい。
 今すぐに襲い掛かりたいっ!

 悶々としつつ、アレが……。
 ゴブリンにも、しっかりと付いている。非常にグロテスクだが、オレにとっては息子のようなものだからな。大切にしよう。

 ……使い道はないかもしれないけど。

「しっかし、こんな沼地のダンジョン内に清めの泉があるとはなー」

 ネロが、やれやれと呟く。
 確かに、その通りだ。

 ここは、毒の沼地のダンジョンだ。
 そんなところに、生命力や精神力を回復させる清めの泉があるだなんて、誰が予想しただろうか。

 まあ、そんなことはどうでもいい。
 今は目の前のありがたい光景に神経を……。

「げっ」

 ポイズンロックが、ラビアに近づいていた。

 ラビアは、気付いていない。
 背後からゆっくりと忍び寄り、口をもごもごさせている。

「ラビア、危ないっ」

「――ッ!?」

 慌てて、飛び出す。
 地を駆けてラビアに近づくと同時に、長剣を引き抜く。

 そして、ポイズンロックへと斬りかかった。

「ギギッ、ガ」

 真っ二つになったポイズンロックが、生命力を失くす。
 さらさらと粉になり、風にのって消えていく。

「ふう、……危ないところだった」

 そう言って、オレはラビアへと視線を戻す。
 そして、殴られた。

「こっち来んなって言ったでしょーが! この変態ニート!」

「あうっ」

 腹に一発、全裸のラビアの一撃が決まった。

 筋力が低いので、大したダメージは受けないと思うなかれ。
 羞恥の込められた一撃の重さは、計り知れないものがある。

 だが、悔しくなんてない。悲しくもない。
 感謝されなくても、間近でラビアの裸を見ることができたのだ。

 上から下まで、余すことなく。
 ほんの少しの間だけだったけど。

「く、悔いはない……」

「なに死ぬようなこと言ってんのよ、バカっ」

 満面の笑みで、オレはその場に倒れ込んだ。
 が、その笑顔が消える。

 横目に、何かが動いた。

「ッ、……ラビア」

「このっ、まだ見るつもりなの?」

 上体を起こし、違う、と首を振る。
 動きがあった方を指差した。

 異変に気付いたラビアは、まだ乾いていないローブを直接羽織って、杖を手にオレの横に並んだ。

「探索者か……」

 すぐそばを動いていたのは、モンスターではない。
 ラビアと同じ探索者だった。

「おや、もう気付かれてしまったか」

 オレとラビアが構えていると、物陰からゆっくりと姿を現す。
 そいつは、真っ黒なローブを身に纏っていた。

「魔法使いか?」

「その通り、僕は魔法使いの端くれさ」

 男は、魔法使いだと言った。
 ラビアと同じく、手に杖を持っている。
 言っていることに嘘はなさそうだ。

「さっきのあれ、ポイズンロック。あんな邪魔が入らなければ、彼女の裸をもっともっと堪能できたのに残念だよ」

「なっ、……あんたねえっ」

 顔を真っ赤にさせたラビアが、口元を震わせる。
 今すぐにでも、電撃をぶっ放したい気分に違いない。

「しかし、驚いた。まさかモンスターが言葉を話すとは……」

 オレと視線を合わせる。
 そして、嫌らしく口角を上げた。

「売れば、高値が付きそうだ」

「ッ、そういうことか」

 長剣を握り締め、息を吸う。
 こいつとは、やり合わないといけないらしい。

「ニート、援護しなさい。あたしが殺すから」

 殺すから、とラビアは言った。
 その相手は、人だ。モンスターではない。

 あっさりと、当然のことのように。

「しかしだな、」

「あんたに人を殺す覚悟があるのなら、別だけど」

「……、わかった」

 ラビアは、分かっている。
 オレが人間を相手に止めを刺せないということを。

 そんなことでは、この世界では生き残れない。
 だが、それでもまだ、オレは怖かった。

「安心しな、ニート。てめえにはおれもついてるぜ」

「ありがとう、ネロ」

 ネロの言葉が、身に染みる。
 もはやオレにとって心の支えのようなものだ。

「さあ、先手必勝よ」

 そう言うと、ラビアは杖の先を男に向けた。
 その瞬間、三つの電撃が左右、そして上から男へと襲い掛かる。





「あたしの裸を見た代償は、重いわよ――?」

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