ニートが死んで、ゴブリンに

ひじり

【2-4】「クエストLv5《ウェネヌムの沼地》(その4)」

「――ッ、くっ」

 声を上げただけで、恐怖を与える存在。
 それがポイズンリザードだ。

 スライムやゴブリンとは桁違いの威圧感が、そこにはあった。
 本気でオレを殺す、と言っているかのようだ。

 ラビアのような強者には、それも通用しないのかもしれない。
 だが、今のオレは、脈を打つ速度が上昇しまくりだ。

「そこの人間と仲良く死にたいようだなああっ」

 声を荒げ、地を踏む。

 ポイズンリザードが、一気に距離を詰めてきた。

「おわっ」

 鉄が擦り合う音が、辺りに響いた。
 オレが持つ長剣と、ポイズンリザードが手にする毒の剣が、重なり合ったのだ。

「力比べで、おれの相手になるとは思わねえことだなあ!」

 レベル4になり、筋力の値が上昇した。
 ラビアには劣るものの、ネロよりは高いので、内心では自信に繋がっていた。
 でも、

「つ、強い……っ」

 ポイズンリザードの力は、今までにあった奴らとは比べ物にならなかった。

「ゴブリンンンンッ! お前も毒に塗れるんだなああああっ」

「ね、ネロッ」

 堪らず、助けを求める。
 剣先が、オレの顔に届く寸でのところで、ネロが横から体当たりをかます。

「ああん? なんかしたか、スライムごときが?」

「げっ、こいつ硬えぞ!」

 少しだけ、体勢が崩れたが、でもそれだけだ。
 ネロの体当たりを横っ腹に喰らったにもかかわらず、攻撃の手を全く緩めない。

 これが、モンスター。
 真に格上の相手との戦い。

「おらおら、とっとと毒を喰らっちまえよゴブリン!」

「ぐううっ、毒なんてごめんだっ」

 普段、家にひきこもってゲームばかりしていたオレが、こんなにも腕に力を込めて何かをしようと試みたことは、記憶にない。

 それもそのはず、今のオレは、命懸けの戦いをしているのだから当然だ。

「負けるわけにはいかない……ッ」

「うがあっ」

 腕の力で劣るなら、足で抵抗する。
 わざと腕の力を抜いて、体勢をよろけさせた後、その流れで足を振り抜き、ポイズンリザードの股間を蹴り上げた。

 しかし、未だ状況は良くならない。

 その場に倒れたオレは、地面を転がり距離を取り、上体を起こした。
 すぐそばには、怒りに満ちたポイズンリザードがいる。

「やってくれんじゃねえか、格下ああああぁ」

 ネロにも、武器を持たせるべきだな。
 常々、そう思う。

 だが、今は目の前に敵に集中しよう。

「剣の扱いは苦手か、ゴブリン!」

「苦手どころか、持ったことすら初めて――だっ!」

 再び、二つの剣が重なる。
 ポイズンリザードの剣から、毒が散る。
 これを浴びてはならない。毒になれば、勝ち目はない。

「もういっちょおおおっ!」

「――ぐっ」

 ここで、ネロが二度目の体当たりを試みる。
 場所は、ポイズンリザードの後頭部だ。

「おおお……くそがああっ」

「頭がふらついてるぞ、ポイズンリザード」

「――ッ!?」

 さすがのポイズンリザードも、頭への攻撃には対処できなかったらしい。
 脳味噌がぐらついたのか、頭を振って目を瞬く。

 それが、最初で最後の隙だ。

「かひゅっ」

 限界まで腕に力を込めて、剣を振り抜く。
 毒の剣を押しやり、そのままポイズンリザードの頭を斬り落とした。

 トンッ、と地面に転がり、頭部が沼地の中に沈んでいく。
 頭を失った胴体が、力なくその場に崩れ落ちた。

「……っ、ふうう……っ」

「やったな、ニート……」

 互いに協力し合い、格上の相手を倒した。
 だが、強敵を前に神経を張りつめすぎたのか、オレはその場にへたり込んだ。

「うん、モンスター相手なら、止めも刺せるみたいね」

 とここで、ラビアの声がした。
 横を向くと、笑顔のラビアが立っていた。

「ラビア……もう一体のポイズンリザードは……」

「もう一体? よく見なさいよ」

 顎で、オレの目を案内する。
 その先には、黒焦げになったポイズンリザードの死体が、三体も転がっていた。

「あんたが戦ってる間に、更に二体増えたのよ」

「こ、この女……一人で三体を相手にしたってのか……!」

 ネロが、驚きに体をプルプル震わせる。
 オレ自身、驚かずにはいられない。

「さすがだな、ラビア……」

「そうでもないわ」

 あたしだって、と言い、ラビアは杖を見せる。

「精神力が切れたら、何もできない。ただのか弱い美少女だもん」

「おい、ニート。やっぱこの勘違い女とは距離を置くべきだと思うんだ」

「しーっ、言うなネロッ」

 ラビアの耳は、既にオレの台詞を聞いている。
 ネロが悪口を言ったのがバレたのだろう。

 杖の先を向けて、くふふ、と笑った。

「あんた、調子に乗ってると、死なない程度に焦がすわよ?」

「やってみろやおらあ!」

 なんと言うべきかな。この二人の関係は火に油を注ぐようだ。
 溜息を吐き、オレは二人の様子を見ていた。

「とりあえず、ポイズンリザードを倒せるだけの頭と力は持っているみたいで安心したわ。こんなところでやられてたら、組むメリットがないものね」

「ズバズバと言ってくれるじゃないか」

「それがあたしの性格だもん。直すつもりはないわ」

 というか、直すことはできない、の間違いではないだろうか。
 とは絶対に口が裂けても言えないな。

「毒は浴びてない?」

「ん、オレもネロも大丈夫だ」

「そう、よかった」

 ラビアが、手を差し出す。
 その手を掴もうとして、でも躊躇う。

 こんな状況だから、今でこそ普通に言葉を交わすことができているが、さすがに異性の手を握るなんてミッションはハードルが高すぎる。

「……なによ?」

「いや、なんでもない」

 結局、オレはラビアの手を握らずに起き上がり、自分の行動に後悔する。





 ラビアの手、握りたかったぜ……。

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